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<title>夜間飛行</title>
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<description>茂木賛からスモールビジネスを目指す人への熱いメッセージ</description>
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<title>リーダーの条件</title>
<description>　前回「事実把握の原則」の項で、出来事の事実把握ステップについて書いた。以前「コトの制御」の項では、身に降りかかる禍事（出来事）の制御についていくつかの方法を提示した。今回は、力を合わせて制御に当る場合に必要な、「リーダーシップ」について考えてみたい。ブログ記事の流れとしては、出来事の「事実把握」↓判断を下す際の「思考の軸」↓出来事の制御「コトの制御」↓集団による制御「リーダーの条件」と理解していただければ良い。　「コトの制御」での（９）力を合わせてコトに当る、には、「一人で..</description>
<dc:subject>公と私論</dc:subject>
<dc:creator>茂木賛</dc:creator>
<dc:date>2026-05-08T09:26:12+09:00</dc:date>
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　前回「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191693162.html" target="_blank">事実把握の原則</a>」の項で、出来事の事実把握ステップについて書いた。以前「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/190052977.html" target="_blank">コトの制御</a>」の項では、身に降りかかる禍事（出来事）の制御についていくつかの方法を提示した。今回は、力を合わせて制御に当る場合に必要な、「リーダーシップ」について考えてみたい。<br /><br />ブログ記事の流れとしては、<br /><br />出来事の「事実把握」<br />↓<br />判断を下す際の「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191560292.html" target="_blank">思考の軸</a>」<br />↓<br />出来事の制御「コトの制御」<br />↓<br />集団による制御「リーダーの条件」<br /><br />と理解していただければ良い。<br /><br />　「コトの制御」での（９）力を合わせてコトに当る、には、「一人で対応できないような禍事には、仲間を集めてコトに当る必要がある。制御の方法は相談にて。」というノートを付けたが、以下、リーダーとして「仲間と相談する際の心構え」を列挙しよう。<br /><br />（１）コトを制御する目的を明確に<br /><br />仲間と相談するには彼らに、どうしてコトを制御する必要があるのか、を明確に説明できなければならない。そうしないと途中で各自の行動が分散してしまう。また、自分だけの行動であれば途中で目的を変更しても問題ないが、仲間がいる場合は変更する理由の説明も必須。制御したあとの新しい流れについても考えを共有しておくこと。<br /><br />（２）自己犠牲の精神<br /><br />リーダーは失敗した時の責任を取らなければならない。成功しても自分だけの功績にしてはならない。成功したら仲間全員の功績、失敗したら自分の責任、といった精神が必要。<br /><br />（３）制御方法のメリットとデメリットを可視化する<br /><br />制御方法のメリットとデメリットを可視化して、成功した際の成果の最大化、失敗した際のリスクの最小化、を常に心がけておく事。法の範囲を弁えると共に、どの方法がもっとも適しているのか、についても計量化しておくこと。<br /><br />（４）仲間の役割を適材適所で決める<br /><br />以前「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/33197644.html" target="_blank">６つのパーソナリティ</a>」の項で、人のパーソナリティを大きく6つに分類したことがあるけれど、チームを組むに当っては、各人のパーソナリティに応じた仕事の割り振りが重要。<br /><br />（５）機を見るに敏であれ<br /><br />出来事の脈絡（物事の一貫したつながり）の弱いところや好都合な状況、チャンス（機）を素早く察知し、的確かつ迅速に行動する（敏）こと。<br /><br />（６）先頭を切って走る勇気<br /><br />実行に当りリーダーに必要なのは先頭を切って走る勇気である。<br /><br />　以上、力を合わせてコトに当る際のリーダーシップについて書いたが、会社の悪い噂からイランの核問題まで出来事の大小はあれど、コトの制御に関するリーダーの心構えは一緒だと思う。仲間を集って行動に踏み出そうとする人の参考になれば嬉しい。<br /><a name="more"></a>

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<title>事実把握の原則</title>
<description>　去年の末「思考の軸」の項で、判断を下す際の見方（主義）について書いたが、今回はその前段階に必要な「事実把握」のステップについて書いてみたい。（１）情報を収集するこれは言うまでもないが、大切なのは様々なソースから情報を得ること。新聞・テレビからだけでは偏った情報しか得られない。「物事の表と裏」の項で指摘したように、物事には表と裏、そして奥が存在するから、常にアンテナを張り巡らせて、SNSなどの中からこれはと思う情報を引き出す。英語（外国語）で情報を得る。現場の声に耳を傾ける。..</description>
<dc:subject>公と私論</dc:subject>
<dc:creator>茂木賛</dc:creator>
<dc:date>2026-05-02T11:07:03+09:00</dc:date>
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　去年の末「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191560292.html" target="_blank">思考の軸</a>」の項で、判断を下す際の見方（主義）について書いたが、今回はその前段階に必要な「事実把握」のステップについて書いてみたい。<br /><br />（１）情報を収集する<br /><br />これは言うまでもないが、大切なのは様々なソースから情報を得ること。新聞・テレビからだけでは偏った情報しか得られない。「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/173296996.html" target="_blank">物事の表と裏</a>」の項で指摘したように、物事には表と裏、そして奥が存在するから、常にアンテナを張り巡らせて、SNSなどの中からこれはと思う情報を引き出す。英語（外国語）で情報を得る。現場の声に耳を傾ける。関連する本を読む。人や組織のことであれば金（かね）の出所を探る。何かを隠すために情報が流されていないかについて注意する。<br /><br />（２）	集めた情報を時系列に並べる<br /><br />出来事は場所（place）で起こる。人の一生、台風の発生、火事や事件、出会い、健康、歴史、商品、競争、会社、法律、国家等々、把握したい事柄が何であれ、それがフィクションやAIでない限り、出来事には場所が関係している。「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/189703037.html" target="_blank">空間（space）と場所（place）</a>」の項でみたように、場所は時間と共にあるから、集めた情報は時系列に並べることが出来る。地層と同じで過去の上に現在があるわけだ。出来事が市場規模の変化や川の流量などの数量的なものであればグラフにして見やすくする。<br /><br />（３）不自然な変化がないか精査する<br /><br />情報を時系列に並べてみると、出来事の生成から今に至る流れが見えて来る。過去の出来事であれば消滅とその余波も。流れに急激な変化（spike）があればその理由を探る。誇張や嘘を見つける。ビジネスでも過去に変な取引がないかどうか「check their track record」などといって交渉相手の履歴を調べることがよくある。非線形的な変化にも留意する。最終的には、出来事の脈絡（物事の一貫したつながり）が見えるようにするということだ。<br /><br />（４）突発的な出来事への対処<br /><br />過去となんの脈絡もない出来事に遭遇したらどうするか。即対応しなければならないことでなければ、暫定扱いとして続報を待つのが良い。そのまましばらく「寝かせておく」わけだ。即対応が必要な場合は直感で動くしかないが、出来るだけそういう場面に遭遇しないよう日頃から様々な分野の知識を蓄えておくことが大事。<br /><br />（５）全体を俯瞰して結論を導く<br /><br />その際「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/62919812.html" target="_blank">認知の歪み</a>」に陥らないように。短絡的に結論を急がないこと。事態は常に変化するから、出した結論はあくまでもその時点での仮説として認識しておくこと。<br /><br />　ここまでが事実把握のステップで、このあとは、<br /><br />（６）「思考の軸」に沿って対応を決める（Plan）<br /><br />「理想主義」：日頃持っている「理想」に基づいて物事を判断する<br />「ロマン主義」：自分が持つロマン（夢）に沿って判断する<br />「現実主義」：目の前にある「現実」に照らし合わせて判断する<br />「損得主義」：自分にとって（あるいは人にとって）損か得かで判断する<br /><br />（７）判断したことを実行に移す（Do）<br /><br />判断によっては動かないことも「実行」の一つ。<br /><br />（８）結果を見て過ちがあれば修正する（See）<br /><br />という流れになる。過ちの原因が「事実把握」にあることが分かれば、再びステップ（１）に戻る。<br /><br />　以上、事実把握の原則について書いてみた。今の時代、（４）の出来事が多いと思うが、時間をかけてより真実に近づいていただきたい。<br /><a name="more"></a>

