『株式会社の終焉』水野和夫著(ディスカヴァー・トゥエンティワン)という本を興味深く読んだ。水野氏には『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)というベストセラーがあるが、この本はそれをさらに先へ進めた論考で、資本の増殖ができなくなった資本主義社会において、その主役である株式会社に未来があるのかどうかを問う内容となっている。
資本の増殖は、中心と周辺という二重構造から(中心が周辺に侵食する形で)利潤として作り出される。西洋近代は、中心としての欧米が周辺としての植民地に侵食することで繁栄、現代のグローバリズムは、中心としての先進諸国が周辺としての後進国、さらには電子・金融空間というバーチャルな市場に侵食して繁昌きたが、21世紀に至り、(長期ゼロ金利状況が示すように)資本はこれまでのように利潤が生みだせなくなってきた。そのことをもって「資本主義の終焉」と水野氏は(前著で)論じたわけだが、今回は、その終焉した資本主義下における株式会社の在り方について、
第1章 「株高、マイナス利子率は何を意味しているのか」
<「資本帝国」の株高vs.「国民国家」のマイナス金利>
第2章 「株式会社とは何か」
<「無限空間」の株式会社vs.「有限空間」のパートナーシップ>
第3章 「21世紀に株式会社の未来はあるのか」
<より多くの現金配当vs.より充実したサービス配当>
という章立てで考察、最終的に、これまでの株式会社が「より速く、より遠くに、より合理的に」という近代資本主義の原理に基づいていたのに対して、これからの会社組織は、「よりゆっくり、より近くに、より寛容に」という中世的原理に立ち返るべきだと結論付ける。裏表紙の紹介文を引用しよう。
(引用開始)
「より速く、より遠くに、より合理的に」から、「よりゆっくり、より近くに、より寛容に」に。これを株式会社に当てはめれば、減益計画で十分だということ。現金配当をやめること。過剰な内部留保金を国庫に戻すこと。おそらく2020年の東京五輪までは、「成長がすべての怪我を直す」と考える、近代勢力が力を増すでしょうが、それも、向こう100年間という長期でみれば、ほんのさざ波にすぎません。
(引用終了)
第1章の「資本帝国」とは、これまでの株式会社(の資本家たち)が目指したグローバルな市場空間を指し、「国民国家」とは、国境によって区切られた(一般人の)居住空間を指している。株高とマイナス金利は、資本帝国の優位を示す。資本帝国とは、第2章にある「無限空間」であり、一方の国民国家は、「有限空間」である。前者は<より多くの現金配当>を要求するが、後者は<より充実したサービス配当>を求める。資本主義終焉下の会社は、資本家のための<より多くの現金配当>ではなく、一般人のための<より充実したサービス配当>を第一義とすべきである。そのために会社は、それまでの「より速く、より遠く、より合理的に」という原理から、「よりゆっくり、より近く、より寛容に」なることが求められるというわけだ。
第1章では、「ROEと家計の純資産蓄積率」や「実質賃金指数」、「限界労働分配率」や「日米欧の資本生産性分解」といった指標によって現状を分析、第2章は株式会社の歴史を振り返り、第3章では再び各種の経済指標によって将来の会社の在り方を探る。本の帯表紙に<大ベストセラー『資本主義の終焉と歴史の危機』を継ぐ著者渾身の書き下ろし>、裏表紙に<水野史観、炸裂!>とあるが、確かにとても読み応えがあった。
ご存知のように、このブログでは、「
モノコト・シフト」というキーワードによって21世紀を見通そうとしてきた。モノコト・シフトとは、「“モノからコトへ”のパラダイム・シフト」の略で、20世紀の大量生産システムと人の過剰な財欲(greed)による「行き過ぎた資本主義」への反省として、また、科学の還元主義的思考による「モノ信仰」の行き詰まりに対する新しい枠組みとして生まれた、(動きの見えないモノよりも)動きのあるコトを大切にする生き方、考え方への関心の高まりを指す。水野氏のいう「より速く、より遠くに、より合理的に」という近代資本主義の原理は、モノコト・シフトでいう「モノ」への執着と重なる。時間が凍結された「モノ」は数として捉えることができ、いつでもどこへでも運ぶことができる。一方の「よりゆっくり、より近くに、より寛容に」は、「コト」を大切にする態度と重なる。「コト」はその場において(時間の流れとともに)生起しどこへも運ぶことができない。
「モノ」は
複眼主義の対比、
A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳(大脳新皮質)の働き−「公(Public)」−「都市」
A 男性性=「空間重視」「所有原理」
B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働き−「私(Private)」−「自然」
