夜間飛行

茂木賛からスモールビジネスを目指す人への熱いメッセージ


一拍子の音楽

2010年07月13日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 先回「リズムと間」の項において、

(引用開始)

 カナ一文字が最小の音声認識単位であるところの日本語の歌は、「拍」と「間」によって構成される。それに対して、シラブル(子音から子音への一渡り)が最小の音声認識単位であるところの英語の歌は、シラブルを繋ぐものとしての「ビート(脈動)」や「リズム(律動)」によって構成されるということがわかる。

(引用終了)

と書いたけれど、この英語の「リズム」と日本語の「間」との違いは、ことばの特徴(母音語と子音語)に根ざしているだけに、歌だけに止まらず、絵画や文学、デザイン、彫刻や建築、その他生活文化全般にまで及んでいるように思われる。

 このブログではこれまで、「脳と身体」などで、経営的、科学的、社会的観点から、

A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳の働き−「公(public)」

B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体の働き−「私(private)」

という対比を指摘し、「容器の比喩と擬人の比喩」「言語技術」などで、言語的見地から、

A 主格中心−擬人比喩の多用−主語と述語
B 環境中心−容器比喩の多用−主題と解説

という対比をみてきた。ここで、以上の対比構造に、

A 英語−子音主体−ビートとリズム
B 日本語−母音主体−拍と間

という音楽的視点も付け加えておきたい。

 さて先日「対位法のことなど」において、

(引用開始)

 この“対位法”は、前回「ハーモニーとは」の項で引用した石井宏氏のいう、「音がお互いに自己を主張しながら、立派に溶け合ったハーモニー」のあり方を、高度に示す西洋音楽の真髄だと思う。

(引用終了)

と書いたけれど、今回は日本の「一拍子の音楽」について、“西洋音楽から見たニッポン”石井宏著(PHP研究所)から引用してみよう。

 石井氏はまず、歌舞伎の「天衣粉上野初花(くもにまごううえののはつはな)」などで聴かれる「雪おろし」のモノトーンな太鼓の連打について触れた後、次のように書いておられる。

(引用開始)

 同じように歌舞伎には日本人の発明した着目すべき一拍子の音楽がもう一つある。それは幕の開閉に使われる拍子木(ひょうしぎ)の音、あるいは花道を退場するときの「柝(き)」の「つけ打ち」などに見られる。(中略)
 この柝による音楽は西洋の打楽器と違って二拍子や三拍子のリズムをもたない(拍ごとにメリハリをつけない)純粋に一拍子の音楽である。
 それだけでも西洋音楽の視点からすれば不思議なことだが、さらに彼らにとってこの打ち方が奇想天外なのは、そのテンポと打音の強弱の関係である。
 すなわちテンポからいえば、柝の打ち方はだんだんスピードが上がるので、音楽用語でいえばいわゆるアッチェレランド(アクセルする、加速する)なのである。しかるにスピードが上がるにつれてチャチャチャと動きが細かくなると、柝の音量はそれに伴って小さくなる。これは彼らには生理的理解を超越したことなのである。(中略)
 西洋式では加速と音圧の上昇が並行するため、聞き手はその音圧に煽(あお)られて舞い上がる、興奮する、などの単純な反応しかできないが、日本式の加速と音量が反比例する関係においては、聞き手は一方において加速によって興奮に誘われながら、音圧が減少していくのを追いかけさせられる。つまり、音圧の減少による負の風圧に引きずり込まれ、己の興奮が拡散するのではなく、凝縮していくのを味わうことになる。
 すべてのものは凝縮すれば内圧が高くなる。日本式の柝の打法は、こうして西洋式の単純な興奮では考えられない圧力の高い興奮を誘うことになる。

(引用終了)
<同書224−227ページ>

 作家の栗田勇氏は、その著書“日本文化のキーワード”(祥伝社新書)において、「間」について次のように記しておられる。

(引用開始)

 「間」という言葉は日本では「隙間(すきま)」というような空間的な意味にも、また「間に合う」という時間的な意味にも、「間が抜ける」といった状況の状態についても用いられる。
 「間」とは、いわば切断された関係の、緊張による充実である。また、もっとも充実した空(くう)とも無ともいえる。かみくだいて言えば、人間の計算を超えた天然宇宙の絶対的なものが、向こう側から顔を見せる時空である。

(引用終了)
<同書78−79ページ>

 この「柝の打法」こそ、「間」の駆使によって生み出される、日本音楽の真髄ではないだろうか。

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対位法のことなど

2010年06月22日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 以前「エッジ・エフェクト」や「サラサーテのことなど」で紹介したNHK-BSの「名曲探偵アマデウス」というシリーズ番組は、その後も好調で、この間の放送はバッハの「組曲第3番」だった。組曲の中でも、とくに弦楽器(とチェンバロ)だけで演奏される第2曲目のアリアは素敵だった。この曲のバイオリンはG線(一番太い弦)だけで演奏されるので、曲が「G線上のアリア」と呼ばれることは良く知られている。