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<title>小説『続・記号のような男』</title>
<description>　電子書籍サイト「茂木賛の世界」で小説『続・記号のような男』の連載を終えた。（「作品リスト」→「オリジナル作品」からアクセス）。四百字詰め原稿用紙換算で200枚強の中編である。　この作品は数年前に書いた『記号のような男』という小説の続編だが、当時「小説『記号のような男』」という記事に書いたように、そのテーマは「形のあるものをつなぐと、形のないことのつながりが見えて来る」といった聊（いささか）形而上学的なものだった。それに対し、この続編のテーマは、これまでこのブログで綴ってきた..</description>
<dc:subject>アート＆レジャー</dc:subject>
<dc:creator>茂木賛</dc:creator>
<dc:date>2026-04-04T09:50:39+09:00</dc:date>
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　電子書籍サイト「茂木賛の世界」で小説『続・記号のような男』の連載を終えた。（「作品リスト」→「オリジナル作品」からアクセス）。四百字詰め原稿用紙換算で200枚強の中編である。<br /><br />　この作品は数年前に書いた『記号のような男』という小説の続編だが、当時「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/185951173.html" target="_blank">小説『記号のような男』</a>」という記事に書いたように、そのテーマは「形のあるものをつなぐと、形のないことのつながりが見えて来る」といった聊（いささか）形而上学的なものだった。それに対し、この続編のテーマは、これまでこのブログで綴ってきた「街づくり」に関する所見を、小説のかたちで膨らませた内容となっている。登場人物たちは前作から引き継いでおり、小説の舞台も前作と同じ埼玉県・桑富市という架空の町。桑富市の地形については前掲記事に、<br /><br />(引用開始)<br /><br />　有前町、柿本町、新桑富町、桑富町、有先町から成る桑富市の地形は以下の通り。市の北側に有水山系という東西に走る低い山脈があり、その東側は関東平野、西側はそのまま埼玉の山々へと続いている。有水山系の一角に有前山という単独の小さな山があり、その麓から有前川という河川が桑富市を斜めに縦断して流れている。その昔、有前山の頂に有前神社の奥宮があった……。<br /><br />(引用終了)<br /><br />と書いた。今回の話は、その山頂の奥宮が復活されることになったところから始まる。勿論、新しい登場人物たちの活躍もある。これからの日本はこういった地方都市より再興されるのでは、との思いで書き進めた。作品の感想など当コメント欄へお寄せいただければと思う。<br /><a name="more"></a>

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<title>武蔵野について</title>
<description>　『いくつもの武蔵野へ』赤坂憲雄著（岩波書店2025）という本を読了。簡単な紹介文を本のカバー表紙裏から引用しよう。(引用開始)昔も今も江戸＝東京を生かしてきたのは、西側に広がる武蔵野の土、水、人――多くは他の地から来た移民やその子孫――であった。その表象は時代ごとに移ろい、武蔵野はすでに・つねに発見されるべきものとしてある。幼き日の原風景を遡り、文学やアニメ等から武蔵野をめぐる知の鉱脈を掘り起こす。土地に根差すことなき民俗学の試み。(引用終了)本書の章立ては以下の通り。＜第..</description>
<dc:subject>アート＆レジャー</dc:subject>
<dc:creator>茂木賛</dc:creator>
<dc:date>2026-02-25T13:27:26+09:00</dc:date>
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　『いくつもの武蔵野へ』赤坂憲雄著（岩波書店2025）という本を読了。簡単な紹介文を本のカバー表紙裏から引用しよう。<br /><br />(引用開始)<br /><br />昔も今も江戸＝東京を生かしてきたのは、西側に広がる武蔵野の土、水、人――多くは他の地から来た移民やその子孫――であった。<br />その表象は時代ごとに移ろい、武蔵野はすでに・つねに発見されるべきものとしてある。<br />幼き日の原風景を遡り、文学やアニメ等から武蔵野をめぐる知の鉱脈を掘り起こす。<br />土地に根差すことなき民俗学の試み。<br /><br />(引用終了)<br /><br />本書の章立ては以下の通り。<br /><br />＜第一部　はじまりの武蔵野＞<br />第一章　武蔵野は移民の大地である<br />第二章　雑木林<br />第三章　浅間山<br />第四章　野川<br />第五章　ハケ<br />＜第二部　文学的な、いくつもの武蔵野＞<br />第一章　見えない野火<br />第二章　不浄取りの道<br />第三章　流された王の裔<br />第四章　憂鬱なる田園にて<br />第五章　黒い武蔵野へ<br />第六章　深大寺という縁起<br />第七章　東京を西へゆく<br />第八章　原風景としての原っぱ<br />＜補論＞<br />ジブリアニメの武蔵野〈一〉『平成狸合戦ぽんぽこ』<br />ジブリアニメの武蔵野〈二〉『借りぐらしのアリエッティ』<br />＜少しだけ長いあとがき＞<br /><br />　武蔵野に生まれ今もそこに住む身にとって、この本の内容はとても親しみ深い。雑木林と原っぱは、私自身の幼き日の原風景だし、浅間山、野川、ハケなどは今も私の散歩コース。郷愁と親近感が（個人的ではあるけれど）本書の魅力の第一だ。<br /><br />　本書の魅力の第二は、「土地に根差すことなき民俗学の試み」という言葉の新鮮さである。多くは他の地から来た移民やその子孫が暮らす武蔵野。著者はその大地と人のさまざまなイメージを喚起しながら、俯瞰と仰視の両方によって、江戸＝東京西郊の歴史と文化を掘り起こす。「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191232159.html" target="_blank">『鳥居龍蔵伝』を読む</a>」の項で触れた「武蔵野の高麗人（高句麗）」もこの範疇に入るに違いない。<br /><br />　本書の魅力の第三は、武蔵野という郊外を語りながら、これからの東京という大都市の行く末を読者に考えさせるところだろう。本の帯（表紙）に「いま、わたしたちの眼前には、武蔵野に抱かれた大都市としての東京が浮上しつつあるのかもしれない――」とあるのはそのことを示唆している。以前「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/42281964.html" target="_blank">内と外　II</a>」や「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/42501901.html" target="_blank">継承の文化</a>」の項でみた里山の三層構造「奥山・里山・人里」に本書を引き付けて、奥山＝関東山地、里山＝武蔵野、人里＝東京という三層構造を思い描いても良いかもしれない。<br /><br />　以上、本書の魅力を三つに分けて記したが、東北学や日本文化論をながく追ってこられた著者が、武蔵野に新たな地域学（地人考）を立ち上げようとする試みはとても尊いと思う。<br /><a name="more"></a>

