夜間飛行

茂木賛からスモールビジネスを目指す人への熱いメッセージ


水辺のブレイクスルー

2011年05月02日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 震災からの復興に向けた動きが始まっている。街づくりについて、流域思想の観点から考えを発展させてみたい。

 このブログでは、街づくりにおける、流域思想境界設計の大切さを述べてきたが、街の水辺設計は、まさにその実践と云える。“まちづくりへのブレイクスルー 水辺を市民の手に”篠原修・内藤廣・二井昭佳編(彰国社)は、日本における水辺設計の成功例を紹介した好著だ。新聞の紹介記事を引用しよう。

(引用開始)

生活に水辺を取り戻す各地の活動を紹介したシンポジウムの記録。木野部海岸(青森県)と源兵衛川(静岡県)のプロジェクトでは、市民やNPOが奮闘。児(ちご)ノ口公園(愛知県)と和泉川(横浜市)では、行政が主体となって悪戦苦闘した。

(引用終了)
<東京新聞 1/17/2011>

どのプロジェクトにも元気なリーダーがいて、その人の周りに各分野の専門家や地域住民が集い、豊かな水辺づくりが展開する。ここでもリーダーの存在が成功の秘訣のようだ。

 この本を読むと、リーダーシップや、行政と市民・NPO間のコラボレーションの大切さもさることながら、そのベースとなる、法(河川法など)の整備の重要性がよく分かる。法の整備は、流域ごとに自然環境が違うわけだから、基本理念は全体共有した上で、その流域に合うように、地域主権で進められなければならないと思う。特に今回の津波被災地には特別な措置が必要だろう。

 これからの街づくり・水辺づくりには、この本にある基本計画作成方法など、プロジェクトの具体的な進め方が大いに参考になる筈だ。子供目線から地域を読み解くこと、地域知の重要性、成果確認などなど。

 このブログでは、これからの社会を牽引する産業システムの一つとして「資源循環」を挙げている。流域における川と海とは、資源循環の要(かなめ)である。こういった活動によって川が動き出せば、昆虫や動物、植物たちが流域に集い、流域の住人たちによって新しい継承の文化が紡ぎだされるだろう。それが“両端の奥”をさらに豊かなものにしてゆくに違いない。

 ところで、この本の編者の一人である内藤廣氏は、私の高校時代のバスケットボール部一年先輩、故瀧脇庸一郎氏と早稲田大学の建築学科(吉阪研究室)で同期だったとのこと。私は、瀧脇氏の追悼文集“後世”に寄せられた内藤氏の文章(「第二章」というタイトル)によってこのことを知った。瀧脇氏が病気で亡くなったのは1993年、追悼文集は1996年に出版された。私は瀧脇氏のバスケットボール部時代しか知らないけれど、コート上でいつも全力を尽くす彼の姿が忘れられない。周りの誰かが手を抜いているとよく彼の叱咤声が飛んだ。背はあまり高くなかったけれど、ロングシュートの姿がとても綺麗だった。追悼文集の年譜を見ると、氏は1978年にアトリエを持ったとあるから、療養期間もあっただろうが、亡くなるまで約15年間、建築家として活躍していたことになる。内藤氏の編んだ本を読むうちに瀧脇氏のことを思い出し、もし彼が存命であったならば、今どのような作品を手がけているだろうかと考えた。

<お知らせ>

以前「牡蠣の見あげる森」の項で紹介した“海は森の恋人”の地が今回の地震と津波で被災し、緊急支援を募っています。小額ながら私も義援金を送りました。参考までにURLを転載しておきます。
http://d.hatena.ne.jp/mizuyama-oyster-farm/20110412/1302595826

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境界設計

2011年02月22日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 以前「内と外 II」の項で、“小布施 まちづくりの奇跡”川向正人著(新潮新書)を引用しながら、

(引用開始)

 川向氏は、「縁側や庭」とそれに繋がる「道」は、街づくりの上で、“中間領域”として重要な意味を持つという。“中間領域”の設計の良し悪しが、街の「つながり」具合いに影響するというわけだ。

(引用終了)

と書いたけれど、この“中間領域”について、屋敷内外における「境界設計」の視点から論じた本が、“境界 世界を変える日本の空間操作術”監修隈研吾・写真高井潔(淡交社)である。監修者の建築家隈研吾氏については、以前「広場の思想と縁側の思想」や「街のつながり」の項でも紹介したことがある。

 隈氏はこの本の中で、

(引用開始)

日本建築は、境界の技術の宝庫であり、イケイケの終わった時代を生き抜くための知恵が、日本建築の中に満載されている。様々なスクリーン〔たとえばルーバー(格子)や暖簾(のれん)や、様々な中間領域(縁側・廊下・庇)〕が環境と建築とをつなぐ装置として再び注目されている。

(引用終了)
<同書 15ページ>

と述べ、その内容を、

第1章 内と外の曖昧な境界
窓、蔀戸、格子、犬矢来、垣根、塀、門、玄関、土間・三和度、通り庭、縁側、軒、壁、屋根、欄間、鞘の間、はとば

第2章 柔らかな境界
暖簾、簾、襖、障子、屏風・衝立

第3章 聖と俗、ハレとケの境界
床、神棚、枝折戸、躙口、茶室、沓脱石、飛び石(路地)、御手洗、手水、鳥居、注連縄、階段、白砂壇

第4章 「見立て」の境界
関守石、みせ、石碑

第5章 風景の中の境界
橋、坪庭、借景

第6章 現代の境界
根津美術館、House N、KAIT工房

といった章構成よって(美しい写真とともに)紹介しておられる。第1章の冒頭にある短いコメントには、

(引用開始)

 言葉によって世界を切り取り認識しやすくするのと同時に、人は「自己の側」に属する空間を形成するために、仕切りや標(しるし)といった「境界」を用いてきた。
 すると必然的に、自己の側以外の空間は、混沌とした「外部」空間に位置づけられる。人はしばしば、高い障壁などの強固な境界により、カオス=外部を拒絶した。「内と外」の二元論によって、世界を整理した。
 しかし実際のところ、人間とは外部=自然環境との関連性によって生かされているにすぎない生物で、そのようなデジタルな処理では対応しきれない、もっと複雑で矛盾をはらむ生身の存在だということに、この国の人間は早くから気づいていた。
 そして、外部との関係性を完全には断ち切らない、さまざまな「境界」が発展した。

(引用終了)
<同書 19ページ>

とある。

 一方、“中間領域”の設計においては、「複眼でものを見る必要性」の項で述べたように、新しいものをどう取り入れるかという課題もある。先日「内と外」の項で引用した「KURA」12月号の小布施の記事は、新しいものの象徴である「道路」について次のように書いている。


(引用開始)

 小布施の今後のデザインについて尋ねると、市村次夫さんから意外な返事が返ってきた。
 「まずは、国道403号線など主な道路を一車線にして、歩道に工夫をしたいね。昭和30年代以降、道は道路になってしまった。これをいかに道に戻すかに苦心している」
 「道路」は移動手段としての車を効率よく走らせるものに過ぎず、人が気持ちよく歩けるのが「道」だ。しかしどこかへ行くために歩くのではなく、ぶらぶら歩く。偶然に人に出会ったり、立ち話をしながら。立ち話や無駄話のなかで、本物の情報が耳に入ることがあり、ときには思いがけない人のつながりもできる。道は広くなったり狭くなったり、ベンチがあったり、花が植えられていたり、「足湯があったり、大道芸人もいいね」と市村さんは言う。効率優先の真面目さではなく、「人生を楽しむ」という観点から道を取り戻し、さらに面白い町づくりをしていきたいと語る。

(引用終了)
<同雑誌21ページ>

小布施の街の真ん中を通る国道403号線は外からは便利だけれど、確かに車が多くて歩きにくい。これを合議の上で一車線・一方通行にしても、(他にも道はあるのだから)皆それほど困らないかもしれない。

 これからの「境界設計」は、日本の古くからの空間操作術を充分生かしながら、さらに車やITなどの新しいものを、(単に排除するのではなく)巧みに取り込むことが求められる。優れた境界設計は「エッジ・エフェクト」を誘発する。それは「継承の文化」の項などで言及した“流域両端の奥”をさらに深化させるだろう。

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継承の文化 II 

2011年01月18日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 先日「継承の文化」の項において、

(引用開始)

 では、この流域の両端に位置する二つの「奥」と、「内と外」の項で考察した市村次夫氏のいう「みんなのものとしての外」とは、(「里山」や「縁側」といった「中間領域」を挟んで)どのように繋がるのが理想なのだろうか。景観や都市計画を支えるべき新しい理念について、項を改めて考えてみたい。

(引用終了)

と書いたけれど、今回はこのことを、以前「自立と共生」や「内と外」の項で引用した、鳩山首相の所信表明演説における“新しい公共”の考え方と重ねて考察してみたい。

 「継承の文化」の項において、「三世代存在としてのあなた」「至高としてのあなた」への気づきは、日本人が縄文時代から連綿と引き継いできた、流域の両端の「奥」(生としての奥座敷と、魂としての奥山)に対する認識の深化を齎(もたら)すと書いた。

 この認識の深化は、他にもいろいろあるだろうが、人々の出会いの場としての「みんなのものとしての外」に対する認識を変える。

 どういうことか説明しよう。人々が「三世代存在としてのあなた」「至高としてのあなた」について考えを深めれば深めるほど、その「考え」を検証したり裏打ちしたりする為の人同士の出会いが大切になる筈だ。そうなると、(ネットでの出会いも重要だが)人同士が出会う場所としての「街」の重要性が認識される。そのことで「街」の賑わいが増す。人々の出会いの場としての「みんなのものとしての外」は、両端の「奥」に潜む「継承の文化」への認識が深まれば深まるほど、尊いものとなるのだ。