 この曲の中ほどに、“対位法”によって作られた部分がある。対位法とは、独立した異なる旋律を組み合わせる作曲技法で、バッハが得意とした技法である。通常は、伴奏が振り子のように低音パートを刻み、その上で主旋律が自由にメロディーを奏でるのだが、対位法では、複数の楽器が、対等に、独立した旋律を奏でる。複数の楽器が、まるで言葉を語り合うように調和しながら、それぞれ大事なメロディーを奏でる。そのことで、曲に深みが醸し出されるわけだ。

 この“対位法”は、前回「ハーモニーとは」の項で引用した石井宏氏のいう、「音がお互いに自己を主張しながら、立派に溶け合ったハーモニー」のあり方を、高度に示す西洋音楽の真髄だと思う。

 書道家の石川九楊氏は、“「書く」ということ”(文春新書)という著書の中で、

(引用開始)

 東アジアは書字中心の言語であり、その文化の中心に書があり、対する西欧は声中心の言語であり、その文化の中心に音楽がある(後略)。

(引用終了)
<同書122ページ>

と書いておられる。音楽を文化の中心に持つが故に、西欧社会は、互いに自己を主張しながら、全体として調和(ハーモニー)を醸す術に長けているのかもしれない。ハーモニーを醸す術が効かないと、自己主張が暴走して、不協和音と破壊を引き起こすけれど。

 今私の手元にある「G線上のアリア」は、チェロ奏者ヨーヨー・マ氏の”SIMPLY Baroque”(Sony Records)というCDの中に収められたものだ。マ氏については、「エッジ・エフェクト」の項で“マージナル・マン”の代表選手として紹介したけれど、中国人を両親として生まれ、パリで育ち、ニューヨークへ移り住んだ氏が、西洋音楽の真髄をどのように演奏するか、もう一度じっくり聴いてみよう。

 「組曲第3番」はバロックの名曲ということで、「名曲探偵アマデウス」の演奏では、ティンパニーやトランペットなど全てバロック時代の「古楽器」が使用された。ティンパニーの古楽器は、今のものよりも小ぶりでスティックの先端も木製なので、今の柔らかい音に比べてより硬い音がする。トランペットは、指で押さえるピストンが無い。音は全て息でコントロールしなければならないので、音がソフトに響く。第1曲目の序曲は、ニ長調の祝祭的音楽、第2曲目は弦楽器(とチェンバロ)だけで演奏される(いわゆるG線上の)アリア、第3曲目ガボットは、17−18世紀にフランスで流行した二拍子の軽快な舞曲。古楽器による演奏は、なかなか味わい深かった。

 古楽器といえば、先日、NHK-BSのショパン生誕200年を記念する番組で、ピアニスト仲道郁代さんが、ショパンの時代(19世紀)に使われたピアノ「プレイエル」を使って、当時の音を聴かせてくれた。演奏は今年の2月21日、サントリーホールで行われたもので、放送された曲目は、“ワルツ嬰ハ短調”と“練習曲ホ長調「別れの曲」”の二曲。「プレイエル」の濁らない響きにより、曲の持つ繊細さが過不足なく表現されていて、これもとても良かった。

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Pokojの話など

2010年05月04日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 以前載せた、読者(千夏さん)との対話編「ジェットストリーム」が好評だったので、アーティストの山本峰規子さんとの対話編をお届けする。山本さんとは、この冬、共通の友人のパーティーで知り合った。最初のところはそのパーティーの話題から始まる。ほのぼのとした山本さんのトークを楽しんで戴ければと思う。

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茂木:昨日のセインさんのパーティーは楽しかったですね。そのときお話した私のブログ・アドレスをお送りしておきます。画面の右バナーにある「茂木賛の世界」をクリックしていただくと、60年代のアメリカを舞台にした小説(タイトルは「太陽の飛沫」連載中)もあります。お時間のあるときにでもお読みくだされば嬉しく思います。

山本:こんにちは! 山本峰規子です。
さっそくメールをいただき、どうもありがとうございます。ふだんは夕方から出掛けることやパーティーなるものを大変苦手としている私、昨日はほんとうに例外的にセインさんのイベントに参加して、「行ってよかった♪」と初めて思いました。ホストのお人柄でしょう、茂木さんをはじめあたたかく,開かれた感じのいい人たちが集まってこられていましたね。冷え切った夜空の下をほんわかした気分で歩いて帰れました。