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<title>日本語を鍛える　II</title>
<description>　『たとえば「自由」はリバティか』渡辺浩著（岩波書店2025）という本が出版された。副題は「西洋の基礎概念とその翻訳語をめぐる６つの講義」。内容についてまず新聞の書評を転載しよう。(引用開始)　西洋近代が育み日本語に翻訳された「自由」や「権利」「社会」といった抽象語は、概念そのものについての誤解や不理解も手伝って、原語と意味のズレが生じているものが多い。本書は日本政治思想史の泰斗が政治にかかわる言葉を取り上げ、日本語への移入と定着の過程を読み解く。　「自由」は、英語でいえばF..</description>
<dc:subject>言葉について</dc:subject>
<dc:creator>茂木賛</dc:creator>
<dc:date>2026-02-04T12:29:27+09:00</dc:date>
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　『たとえば「自由」はリバティか』渡辺浩著（岩波書店2025）という本が出版された。副題は「西洋の基礎概念とその翻訳語をめぐる６つの講義」。内容についてまず新聞の書評を転載しよう。<br /><br />(引用開始)<br /><br />　西洋近代が育み日本語に翻訳された「自由」や「権利」「社会」といった抽象語は、概念そのものについての誤解や不理解も手伝って、原語と意味のズレが生じているものが多い。本書は日本政治思想史の泰斗が政治にかかわる言葉を取り上げ、日本語への移入と定着の過程を読み解く。<br />　「自由」は、英語でいえばFreedomやLibertyの訳語として日本語に入った。著者は言語がもっている「自分が自分の主人である」感覚、言い換えれば「奴隷ではない状態」という含みが字面から読み取りにくくなったと指摘する。むしろ「自主」の方が原語に近い。<br />　それでも「自由」が定着したのは、この語が昔から日本語、漢語の世界になじんでいたからだ。ただし「勝手気まま、思い通りになること」の意味で。だからこそ現代に至るまで日本で「自由」について議論すると、その可能性よりは限界や困難、はては幻想性を指摘する傾向が強くなりがちだという。<br />　「権利」も漢語由来の「権勢と利益」の語義が前に出て、英語のRightが持つ法律的・道徳的に「正しい要求」というニュアンスが薄れてしまった。著者は江戸時代以来の文章に見出せる「一分（いちぶん）」の方が日本の伝統をよく映していると説く。言葉を巡る、優れた比較思想研究だ。<br /><br />(引用終了)<br />＜日経新聞　11/15/2025）<br /><br />この本は、「Liberty」「Right」「Law」「Nature」「Public/Private」「Society」という６つの西洋の基礎概念の翻訳語、「自由」「権利」「法」「自然」「公／私」「社会」について、原語の意味と翻訳のズレを指摘、同時に、どうしてそういう翻訳になったのかについて歴史を振り返る内容となっている。詳細は本書をお読みいただきたいが、それぞれの言葉のズレを要約すると、<br /><br />①「Liberty」と「自由」<br />奴隷でない自主を意味する「Liberty」が、気ままで便利を意味する自由自在の「自由」と訳されたことで、自主という概念が希薄になった。「どうせ人生は何かと不自由なものだ。そうであるのに、自由、自由と騒ぐのは、いい大人の態度ではなかろう」といった台詞に意味のズレが表れる。<br /><br />②「Right」と「権利」<br />法的あるいは道徳的に正当な要求を意味する「Right」が、権勢と利益を意味する漢語「権利」と訳されたことで、正しいこと、という意味側面が見えにくくなった。<br /><br />③「Law」と「法」<br />「Right」と表裏一体をなすところの「Law」が、旧来の秩序の維持を目的とする「法」と訳されたことで、正しいこと、という意味側面が見えにくくなった。「法務省」の正式な英語名が「Ministry of Justice」であることを奇異に思う人もいそう。<br /><br />④「Nature」と「自然」<br />創造主による被造物を意味する「Nature」は、各々創造された際に与えられた本性（性質・本質・素質）をもその意味に含む。それが本性の意味をほぼ持たない「自然」と訳されたことで、単に「人為」と対比される意味概念に止まった。たとえばhuman natureに基づくnatural rightは自然権と訳されるが、自然権を「自然な権利」と見ただけでは、natural rightという言葉に込められた「人間の本性（性質・本質・素質）と信じられたものに由来する正しさ」という意味が読み取れない。<br /><br />⑤「Public/Private」と「公／私」<br />人々全般に開いているという意味の「Public」、特定の人々のみに開いているという意味の「Private」といった、領域的区別でしかないところの「Public/Private」が、上・尊を指す「公」、下・卑を指す「私」、といった上下・尊卑関係を含有する「公／私」と訳されたことで、本来の領域的区別を超える意味合いが付加されしまった。いまでも「滅私奉公」といえば、下にある者がお上（国家や所属する組織）に奉仕するために自分や家族を犠牲にすることを意味している。<br /><br />⑥「Society」と「社会」<br />共通の目的や資質を持つ人々が交流し、交際し、協力する集まり、という意味合いを持つ「Society」。それまでの日本語には「仲間」「組」「連中」「社中」などといった、societyに近い、自主的な結社・集団を意味する言葉もあったけれど、西洋語の翻訳とわかる新語ということで「社会」という訳語が作られた。しかし「社会」という語からは、集まりという以上の意味合いは読み取れない。そこでこの新語は、旧来からある、自分や身内の外にあって、自分や身内を取り囲んでいる「世間」と、ほぼ同義なものとして定着してしまった。それ故、社交性（sociability）や互助精神（mutual aid spirit）が、人の資質にとって不可欠なものであるという認識が薄れてしまった。<br /><br />となるだろうか。<br /><br />　このブログでは、「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/188129391.html" target="_blank">日本語を鍛える</a>」などの項で、日本で個人の自立が果たされないのは、明治期における日本語の近代化の失敗によるところが大きいと論じてきた。この本によって、西洋基礎概念の翻訳語のズレを頭に入れ、個人の自立をさらに考えてゆきたい。<br /><a name="more"></a>

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<title>暗号の手紙　II</title>
<description>　前回「暗号の手紙」の項でみた『秘密諜報員ベートーヴェン』古山和男著（新潮新書2010年）に触発されて何冊か関連する本を読んだ。以下、それらを簡単に紹介しておきたい。１．『哲学するベートーヴェン』伊藤貴雄著（講談社選書メチエ2025）副題「カント宇宙論から《第九》へ」改革派に与していたというベートーヴェンの生い立ちと、彼を取り巻く人物たちとの交流を知ろうと手にした本。《第九》作曲への道筋がよりよく見えて来る。本のカバー裏表紙にある紹介文は次の通り。(引用開始)「われらが内なる..</description>
<dc:subject>アート＆レジャー</dc:subject>
<dc:creator>茂木賛</dc:creator>
<dc:date>2026-01-01T11:16:55+09:00</dc:date>
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　前回「暗号の手紙」の項でみた『秘密諜報員ベートーヴェン』古山和男著（新潮新書2010年）に触発されて何冊か関連する本を読んだ。以下、それらを簡単に紹介しておきたい。<br /><br />１．『哲学するベートーヴェン』伊藤貴雄著（講談社選書メチエ2025）副題「カント宇宙論から《第九》へ」<br /><br />改革派に与していたというベートーヴェンの生い立ちと、彼を取り巻く人物たちとの交流を知ろうと手にした本。《第九》作曲への道筋がよりよく見えて来る。本のカバー裏表紙にある紹介文は次の通り。<br /><br />(引用開始)<br /><br />「われらが内なる道徳法則と、われらが上なる星輝く天空！　カント！！」<br />――一八二〇年、四十九歳のベートーヴェンは、そう書き記した。<br />《第九》初演のおよそ四年前のことである。<br />引用された『実践理性批判』の結語に加えられたわずかな変更と、この大いなる感激は、何を物語るのか。<br />果たして哲学は音楽に影響をもたらしたのか。<br />ベートーヴェンと、彼を取り巻く文化的、社会的文脈から《第九》を生んだドイツの時代精神を描き出す！<br /><br />(引用終了)<br /><br />２．『ゲーテとベートーヴェン』青木やよひ著（平凡社新書2004年）副題「巨匠たちの知らざれる友情」<br /><br />ベートーヴェンを取り巻く人物たちの中でとくに興味深いゲーテとの交流について書かれた本。章立ては以下の通り。<br /><br />第一章　対照的な二人の巨匠<br />第二章　青春の迷いのとき――ゲーテ<br />第三章　宮廷音楽家からの出発――ベートーヴェン<br />第四章　成熟のとき――ゲーテ<br />第五章　両巨匠をつなぐもの<br />第六章　夏の保養地ボヘミア<br />第七章　世紀の出会い<br />第八章　知らざれる幸福な再会<br />第九章　二つの世界の交響<br />第十章　ゲーテの沈黙とベートーヴェンの政治意識<br /><br />ゲーテとベートーヴェンは一八一二年に夏の保養地ボヘミアで初めて出会う。そのことは『秘密諜報員ベートーヴェン』にもあるが、この本にはその前後の経緯も描かれていて好奇心が満たされる。<br /><br />３．『ミステリー作家漱石の謎を解く』古山和男著（帝京新書2024）副題「百年計画で斃すべき敵の正体」<br /><br />古山氏の新しい本。こちらは夏目漱石の小説の裏を探る内容。本のカバー表紙にある紹介文は次の通り。<br /><br />(引用開始)<br /><br />漱石の謎「文学の形式はF+f」「敵を百年計画で斃す」の意味は何か。<br />日露戦争の戦死者、霊が現れる能楽の夢幻能に手がかりが。<br />『草枕』の那美も『三四郎』の美彌子も、亡霊の「迷女（マドンナ）」だった！！<br /><br />(引用終了)<br /><br />漱石の『吾輩は猫である』や『坊ちゃん』、『草枕』や『三四郎』をこのような視点で読んだことはなかった。ベートーヴェンの話同様興味深い内容。<br /><a name="more"></a>