 相場取引に“山、高ければ谷深し、谷、深ければ山高し”という格言があるけれど、流域両端の「奥」が深まれば、流域中央=「みんなのものとしての外」は「山高し」の状態、すなわち「存在意義の高まり」を生むというわけだ。

 このことを逆から言えば、「奥山は打ち捨てられ、里山にはショッピング・センターが建ち並び、縁側は壁で遮断され、奥座敷にはTVが鎮座する」という日本社会の典型的な姿は、明治以降我々が「三世代存在としてのあなた」「至高としてのあなた」について考えてこなかったことにその遠因があるということだ。両端の「奥」が忘れられ、それに伴って「街」が廃れてきたのである。

 流域両端の「奥」は、過去の記憶と現在とをつなぐ。小布施で云えば、その「奥」は、千曲川であり北信の山々であり、松川であり雁田山であり、高井鴻山であり北斎であり、栗や綿やりんごなどを産する農業であり、酒造りであり庭づくりであり、最近集合するところの若い人たちであり、今そこに暮らす人々の胸の内に存在する想いである。皆さんの流域にも、小布施と同じように、独自の「奥」が存在するはずだ。過去の歴史と現在とを結ぶ「継承の文化」があるはずだ。それが未来への糧となる。

 街の活性化は、景観や都市計画を考えるだけでは達成できない。鳩山元首相のいう“新しい公共”の価値観、

(引用開始)

 私が目指したいのは、人と人が支え合い、役に立ち合う「新しい公共」の概念です。「新しい公共」とは、人を支えるという役割を、「官」と言われる人たちだけが担うのではなく、教育や子育て、街づくり、防犯や防災、医療や福祉などに地域でかかわっておられる方々一人ひとりにも参加していただき、それを社会全体として応援しようという新しい価値観です。

(引用終了)
<10/27/09 東京新聞より>

は、景観や都市計画を考えるだけでは生まれない。“新しい公共”=「みんなのものとしての外」には、それを支える支えるべき新しい「理念」がなければならない。その理念こそ、「三世代存在としてのあなた」「至高としてのあなた」の深化、流域における「奥」の深化に他ならないと思う。

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継承の文化

2011年01月11日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 先日「内と外 II」の項において、

(引用開始)

 ところで、里山と街づくりの三層構造において、「奥」という言葉が、里山流域では一番外側の「奥」山、街づくりでは一番内側の「奥」(私生活)として使われている。流域全体の一番外側と一番内側に、同じ「奥」という言葉が使用されているのは興味深い。流域の両端は、きっと円環面のように、「奥」で繋がっているのだろう。

(引用終了)

と書いたけれど、今回はこの「奥」についてさらに考えてみたい。

 流域の一番外側の奥山と、家の一番内側の奥座敷とを繋ぐ円環があるとすれば、それは勿論物理的なものではなく、「奥」という言葉を使う人々の脳の中に存在するはずだ。

 広辞苑によると、「奥」という言葉には、単に「外面から遠いところ」「行く末、将来」などの意味の他に、「物事の秘密、深遠で知りにくいところ」や「大切にすること」、すなわち「至高の場所」という意味があるという。「奥義」「奥旨」「奥社」「大奥」などなど。

 この「奥」=「至高なるもの」に対する呼びかけ方の一つに、「あなた」という言葉がある。広辞苑によると、「あなた」という二人称は、(最近は敬意の度合いが減じているが)もともと「彼方(あなた)」、すなわち「自分や相手から遠い所」という言葉から転じ、第三者を敬って呼ぶ言葉だという。

 「奥」と「彼方(あなた)」には、共に「至高なるもの」への敬いの気持ちが込められている。

 これまで「生産と消費論」で述べてきたように、人間の存在は、環境(社会)がなければ積極的な意味を持たない。社会という環境を、「他者」という味気ないことばでではなく、この「あなた」ということばで表現し、日本人にとって「あなた」とは何か、を問う力作が“「あなた」の哲学”村瀬学著(講談社現代新書)である。

 著者の村瀬氏は、日本の思想史には、「あなた」についての考察がなく、あるのは「わたし」論や、「他者」論ばかりだったといい、なぜ「あなた」についての考察がなかったのか、ということについて疑問を持ったという。そして、この「あなた」という言葉が、単なる二人称名詞としてだけではなく、いろいろな場面で、親子三代を含む「三世代存在」を表す言葉として、さらには、社会と文化を継承する「至高的存在」を表す言葉として使われてきたことを、いろいろな立場で書かれた文章をみながら論証していく。本の「あとがき」から引用しよう。

(引用開始)

 この本はおそらく日本ではじめての「あなた」論である。日本語で書かれた「あなた」についてのたぶん唯一の、充分に考えられた考察である。(中略)
 早とちりする人は、私の「あなた」論を、三世代を含む家族を大事にしなさいという古い道徳論のように読む人がいるかもしれない。むろん私の「あなた」論は道徳論ではない。私の論は、人間の存在のしかたを「おひとりさま」としてみたり、「現存在」などという無世代的なイメージで見るのではなく、いかにも「個」として存在するように見えるものでも、同時に「三世代存在」として生きているのだという、あたりまえのことを主張する論なのである。その「三世代」は、ふつうに言えば「親」「子」「孫」の三代でイメージされるところがあり、「幼」「成」「老」の三つの世代と重ねられてイメージされるところがあるものだ。しかし、ここで言う「三世代存在」の「三代」は、「親」「子」「孫」と「幼」「成」「老」をともに含んでいる複合イメージである。それは、でも、「家族」として見られる「親」「子」「孫」や、一人の人間の「発展段階」に見られる「幼年期」「成年期」「老年期」のイメージとは、別のものである。そこでイメージされる「世代」は、あくまで長い年月を経てバトンタッチされる「継承の文化」であり、そういう「文化的な存在」としてイメージされるものである。つまり、「三つ」という「世代」というのは、何千年もの長い文明のなかで注視され、形作られてきた「文明史」的な「継承させるしくみ」を呼ぶ呼び方なのである。そんな広大な「紡ぎの存在」をあらためて「あなた」と呼ぼうとしてきた人たちがいたのである。その「紡ぎのしくみ」「紡ぎの存在」を私はあえて「三世代存在」と呼び、さらにそれを「あなた」として考えてみようとし、さらにはその「あなた」の日常の暮らしのなかに(たとえば歌謡曲のようなもののなかにでも)見出せるのではないかと考えてきたのが、この「あなた」論である。

(引用終了)
<同書234−236ページ>

「あなた」のなかに例の「3の構造」が潜んでいる不思議はとりあえず横において置く。村瀬氏は、日本人が「あなた」と呼びかける先は、目の前の相手だけではなく、親子三代を含む「三世代存在」、さらには日本の社会と文化を継承する「至高的存在」であるという。

(引用開始)

 ここまでの章で論じてきたように、私は日本語の「あなた」という言葉のなかには、ちゃんと日常的に使う「二人称としてのあなた」の意味と、何かしら相手に「敬意」を払うときに使う「至高としてのあなた」の意味の、二つの意味をもったしくみがあって、そのしくみはもっと活用されなければならないのではと考えるからである。

(引用終了)
<同書188ページ>

 この「至高としてのあなた」は、流域における二箇所の「奥」、すなわち生きている間は「家の一番内側の奥座敷」、死後は魂(たましい)として「流域の一番外側の奥山」に住むというのが、日本人の生み出した縄文時代からの生死観なのだろう。流域の両端は、確かに「奥」で繋がっているのだ。

 しかし、村瀬氏が言うように、明治以降我々はこの大切な「至高としてのあなた」についてあまり考えてこなかった。だから「奥」ということばの深遠なる意味についても省みることが無かった。「奥山」も「奥義」も忘れられた。それに伴って「里山」も「縁側」も放棄された。奥山は打ち捨てられ、里山にはショッピング・センターが建ち並び、縁側は壁で遮断され、奥座敷にはTVが鎮座する。それが昨今の日本社会の典型的な姿ではないだろうか。

 では、この流域の両端に位置する二つの「奥」と、「内と外」の項で考察した市村次夫氏のいう「みんなのものとしての外」とは、(「里山」や「縁側」といった「中間領域」を挟んで)どのように繋がるのが理想なのだろうか。景観や都市計画を支えるべき新しい理念について、項を改めて考えてみたい。

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posted by 茂木賛 at 10:36 | Permalink | Comment(0) | 街づくり

内と外 II 

2010年12月28日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 前回に引き続き、街づくりにおける「内と外」の問題を考えてみたい。この課題は、前回紹介した“小布施 まちづくりの奇跡”川向正人著(新潮新書)の第3章でも詳しく検証されている。一部引用してみよう。

(引用開始)

 修景事業以来、小布施では「外はみんなのもの、内は自分たちのもの」という合言葉が使われてきた。景観を構成する建築外観を共有財産と捉えて「外」はみんなのものと考えましょう、でも「内」は自分たちのものですよ、と呼びかける。この呼びかけには、景観への配慮をうながしつつ、住み手が自由にできろ「内」があることを明確に伝えようという意図がある。(中略)
 小布施の修景事業では、最初から設計によって「外」と「内」を適切の関係付けることに力点が置かれた。たとえば、私も何度か訪ねている市村良三邸の場合、庭をオープンガーデンに開放しても住宅内での家庭生活にまったく支障がない。書斎・居間・ダイニングまでの人の出入りは多く千客万来の状態が続いても、さらに奥があって、必要な家族のプライバシーは守られている。