茂木さんのブログは教養文庫を少しずつ読んでいるような気分になりますね。小説はひょいと長距離飛行に誘われるような。わたしももうちょっとまじめに文章磨かねばと思いました。

茂木:ブログや小説へのコメント有り難うございます!山本さんのHPも拝見しました。
まだ少ししか見ていませんが、フェルメールの絵の牛乳が水浸しになるパロディなど面白いですね。その関連ですが、静止画の中に動きをはめ込むスタイルのアーティストに、ジュリアン・オピーという人がいます。去年の11月ごろ日暮里のSCAIというところで個展をやっていました。

僕は何故かこの「静止画の中に動きをはめ込む」というアートコンセプトに惹かれています。山本さんのフェルメールなども、その延長線上にあるな、などと思いました。

キャラクター関連も、Pokojを始めとしてかわいいですね。
日本的でありながら、なにか北欧的な風合いがあります。
環境に寄り添いながら、一方で個としての芯を通す山本さんのお人柄を反映しているのでしょう。取り急ぎ御礼まで。

山本:こんにちは。私は「名画」とされる物を観ていると,”その先”の物語をくっつけて遊びたくなります。ジュリアンさん、ラインの感じとか親近感を覚えますね。拙作に北欧の雰囲気を感じ取るといわれたのは、茂木さんがはじめてです。じつは私はまったくアカデミックな絵の勉強をしたことがなく、大学では西洋史専攻、北欧史のつまらない論文出して世間に出てきました。まったく美術に関係ない専攻だったのですが・・・茂木さんの鋭い洞察におどろきです!ちなみにイラストや版画を始めた頃、ベルギーのエルジェ(TIN TINシリーズ)の色使いをナビにしていました。うむ、どこかジュリアン・オピー氏の絵と通ずるものがありますね〜。ではでは

山本さま:北欧の件は、Pokojという名前からの連想もありました。「慧眼」の慧は、ブログに書いた三慧からでしょうか。有り難うございます!ところでセインさんのミドルネーム、あのあと選考で「鮎太郎」になりましたよ。たしか山本さんのご推薦でしたね。いいネーミングだと思います。こんどセインさん宛のメールのあて先に使ってみてください。

山本:こんにちは!茂木さんは北欧語もご存じなのですね。確かに「i」「y」の発音の代わりに「j」を使う癖があります。Pokojはじつはチェコ語で「ポコイ」とよみます。たまたまキャラクターに名前を付けてといわれたとき、チェコ旅行前で手元にチェコ語単語集があり、ぱらぱらめくってこの単語が目にとまり・・・チェコ語は他の東欧語同様、日本人には耳に突っかかるような難しい発音が多く、この単語はちょっと例外的にかわいい響きがあるようにおもいまして。意味は「部屋」です。「きのこ」という意味の単語もかわいい感じだったのですが、うさぎにきのこではうさぎシチューみたいだな〜と、やめておきました。

「鮎太郎」の名付け人にもなれて光栄です!
愛嬌ある響きがセインさんのキャラにぴったりだと自分では思います。
パーティーの最中に決まったのですか? もうちょっといればよかったなあ。
ではでは♪

茂木:お元気ですか。1月の22日から24日にかけて信州斑尾・飯綱へ行って来ました。斑尾に住む友人が北欧スウェーデンの歌手のコンサートを企画し、また別の友人から飯綱に持つ開店休業のペンションをどうしたらよいか相談されていたので、併せて回って来ました。北欧スウェーデンの歌手は、インガ・ユーソという名の、北欧伝統音楽(ヨイク)を継承する高名な人で、山本さんが北欧史を勉強されていたことを思い出しました。彼女の東京でのコンサートの様子をその友人がブログに書いていますので、添付しておきますね。

北信地方は、私(茂木)の本籍地でもあります。祖父の代に東京へ出てきてしまいましたから実際に住んだことは無いのですが、友人たちとの繋がりなどもあり、なんとなく縁を感ずる土地です。出かけたときはあまり降りませんでしたが、数日前からの深く積もった雪が新鮮でした。

山本:こんにちは。私は立春の翌日1つ年を取りましたが、達者に過ごしております。茂木さんもとても寒そうなところにお出掛けでも、お元気そうでなによりです。他のヨーロッパ語とは異なる独特の抑揚があり、よく音楽的といわれるスウェーデン語。すこーしだけ習いましたが、もう「ありがとう」しか覚えていません。スウェーデンの人たちの素朴で誠実なふんいき、北信の地にぴったりだったことでしょう。スウェーデンの田舎の風景は、日本の東北や北海道の田舎とよく似ていました。スウェーデンの人も同じようなことをいってました。