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<item rdf:about="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191566386.html">
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<title>暗号の手紙</title>
<description>　『秘密諜報員ベートーヴェン』古山和男著（新潮新書2010年）という興味深い本を読んだ。まず内容の概略を本の帯裏表紙から引用しよう。(引用開始)「わが不滅の恋人よ」と呼びかける、ベートーヴェンの熱烈な「ラヴレター」。宛名がないため、200年近くたった今でも、その相手は分かっていない。だが、ここに驚くべき仰天新説登場！この手紙はナポレオンのロシア遠征にからむ「暗号密書」だった！？「闘う男」ベートーヴェンの真の姿を描き出す壮大な歴史絵巻、ここに開幕！(引用終了)本書の章立ては次の..</description>
<dc:subject>アート＆レジャー</dc:subject>
<dc:creator>茂木賛</dc:creator>
<dc:date>2025-12-10T13:40:34+09:00</dc:date>
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　『秘密諜報員ベートーヴェン』古山和男著（新潮新書2010年）という興味深い本を読んだ。まず内容の概略を本の帯裏表紙から引用しよう。<br /><br />(引用開始)<br /><br />「わが不滅の恋人よ」と呼びかける、ベートーヴェンの熱烈な「ラヴレター」。宛名がないため、200年近くたった今でも、その相手は分かっていない。だが、ここに驚くべき仰天新説登場！この手紙はナポレオンのロシア遠征にからむ「暗号密書」だった！？「闘う男」ベートーヴェンの真の姿を描き出す壮大な歴史絵巻、ここに開幕！<br /><br />(引用終了)<br /><br />本書の章立ては次の通り。<br />----------------------------------------------------<br />第一章　＜不滅の恋人＞への手紙とは<br />第二章　ナポレオンの大陸制度<br />第三章　ベートーヴェンとブレンターノ家の人々<br />第四章　一八一二年七月、テプリッツ<br />第五章　「手紙」の再検証<br />第六章　大崩壊<br />第七章　＜不滅の恋人＞の去ったヨーロッパ<br />第八章　結論<br />----------------------------------------------------<br /><br />　古山氏の主張は、この手紙は恋文を装った密書であり、反ナポレオン陣営（＝守旧派）のエステルハージの動向を、改革派の親友フランツ・ブレンターノに伝えるために書かれたとするもの。ベートーヴェンは改革派に与していた。手紙はナポレオンがロシア遠征に出た時期、1812年7月にボヘミアのテプリッツで書かれた。恋文を装って情報を伝えたのは、当時のオーストリア帝国では秘密警察が手紙を検閲していたから。「不滅の恋人」とは「自由」の暗喩ではないか。<br /><br />　フランス革命からナポレオン支配のこの時期、大陸では守旧派の貴族と改革派の実業家たちが権力のつばぜり合いを演じていた。ナポレオンの大陸封鎖（イギリス締め出し）が成功すれば実業家たちに有利、ナポレオンが失脚すれば貴族たちが復権する、という緊迫した状況下で手紙は書かれた。<br /><br />　封鎖を搔い潜ってイギリスと密貿易を重ねるロシアに遠征したナポレオンが敗退すると、守旧派が大陸の権力を握る（1814-1815年のウイーン会議）。その後、ベートーヴェンはウイーンで長く幽閉状態に置かれた。かの交響曲第九番が発表されたのは守旧派の力が弱まったおよそ10年後の1824年。テーマは改革派が追い求めた不滅の恋人＝自由。<br /><br />　古山氏の主張はおよそこのようなものだが、本書はベートーヴェンの後援者・支持者たち（＝改革派）と反ナポレオン陣営（＝守旧派）の動向が詳細に描かれており、当時の歴史の勉強にもなった（ベートーヴェンをめぐる女性たちについても）。興味を持った方は是非本書をお読み戴きたい。<br /><a name="more"></a>

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<item rdf:about="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191560292.html">
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<title>思考の軸</title>
<description>　先日「後期近代　IV」の項で、複眼主義のA側偏重の人もB側偏重の人も、反対側の思考や特徴を忘れずに、「事に当たって相応しい発想を選ぶ」ようにアドバイスしたけれど、今回はそのための補助線として、発想における「思考の軸」について書いてみたい。　我々は事に当たり、いくつかの見方（主義）をベースに発想し、様々検討を加えた上で判断を下す。その見方をここでは以下の四つに分類したい。「理想主義」：日頃持っている「理想」に基づいて物事を判断する「ロマン主義」：自分が持つロマン（夢）に沿って..</description>
<dc:subject>公と私論</dc:subject>
<dc:creator>茂木賛</dc:creator>
<dc:date>2025-12-03T13:33:29+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　先日「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191548308.html" target="_blank">後期近代　IV</a>」の項で、複眼主義のA側偏重の人もB側偏重の人も、反対側の思考や特徴を忘れずに、「事に当たって相応しい発想を選ぶ」ようにアドバイスしたけれど、今回はそのための補助線として、発想における「思考の軸」について書いてみたい。<br /><br />　我々は事に当たり、いくつかの見方（主義）をベースに発想し、様々検討を加えた上で判断を下す。その見方をここでは以下の四つに分類したい。<br /><br />「理想主義」：日頃持っている「理想」に基づいて物事を判断する<br />「ロマン主義」：自分が持つロマン（夢）に沿って判断する<br />「現実主義」：目の前にある「現実」に照らし合わせて判断する<br />「損得主義」：自分にとって（あるいは人にとって）損か得かで判断する<br /><br />人は、理想がなければ生きる目標はないし、ロマンがなければ人生つまらない。しかし、現実をみなければ生き延びられないし、ときに損得を考える必要もある。それが大人のコモンセンス（社会生活上誰もが知っている共通の認識、思慮、分別、良識など倫理的な事柄）だと思う。<br /><br />　この四つの主義、「理想主義」の反対は「損得主義」、「現実主義」の反対は「ロマン主義」と考えられるから、<br /><a href="http://smr-jp.sakura.ne.jp/sblo_files/night-flight/image/E6809DE88083E381AEE8BBB8.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="思考の軸.jpg" src="http://smr-jp.sakura.ne.jp/sblo_files/night-flight/image/E6809DE88083E381AEE8BBB8-thumbnail2.jpg" width="400" height="300"></a><br />【図１】<br /><br />という構図を描くことが出来る。これを「思考の軸」と呼ぼう。複眼主義のA側、B側でいえば、十字の左側はA側主導、右側はB側主導の発想といえるだろう。複眼主義の生産と消費論でいえば、十字の上側は生産（他人のための行為）的発想、下側は消費（自分のための行為）的発想といえるかもしれない。<br /><br />　あなたは、様々な事（買い物、政治談議、結婚、子育て、仕事、旅行など）に当り、これらのうちどの発想を主に選んでいるだろうか。この構図を使って、自分のAB偏重具合、人格性向を知り、「事に当たって相応しい発想を選ぶ」力を養っていただきたい。<br /><br />　またこの構図、<br /><a href="http://smr-jp.sakura.ne.jp/sblo_files/night-flight/image/E6809DE88083E381AEE8BBB8EFBC92.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="思考の軸２.jpg" src="http://smr-jp.sakura.ne.jp/sblo_files/night-flight/image/E6809DE88083E381AEE8BBB8EFBC92-thumbnail2.jpg" width="400" height="300"></a><br />【図２】<br /><br />と書き入れると、それぞれの主義の間にさらに四つの中間的な象限が見えて来る。それぞれの象限は、<br /><br />①　理想主義ではあるが、現実を見極める力もある<br />②　理想主義であり、同時にロマンを追い求める<br />③　現実を見極めながら、損得を第一に考える<br />④　ロマンを追い求めながら、損得を忘れない<br /><br />ということで、この図表は、どの象限に言動が最も頻繁にヒットするかで、その人の人物評価に使うこともできる。それぞれの象限に応じて思いつく典型的なprofessionとしては、<br /><br />①　志のある政治家<br />②　芸術家<br />③　政商<br />④　ギャンブラー<br /><br />といったところか。もしあなたの言動が③か④ばかりヒットするようであれば、コモンセンスに照らして、すこし生き方を改めたほうがいいかもしれない。ここまで書いて「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格はない」という例のフィリップ・マーロウの台詞を思い出したが、「タフさ」とは③と④、「優しさ」とは①と②、と考えれば、この構図、マーロウの台詞とも辻褄が合うように思うがいかがだろう。<br /><a name="more"></a>