(引用終了)
<同書141−158ページ>

ここで「内と外」に加えて「奥」という言葉が出てくる。「外」と「内」を適切に関係付ける上で、「奥」というもうひとつの概念が提起される。ここで「奥」を“私生活”のコアとすると、「内」は「客間や応接間」と「縁側や庭」とに分けることができ、「外」は、「縁側や庭」につながる「道」とその先の「他家」ということになるだろうか。

 川向氏は、「縁側や庭」とそれに繋がる「道」は、街づくりの上で、“中間領域”として重要な意味を持つという。“中間領域”の設計の良し悪しが、街の「つながり」具合いに影響するというわけだ。「縁側」については、以前「広場の思想と縁側の思想」の項で、日本家屋建築におけるユニークさとして書き留めておいた。

 さて、この「外・内・奥」の三層構造、以前「里山ビジネス」の項で触れた、里山流域の構造に似ていることに気付かれるだろうか。里山流域の三層構造は、「奥山・里山・人里」ということだけれど、これを街づくりにおける三層構造と対応させてみると、街づくりの「外」が里山流域における「奥山」、「内」が「里山」であり、「奥」が「人里」という図式となる。

「里山」=「街」

「奥山」=「外」
「里山」=「内」
「人里」=「奥」

それぞれの三層構造の中央に位置する「里山」と「内」は、社会と家族にとって、それぞれ大切な“中間領域”なのである。

 そもそも「3の構造」には、安定感と発展性がある。「階層性の生物学」の項で紹介した“性と進化の秘密”団まりな著(角川ソフィア文庫)にも、「外胚葉・中胚葉・内胚葉」という三層構造が描かれている。

(引用開始)

 ヒトの身体には、二百五十種ほどの細胞があると言われていますが、こんなに多くの種類の細胞も、最初に胞胚(はい)の細胞群を三つに分け、それから次に外胚葉を神経と皮ふの二つに分け、というように、それぞれのグループを二つか三つに区切っていけば、何種類にでも分けられます。それが自然のやり方です。
 こうして分けられた細胞は、基本的に最初の位置にとどまります。外胚葉だったものはいつも外側に残り、一番中心には内胚葉があって、消化活動を受け持ちます。物理的な力を出す時には中胚葉の細胞が働きます。たとえば物理的・化学的に食物を砕く役割の胃は、塩酸や消化酵素を分泌する本来の内胚葉の細胞と、ものすごい量の筋肉(中胚葉)とが、一緒になっています。これに対して、小腸はただ吸収するだけですから協力する筋肉も薄くて、食物に接する面積だけがめちゃくちゃ広くなっています。そして小腸で吸収したものを身体中の細胞に配るために、中胚葉からできる血管がきめ細かく張りめぐらされています。

(引用終了)
<同書152ページ>

このように「3の構造」は、人と街づくり、さらには流域全体に適応する優れた構造なのである。

「里山」=「街」=「身体」

「奥山」=「外」=「外胚葉」
「里山」=「内」=「中胚葉」
「人里」=「奥」=「内胚葉」

 ところで、里山と街づくりの三層構造において、「奥」という言葉が、里山流域では一番外側の「奥」山、街づくりでは一番内側の「奥」(私生活)として使われている。流域全体の一番外側と一番内側に、同じ「奥」という言葉が使用されているのは興味深い。流域の両端は、きっと円環面のように、「奥」で繋がっているのだろう。

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内と外

2010年12月21日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 信州の情報誌「KURA」はいつも愛読している雑誌である。2010年12月号の特集は、“信州発ローカルデザイン”ということで、松本、小布施、軽井沢、木曽福島各地における街のデザインについて、それぞれの地に詳しい方々が特色を紹介しておられる。今回私がとくに注目したのは、小布施についての紹介記事だ。

 小布施についてはすでにご存知の方も多いだろう。

小布施のまち.JPG

写真は今年の6月に撮ったものだが、路地や街並みが修景されて美しい。

 街の案内人は、小布施堂、桝一市村酒造場代表取締役の市村次夫氏、案内文の小見出しは、「ぶらぶら歩きの道を取り戻す」「秩序は美しさ、バラバラは楽しさ」「まちづくりでは外部空間の質を重視」「年を経るほどに価値が増す景観が魅力」といった内容だ。

 ここではその中から「まちづくりでは外部空間の質を重視」の下(もと)の文章を引用したい。

(引用開始)

 小布施の修景事業は1980年代に北斎館周辺から始まりました。「外部空間の質を重視」することを共通認識として、建物の大きさや位置を工夫して移築・改築・新築を行い、気持ちのよい戸外の空間を作ってきたのです。たとえば、四角い空間(広場)は角の部分が通路につながると落ち着かず、辺から通路がつながると落ち着ける空間になる。また、建物に囲まれた空間(囲まれ空間)は落ち着くけれど、中央に建物があってその周囲にある空間にいる場合(たとえば、郊外型大型店の駐車場)は落ち着かない。
 道をクランクにすると、視線がつきあたる部分ができます。T字路でも同様ですね。これをアイストップといって、景観上の価値が高いんです。つきあたりに見えるものを何にするのかを意識して都市全体のデザインを考えることが大切です。ただ、そうはいっても、アイストップになる場所は個人の所有であることが多い。アイストップにあった郵便局が移転し、民有地になっている礼もあります。小布施では修景事業の当初から「内は自分のもの、外はみんなのもの」という考え方があることが大きな強みになっています。

(引用終了)
<同雑誌23ページ>

 以前「街の魅力」や「街のつながり」の項で、都市計画における「つながり」の重要性に注目してきたけれど、小布施でも、景観の連続性が重視されていることが分かる。修景(景観の修復)という街づくりの手法については、“小布施 まちづくりの奇跡”川向正人著(新潮新書)に詳しい。

 さて、「内と外」の話である。小布施の「内は自分のもの、外はみんなのもの」という考え方について、以前「日本人と身体性」の項で“裸はいつから恥ずかしくなったか―日本人の羞恥心”中野明著(新潮選書)で引用した部分を、補助線として再度掲載したい。

(引用開始)

 歴史学者牧原憲夫氏は、昔の家屋について「庶民にとって家の内と外は画然とは分化しておらず、路地は土地の延長でしかなかった」という。そして裸体を取り締まるということは、「家屋と路地が渾然一体だった地域社会から、路上を“公共”の空間として剥離すること」と指摘する。さらに、「道路はもはや住民のものではなく、“私生活”はしだいに家のなかに閉じ込められていく」。これも裸体を極度に隠したひとつの副作用と考えてよい。

(引用終了)
<同書225−226ページ>

 市村氏のいう「自分のものとしての内」は、牧原氏のいう「私生活」と概ね重なっているだろう。それに対して、「みんなのものとしての外」は、牧原氏のいう「路上空間としての公共」と重なるかどうか。

 牧原氏が想定しておられる「もはや住民のものではない」路上空間は、明治以降、官僚支配のもとで整備されてきた“旧い公共”であり、それに対して、市村氏のいう「みんなのものとしての外」とは、去年鳩山民主党政権が掲げた“新しい公共”の概念に近いのではないだろうか。

 以前「自立と共生」の項で引用した鳩山首相の所信表明演説から、“新しい公共”に言及した部分をもう一度引用してみる。

(引用開始)

 私が目指したいのは、人と人が支え合い、役に立ち合う「新しい公共」の概念です。「新しい公共」とは、人を支えるという役割を、「官」と言われる人たちだけが担うのではなく、教育や子育て、街づくり、防犯や防災、医療や福祉などに地域でかかわっておられる方々一人ひとりにも参加していただき、それを社会全体として応援しようという新しい価値観です。

(引用終了)
<10/27/09 東京新聞より>

“新しい公共”は、勿論街づくりだけではなく社会全体の話だけれど、街づくりもその大切な一角である。

 “小布施 まちづくりの奇跡”川向正人著(新潮新書)を読むと、小布施のまちづくりは、中心部から始められて大きな成果を挙げているものの、観光地化と景観は両立できるのか、周辺部の修景、職人技術の継承、世代交代などの課題もあり、全体としてはまだ道半ばであることがわかる。

 しかし、明治以降近代化を進めてきた我々は、「家屋と路地が渾然一体だった地域社会」へすんなりと戻ることはできない。いまさら裸で街を歩き回るわけにはいかないのだ。であるならば、「内は自分のもの、外はみんなのもの」とする小布施の街づくりに対する考え方は、ほかの都市にとって大いに参考になるに違いない。鳩山政権は挫折したが、「みんなのものとしての外」=“新しい公共”の街づくりは、まだその途に着いたばかりなのである。これからも小布施の街づくりに注目してゆきたい。

 ところで12月号の「KURA」には、街以外にも、各種ブランドや老舗のパッケージなど、いろいろな“信州発ローカルデザイン”が紹介されている。信州に興味のある方はぜひ雑誌をご覧戴きたい。

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流域思想 II

2010年05月18日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 前回「流域思想」のなかで、流域思想とアフォーダンスの考え方の親和性に触れた。「アフォーダンスについて」の項では、アフォーダンス理論の重要な三点を挙げたので、流域思想についても、同じように重要だと思われる点を三つ挙げてみたい。その前に、「アフォーダンスについて」から、アフォーダンス理論の重要な三点を復習しておく。これは前回飛ばしてしまったところだ。

(引用開始)

 この論理の重要な点は少なくとも三つある。一つは、常に思考や行動の枠組みから「自分」というものを外さないということ。(中略)