今日は春のようですが、また気温は高低するらしいです。
どうぞご自愛ください。
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 山本さんとの対話は以上だが、“セインさん”というのは、作家のデビッド・セイン氏のことで、氏は都内で英語学校も開いておられる。

 「鮎太郎」という名前についてのエピソードにも触れておこう。セイン氏は、David A. Thayneというお名前なのだが、ミドルネームのAは、とくに名前が決まっているわけではないという。そこで氏は今回のパーティーで、参加者全員に対して、これはという名前を(今年限定で)つけて欲しいと募った。皆による審査の結果、日本の古いものに興味を持つセインさんに相応しいということで、山本さんの「鮎太郎」が選ばれたというわけである。

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ザ・ディープ

2010年04月20日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 “グラスの縁から”東理夫著(ゴマブックス株式会社)という本を読んでいたら、「ザ・ディープ」という映画のことが書いてあった。この本は、

(引用開始)

「リンカーン大統領はバーテンダーだった」

バーに音楽、映画にミステリー。
酒神が演出する名場面で語られる粋な話の数々。
さて、今宵はどれを肴に、一杯飲(や)るとしますか?
おっと、くれぐれも飲みすぎにはご用心ご用心。

(引用終了)
<本の帯より>

ということで、酒に纏わるエピソードがいろいろと集められている。「ザ・ディープ」のことは、ジン・トニックに関連して出てくるのだが、昔フロリダに住んでいたときに観た映画だったので懐かしかった。まず本からその部分を引用してみよう。

(引用開始)

 甘くないジン・トニックの究極は、人食い鮫の物語「ジョーズ」を書いたピーター・ベンチリーの「ザ・ディープ」にある。映画は1977年、ジャクリーヌ・ビセットのTシャツ姿の潜水で話題になった。
 原作には新婚のジャクリーヌと夫が知り合いのところで、トニック抜きのジン・トニックを飲む。もちろんそれはトニック・ウォーターがなかったからだったのだけれど、二人は文句も言わずただのストレートのジンを飲む。大人の態度と言うべきだろう。(中略)
 「ディープ」という映画は、水中のシーンが印象的だった。何度も観たい映画だ。

(引用終了)
<同書125ページより>

「ザ・ディープ」の原作者があの「ジョーズ」も書いていたとは知らなかった。映画は1977年のハリウッド作品で、監督はピーター・イエーツ(Peter Yates)、主演はニック・ノルティ(Nick Nolte)、ジャクリーヌ・ビセット(Jacqueline Bisset)、ロバート・ショー(Robert Shaw)の三人。

 映画は、バミューダにハネムーンに来たデイビッド(ニック・ノルティ)とゲイル(ジャクリーヌ・ビセット)が、海中ダイビング中に、第二次大戦中に沈没した貨物船ゴライアス号から、モルヒネのアンプルと古いスペイン硬貨を発見するところから始まる。

 二人は、モルヒネを狙うクローシュ一味に襲われながらも、古いスペイン硬貨について、沈没船に詳しいトリース(ロバート・ショー)に教えを請う。トリースの住む灯台で、三人はスペイン硬貨と沈没船の謎を解いていく。すると、沈没した貨物船ゴライアス号の下に、もう一艘、古い船が沈没している可能性を発見する。18世紀のフランスのタバコ船だ。古いスペイン硬貨はその船のものだった。そしてそのタバコ船に、スペイン王の財宝が隠されていたことが分かってくる。

 沈没船の財宝探し、”Santa Clara play for us”という謎の文言、エメラルドが象嵌された竜の黄金ペンダント、クローシュ一味との死闘、出没する巨大なウツボ、仕掛けられた爆薬など、手に汗を握るストーリー展開のあと、大団円が待っている。

 春の宵、DVDを借りてきて、ジン・トニックでも飲みながら、カリブの海の冒険物語に浸るのはいかがだろう。

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立体地図

2010年03月30日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 集英社の“週間鉄道絶景の旅”シリーズ(全40巻)が先日完結した。創刊号発売が昨年の6月だから、およそ10ヶ月間、ほぼ週一冊のペースで刊行されてきたことになる。私は巻頭の「絶景俯瞰パノラマ地図」に惹かれて全巻購入してきた。一冊の値段は580円だけれど、地図のために40冊も買ってしまうのだから、私はそうとうのマップラバーなのだろうか。

 そもそも地形とは立体的なものである。本来立体的なものを紙という平面上に書こうとするものだから、平面地図はどうしても無理が生じて多くの情報が欠落してしまう。それを補うために、地図には様々な記号や色彩のグラデーションが用いられるわけだ。それはそれで面白いけれど、やはり物足りない。写真技術やデジタル技術が発達した今、地形をありのままに眺めることができる立体地図の出番が来たと思う。