B 女性性=「時間重視」「関係原理」
におけるA側と親和性があり、「コト」はB側と親和性がある。「より速く、より遠くに、より合理的に」というのは主に脳(大脳新皮質)の働きからくる思考であり、「よりゆっくり、より近くに、より寛容に」という思考は主に身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働きからくる。複眼主義では両者のバランスを大切に考えるが、21世紀社会は「コト」、つまりB側に傾くというのがモノコト・シフトの見立てで、それは水野氏の結論と同じ方向性を持つ。
さて、これから先の問題は、
1.新しい組織概念を裏付ける宇宙論
2.state(国家)の政策舵取り
3.B側に傾斜する社会においてAとBのバランスをどう保つか
といったことだろうか。
1.に関して、水野氏は同書第2章で、近代は、コペルニクスの宇宙論(地動説)から始まったと述べておられる。氏は、コペルニクスからニュートン、ホッブスまでの近代西洋諸理論を概観した上で、
(引用開始)
このように、コペルニクスは、100年後の「ウェストファリア秩序体制」のいわば産婆役でした。したがって、近代の始まりは、コペルニクスが『天球の回転について』を著した1543年ということになるのです。
(引用終了)
<同書 96ページ>
と書く。宇宙論が一変したときに組織の概念も変わるということだ。そうだとすると、「よりゆっくり、より近くに、より寛容に」という思考原理に基づいた組織概念が世界規模で浸透するには、新たな宇宙論が必要だということになる。私は、「
重力進化学 II」や「
時間と空間」の項で述べた日本人科学者による理論がその候補だと思うがどうだろう。
2.の問題は、3.と密接に関係する。state(国家)の政策舵取りによって地域におけるAとBのバランスが保たれるからだ。政策舵取りの大枠については「
経済の三層構造」や「
nationとstate」、「
ヒト・モノ・カネの複合統治」の項などで言及してきたのでお読みいただきたい。これからの政策は、複眼的かつ精巧・繊細なものでなければならないと思う。
2017年は特にアメリカ新大統領の政策が注目される。政策舵取りは主にA側の仕事だ。「
鳥瞰的な視野の大切さ」の項で触れたように、トランプ大統領はビジネスライクにA側の仕事を進めていくだろうが、人には「
三つの宿痾」、つまり、
(1)社会の自由を抑圧する人の過剰な財欲と名声欲
(2)それが作り出すシステムとその自己増幅を担う官僚主義
(3)官僚主義を助長する我々の認知の歪みの放置
という三つの治らない病気がある。トランプ政策チームが、社会におけるAとBのバランスを保とうとする限り問題はないが、彼らが三つの宿痾のうちのどれか(あるいは複数)に深く陥ると、アメリカの影響力は大きいだけに世界は崩壊の危機に立たされることとなる。資本主義終焉下、それまで会社(ビジネス界)で発揮されていたA側の英知を内閣に集めたトランプ大統領、まずはお手並み拝見。彼は複眼的かつ精巧・繊細に事を運べるだろうか。
トランプ大統領の政策を手短にまとめた新聞記事(「私の相場観」証券アナリスト・久保寺寛治氏)があったので引用しておく。
(引用開始)
「米国は本格世直し政策へ」
米大統領選挙でトランプ氏が勝利したのを機に、内外株式市況は急反騰局面に転じて一カ月半が通過した。この間、新政策「トランプノミクス」への議論も深まってきた。
新政策は以下の5項目を柱とする。@各般の規制緩和A超大規模な減税Bインフラの本格整備C通商協定の見直しD移民制度の厳格化。CとDの対外政策は荒削りで、先行きは不透明とされる。この一方、@〜Bの経済政策への評価は高い。
近年、米国など先進国の経済は、長期停滞に陥る傾向が明白だ。この原因については諸説あるが、トランプ氏は生産拠点の海外流失が主因とみて、その是正による本格的世直しを目指す。その前途は容易ではないものの、その意気をよしとする向きも少なくはあるまい。
対して経済政策の前途は明るい。議会が引き続き共和党優位であるからだ。これらの施策は後半から寄与する。自律回復局面にある米国経済にこの追い風が加わるため、明後2018年の成長率は3%に接近する公算が強くなった(本年は1.6%の見込み)。これにより金融当局は、年1回も抑えていた政策金利の引き上げを3回に増やす方針に転じた。
ただ、この大型スキームには盲点がある。一般的には長期停滞の主因とされている生産性低落に対処する姿勢がほとんど見られないことで、金融当局もこの点を強く懸念している。新体制が早期にこの問題に取り組むことを期待したい。
(引用終了)
<東京新聞 12/27/2016>
このブログは近々終わるが、これからも引き続き3点の問題、
1.新しい組織概念を裏付ける宇宙論
2.state(国家)の政策舵取り
3.B側に傾斜する社会においてAとBのバランスをどう保つか
について詳細を考えたい。