 二つ目は、環境と知覚とが、運動を通して表裏一体とされる点である。(中略)表裏一体ということは、お互いの交換価値が等しいということである。私はこの価値等価性を「通貨とは異なる価値基準の鼎立」として、さらに展開・深化できないものかと考えている。これまでの経済理論では、生産と消費とは別々の場面で、それぞれ異なった動機で行われ、その価値は通貨という客観的な価値基準で決まるとされている。このようなアフォーダンス理論の経済学への適用は、まだあまりなされていないのではないだろうか。(中略)

 さて、アフォーダンス理論の重要な点の三つ目は、「知覚システム」には終わりがないということだ。どういうことかというと、我々は、世界の何処で何をしていようが、常に世界全体を(一挙に)把握しているということである。知覚システムは常に環境からの情報をそれまでの情報に重ね合わせて修正を加え続ける。たとえば、今あなたはPCの画面を覗いているが、画面の後ろにある壁、部屋全体、家や街、そして世界全体を(一挙に)把握している筈だ。あなたの頭の中にはあなたがこれまで体験してきた世界の全てが同時にある。アフォーダンスではこれを「異所同時性」と呼ぶ。つまり、脳は常に「現在進行形」なのだ。

(引用終了)

 さて、それでは流域思想に戻ろう。まず重要な点の一つは、アフォーダンスと同じように、常に思考や行動の枠組みから「自分」というものを外さないということである。これは前回「流域思想」の項でも述べたところだ。環境の内側から自己を捉えることが流域思想の重要な点の一つ目である。

 二つ目は、多様性の尊重である。ひとつの流域は、水の流れに沿って一つの纏まりを形成する。「内需主導と環境技術」の項で紹介した“環境を知るとはどういうことか” 養老孟司・岸由二共著(PHPサイエンス・ワールド新書)によると、日本には「一級水系」と呼ばれる流域が全部で109あるという。同書から引用しよう。

(引用開始)

 日本には一級水系が一○九ありますが、どの水系に対応する流域でも基本構造は同じです。生きものの体の単位が細胞で、細胞がわからなかったら生物がわからないのと同様、大地のことを知るためには、その構成単位である<流域>のことを知らなければならない。(中略)
 私はグーグルアースが、ワンクリックで地球の全表面を流域に分けるプログラムをつくってくれないかなとつねづね考えています。プログラムは難しくないはずですし、そうしたら全世界規模で大地の認識が激変すると思いますね。(後略)

(引用終了)
<同書69−72ページ>

東京周辺の主な一級水系を挙げてみると、利根川、荒川、多摩川、鶴見川、相模川などなど。さらに二級以下の水系には、渋谷川、目黒川、吞川、帷子川、大岡川、境川、引地川などがある。自分が暮らしている水系を人々がもっと意識すれば、流域独自の文化と共に、全体の多様性について認識できる筈だ。

 三つ目は、資源の循環。「牡蠣の見上げる森」の項で述べたような食物連鎖とエネルギーの循環が、流域思想の重要な柱の一つだと思う。自然の理に適った流域ごとの発電・供給システムはもっと検討されて良いのではないか。同じく「内需主導と環境技術」の項で紹介した“本質を見抜く力”養老孟司・竹村公太郎共著(PHP新書)から引用しよう。

(引用開始)

竹村 日本はどうしたらよいのでしょうか。私はやはり、エネルギー源を日本列島内で分散化すべきだと思います。「国土の均衡ある発展」などという建前ではなく、各々の地方地方が自立したエネルギー獲得システムと食料自給システムを作らないといけない。そうやって自立した地方には、今後必ず、都会から逃げ出す人が出てきます。地方にそのときの受け皿になってもらいたいです。
 たとえば電力会社が大発電所を作り、全国津々浦々に送電するのは無駄が多い。そこで、たとえば過疎地は地元の川で水車を回してエネルギーを作ることにする。夜は水車で発電し、余った電気で水を分解して水素を作り、昼間はその水素をチャージする。そんな新しい文明を、国家として構築することが大事だと思います。(後略)

(引用終了)
<同書43−44ページ>

 以上、流域思想の重要点を三つ挙げた。これからも様々な角度から流域思想について勉強していきたい。

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流域思想

2010年05月11日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 これまで「内需主導と環境技術」や「牡蠣の見上げる森」などで紹介してきた流域思想(もしくは流域思考)について、“環境を知るとはどういうことか” 養老孟司・岸由二共著(PHPサイエンス・ワールド新書)の「あとがき」から、岸由二氏のお考えを紹介したい。その前に、本のカバーから同書の紹介文を引用しておこう。尚この本はすでに「内需主導と環境技術」の項でも紹介した。

(引用開始)

大地を構成する流域から考えよう。
-----------------------------------------------
生物学者・岸由二氏は三浦半島の小網代や、都市河川である鶴見川の環境保全活動に尽力し確かな成果を挙げてきた。小網代は源流から海までまるごと自然のままで残っている、全国的にも稀有(けう)な流域である。本書で岸と養老孟司は共に小網代を訪れた後、「流域思考」を提唱する。自分が暮らす流域のすがたを把握することから、地球環境に対するリアルな認識が生まれるのだ。後半では元・国土交通省河川局長の竹村公太郎も鼎談に参加する。

(引用終了)
<同書カバーより>

 次に、岸由二氏の「あとがき」からの引用に移る。

(引用開始)

 環境を知るということはどういうことか。<脳化>社会の常識でいえば、それは、温暖化や、生物多様性の危機や、さまざまな汚染指標について、あまたの理論をまなび、技術や指標をマスターし、危機の現状と未来について知識をためこむことといって良いかもしれない。しかし本書に通低するテーマは、そういう知り方以前の知り方、生まれ、育ち、働いて死んでゆくヒトが、だれとどんな場所を生きてゆくと了解するのか、そういう意味での「生きる場所」としての世界の知り方の問題でなければならない。

(引用終了)
<同書「あとがき」(岸由二)より>

ここで岸氏は、自分を環境から外さない思考の重要性を述べておられる。これは、私が以前このブログで紹介したアフォーダンスの考え方と親和性がある。「アフォーダンスについて」の項からその部分を引用する。

(引用開始)

 アフォーダンス理論では、我々の住むこの世界は、古典幾何学でいうような、直線や平面、立体でできているのではなくて、ミーディアム(空気や水などの媒体物質)とサブスタンス(土や木などの個体的物質)、そしてその二つが出会うところのサーフェス(表面)から出来ているとされる。そして我々は、自らの知覚システム(基礎的定位、聴覚、触覚、味覚・嗅覚、視覚の五つ)によって、運動を通してこの世界を日々発見する。(中略)

 この論理の重要な点は少なくとも三つある。一つは、常に思考や行動の枠組みから「自分」というものを外さないということ。私は「集合名詞(collective noun)の罠」で、行為主体として自己の重要性を指摘し、自己言及性に富んだアフォーダンスとの親近性に触れた。(後略)

(引用終了)
<「アフォーダンスについて」より>

残りの二つの重要な点については全文をお読みいただくとして、ここに引用したアフォーダンスにおける環境の捉え方や自己言及性は、岸氏のいう“「生きる場所」としての世界の知り方”と極めて近い考え方であることがご理解いただけると思う。

 続けて岸氏は、“「生きる場所」としての世界の知り方”の歴史を振り返る。

(引用開始)

 思い切って単純化すればそのような知り方は、実は数種類しかないというのが私の感想である。足もとの大地を生きものたちと共に生きる場所として、採集狩猟民のように知るという知り方。足もとの大地を耕作すべき場所として農耕民のように知る知り方。そして足もとの大地から地球製を剥奪し、大地そのものの生態的な可能性や制約とますます離れた様式で、ひたすらに経済的な功利性・技術的な可能性に沿って空間を分割し、極限的にまったくの人工空間、デカルト的な座標世界として世界を構成することこそ成熟と考える都市文明的な知り方。これまでの歴史は、おおむねこの三種類の知り方を時系列として展開されてきたのではないか。地球環境危機は、その展開が、足もとのリアルな地球の限界によって、いよいよだめ出しされている状況と考えるほかないと、私は思うのである。

(引用終了)
<同じく「あとがき」(岸由二)より>

ここで氏は、地球環境に対する人類の歴史を俯瞰している。日本列島の歴史に引き付けていえば、縄文文化、弥生文化、都市文化、という流れだろうか。その上で氏は、次のように自らの「流域思考」を定義する。

(引用開始)

 苦境からの脱出は、たぶん新しい文明を模索する脱出行となるだろう。それは都市からの脱出ではない。宇宙への脱出ではさらにない。むしろ都市の暮らしの只中において、採集狩猟民の「知り方」、ときには農民の「知り方」を駆使して、足もとから地球の制約と可能性を感性的・行動的に再発見し、もちろん都市そのものの力も放棄することなく、地球と共にあるエコロジカルな都市文明を模索する道なのだろうと私は考えている。採取狩猟民時代の人類は足もとの地表にすみ場所をさだめる地表人であった。産業文明の都市市民は足もとにますます暗く、<家族と家>というまるでスペースシップのような人工空間暮らしと、さらには実現するはずもない宇宙逃亡さえをも妄想する宇宙人となりつつある。その宇宙人たちが、採集狩猟の地表人のように足もとから地球=環境を知る暮らしを再評価し、地表人の幸せの中で子供たちを育てはじめ、やがて宇宙人+地表人=地球人となってゆく。百年かかるのか、二百年かかるのかわからないが、<流域思考>を手立てとして、人類はそんな道を選んでゆくことができるのだろうと私は信じているのである。