 “週間鉄道絶景の旅”シリーズのパノラマ立体地図は、紙面に印刷されているわけだからまだ一定視点からの俯瞰的なものに留まっているけれど、iPadなどの電子書籍アプリによって、視点を360度自由に操作したり、拡大や縮小ができるようになればもっと面白いだろう。

 このシリーズの売りは、勿論「絶景俯瞰パノラマ地図」ばかりではない。創刊号にある宣伝文から引用しよう。

(引用開始)

ページを開けばリアルに伝わってくる大自然と鉄道の魅力。名所やグルメなど沿線各地の情報も満載。旅に役立つ一冊にもなる。旅に出る人に、そして旅を想う人に――。まだ見ぬ日本に思いをはせる『週間鉄道絶景の旅』、創刊。

(引用終了)

ローカル線の魅力、温泉地の情報など、地図以外にも面白い記事が沢山ある。写真も良い。もともと私の興味は巻頭のパノラマ地図にあった筈だけれど、最近、巻末の列車図鑑にも興味が横展開しつつある。シリーズが完結したところで、一巻ずつゆっくりと読んでみたい。シリーズは、

1.北海道(5巻)
2.東北(9巻)
3.関東・甲信越(5巻)
4.東海・近畿・北陸(10巻)
5.中国・四国(7巻)
6.九州(4巻)

と6つの地域に区分けされているから、地域ごとにまとめて読むのも面白いかもしれない。

 さてこのシリーズ、前回「時系列読書法」で紹介した関裕二氏の別の著書、“古代史謎めぐりの旅”(ブックマン社)二冊(I奈良・瀬戸内・東国・京阪編、II出雲・九州・東北・奈良編)と一緒に、該当エリアのパノラマ地図を眺めると、古代史と地形とのかかわりがより深く理解できて楽しい。たとえば九州と第7巻「九大本線/日田彦山線」、出雲と第5巻「山陰本線」、東北と第29巻「奥羽本線」などなど。

 日本列島には山が多い。山を御神体として祀ってきた人々の気持ちもこの地図を見ているとよく分かる。また、「牡蠣の見上げる森」で紹介した宮城県唐桑町流域のように、山河のある地方には、まだまだ流域思想が残っていると思う。近い将来、電子書籍に立体地図と古代史の本、流域の資料などを入れて、各地を旅行してみたいものである。

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テキーラ・サンライズ

2009年09月01日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 「テキーラ・サンライズ」という映画を覚えている方はおられるだろうか。1988年のハリウッド作品で、監督はロバート・タウン(Robert Towne)、主演はメル・ギブソン(Mel Gibson)、ミシェル・ファイファー(Michelle Pheiffer)、カート・ラッセル(Kurt Russel)の三人、いまは亡きラウル・ジュリア(Raul Julia)も脇役で出演していた。先日DVDを借りて観たのだが、88年当時、まだフロリダにいた頃この作品を見たので懐かしかった。

 この映画のなかでメル・ギブソンが飲んでいたのが、映画タイトルでもある「テキーラ・サンライズ」である。“カクテルBook300”若松誠志監修(成美堂出版)によると、テキーラ・サンライズは、

(引用開始)

「口当たりがよく、フレッシュな味わいが楽しい」

カクテルの名のとおり、グラスの中へ朝焼けの空を流しこんだような美しい色調が特徴。

(引用終了)

ということで、その作り方は、

(引用開始)

テキーラ 45ml
オレンジ・ジュース 90ml
グレナデン・シロップ 2tsp
大型のグラスにキューブ・アイスとテキーラ、オレンジ・ジュースを入れ、ステアする。グレナデン・シロップを静かに沈める。チェリー、オレンジ・スライスを飾る。

(引用終了)
<同書132ページ>

とある。私もフロリダ時代よくテキーラ・サンライズを飲んだ。映画の舞台はロス・アンジェルス(Los Angeles)の海岸なのだが、夕刻、メル・ギブソンとカート・ラッセルが浜辺で語り合う場面では、キー・ウエストで見た壮麗な夕焼けを思い出した。

 ところで、同書テキーラ・サンライズの項には、

(引用開始)

1972年にロックバンド「ローリング・ストーンズ」のミック・ジャガーがアメリカ・ツアーの間じゅう愛飲したところから有名になったカクテル。

(引用終了)
<同書132ページ>

ともある。ミック・ジャガーといえば、最近、映画「シャイン・ア・ライト」のDVDがリリースされた。オープニングの《ジャンピング・ジャック・フラッシュ》から最後の《サティスファクション》まで、ミックは息も吐かせぬ熱唱で観客を魅了する。以前「五つ星」で紹介した中山康樹氏は、著書“ミック・ジャガーは60歳で何を歌ったか”(幻冬舎新書)のなかで、