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<title>人体の精密</title>
<description>　ここのところ読んできた最近の人体に関する本（新書）をいくつか紹介したい。書名のあとに、本のカバーや帯にある文章を載せて説明に代えよう。副題は冒頭に載せる。１．『自律神経の科学』鈴木郁子著（講談社BLUE BACKS 4/20/2023）副題「「身体が整う」とはどういうことか」「心身の不調は自律神経が原因かもしれない」「自律神経のバランスが乱れている」などとよく耳にします。そもそも、自律神経とはどのような神経なのでしょうか？簡単にいえば「内臓の働きを調整している神経」。全身の..</description>
<dc:subject>非線形科学</dc:subject>
<dc:creator>茂木賛</dc:creator>
<dc:date>2025-11-26T12:09:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　ここのところ読んできた最近の人体に関する本（新書）をいくつか紹介したい。書名のあとに、本のカバーや帯にある文章を載せて説明に代えよう。副題は冒頭に載せる。<br /><br />１．『自律神経の科学』鈴木郁子著（講談社BLUE BACKS 4/20/2023）<br /><br />副題「「身体が整う」とはどういうことか」<br />「心身の不調は自律神経が原因かもしれない」「自律神経のバランスが乱れている」などとよく耳にします。そもそも、自律神経とはどのような神経なのでしょうか？簡単にいえば「内臓の働きを調整している神経」。全身の臓器とつながり、身体の内部環境を守っています。自律神経に関わる歴史的な研究を辿りながら、交感神経・副交感神経の仕組みや新たに発見された「第三の自律神経」の働きまで、丁寧に解説していきます。（本カバー裏表紙より）<br /><br />２．『硬くて柔らかい「複雑系」骨のふしぎ』石井優著（講談社BLUE BACKS 5/20/2025）<br /><br />副題「からだを支えるだけでない、知られざるはたらき」<br />一見、硬くて不動のものであるように感じる骨。しかし、最先端の技術で観察すると驚くほど「動的」な姿が見えてきた。骨を壊す細胞とつくる細胞、真逆の機能の両者は、互いに制御し合っていた！　骨は生命に必須のカルシウム＆リンの貯蔵庫の役割も。脳や脂肪組織とのかかわりが指摘される骨ホルモンとは？　そして、人類の敵、がんはどうやって骨に移転するのか。第一人者が解説する骨研究の最前線。（本カバー裏表紙より）<br /><br />３．『脳と免疫の謎』毛内拡著（NHK出版新書 6/10/2025）<br /><br />副題「心身の不調はどこからくるのか」<br />「脳の免疫細胞」と言われるグリア細胞。その研究から、脳と免疫の相互作用が心身の不調、精神疾患、依存症などに影響を及ぼしていることが明らかになってきた。いったい脳の中で何が起きているのか。疲労・炎症のメカニズムだけでなく、脳のパフォーマンスの上げ方、セルフケアまで。気鋭の脳科学者が最新研究の成果をわかりやすく解説する！（本カバー表紙裏より）<br /><br />４．『腎臓の教科書』髙取優二著（講談社BLUE BACKS 9/20/2025）<br /><br />副題「体液の循環・浄化から見る驚異の生命維持システム」<br />一日に150~180リットルの体液を濾過し、水分・ミネラル・pHを調整する生命維持装置「腎臓」。再生医療でもっとも実現が難しいといわれる臓器の精緻な構造と老廃物除去のしくみから、脳や腸、心臓といった全身の臓器との連携について。さらに、慢性腎臓病約2000万人時代に知っておきたい、正しい医療知識や生活習慣による腎臓機能維持の方法までを腎臓専門医がていねいに解説します。（本カバー裏表紙より）<br /><br />５．『「腸と脳」の科学』坪井貴司著（講談社BLUE BACKS 9/20/2024）<br /><br />副題「脳と体を整える、腸の知られざるはたらき」<br />腸と脳がやり取りをして、お互いの機能を調整しているしくみ「脳腸相関」の研究がいま注目を集めています。腸内環境の乱れは、腸疾患だけでなく、不眠、うつ、発達障害、認知症、糖尿病、肥満、高血圧、免疫疾患や感染症の重症化……と、全身のあらゆる不調に関わることがわかってきているのです。腸がどのように脳や全身に作用するのか。分子および細胞レベルで見えてきた驚きのしくみを解説します。（本カバー裏表紙より）<br /><br />　以上だが、今更ながら人体（脳と身体）の精密に驚く。いまは『脳と免疫の謎』と同じ著者の『脳を司る「脳」』（講談社BLUE BACKS 12/20/2020）という本を読んでいる。興味深い知見があればご紹介したい。<br /><br />　尚、上記5冊以前に読んだ『脳は眠りで大進化する』上田泰己著（文春新書6/20/2024）については、去年「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191053222.html" target="_blank">眠りの研究</a>」の項で紹介した。併せてお読みいただけると嬉しい。<br /><a name="more"></a>

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<title>後期近代　IV</title>
<description>Q：前々回の「コモンセンス外の言動」や前回の「複眼主義の復習」におけるABバランスの話は興味深いですが、その先にどういった展開をお考えなのでしょうか？A：西洋近代文明は、後期に至り多くの人々をA側偏重に導いてきました。その反動がモノコト・シフト（B側偏重）であるわけですが、どちらも偏重が過度に進むと「コモンセンス外の言動」を惹起してしまう。これからの地域近代文明を実現するために、AとBのバランスを取ることが大切だと考えています。Q：地域近代文明の特徴とは？A：地域近代文明とは..</description>
<dc:subject>公と私論</dc:subject>
<dc:creator>茂木賛</dc:creator>
<dc:date>2025-11-19T10:52:51+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
Q：前々回の「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191517225.html" target="_blank">コモンセンス外の言動</a>」や前回の「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191542302.html" target="_blank">複眼主義の復習</a>」におけるABバランスの話は興味深いですが、その先にどういった展開をお考えなのでしょうか？<br /><br />A：西洋近代文明は、後期に至り多くの人々をA側偏重に導いてきました。その反動がモノコト・シフト（B側偏重）であるわけですが、どちらも偏重が過度に進むと「コモンセンス外の言動」を惹起してしまう。これからの地域近代文明を実現するために、AとBのバランスを取ることが大切だと考えています。<br /><br />Q：地域近代文明の特徴とは？<br /><br />A：地域近代文明とは、地域特色（文化、宗教、言語など）を生かした、<br /><br />〇　個の自立<br />〇　機会平等<br />〇　因習打破<br />〇　資本主義<br />〇　民主政治<br /><br />の起動であり、その中核を担うのは中産階級だと思います。<br /><br />Q：AとBのバランスを取ることって昔でいう文武両道のようなことですかね。<br /><br />A：そうそう。<br /><br />Q：<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/189680279.html" target="_blank">集団の無意識</a>とABバランスとの関連はどうですか？<br /><br />A：日本人は言語的にB側偏重になりやすく、西洋人はA側偏重になりやすい。中国、ロシア、その他の地域については、家族類型と言語、歴史（とくに西洋化具合との関係）などに応じて偏重具合も分かれてくるでしょう。<br /><br />Q：心理学では「人は自分の中に様々な人格を住まわせている」などといいますがそれとABのバランスは関係ありますか？<br /><br />A：その話と通ずるところはあるかもしれませんね。我々はプライベートなこと（恋愛、結婚、子育て、仕事、旅行、介護など）に当ってA側に偏ったりB側に偏ったりしますから。居住履歴（海外・国内）、学科専攻、読書遍歴、子弟・友人関係などにも影響されます。でも集合論的に考えると、世界規模の潮流である「文明動向」が最も人格（思考と行動の様式）に影響を与えると思います。<br /><br />Q：A側偏重とB側偏重、それぞれのキャラクターを分かり易く説明すると？<br /><br />A：A側偏重の人は、西洋近代の諸価値の下で育っていてその延長線上で物事を考えがち。自立心が強い、体壁系なので戦いを恐れない、現実的、経営者に多い、といったところ。弱点としてはgreed（過剰な財欲と名声欲）に陥りやすいと思います。B側偏重の人は、西洋近代の衰えを感じている人で、自然に親しむ、平和主義で争いを好まない、ロマン的、といったところ。弱点としては認知の歪みに陥りやすいかな。<br /><br />Qなるほど、イメージが湧きます。住まいに関してA側偏重派は都心のマンションを好み、B側偏重派は田舎移住を考えそうですね。<br /><br />A：スポーツでいえばA側偏重は都市型スポーツ、B側偏重は山登りなんかを好むかな。山ガールなんていいますしね。<br /><br />Q：最後に読者へのアドバイスなどあれば。<br /><br />A：私は西洋近代の諸価値の下で育った世代で、環境的にもA側偏重に近いところにいました。しかし、ここのところモノコト・シフトを肌で感じていて、B側偏重派への共感を強く持っています。読者へのアドバイスとしては、A側偏重の人も、B側偏重だと思う人も、反対側の思考や特徴を忘れずに、事に当って相応しい発想を選ぶ。そして共に地域充実社会の実現に力を注いで欲しいと思います。<br /><a name="more"></a>