(引用終了)
<同じく「あとがき」(岸由二)より>

 いかがだろう。新しい環境の知り方は、これまでの採集狩猟民的、農耕民的、都市文明的、という三つの「知り方」の上に立脚し、さらにそれらを発展させたものでなければならない。それがこれからの「流域思想」であると岸氏は云うのである。

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森の本

2010年04月12日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 先回「牡蠣の見上げる森」の項で、森と海の食物連鎖について書いたけれど、森と海について学ぶことは、流域思想の研究に欠かせない。今回は、私が最近読んだ森に関する本を、比較的入手しやすい新書の中から5冊ほど選んで、本の帯やカバーの紹介文と共に紹介しよう。

1.“いのちを守るドングリの森”宮脇昭著(集英社新書)

(引用開始)

環境保全のために欠かせない樹木や植物。誰もがその大切さを知っているが、ただ植林すれば良いというものではない。その土地本来の樹木(潜在自然植生)を見分け、それを主木として森を作ってこそ、地震や風水害に耐え、人命を守る防災・水源林の機能が備わるのだ。日本においてはいわゆるドングリと呼ばれる実をつけるカシ、ナラ、シイ、またタブノキなどの樹種がそれにあたる。なぜ土地本来の樹木からなる森が重要なのか、そしてそれはどう作ったらよいのか。日本、国際的にも植物生態学の第一人者である著者が地震の研究成果、経験をふまえて語る。

(引用終了)
<同書カバーより>

宮脇氏は長年世界各地で植林活動をされている。宮脇氏には、他に“いのちの森を生む”(NHK出版)や“木を植えよ!”(新潮選書)などの著書がある。

2.“森林と人間−ある都市近郊林の物語”石城謙吉著(岩波新書)

(引用開始)

北海道苫小牧市の郊外に広がる、かつては荒れ果てていた森林。そこで一九七〇年代以降、自然の再生力を尊重する森づくりが進んだ。草花、小鳥、昆虫、そして小川のせせらぎ……。市民の憩いの場として、また森林研究の場としても知られる豊かな自然空間は、どのようにして生まれたのか。「都市林」のあり方を示唆する貴重な体験記。

(引用終了)
<同書カバー裏より>

北海道大学苫小牧地方演習林(現苫小牧研究林)長として、長年研究・実践に携わってこられた石城氏の体験記である。このような素晴らしい森林が近くにある苫小牧市民は幸せだ。

3.“森の力−育む、癒す、地域をつくる”浜田久美子著(岩波新書)

(引用開始)

森と人は、関わることで共に健やかになってゆく。手入れ不足による人工林の荒廃や後継者離れの林業など、日本の森が抱える問題を超えて活路を見出そうとする人びとは、森に何を見ているか。森の幼稚園、森林セラピー、地域材利用活動、森林バイオマス、木造建築技術の伝承……森との新しい関わり方を実践する現場からのレポート。

(引用終了)
<同書カバー裏より>

森と関わる様々なビジネスやNPO活動を紹介した本。これらがさらに、「流域思想」に基づいて河川や海の活動と連携すると面白いと思う。

4.“森を歩く 森林セラピーへのいざない”田中敦夫著(角川SSC新書)

(引用開始)

近年、耳にするようになった「森林療法」や「森林セラピー」という言葉。これまでは感覚的にしか捉えられていなかった森の持つ力を、科学的に解明しようという研究も始まった。そのひとつが林野庁を中心とした「森林セラピー事業」。2009年3月現在、全国に31ヶ所の森林セラピー基地、4ヶ所のセラピーロードが認定されている。本書では森林療法の成り立ちや施術の方法だけでなく、ドイツのクナイブ療法についても紹介、森林が人を癒す仕組みについて考察した。さらにおすすめの森林セラピー基地10ヶ所もルポ。

(引用終了)
<同書カバーより>

森に関するビジネスやNPO活動のうち、森林セラピーについて詳しく語った本。「元気なリーダー」の項で触れた、長野県飯山市の活動も紹介されている。

5.“照葉樹林文化とは何か 東アジアの森が生み出した文明”佐々木高明著(中公新書)

(引用開始)

ヒマラヤから西日本に広がる照葉樹林帯。そこでは森によって育まれた共通の文化が生まれた。モチやナットウを食べ、カイコや漆を利用する。高床吊り壁の家に住み、山の中にあの世があると考える……。本書では、日本文化のルーツでもある照葉樹林文化の特徴を紹介すると共に、照葉樹林文化論の誕生とその展開を概説。さらに長江文化や稲作の起源との関連について最先端の研究者との座談会を付した、照葉樹林文化論の決定版。

(引用終了)
<同書帯より>

大陸までを含めた、広い視野で森の文明を展望する。列島の文化論については、「関連読書法」で紹介した、“東西/南北考−いくつもの日本へ−”赤坂憲雄著(岩波新書)とのつながりも興味深いところだ。

 以上5冊を紹介したが、森に関する本は他にも沢山ある。これからも、歴史や街づくり、流域思想などと結びつけながら、「森」について勉強していきたい。

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牡蠣の見上げる森

2010年03月16日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 以前「内需主導と環境技術」の項で、

(引用開始)

 最近、21世紀のエネルギーに関して、“流域思想”というものがあることを知った。“流域思想”とは、山岳と海洋とを繋ぐ河川を中心にその流域を一つの纏まりとして考える発想で、これからの食やエネルギーを考える上で重要なコンセプトの一つだと思われる。

(引用終了)

と書いたけれど、「元気なリーダー」でご紹介した島村奈津さんは、“スローフードな日本!”(新潮社)のなかで、宮城県唐桑町流域における生態系の循環について書いておられる(第五章 牡蠣が見上げた森)。

 島村さんのこの本は、日本各地の食の「地産地消」活動を取材したものである。本の帯の紹介文を引用しよう。

(引用開始)

食の真髄を知ることは、人生で最大の冒険だ。

安全なお米はアイガモが慈しみ、
水俣の再生は美しい水がつなぎ、
おいしい牡蠣は森から生まれ、
身体に効く食卓は笑顔が創る。
食の生まれ故郷を探訪し、
元気の源を爽快な筆致で教えてくれる、
「スローフードな人生!」に続く、
食をめぐるノンフィクション!

(引用終了)

ここにある「おいしい牡蠣は森から生まれ」というのが宮城県の話だ。三陸唐桑町の漁師たちは、おいしい牡蠣をつくるために、海に注ぐ河川をさかのぼり、流域の森に広葉樹を植林するという。その理由について本文から引用しよう。

(引用開始)

 植物プランクトンにも、陸の植物と同じように微量ではあるがミネラルが必要で、中でも鉄分は海洋に不足している。これを補うのが、土や岩に含まれている山の鉄分である。かつて、日本中の沿岸部が森に覆われていた時代、沢水が海に流れ込み、鉄を供給していた。これが魚が寄ってくるという「魚付き林」のメカニズムらしい。それなのに、水源の山や沿岸では伐採が進み、杉山には人の手が入らず荒れている。産廃の不法投棄も方々で目に余る。頼みの川といえば、ことごとく護岸工事でコンクリートで固められていく。だが、大切なのは広葉樹の森が作り出す栄養素の豊富な土壌である。そこで生まれたフルボ酸という物質が、鉄イオンと結びついてフルボ酸鉄となる。これこそが、植物性プランクトンが直接、吸収しやすい鉄分のかたちなのだ。

(引用終了)
<同書141ページ>

この豊富な植物プランクトンを食べて牡蠣が育つ。だから唐桑町の牡蠣は美味しいという。

 前回「車の両輪」の項では、食における「生産者と消費者との距離の近さ」の重要性と街の「生産と消費活動の循環」を論じたが、ここでは、生態系における「食物連鎖」と流域における「エネルギーの循環」がテーマである。このブログでは、

1.多品種少量生産
2.食の地産地消費
3.資源循環
4.新技術

の四つを「日本の安定成長時代を代表する産業システム」と位置づけて勉強しているけれど、それらの産業システムと親和性がある「流域思想」について、これからもいろいろと考えていきたい。

 尚、この地上の森と海の食物連鎖については、唐桑町の活動にも関わった北海道大学松永勝彦名誉教授の“森が消えれば海も死ぬ”(講談社ブルーバックス)にさらに詳しい。

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車の両輪

2010年03月09日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 街づくりに関して、北海道大学教授山口二郎氏の新聞連載記事をご紹介したい。

(引用開始)

生活者の街

 五月末から半月ほど、大学での講義のためパリに滞在した。短い期間ではあったが、生活のしやすさを感じた。パリは大都市なので、勿論スーパーマーケットもたくさんある。しかし、パリの魅力はさまざまな専門店がひしめいていることにある。私も肉食店、総菜屋、パン屋などで食材を手に入れ、フランスの味を堪能した。
 日本では、生活者というと消費者と同じ意味で使われている。しかし、そこに日本社会の荒廃の原因がある。消費者にとって安ければよい、便利であれば良いという価値だけを追求して、日本の都市はシャッター街が増えると同時に、コンビにだらけになった。パリでは、街の中に生産・供給する人々がいて、個性ある店が並ぶことで、街の魅力や活気が生まれてくる。市民も店の人々と親しく付き合い、供給者を大事にしている。
 人間は、生産や供給に従事して生活の糧を稼ぎ、消費している。生産と消費は車の両輪である。日本では、その当然の原理を忘れ、一面的な消費者像を追求した結果、生産・供給の世界に大きなしわ寄せがいった。そのことは、そこで働く人の生活にも大きなひずみをもたらした。ファミレスやファストフード店における過酷な労働を見れば、明らかだろう。
 人間の生活とは何か、短いパリ暮らしで、考えさせられた。