(引用開始)

 ミック・ジャガーがいる限り、ストーンズが「世界のロックンロール・バンド」と名乗ることは許されるべきなのだろうと思う。ミックの動きには、声には、たしかにそう実感させるだけのものがある。その背景には、「ミック・ジャガー」という職業を選択した男の覚悟と不断の努力があるのだろう。

(引用終了)
<同書26ページ>

と書いておられる。

 晩夏の宵、テキーラで「政権交代」を祝し、そのあとゆっくりメル・ギブソンやストーンズのDVDを観るというのはいかがだろうか。

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スロッピー・ジョーズ

2009年06月23日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 “ヘミングウェイの酒”オキ・シロー著(河出書房新社)を読んでいたら、フロリダのキー・ウエストにある「スロッピー・ジョーズ」という名の酒場のことが書いてあった。同書は、ヘミングウェイに纏わる名酒の数々を、唐仁原教久氏の挿絵とともに綴った素敵な本だ。その帯には「大人の男たちが憧れ続ける永遠のアイコン、ヘミングウェイの作品と人生を彩った名酒の数々をオキ・シローが語り尽くす、味わい深い一冊。」とある。「スロッピー・ジョーズ」について書かれた部分から引用しよう。

(引用開始)

 ヘミングウェイがパリでの生活を終え、二番目の妻ポーリンとアメリカへ帰国したのは1928年、二十九歳の時のこと。その途中、ほんの数日のつもりで立ち寄ったのがこのキー・ウエストだった。(中略)
 数日間の滞在予定が数週間に伸び、結局十一年間もヘミングウェイはこのキー・ウエストで暮らす。その最大の要因は、シルバー・スリッパーという名の酒場で、土地の男たちと親交を持ったことにあった。中でも、彼の後半生を方向付けた「海の素晴らしさ」を教えてくれた男、スロッピー・ジョーことジョー・ラッセルとの出会いは決定的だったようだ。

(引用終了)
<同書114−115ページ>

 シルバー・スリッパーという名の酒場は、やがてそのスロッピー・ジョーが買い取り、店の名前も「スロッピー・ジョーズ」となったという。

(引用開始)

 パリ時代とはまるで異質の酒場。ここでヘミングウェイはもっぱらスコッチのソーダ割りを飲み、土地の男たちと親しんだ。文学とは全く無縁の男たち。そして海。愛艇ピラール号を購入したのもこの時期なら、三番目の妻マーサとであったのもこの酒場でだった。キー・ウエストに住まなければ、キューバに渡ることも、名作『老人と海』が生まれることも無かったかもしれない。まさに人生の分岐点。その意味でスロッピー・ジョーの店は、ヘミングウェイにとってどこよりも特筆すべき酒場だったと思う。
 その後、スロッピー・ジョーズは現在のデュバル通りに移転。ヘミングウェイが愛したバーとして、大繁盛を続けている。

(引用終了)
<同書116ページ>

 さて、“エリアガイド/135 アトランタ・ニューオーリンズ・マイアミ”津神久三著(旺文社)を見ると、キー・ウエストにある「キャプテン・トニーズ・サルーン」という名のバーについて、

(引用開始)

 フロリダ州最古のバーの一つ。「パパ」ことヘミングウェイとスロッピー・ジョーとの間の親交は、文学好きの人ならよく知る話。2人はこのスロッピー・ジョーの店で、共に飲み、語り、時には腕ずもうに興じた。ジョーの語る気高くも荒々しき海の話が、ヘミングウェイの創作の心を大いに刺激したともいわれる。この店をジョーから引き継いだのがトニー船長、ということからこの名がある。名刺がベタベタ貼られた壁や、バラック然とした粗野なつくりを見ると、いかにもヘミングウェイ好み――の気持ちにもなる。事実、「パパ」が3番目の妻マーサと出会ったところだ。(後略)

(引用終了)
<同書189ページ>

とある。私もフロリダで暮らしていた頃、幾度かキー・ウエストへ遊びに行ったことがあるが、当地で、ヘミングウェイとスロッピー・ジョーが良く飲み明かしたのは「スロッピー・ジョーズ」ではなく別の酒場だった、と聞いたことがある。

 “エリアガイド/135 アトランタ・ニューオーリンズ・マイアミ”には、その「スロッピー・ジョーズ」のことも載っている。

(引用開始)

(前略)伝説化された人物にかかわりある場所の、本家争いはどこにもあるようだ。この店の奥の部屋が、実は「パパ」ヘミングウェイとジョーが飲みあかしたところだという。古い写真、「パパ」がつりあげたという魚の剥製と、ヘミングウェイだらけの店。店がミジット・バーという名前だった頃、ヘミングウェイがよく来たのは確かで、ここも彼のごひいきの一軒だったのだろう。(後略)