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<item rdf:about="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191542302.html">
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<title>複眼主義の復習</title>
<description>　前回「コモンセンス外の言動」の項で、コモンセンス外言動の要因の一つとして、＜２＞AとBのバランスを挙げ、――――――――――――――――――A　Resource Planning－英語的発想－主格中心a　脳（大脳新皮質）の働き－「公（Public）」A　男性性＝「空間重視」「所有原理」	B　Process Technology－日本語的発想－環境中心b　身体（大脳旧皮質及び脳幹）の働き－「私（Private）」B　女性性＝「時間重視」「関係原理」などの内容を指し、複眼主義で..</description>
<dc:subject>公と私論</dc:subject>
<dc:creator>茂木賛</dc:creator>
<dc:date>2025-11-12T11:27:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　前回「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191517225.html" target="_blank">コモンセンス外の言動」</a>の項で、コモンセンス外言動の要因の一つとして、<br /><br />＜２＞AとBのバランス<br /><br />を挙げ、<br /><br />――――――――――――――――――<br />A　Resource Planning－英語的発想－主格中心<br />a　脳（大脳新皮質）の働き－「公（Public）」<br />A　男性性＝「空間重視」「所有原理」<br />	<br />B　Process Technology－日本語的発想－環境中心<br />b　身体（大脳旧皮質及び脳幹）の働き－「私（Private）」<br />B　女性性＝「時間重視」「関係原理」<br /><br />などの内容を指し、複眼主義では両者のバランスを大切に考える。ただし、<br />・各々の特徴は「どちらかと云うと」という冗長性あり。<br />・感性の強い影響下にある思考は「身体の働き」に含む。<br />・男女とも男性性と女性性の両方をある比率で併せ持つ。<br />・列島におけるA側は中世まで漢文的発想が担っていた。<br />・今でも日本語の語彙のうち漢語はA側の発想を支える。<br />――――――――――――――――――<br /><br />という複眼主義の対比のうち、どちらかへの過度の傾斜がコモンセンス外の言動を生んでしまうと書いたが、このAとBについて、これまでこのブログでみてきた上記以外の思考傾向・特徴を、復習の為にさらにいくつか記載しておきたい。<br /><br />A、a系：<br /><br />〇世界をモノ（凍結した時空）の集積体としてみる（線形科学）<br />〇デジタル回路思考主体<br />〇体壁・解糖系<br />〇子音語<br />〇理性重視、都市指向<br />〇「近」への反応<br />〇ひらめき<br />〇自立と効率<br />〇空間（space）意識強い<br /><br />B、b系： <br /><br />〇世界をコト（動きのある時空）の入れ子構造としてみる（非線形科学）<br />〇アナログ回路思考主体<br />〇内臓・ミトコンドリア系<br />〇母音語<br />〇感性重視、自然指向<br />〇「遠」との共振<br />〇直感<br />〇共生と効用<br />〇場所（place）意識強い<br /><br />以上だが、「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191140253.html" target="_blank">後期近代　III</a>」の項で、今の時代の特徴の一つは「中産階級の減少・没落」であり、中産階級の政治的考えは概ねコモンセンスに基づいた「中道」であると書いた。複眼主義でいうABのバランスを大切に考えることは、この“コモンセンスに基づいた「中道」”を支える考え方と重なると思う。<br /><a name="more"></a>

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<item rdf:about="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191517225.html">
<link>http://celadon.ivory.ne.jp/article/191517225.html</link>
<title>コモンセンス外の言動</title>
<description>　去年「後期近代　III」の項で、後期近代は中産階級の減少・没落に特徴づけられるとし、中産階級の政治的考えは、概ねコモンセンス（社会生活上誰もが知っている共通の認識、思慮、分別、良識など倫理的な事柄）に基づいている、と書いたが、ここではコモンセンスから外れる言動（考えと行動）について、（政治的なものだけでなく広く一般的な言動も含めて）その要因を探ってみたい。　今回も前提として、複眼主義の対比を援用する。その対比（AとB）とは、――――――――――――――――――A　Resou..</description>
<dc:subject>公と私論</dc:subject>
<dc:creator>茂木賛</dc:creator>
<dc:date>2025-10-15T13:05:33+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　去年「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191140253.html" target="_blank">後期近代　III</a>」の項で、後期近代は中産階級の減少・没落に特徴づけられるとし、中産階級の政治的考えは、概ねコモンセンス（社会生活上誰もが知っている共通の認識、思慮、分別、良識など倫理的な事柄）に基づいている、と書いたが、ここではコモンセンスから外れる言動（考えと行動）について、（政治的なものだけでなく広く一般的な言動も含めて）その要因を探ってみたい。<br /><br />　今回も前提として、複眼主義の対比を援用する。その対比（AとB）とは、<br />――――――――――――――――――<br />A　Resource Planning－英語的発想－主格中心<br />a　脳（大脳新皮質）の働き－「公（Public）」<br />A　男性性＝「空間重視」「所有原理」<br />	<br />B　Process Technology－日本語的発想－環境中心<br />b　身体（大脳旧皮質及び脳幹）の働き－「私（Private）」<br />B　女性性＝「時間重視」「関係原理」<br /><br />などの内容を指し、複眼主義では両者のバランスを大切に考える。ただし、<br />・各々の特徴は「どちらかと云うと」という冗長性あり。<br />・感性の強い影響下にある思考は「身体の働き」に含む。<br />・男女とも男性性と女性性の両方をある比率で併せ持つ。<br />・列島におけるA側は中世まで漢文的発想が担っていた。<br />・今でも日本語の語彙のうち漢語はA側の発想を支える。<br />――――――――――――――――――<br />というもの。以下、コモンセンスから外れる言動の要因を列挙し、それぞれについてコメントしていこう。<br /><br />＜１＞三つの宿痾<br /><br />　以前「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/101528357.html" target="_blank">三つの宿痾</a>」の項で書いた、<br /><br />（１）社会の自由を抑圧する人の過剰な財欲と名声欲（greed）<br />（２）それが作り出すシステムとその自己増幅を担う官僚主義（bureaucracy）<br />（３）官僚主義を助長する我々の認知の歪みの放置<br /><br />という人類の宿痾三つの何れかによって、コモンセンスを外れた言動が生まれる。詳細は同項を参照していただきたいが、（３）の例としては、<br /><br />二分割思考（all-or-nothing thinking）<br />過度の一般化（overgeneralization）<br />心のフィルター（mental filter）<br />マイナス思考（disqualifying the positive）<br />結論への飛躍（jumping to conclusions）<br />拡大解釈と過小評価（magnification and minimization）<br />感性的決め付け（emotional reasoning）<br />教義的思考（should statements）<br />レッテル貼り（labeling and mislabeling）<br />個人化（personalization）<br /><br />などがある。それらは、<br /><br />＜内的要因＞<br /><br />体全体：病気・疲労・五欲<br />脳（大脳新皮質）の働き領域：無知・誤解・思考の癖（くせ）<br />身体（大脳旧皮質・脳幹）の働き領域：感情（陽性感情と陰性感情）<br />－陽性感情（愛情・楽しみ・嬉しさ・幸福感・心地よさ・強気など）<br />－陰性感情（怒りと憎しみ・苦しみ・悲しさ・恐怖感・痛さ・弱気など）<br /><br />＜外的要因＞<br /><br />自然的要因：災害や紛争・言語や宗教・その時代のパラダイム<br />人工的要因：greedとbureaucracyによる騙しのテクニック各種<br /><br />によって生まれる。<br /><br />＜２＞AとBのバランス<br /><br />　複眼主義の対比から言えることの一つに、脳（大脳新皮質）は新しいことを考えるのが得意であり、身体（大脳旧皮質及び脳幹）は継続性を重んじる、という傾向がある。コモンセンスのある人はAとBのバランスが良い。複眼主義でも両者のバランスを大切に考える。しかし人はこのバランスを崩して、コモンセンス外の言動を取ることがある。A側に傾斜したものでは、ひたすら理屈っぽい言動、過激な言動、計略など。B側に傾斜したものとは、身体（大脳旧皮質及び脳幹）の継続性を重視した言動。身体の弱った老人の言動はこちらが多くなりやすい。脳と身体は繋がっているから相互に影響を受ける。＜１＞の（３）における体全体（病気・疲労・五欲）と感情（陽性感情と陰性感情）による認知の歪みが重症化するとその悪い例となる。空気や雰囲気に呑まれたり、情（友情や愛情）に引き摺られたりしてコモンセンス外の言動に走ってしまうのは、B側の影響が強い日本人によくみられる。<br />　尚、いわゆる常識（社会で一般的に当たり前とされている知識、考え方）と倫理性がベースにあるコモンセンスとは別物。常識は新しい優れた考えによって上書きされ得る。つねに常識を疑うのがコモンセンスだともいえる。このブログについて、“世の中には間違った常識がいっぱい転がっています。「夜間飛行」は、私が本当だと思うことを世の常識にとらわれずに書いていきます”と記したのはこのことを指しているつもりだ。<br /><br />＜３＞社会的拘束<br /><br />　何らかの社会的な拘束で、本心とは違う言動を迫られそれがコモンセンスを外れた言動になることがある。<br /><br />〇脅迫を受けている<br />〇借金がある<br />〇主従関係、契約関係がある<br /><br />などなど。こういった要因はなかなか表に出ないので判断が難しいが、その人の言動の一貫性、社会的な地位や立場、などを調べると解ってくる。この要因は政治家やマスコミの言動に現れることが多い。<br /><br />　以上だが、人がコモンセンス外の言動を見せる場合、その要因を上記したなかから見つけ出し、どのように対応するかを判断して欲しい。要因が複合的な場合もある。勿論、自分の言動についても上記と照らし合わせ自省したい。<br /><a name="more"></a>