(引用終了)
<東京新聞「本音のコラム」6/14/2009より>

 このブログでは、生産と消費について様々な角度から論じている。各論についてはカテゴリ「生産と消費論」を順次お読みいただきたいが、山口氏の「生産と消費は車の両輪である」という指摘は、私のいう「生産と消費の相補性」と対になるコンセプトだと思う。生産と消費は、個人においては車の両輪であり、社会集団にとっては互いに相補的なのである。

 このことを街づくりの観点から見ると、「生産と消費の分離・断絶」の項で論じた、食における「生産者と消費者との距離の近さ」が大切なポイントとなるわけだ。食に限らず、さまざまな生産と消費活動の距離が近いと、二つは街のいたる処で、あたかもメビウスの輪のように表となり裏となって繋がっていく。

 そしてそれらの活動が「エッジ・エフェクト」を起こす。エッジ・エフェクトとは、異なるモノが接する界面から新たなコトが生成(融合)するダイナミズムのことである。そのことで、山口氏の云うように「街の中に生産・供給する人々がいて、個性ある店が並ぶことで、街の魅力や活気が生まれてくる」のである。

 以前「街の魅力」のなかで、吉祥寺の魅力を示すI 歩ける、II 透ける、III 流れる、IV 溜まる、V 混ぜる、の5つキーワードを紹介し、「街のつながり」のなかで、建築家・隈研吾氏の根津美術館における試みを紹介したけれど、ここにさらに街づくりの重要エレメントのひとつとして、「生産と消費活動のつながり」を加えておきたい。

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元気なリーダー

2010年03月02日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 “スローな未来へ” 島村奈津著(小学館)を読む。島村奈津さんはこれまで、“スローフードな人生!”(新潮文庫)、“スローフードな日本!”(新潮社)など、地域社会と「食」の関わりについて書いてこられた。この作品は、サブタイトルに“「小さな町づくり」が暮らしを変える”とあるように、日本各地(とイタリア)の元気な街そのものを取材したものだ。本の帯の紹介文を引用しよう。

(引用開始)

日本の10地域とイタリア現地取材 渾身レポート
“ないものねだり”から“あるものさがし”へ。
自分たちの町は自分たちで創る。
自分たちの暮らしは自分たちで守る。
――ここには、日本の地方都市の未来に関わるヒントが込められている。今こそ、人間サイズの町づくり「スローシティ」に学べ!!
まだまだ日本も捨てたもんじゃない!

(引用終了)

 この本を読みながら思うのは、元気な街にはかならず元気なリーダーが居るということである。そのリーダーが周りの人達を活性化に巻き込んでいく。リーダーはいわば街活性化の原動力だ。この本にはそれらの魅力的なリーダーたちが描かれている。本の帯裏からその人たち等のことばを引用しよう。

(引用開始)

「町並み保存の秘訣は、足し算の開発ではなく引き算の町づくり」(愛媛県内子町・岡田文淑さん)
「おいしい町は美しい」(イタリア・カステルノーヴォのマルコーニ町長)
「美しい村や町を失うことは、日本の文化や歴史の源泉を失うこと」北海道美瑛町・浜田哲町長)
「町の自慢?コンビニがないことで〜す」(宮城県加美町の小学生)
「本当においしいものは足元にあるじゃないか」(山形県鶴岡市『アル・ケッチャーノ』シェフ・奥田政行さん)
「今1,500人の村民がたとえ1,000人になっても村民が幸せなら、愛する地元で暮らせるなら、それが一番」(山形県早川町・辻一幸町長)
「地産地消も、地域の料理力を上げるのも普通の主婦からが一番」(大分県由布院『南の風』田井修二さん)
「できやん理由は探さへん」(三重県多気町「仕掛け人塾」キャッチフレーズ)
「これからは山村もしたたかに都会から人を連れてくる時代です」(岩手県葛巻町・鈴木重男町長)
「たった人口1800人の小さな村に、都会にはない“人生の師”がごろごろいるんです」(東北大学・新妻弘明さん)

(引用終了)

これだけだと分かりづらいかもしれない。詳しくはぜひ本文を読んでリーダーたちの活躍に触れていただきたい。リーダーの役割については以前、「リーダーの役割」の項で述べたので、併せてお読みいただければうれしい。尚、この本で紹介された日本の10地域は次の通り。

1. 宮城県加美町
2. 北海道美瑛町
3. 埼玉県小川町
4. 山形県鶴岡市
5. 愛媛県内子町
6. 大分県由布市由布院
7. 岩手県葛巻町
8. 滋賀県高島町
9. 三重県多気町
10. 島根県海士町

どこも訪ねてみたい魅力的な街である。

 ちなみに私も先日、元気な街のリーダーとお会いした。以前「競争か強調か II」でご紹介した、友人の主催する「斑尾国際音楽村Projectライブ」が今年も開催されたので応援に行ったのだが、そのときにお会いした長野県飯山本町商店街理事長の滝澤博信さんがその人だ。今回のライブ・コンサートは、斑尾だけではなく前日に飯山市でも開催されたので、滝澤さんとお会いする機会に恵まれた。今回招かれた音楽家は、北欧・北極圏の音楽“ヨイク”を歌うインガ・ユーソさんとパーカッショニストのハラール・スクレルーさんのデュオだった。飯山市でのライブの模様などはその友人のブログに詳しい。

 飯山市は、斑尾山の麓に位置し、和紙や仏壇などの伝統工芸が盛んな街である。飯山市には今年春、素朴でたくましいお年寄りの人形で有名な高橋まゆみさんの作品を集めた“高橋まゆみ人形館”がオープンする予定だと聞く。いずれまた訪れて、友人や滝澤さんと一献傾けながら、街づくりとスモールビジネスの役割などについて語り合いたい。

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街のつながり

2010年01月11日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 「街の魅力」のなかでご紹介した、吉祥寺の魅力を示すI 歩ける、II 透ける、III 流れる、IV 溜まる、V 混ぜる、の5つキーワードに共通するのは、街に在る様々なものが「繋がっている」という性格である。先日建て直された青山・根津美術館の設計を担当した建築家・隈研吾氏は、「街のつながり」について次のように書いておられる。

(引用開始)

ふたつの森を接続する

建築よりもずっと大きなもの(都市計画)と、ずっと小さなもの(ディテール)を繋ぎたかった。
根津美術館は、表参道の南端に位置する。敷地を歩き回っているうちに、あることに気がついた。表参道は、北端に明治神宮、南端に根津美術館というふたつの「森」を抱えているからこそ、その賑わいに深みがあり、街が柔らかい。表参道とこの「森」をどう接続するかが課題なのだと気が付いたのである。表参道のノイジーなアクティビティをまず竹の「森」で受け止め、表参道の流れのベクトルを、90度旋回させて(日本庭園独特の技法である旋回)40mの竹林、深い(3.6m)庇の間を歩かせて、しっかりとカームダウン(沈静化)させて、「森」に接続させるという「接続形式」に辿り着いた時、この美術館の課題の50%は解けたと思った。これは「露地」という伝統的手法の、アーバンデザインへのアプリケーションかもしれない。(後略)

(引用終了)
<「新建築」11/2009号64ページより>

街のつながり(1)

 隈氏はさらに、「瓦屋根」によって、建物と地面、美術館と街の人々とを繋ぐ。氏のコメントを同じ雑誌から引き続き引用する。

(引用開始)

屋根による接続

もうひとつの「接続」の鍵は屋根である。屋根がつくる深い影が、groundとboxを接続する。(中略)その深い影の下のガラス壁の前に、彫像が並ぶ。アートと庭とがひとつの体験として共存する。屋根と地面との接続には、影だけではなく、屋根の構造性も、また大きな働きをしている。斜めの面、線がつくるトラスト効果によって、地面の上に安定した架構をつくるところに屋根の本質がある。(中略)その屋根の構造性を感じることができるように、軒下の鉄骨の露出をはじめ架構そのものを、可能な限り露出しようと試みた。特に軒の低さと庇の出の深さに留意した。(中略)

瓦という粒子

屋根は、大きいフレームで見れば都市的な装置であるが、小さなスケールで見れば、この屋根と構成する「粒子*」が、か弱い身体と、建築という大きなものとを仲介し、繊細なスケール(たとえば葉、枝)の集合体である「森」と、建築という大きさとの仲介をする。根津では瓦という粒子を選択した。旧根津美術館のお蔵の上にのっていた瓦の粒子感が、この街の人々の身体に、そしてこの通りに浸み込んでいたからである。都市計画は、高さや容積率やオープンスペーズだけの計画だと誤解されているが、実は都市計画とは粒子の計画であり、都市計画にとってそれを構成する粒子は、決定的に重要なパラメターなのである。(後略)

*都市は「粒子」によって構成されている。粒子を上手く選択することで、建築と都市を調停することにわれわれは関心を持っている。

(引用終了)
<同書64ページ>

街のつながり(2)

 「つながっていく性質を持つ3」ではないが、隈氏は根津美術館の設計に当たり、「森」と「屋根」、「瓦(粒子)」という3つの媒体を用いて、「街のつながり」を工夫したのである。

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街の魅力

2009年12月14日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 「3の構造」や「3の構造 II」でご紹介した井形慶子さんの新著、“老朽マンションの奇跡”(新潮社)を楽しく読んだ。内容は、東京・吉祥寺にある中古マンションを、ロンドン・フラット風にリフォームし、著者が経営する出版社のスタジオ・倉庫兼、若者社員の住居にしようという試みだ。本の帯の紹介文を引用しよう。