(引用終了)
<同書190ページ>

ヘミングウェイとスロッピー・ジョーは、両方のバーでよく飲み明かしていたのだろう。としても、ヘッミングウェイが三番目の妻マーサと出逢ったのは、果たして何処だったのだろうか。私はどちらのバーへも行かなかったけれど、街の見物は充分に楽しんだ。特に、岸壁から眺めたアメリカ最南端の夕焼けは忘れがたい。

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庭園について

2009年05月25日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 休日の朝、家内と犬の散歩をしたあと、一人で庭の草木に水を遣る。春先の庭は、さまざまな花が咲き乱れて美しい。

庭園について

 永井壮吉(号荷風)に関する本、“朝寝の荷風” 持田叙子著(人文書院)から引用しよう。

(引用開始)

 永井荷風の文学の一つの鍵は、庭であり、そこに咲き薫る花々である。今、もっぱら二十代から四十代にかけての彼の日記・小説・エッセイを読みすすめているところなのだが、そこにはなんと魅惑的な庭々が登場することか。しかもそれらはただ美しく光り輝き、彼になぐさめと癒しをもたらしているばかりではない。そこにはありありと荷風のひそかな慟哭や苦しみ悩みも刻み込まれ、樹々も花々も彼とともに息づく。
 親孝行は人間の原点、家を興し子孫をなすことが当然の明治の世において、自身の感情や完成を最優先し独身を貫く荷風は、ある意味で怪物(モンスター)だ。彼の庭の一面は、その怪物化を助長し、世間の既存の概念の侵入を防ぐ楯であり、城郭である。けれど現実にはその城郭の、なんと脆く儚いことか。荷風の日記には、樹々や花々で構成されるその楯があっけなく崩壊し、怪物の自分がひとりで巷に放り出される哀しみの涙もつづられている。
 これからそっと荷風の心の小径をたどり、彼が大切に育てる庭をのぞいてみたい。純白の花が咲き乱れ、樹々に風渡り蜜のように甘く匂うその秘密の花園で私たちは、少女のように無垢でたおやかな荷風に出逢うかもしれない。あるいは血まみれになって抗いもがく怪物の荷風に逢うかもしれない。とまれまず一歩、しずかに小径を踏み出そう。(後略)

(引用終了)
<同書67−68ページ>

 私も庭が好きだ。以前「里山ビジネス」のなかで、

(引用開始)

 たとえば庭園である。庭園は人が快適さを求めて作ったという面では都市の一部だが、花や樹木の生息という意味では自然の一部でもある。(後略)

(引用終了)

と書いたが、先回「楕円形と斜線分」で描いた図上、庭の属する領域を緑色で表してみると、

庭園の図

となる。「楕円形と斜線分」のなかで、

(引用開始)

基本的に「都市の働き」は左側、「自然の働き」は右側だが、楕円内部の斜線によって、「庭園」など都市の機能に組み込まれた自然の一部が「公(public)」の領域に属し(左上)、「廃墟」など自然に還った都市の一部が「私(private)」の領域に属している(右下)ことを現している。

(引用終了)

と書いたのはこのことを言葉で表現したものだ。庭園は、人々の「心の城郭」として、都市と自然との境界に存在している。

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サラサーテのことなど

2009年05月11日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 以前「エッジ・エフェクト」のなかで紹介したNHK-BSの「名曲探偵アマデウス」というシリーズ番組は、その後も、

サン・サーンス「動物の謝肉祭」
ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」
リヒャルト・シュトラウス「ティルオイゲンスピーゲルの愉快ないたずら」
シューベルト「さすらい人幻想曲」
ヴィヴァルディ「四季」
ショパン「英雄」
モーツァルト「交響曲第41番ジュピター」

と続き、先日はサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」だった。5123(ソドレミ)の魔術、ロマ音階、トリルとグリッサンドによる泣きの調べ、ハイポジションの多用、チャルダーシュのラッシューとフリッシュ、左手による高速のピッチカートなど、この曲の魅力が余すところなく紹介され楽しかった。

 その前のモーツァルト「交響曲第41番ジュピター」も面白かった。特に、第四楽章でジュピター音型(ドレファミ)が波のように重なり合い、変形され、最後に第一楽章から出来てくる5つのモチーフが、チェロ・ビオラ・バイオリン1・バイオリン2・コントラバスの五つの楽器で同時に奏でられるコーダの部分は美しい。モーツァルトはこれまでもよく聴いていたけれど、こうして解説を受けながらだと、作曲や演奏の技術的なことがよく分かる。