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<title>統帥権と国体</title>
<description>　去年の一月から、GHQ占領下日本でおきた初代国鉄総裁の死を巡る『下山事件　最後の証言』柴田哲孝著（祥伝社文庫）を皮切りに、＜戦後史＞『日本永久占領』片岡鉄哉著（講談社＋α文庫）『占領史追跡』青木冨貴子著（新潮文庫）『在日米軍基地』川名普史著（中公新書）『ワシントンハイツ』秋尾沙戸子著（新潮社）『軍隊なき占領』ジョン・G・ロバーツ＋グレン・デイビス著（講談社＋α文庫）『７３１』青木冨貴子著（新潮文庫）『昭和天皇の敗北』小宮京著（中公選書）『近衛文麿「黙」して死す』鳥居民著（草..</description>
<dc:subject>公と私論</dc:subject>
<dc:creator>茂木賛</dc:creator>
<dc:date>2025-05-08T10:38:58+09:00</dc:date>
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　去年の一月から、GHQ占領下日本でおきた初代国鉄総裁の死を巡る『下山事件　最後の証言』柴田哲孝著（祥伝社文庫）を皮切りに、<br /><br />＜戦後史＞<br />『日本永久占領』片岡鉄哉著（講談社＋α文庫）<br />『占領史追跡』青木冨貴子著（新潮文庫）<br />『在日米軍基地』川名普史著（中公新書）<br />『ワシントンハイツ』秋尾沙戸子著（新潮社）<br />『軍隊なき占領』ジョン・G・ロバーツ＋グレン・デイビス著（講談社＋α文庫）<br />『７３１』青木冨貴子著（新潮文庫）<br />『昭和天皇の敗北』小宮京著（中公選書）<br />『近衛文麿「黙」して死す』鳥居民著（草思社）<br /><br />＜戦前史＞<br />『満洲国グランドホテル』平山周吉著（芸術新聞社）<br />『〈満洲〉の歴史』小林英夫著（講談社現代新書）<br />『「憲政常道」の近代日本』村井良太著（NHKブックス）<br />『副島隆彦の歴史再発掘』副島隆彦著（ビジネス社）<br />『愚かなる開戦』鈴木壮一著（毎日ワンズ）<br />『増補新版・終戦と近衛上奏文』新谷卓著（彩流社）<br />『近衛文麿と日米開戦』川田稔編（祥伝社新書）<br /><br />などといった本を再読または初読してきた。そのなかで戦前戦後、政治家各々の問題もさることながら、国家制度の不備について思う所があったので、最近「X」（旧Twitter）の方に＜統帥権と国体＞というタイトルで思う所を書いた。今回はそれをここに転記しさらにその下に追記、敷衍しておきたい。<br /><br />――――――――――――――――<br />O5/03/2025「X」（旧Twitter）<br />＜統帥権と国体＞『増補新版・終戦と近衛上奏文』、『近衛文麿と日米開戦』を読了。明治憲法下の制度の問題は「現人神天皇制」と「統帥権の独立」だろう。国民は天皇の赤子であり、その天皇が軍の最高指揮権を持つ体制下では、内閣総理大臣が内政・外交をコントロールすることは不可能。<br /><br />＜統帥権と国体＞②　敗戦後、現人神天皇制は「象徴天皇制」へ、統帥権の独立は「統帥権の米国委任」へと変化。主権の所在は国民にあるとされるが象徴天皇制には解釈の恣意性が残る。軍の最高指揮権が米軍にある体制下では、戦前同様内閣総理大臣が内政・外交をコントロールできるとは考え難い。<br /><br />＜統帥権と国体＞③　第一次世界大戦後の政党政治から1940年代の軍と政治の動きを追うなかで思うのは、国家制度をまともなものにしないと、再び戦争に巻き込まれる可能性が大きいということ。<br /><br />＜統帥権と国体＞④　果たして今の日本に国家制度をまともなものに出来る人物はいるだろうか。戦前、近衛文麿は「新体制」と称してそれをやろうとしたが失敗、（他の理由も勿論あるけれど）アメリカとの戦争を止めることは出来なかった。<br />――――――――――――――――<br /><br />　「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/186123953.html" target="_blank">幕末史の表と裏</a>」の項で書いたように、明治政府は薩長の中間・下級武士、京都の下級公家たちが明治天皇をすり替えてつくった疑いがあり、「現人神天皇制」と「統帥権の独立」は、彼らの権力の隠れ蓑として導入された可能性が高い。その体制をそのまま大正、昭和へと引き継いでしまったことに戦前日本の悲劇があったように思う。西園寺公望は政党政治を確かなものにしようと努力したが道半ばで死去、近衛文麿は「新体制」と称し政党によって「統帥権の独立」他を改めようとしたが、「それは幕府を作るのと同じだ」と宮内官僚に諫められて断念してしまった。アメリカとの戦争を止めることが出来なかった理由は、軍人の暴走、政治家の力不足、スパイの暗躍、英米の思惑等様々あれど、明治政府がつくった国家体制の脆弱性がその根本にあると思う。<br /><br />　そうだとすると今はどうかということになるが、「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/181116372.html" target="_blank">サンフランシスコ・システム</a>」の項等で書いてきたような米軍による日本支配体制では、戦争を回避するのは難しいだろう。「象徴天皇制」についても『昭和天皇の敗北』の冒頭に、<br /><br />(引用開始)<br /><br />　平成二十八年（二〇一六）年八月八日、平成の天皇がメディアを通じて「象徴としてのお務めについて」おことばを発した。それまで平成の天皇は「象徴」を突き詰めて考え、行動してきたと評価されてきた。その天皇が自ら譲位を求めるなど、誰もが予想しない、きわめて異例な出来事であった。譲位が現行制度に存在しないのだから、おことばは、新たな立法や皇室典範の改正などを求める行為に他ならない。天皇は政治的行為をしないという誰もが漠然と信じていた空気のようなものが崩れた。<br />　政治的機能を何一つ有さないはずの天皇が政治を動かす。<br />　唐突に時間の流れが断ち切られ、あたかも戦後の終わりが告げられたようであった。<br /><br />(引用終了)<br />＜「はじめに―戦後の終わりから始まりへ」iiiページ）<br /><br />とあるように、解釈に恣意性が残る曖昧なものだ。戦後の国家体制は戦前のそれ同様きわめて脆弱なものだと考えざるを得ない。<br /><br />　いま政治家のなかに、西園寺公望や近衛文麿ほどの人物はいるだろうか。いないのであれば、このブログを読みに来てくれる皆さんのような方の中からそういう人物が現れることを期待するしかない。私も、これからの望ましい国家体制について「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/186647775.html" target="_blank">新しい統治思想の枠組み　II</a>」などで考えてきた。併せてお読みいただけると嬉しい。<br /><a name="more"></a>