(引用開始)

「住みたい街No.1」吉祥寺で築35年のメゾネットを500万円で買って「ロンドンフラット」に再生!見棄てられたガラクタ物件をわずかな予算で理想の家に作り替え。不況の今だからこそ叶う住宅取得の裏ワザが炸裂する。あなたの住宅感を変える疾風怒濤のドキュメンタリー。

(引用終了)

紹介文に散りばめられた言葉から分る通り、この本には幾つもの「層」があり、その重層性がこの本の魅力と云える。以下、列挙してみる。

1. リフォームが予定内にうまくいくかどうかという、ドキュメンタリー的な面白さ。
2. 経営者としての社員に対する気持ち。組織の適正規模や人を大切にするマネジメントの重要性。
3. 最近の住宅事情や、リフォームに関する実務的知識。
4. 著者の住宅に対する並々ならぬ好奇心と、イギリス人的生き方への共感。
5. 著者の吉祥寺という街に対する愛着。

どの層も面白くまた役に立つのだが、特に、

5.著者の吉祥寺という街に対する愛着

が、このプロジェクト全体の推進力になっていて、本の読後感を豊かなものにしている。

 以前ご紹介した“イギリスの家を1000万円で建てた!”(新潮OH文庫)によると、井形さんのご自宅も吉祥寺エリアにあるという。そのことは、この本でも触れられている。愛着のある街に、「ロンドン・フラット」という新しい価値を付加する喜びが、著者の行動力を支えているのである。

 その吉祥寺の街の魅力とはなにか。“吉祥寺スタイル 楽しい街の50の秘密”三浦展+渡和由研究室共著(文藝春秋)に依って考えてみたい。同書では、吉祥寺の街の魅力を、五つのキーワードを手掛かりに分析している。以下、文章の引用を交えて、それらのキーワードを標してみよう。

I 歩ける

(引用開始)

 吉祥寺は、駅から半径400mの中に、すべてが揃っている。
 歩ける範囲に何でもある。
 路地がたくさんあって、歩くことを楽しめる。
 そして路地ごとにいろいろなカルチャーが育っている。

(引用終了)
<同書30ページ>

II 透ける

(引用開始)

 時代の変化に対応して使い方を変えられる街。
 ハードな都市ではなく、ソフトな街。
 生活に合わせて、さまざまなインフィルを付け加えられる街。
 スケルトンな街。スケルタウン。
 それが吉祥寺だ。

(引用終了)
<同書65ページ>

III 流れる

(引用開始)

 吉祥寺の街路は、多くの街路によって多数の小さな街区が生まれているため、まさに「モザイク状のサブカルチャー」を生み育てるのに最適である。ハイソでファッショナブルな文化も、プアで反抗的な文化も、併存している。

(引用終了)
<同書99ページ>

IV 溜まる

(引用開始)

 吉祥寺は、第三の居場所(行きつけの街のなじみの場所)の宝庫である。こだわりと個性を持った主(あるじ)が居る町の「居間」がたくさんある。その主たちがしつらえた多様な雰囲気と文化を、自分の好みで選択して、一時的に間借りできる。第三の場所は、街にある自分のコーナーでもある。第三の居場所として感じられる場所をたくさん持てる街だから、吉祥寺は住んでみたい街、行ってみたくなる街なのである。

(引用終了)
<同書129ページ。括弧内は引用者による注。>

V 混ぜる

(引用開始)

 吉祥寺の街は、こだわりのコンポーネント・ステレオのように、小さな特色のあるパーツで構成されている。(中略)
 たとえば古いマンションや倉庫跡などに新しい店が入ることは、吉祥寺では日常茶飯事だ。井の頭線ガード横の50年近い、おんぼろな建物は、もともとはキャバレーだったらしいが、その後予備校の倉庫になり、今は、知る人ぞ知る先鋭的なカフェや雑貨店が入っている。(中略)
 こういう新旧のコンポーネント、あるいは住居や店や仕事場というコンポーネントが混ざり合って吉祥寺という街の魅力が増幅されているのである。

(引用終了)
<同書164−165ページ>

いかがだろう。吉祥寺の街は、このような特徴に支えられて、今も「住みたい街No.1」なのである。井形さんのロンドン・フラットも、素敵な魅力のひとつとして、この街にしっかりと根付いていくに違いない。

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銀座のハチミツ

2009年11月03日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 “銀座のミツバチ物語”田中敦夫著(時事通信社)を読む。著者の田中氏は、NPO法人「銀座ミツバチプロジェクト」の副理事を務めておられる。「銀座ミツバチプロジェクト」の活動は、TVなどでも紹介されていたから、ご存知の方も多いだろう。まず本の紹介文を引用しよう。

(引用開始)

 東京・銀座のビルの屋上でミツバチを飼うというプロジェクトを三年前に立ち上げた著者による奮闘記。皇居が近いなど自然環境が豊かで、農薬の心配もないことから、日本を代表する繁華街は、意外なことにミツバチにとって暮らしやすい環境だという。ここで採れたハチミツが特産品となりつつあるだけでなく、街の緑化も進み始めるなど、地域の意識が変化してきた様子を描く。出発点は「おもしろいよね」。持続可能な街づくりのヒントに満ちた一冊。

(引用終了)
<日経新聞の書評欄より>

 田中氏は、肩肘の張らない語り口で、プロジェクト発足の経緯から最近の活動までを書いておられる。銀座商店街との連携、「オペラ・銀ぱち物語」、ファームエイドの開催、「日本熊森協会」との出会い、「メダカのがっこう」とのコラボレーションなどなど。

 これまで「建築士という仕事」や「金属吸着剤」などで、これからの安定成長時代を代表する四つの産業システム、

1. 多品種少量生産
2. 食の地産地消
3. 資源循環
4. 新技術

のうち、複数のシステムが関連するビジネスは、一つだけの場合に比べて、時代を牽引する力が強い筈だと述べてきたけれど、この「銀座のミツバチプロジェクト」は、

1. 多品種少量生産(ケーキやカクテル、石鹸など)
2. 食の地産地消(銀座商店街での販売)
3. 資源循環(ミツバチ受粉による緑化推進)

ということで、時代牽引力の強い、21世紀型スモールビジネスの一つに違いない。そのことを証明するように、最近同じような取り組みが、自由が丘や恵比寿などでも行なわれ始めているという。

 この本にも出てくるが、アメリカなどでは今、養蜂家の巣箱からミツバチが突然、大量に姿を消す「蜂群崩壊症候群」(CCD)という現象が起きている。CCDは、ハチミツを大量生産するために、品種改良や遠距離移動、単一で農薬の多いアーモンド畑などにおける蜜採取を行なうことによって、ミツバチにウイルス感染病が発症したのではないかといわれている。CCDについては“ハチはなぜ大量死したのか”ローワン・ジェイコブセン著(文藝春秋)に詳しい。これに対して、「銀座ミツバチプロジェクト」は、あくまでも地域密着型のスモールビジネスだ。都会の各地でミツバチたちが花の蜜を集めていると思うと楽しい気分になる。

 ところで、「リーダーの役割」などで言及した、「全体のうち2割の人はよく働き、6割はふつうに働き、そして残りの2割はあまり働かない」という組織の法則は、田中氏によると、ミツバチの集団にも見られるようだという。

(引用開始)

 ミツバチもそうなのではないか(組織の法則に適応しているのではないか)と観察すると、相当数の怠け者がいるのは確かです。時々忙しそうに前足でカンナ研ぎしているミツバチは、実は何もしていなかったりするそうです。割合は定かではありませんが、頭がよいだけじゃなく、人間社会にそっくりだと思うのは私だけではないでしょう。組織が環境の変化に対応して生き残っていくための柔軟性として、怠け者の存在も存外必要なのかもしれませんね。そう考えると、部下に働け働けと尻を叩くばかりが能じゃないということになります。
(引用終了)
<同書85ページより。カッコ内は引用者による注。>

ミツバチの生態はまだまだ謎が多いけれど、その集団生活の様子は、人間社会のそれとよく似ているようである。

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競争か協調か II

2008年11月25日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 先日あるイベントでご一緒した不動産業の方が、都内のコイン・パーキング場について、「競争が無いうちは儲かるのだが、周りに増えてしまうと一挙に赤字に転落してしまう」と嘆いておられた。これを、以前「競争か協調か」の中で考察した、「競争を選ぶか協調を選ぶかは、資源全体の多寡・増減に依る」という原則に照らして考えてみたい。

 コイン・パーキング場にとって、「資源全体の多寡・増減」とは、その地域における駐車場の需給バランスのことである。地域の公共政策にもよるが、需要過多であれば、街並みの景観に配慮した上で徐々に供給を増やしていけばよい。バランスが一旦供給過多に傾いたならば、上記原則に照らして、協調戦略へ転移しなければならない。単なる値引き競争だけではいづれ共倒れしてしまうからだ。

 さて、コイン・パーキング場の協調戦略にはどのようなものが考えられるだろうか。まず大切なのは「棲み分け戦略」だろう。あるパーキング場はレストランなどと顧客サービス契約を結ぶ。別のところはオフィスなどと契約、他のところは一般の店舗との契約を進める。契約に金は掛かるかもしれないが、単に値引きに走るよりも顧客を奪い合うことが少なくなる筈だ。実際「パーク24」という会社は、鉄道会社と組んで電車利用者に対する割引サービスを行っている。業種別需給バランスを保つことが出来れば、顧客の利便性も向上する。「棲み分け」を地域全体で上手く宣伝すれば、需要それ自体が増える可能性もある。

 次に考えられるのは各種「付加価値サービス」だろう。パーキング場が飲み屋街にあれば代走サービス、オフィス街に近ければ洗車サービス、店舗街であれば買い物カート提供サービスなどなど。大事なことは、各企業がそれぞれの起業理念に基づいて、利用顧客の「生産・消費」活動に役立つサービスを編み出すことだ。単に他のところを真似るのではなく、その街と顧客に合った独自のサービスを編み出すこと。そのことは(サービスを他の地域に転用できる可能性もあるから)企業の競争力を高めることにも繋がる。

 このようにしてサービスの充実を図っていけば、コイン・パーキングビジネスは一見飽和状態に見える地域でも、産業の活性化に貢献することができる。この場合大切なのは、地域の店舗・産業を巻き込んだ形での「協調戦略」=「チームワーク」なのである。

 ちなみに、先日のあるイベントとは、友人が主催した「第3回斑尾国際音楽村Projectライブ」のことである。今年はフィンランドから音楽家のパウリーナ・レルフェ(と妹のハンナマリー・ルーカネン)さんを招待、私は通訳のお手伝い方々参加したのだが、週末二日間のコンサートのほか、フィンランドにちなんだ食事会や料理教室などもあってとても楽しかった。

 以前「アートビジネス」のなかで、『アートビジネスは「多品種少量生産」だから、これからの安定成長時代、重要度が増すに違いない。』と書いたけれど、友人は、このような音楽イベントを企画することで、地域を活性化させようと頑張っている。まだまだ「ビジネス」にはならないかもしれないが、これからもできる範囲で彼女を応援していこうと思う。

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建築について

2008年07月29日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 スモールビジネスとしての建築士の仕事について書いた(「建築士という仕事」)ところで、私の建築に対する興味をまとめておこう。

 一つ目は建築の実用面である。住宅や店舗、オフィスなど、人の生産と消費活動を支える道具としての建物。エネルギーの循環システムや、材料・工法に関する新技術が日々開発され、街角に斬新な建物が姿を見せる一方、町屋や古民家が再生されるのも楽しい。実用的な建物に必要なのは、合理性と身体性との高度なバランスだと思う。

 二つ目は、美術(Art)としての建築である。「Before the Flight」の中で、

 『「美」には大きく分けて二つの範疇があるようだ。二つは重なる部分も多いし、はっきりと分けることも難しいが、ひとつは、螺旋階段のように重力に逆らう運動に基づき、我々の気分を生き生きとさせてくれる感覚的な美しさであり、もう一つは、脳の中で構成される、過去の記憶に基づく郷愁的な美しさだ。それ自体に動きはないものの、優れた建築、庭園、彫刻、宝石などは、重力を一旦吾身に引き受けた上で、次の飛躍を内に秘めた「力」の表現であり、大きくは前者の範疇に入ると思われる。』

と書いたが、「反重力美学」としての建築、特に美術館や博物館などを巡るのは愉しい。なかでも、「螺旋階段」で訪れたポーラ美術館や、「Before the Flight」の神奈川県立近代美術館葉山などのように、自然と溶け合った建物は美しいと思う。

 三つ目は都市の一部としての建築である。個々の建物は実用的であったり美的であったり、あるいはそうでなかったりする訳だが、幾つもの建物を、道路や上下水道、電線などで結び、「集合体」として束ねるのが都市であり、個々の建物は、人々から見られ、利用され、記憶されることによって、「公」の場を形成する。住宅街、学校や神社仏閣、商店街、新しい図書館、取り壊される駅舎などなど。都市の建物は、好むと好まざるとに関わらず、合理性と身体性に加えて社会性を帯びることになる。

 ところで、都市の建物の「社会性」とはどのようなものなのだろうか。日本の建物の社会性は、他の国々のそれとどう違うのか。日本おける居心地のよい広場とはどのような場所なのか。都市と自然とのバランスはどうなっているのか。それを考えるためには、単に建物の様式を比較したり来歴を調べるだけでは不充分で、「集団の時間」で述べたように都市が人々の脳の外化したものであってみれば、日本の都市と建物を語るには、日本語という「言葉」の本質に迫らなければならないと思う。

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建築士という仕事

2008年07月22日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 建築士という仕事、なかでも住宅や小規模公共施設を対象とする仕事は、これからの時代を牽引する重要なスモールビジネスの一つだと思う。

 「最高の建築士事務所をつくる方法」湯山重行著(エクスナレッジ)という本は、これから事務所を開こうとする建築士への丁寧なガイドブックだ。一級建築士である湯山氏ご自身の事務所設立体験を元に、独立の心構え、オフィスの立地からクライアントとの付き合い方、設計の進め方からスタッフの雇用、契約書の作り方まで、幅広く説明してあるので参考になることが多いと思う。

 これまで私は、安定成長時代の産業システムとして、

1. 多品種少量生産
2. 食の地産地消
3. 資源循環
4. 新技術

の四つを挙げ(「スモールビジネスの時代」)、それぞれについて、

1. 本の出版(「本づくりとスモールビジネス」)
2. 米の高付加価値化(「食生活の変化と自給率」)
3. レアメタルのリサイクル(「レアメタル」)
4. 新技術のカーブアウト(「カーブアウト」)

などを例にとって具体的に見てきた。

 当然ながら、四つの産業システムが複数関連したビジネスであれば、時代を牽引する力はより強くなる。たとえば先回の「里山ビジネス」は少なくとも、

1. 多品種少量生産(ワイナリー、野菜園)
2. 食の地産地消(ワイン、レストラン)
3. 資源循環(水、肥料など)

の三つが関連した、魅力的なビジネスモデルだ。住宅や小規模公共施設を対象とする建築士の仕事は、

1. 多品種少量生産(受注生産)
2. 資源循環(エネルギー)
3. 新技術(建材や工法など)

の三つが関連しており、これからの時代、重要度が増すに違いない。私のオフィスでも、建築士さんの起業を積極的にサポートしていきたい。

 湯山氏の本は、起業の方法や、起業時点で必要になる備品のリスト、コストの概算、税金のことまで詳しく説明してあるので、建築士さんだけでなく、新しくスモールビジネスを始めようと考えているその他の皆さんにも参考になると思う。

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里山ビジネス

2008年07月15日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 「集団の時間」のなかで、都市の時間 (t = interest)と自然の時間(t = ∞)について述べ、「社会問題の多くは、この2種類の時間の混同から起こる。」と書いたが、(都市と自然の)二つの時間が隣接するところに、興味深い空間や現象が生まれることも事実だ。

 たとえば庭園である。庭園は人が快適さを求めて作ったという面では都市の一部だが、花や樹木の生息という意味では自然の一部でもある。たとえば遺跡である。遺跡は長い年月を経てすでに自然の一部であるが、かろうじて都市の痕跡を残すことで過去の栄華を偲ばせる。昔から人はこのような、都市と自然の時間が明示的に隣接している場所に特別の興味を抱いてきた。

 しかし高度成長時代、人々は自然を捨てて都市へ集中した。遠くから運ばれる安い原材料に自らの生活を委ね、それを支えるために大きな組織が大量生産・輸送・消費システムを構築した。都市の時間(t = interest)が全てを覆い始め、自然はバランスを失って強い災害をもたらすようになった。「個」のレベルで言えば、身体を置き去りにして、頭のゲームに熱中した時代といえよう。

 「多品種少量生産、食品の地産地消、資源循環、新技術といった、安定成長時代の産業システムを牽引するのは、フレキシブルで、判断が早く、地域に密着したスモールビジネスなのではないだろうか。」(「スモールビジネスの時代」)と書いたのは、この二つの時間が隣接した空間や現象への復帰宣言でもある。「個」のレベルで言えば、頭で考えるだけではなく、身体を一緒に動かして何かを作り出していくということである。

 庭園と同じように、日本の「里山」も都市と自然の時間が明示的に隣接した空間だ。しかも里山は、単なる観賞用の庭園と違って、人の生活を支える資源循環システムでもある。「ヴィラデスト・ガーデンファーム・アンド・ワイナリー」のオーナー、エッセイストでもあり画家でもある玉村豊男氏の「里山ビジネス」(集英社新書)には、スモールビジネスとしての里山の可能性が余すところなく描かれている。

 ワイナリーという施設が意味するもの、生活観光の時代、拡大ではなく持続することの大切さ、野菜の地産地消、井戸水の利用、資源の循環システム、職人的仕事観、一人多芸、若者の育成などなど、時には失敗談などを交えながら、玉村氏はこの「小さな王国」について情熱的に語る。本文中、ワイナリーの設立趣意書から一部引用があるが、それは地域密着型スモールビジネスの精神を表して余蘊がない。

 「農業は続けることに意味がある。その土地を絶えず耕して、そこから恵みを受けながら、人も植物も生き続ける。それが農業であり、人間の暮らしである。ワイナリーを中心に地域に人が集い、遠方から人が訪ねて来、そこでつくられたワインや野菜や果物を媒介にして人間の輪ができあがる。それが来訪者を癒し、地域の人びとを力づけ、双方の生活の質を高めていくことにつながるだろう。
 ワイナリーじたいはとりたてて大きな利益を生むものではなくても、そうした、農業生産を基盤とした地域の永続的な発展と活性化を促すひとつの有効な装置として機能すれば、これほど大きな価値を実現できるものは他には類がないと思う」(77ページより)

 尚、「ヴィラデスト・ガーデンファーム・アンド・ワイナリー」については、「ヴィラデストワイナリーの手帖」山同敦子著(新潮社)にも詳しい。

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