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<title>『鳥居龍蔵伝』を読む</title>
<description>　『秋田…環日本海文明への扉』伊藤俊治＝文／石川直樹＝写真（亜紀書房）という本を読んでいたら、その第二章「北海の彼方へ」に『鳥居龍蔵伝』中薗英助著（岩波現代文庫）の紹介があった。『秋田…環日本海文明への扉』は、(引用開始)北限の秋田。先は魑魅魍魎が跋扈する未開の地……しかし、「文明」の行き止まりとされたその地こそ、日本海以北の海を挟んで、大陸や島々の人々が行き交う北方民族たちの文化ネットワークへの玄関口であった。異国から来訪する「マレビト」が起動する文化変容。厳寒の雪国で洗練..</description>
<dc:subject>アート＆レジャー</dc:subject>
<dc:creator>茂木賛</dc:creator>
<dc:date>2025-01-30T10:38:21+09:00</dc:date>
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　『秋田…環日本海文明への扉』伊藤俊治＝文／石川直樹＝写真（亜紀書房）という本を読んでいたら、その第二章「北海の彼方へ」に『鳥居龍蔵伝』中薗英助著（岩波現代文庫）の紹介があった。『秋田…環日本海文明への扉』は、<br /><br />(引用開始)<br /><br />北限の秋田。先は魑魅魍魎が跋扈する未開の地……<br />しかし、「文明」の行き止まりとされたその地こそ、日本海以北の海を挟んで、大陸や島々の人々が行き交う北方民族たちの文化ネットワークへの玄関口であった。異国から来訪する「マレビト」が起動する文化変容。厳寒の雪国で洗練されていく精神と美意識。従来の枠を超えて美術／写真史を論じてきた美術史家が、故郷・秋田を歩きながら、その風土の深層へと分け入り、日本文化の底流にある異形の風景を鮮やかに現前させる。日本のもうひとつのルーツを解き明かす「裏日本史」。<br /><br />(引用終了)<br />＜本カバー裏表紙＞<br /><br />といった内容で、登場する人物は、芭蕉、西行（第一章）、鳥居龍蔵、小林多喜二（第二章）、藤田嗣治（第三章）、岡本太郎（第四章）、白井晟一（第五章）、ブルーノ・タウト、黒澤明（第六章）、平賀源内、宮沢賢治（第七章）、ニコライ・ネフスキー、岡正雄（第八章）、折口信夫（第九章）、土方巽、細江英公（第十章）など。みな秋田と特別な関りを持つ。<br /><br />　『鳥居龍蔵伝』は、<br /><br />(引用開始)<br /><br />日本文化の源流と歴史の古層を求め、戦時下の東アジアを走破した人類学者・鳥居龍蔵。自由な学風を許さない時代、大学の要職を辞し、家族とともにフィールド・ワークを続けた鳥居は膨大な記録と写真資料を残したが、他民族への深い文化理解はいかに可能となったのか。その壮絶なる全生涯に挑んだ、大佛次郎賞受賞の大作。<br /><br />(引用終了)<br />＜＜本カバー裏表紙＞<br /><br />というもので、副題は「アジアを走破した人類学者」。その目次は、<br /><br />第一章　ドルメンじゃ！<br />第二章　新高山の白雪を踏む<br />第三章　「コロボックル」の謎を追って<br />第四章　妻きみ子との出会い<br />第五章　貴州苗族に「日本民族」を求めて<br />第六章　伊波普猷と沖縄調査<br />第七章　わがライフワーク「満蒙」<br />第八章　砂漠に契丹の都を追う<br />第九章　遼帝国の版図に遺るシャーマン<br />第十章　朝鮮に楽浪漢墓を発見<br />第十一章　シベリアに先住民を求めて<br />第十二章　人類学教室主任の椅子へ<br />第十三章　東大理学部を辞職<br />第十四章　長男パリに客死す<br />第十五章　ワール・マンハに藤原美術を見る<br />第十六章　戦火に耐えた家族探検隊<br />第十七章　インカ遺跡を訪ねて<br />第十八章　日米「北京原人」争奪戦<br />第十九章　侵略は空しく学芸は永し<br /><br />となっている。鳥居龍蔵（1870-1953）のライフワークは契丹の遼代の研究だが、そのフィールド・ワークの足跡は、千島列島からシベリア、樺太、満蒙、朝鮮、台湾、西南中国、南米に及ぶ。本には彼の旅程を辿った地図も載っているので分かり易い。戦後よりも戦前の方が大陸へ行きやすかったことを差し引いても、その調査範囲の広さと調査回数の多さに驚く。<br /><br />　鳥居龍蔵の著書『武蔵野及其周辺』（磯部甲陽堂、大正十三年）に収録された「武蔵野の高麗人（高句麗）」の内容について、以前「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/183421820.html" target="_blank">関東学</a>」の項で森浩一と網野善彦共著『日本史への挑戦』を紹介した際に触れたことがある。<br /><br />(引用開始)<br /><br /><strong>網野</strong>　狩猟はもちろん中世でも全国でやっていますし、九州も盛んだったと思いますが、関東の狩猟は非常に長く深い伝統があるのでしょうね。ですから頼朝が政権を樹立すると、まず最初に関東の原野で大規模な巻狩をやって大デモンストレーションをします。（中略）<br /><strong>森</strong>　馬に乗って弓を射るということから考えると、明治や大正の時代に書かれた関東についての諸論文についての評価というか注目度が弱いといえます。たとえば、大正七年（一九一八）に鳥居龍蔵先生が雑誌『武蔵野』にお書きになった「武蔵野の高麗人（高句麗人）」、あれは短い文章ですが、みごとに問題提起をした論文ですね。武蔵野には高句麗系の高麗氏が住んでいる、そしてそれが武蔵野の武人になるという流れで書いています。そういう発想はその後あまりないのですね。十年ほど前に埼玉県行田市の酒巻一四号墳で、馬のおしりに旗を立てた埴輪、まるで高句麗の壁画に描かれている馬を埴輪にしたようなものが、初めて出ました。埴輪の旗ですから一センチぐらい分厚いものですけど、あのときに「大和に出ればおかしくないけれど、なぜ埼玉に出たのだろう」という新聞談話がありましたが、なぜ鳥居先生の有名な論文を読まずに発言したのかと。鳥居論文を読んでいれば、「鳥居龍蔵先生が大正時代に見通されたとおりのものが出ました」でよいわけでしょう。<br /><br />(引用終了)<br /><br />私は古代史に関わる関心事として、日本列島への文化流入ルートとして、シベリアから北海道を経て東北や北陸へ、あるいは半島東側からリマン寒流と対馬暖流を使って船で日本海側各地へ伝わった筈のヒトとモノのトレースに興味を持っている。『秋田…環日本海文明への扉』にもいろいろと触発された。これからも研究したい。<br /><br /><br /><a name="more"></a>

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<title>役割社会</title>
<description>　『蔦屋重三郎　江戸を編集した男』田中優子著（文春新書）という本を面白く読んだ。蔦屋重三郎は江戸中期の版元（出版業者）で、吉原文化、天明狂歌、洒落本や黄表紙、浮世絵などを編集した。彼の人脈に連なる大田南畝、山東京伝、喜多川歌麿、東洲斎写楽らの活躍、当時の世相、後に連なる葛飾北斎、曲亭馬琴、十返舎一九らの消息が豊富な挿絵とともに描かれているので、あの時期についての理解度が上がった。　この本には江戸時代の「役割社会」についての言及がある。その点について、これからの地域充実社会との..</description>
<dc:subject>公と私論</dc:subject>
<dc:creator>茂木賛</dc:creator>
<dc:date>2024-12-13T09:02:59+09:00</dc:date>
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　『蔦屋重三郎　江戸を編集した男』田中優子著（文春新書）という本を面白く読んだ。蔦屋重三郎は江戸中期の版元（出版業者）で、吉原文化、天明狂歌、洒落本や黄表紙、浮世絵などを編集した。彼の人脈に連なる大田南畝、山東京伝、喜多川歌麿、東洲斎写楽らの活躍、当時の世相、後に連なる葛飾北斎、曲亭馬琴、十返舎一九らの消息が豊富な挿絵とともに描かれているので、あの時期についての理解度が上がった。<br /><br />　この本には江戸時代の「役割社会」についての言及がある。その点について、これからの地域充実社会との関連で思う所を記しておきたい。「役割社会」とは、徳川幕府が作った社会秩序と価値観の内部で、士農工商隅々に亘るまで役割がはっきり分けられており、それぞれが与えられた役割を果たすことで、各々の存在が承認されるような社会のことである。蔦屋重三郎は出版業を通じてそういった「役割」の外（そと）に「別世」を作り出し、息苦しくなりがちな社会に文化によって風穴を開けたが、「役割社会」そのものは江戸時代を通じて維持され徳川平和の礎となった。<br /><br />　「役割社会」について思いつく論点は今のところ５つある。江戸時代と環境は異なるが現代でも参考にすべき点は多いと思う。<br /><br />１．役割社会は、地域社会という舞台で各々が与えられた役を演ずるわけだから、それが機能するためには、観客側である社会の成熟が必要。地域社会の中核を担うのは金持ちでも貧乏でもない中間層だから、そういった階層が充実していないと役割社会は機能しない。<br /><br />２．与えられた役割とは、各々にとって自分の存在意義を確認できるものであり、以前「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/46929282.html" target="_blank">不変項</a>」などの記事で述べた「居場所」と同様なものである。<br /><br />３．役割社会が継続するためには息苦しさを軽減する「別世」の存在が必要。それを力で押さえつけると不満が溜まり社会の安定性が損なわれる。「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/184043414.html" target="_blank">田沼意次の時代</a>」の項でも述べたが、蔦屋重三郎が活躍したのは老中田沼意次が開明政策をもって幕府を差配した時期で、田沼が失脚したあとの寛政の改革は、緊縮財政に偏した窮屈なものでそれが幕府衰退の一因になったと思われる。<br /><br />４．その人の資質に応じて役割を入れ替えることができる制度的な仕組みが担保されていること。『江戸時代の「格付け」がわかる本』大石学監修（洋泉社歴史新書）によると、当時の身分はその人を一生制約するわけではなく入れ替わり可能だったという。限定的なものではあっただろうが。<br /><br />５．生身の人間を社会的役割としてのみ見てしまわないための法的整備。本の最後、蔦屋重三郎に欠けていた視点として田中さんは、<br /><br />(引用開始)<br /><br />それは、作品を担うのは「生身の人間」であるという観点である。この観点は、人間を社会的役割としてのみ見てしまう社会全体の問題だ。人権思想が広がっていくと、そこに「労働」という概念が入り、「生身の人間」の観点から労働には制約が加えられる。労働から外れた行動についても人権の侵害という観点から、法に訴えることができる。<br /><br />(引用終了)<br />＜同書　230－231ページ＞<br /><br />と書いておられる。<br /><br />　「<a href="http://celadon.ivory.ne.jp/article/191140253.html" target="_blank">後期近代　III</a>」の項で、これからの地域充実社会は、中産階級が充実しなければならないと書いたが、中産階級の充実と役割社会は車の両輪のようなものなのかもしれない。それをどのように設計・構築するかさらに考えたい。<br /><a name="more"></a>

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