 ショパンの「英雄」は、ショパンが祖国ポーランドの独立を祈願しながら書いたというポロネーズで、最後にヘ短調から変イ長調に転調するところがミソ。ヴィヴァルディ「四季」は、多様な演奏が可能なバロックの名曲。シューベルト「さすらい人幻想曲」は、遠隔転調によるイ長調から変ホ長調への“突然光が差し込むような驚きの演出”がロマン派らしい、などなど、西洋近代音楽の薀蓄を知ることが出来る。天出臼夫と響カノンの二人も好調で、番組ごとに異なった多彩なゲストとの遣り取りも楽しい。興味のある方は、そのうち再放送があるだろうから、見逃さないようにしていただきたい。

 今回サラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」の番組タイトルは“恋するアラフォー”とやらで、ゲスト・クライアント役には、テレビ朝日の「相棒」で亀山薫の妻美和子役だった鈴木砂羽さんが出演した。「相棒」シリーズの面白さの一端は多彩な脇役陣にあるのだが、先シリーズ途中で亀山が「特命係り」からいなくなり、鈴木さんの出番もなくなってしまったようで寂しい気がする。

 さて、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」に関して、作家内田栄造(号百閨jに“サラサーテの盤”という短編小説がある。私は、学生時代に“日本の文学34 内田百閨E牧野信一・稲垣足穂”(中央公論社)という文学全集シリーズでこれを読んだ。今回読み返してみたが、この短編はやはり「恐怖の名作」の名に相応しい。

 この作品を「恐怖の名作」と呼んだのは、同文学全集シリーズの編集委員でもあり、同書の解説を受け持った平岡公威(ペンネーム三島由紀夫)である。その解説から引用しよう。

(引用開始)

 もし現代、文章というものが生きているとしたら、ほんの数人の作家にそれを見るだけだが、随一の文章家ということになれば、内田百闔≠挙げなければならない。たとえば「磯辺の松」一遍を読んでも、洗煉の極み、ニュアンスの極、しかも少しも繊弱なところのない、墨痕鮮やかな文章のお手本に触れることができよう。(後略)

(引用終了)

 サラサーテを巡って名曲探偵から内田百閧ワで書いてきたが、私の手元にあるこの曲の入ったCDは、“ツィゴイネルワイゼン〜パッション 諏訪内晶子(ヴァイオリン)、ブタペスト祝祭管弦楽団、指揮:イヴァン・フィッシャー”(Philips)である。今度、新しく買った車の中でじっくりと聴いてみるとしよう。

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崖の上のPonyo

2008年10月21日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 映画についても書いていこう。この夏観た、宮崎駿監督作品「崖の上のポニョ」(スタジオジブリ製作)はとても楽しい映画だった。特に、初めの方に出てくる海底の場面や、主人公のポニョが大きな波に乗って宗介の家へ向かうところ、家での食事、洪水のあとポニョと宗介がポンポン船で母親リサを探しに行くところなど、心に残るシーンが沢山あった。久石譲氏の音楽も可愛らしい。

 映画パンフレットに「海が生き物のようにまるごと動画になったスリリングな作品」と書いてあったが、宮崎監督は今回CGを一切使わず全場面を手で書き起こしたとのこと、迫力の在る場面の数々はその成果なのだろう。まずは傑作の完成を喜びたい。

 宮崎駿監督は、自然描写と、自然と共生する主人公を描くのが上手い。なかでも、「となりのトトロ」や「千と千尋の神隠し」、「もののけ姫」や「耳をすませば」(脚本・絵コンテ・製作プロデューサー担当)など、日本の自然と女の子を主人公とした作品はどれも素晴らしい。先回「公(public)と私(private)」のなかで、日本語的発想には、豊かな自然環境を守る力が育まれていると書いたけれど、その意味で、宮崎氏は日本語的発想に優れた監督である。だから観客は、作品の構成やストーリーの整合などよりも、その豊潤な映像と音楽に浸れば宜しい。ポニョや宗介のちょっとした動きや表情、舞台となる新浦の街や保育園などの建物など、行き届いたディテールも目を楽しませてくれる。

 この映画を製作したのは云わずと知れた株式会社「スタジオジブリ」である。この会社は、2005年に株式会社徳間書店から分離独立したが、それ以前より徳間書店の子会社として運営を続け、2001年に「三鷹の森ジブリ美術館」会館、2008年に保育園を設立、2009年にはアニメーター養成所を開設予定など、本業の映画作成以外でもユニークな活動を展開している。スタジオジブリ・代表取締役プロデューサーの鈴木敏夫氏は、その著書「仕事道楽」(岩波新書)のなかで、会社について次のように書いておられる。

『 原点は何なのか?
 もともとジブリは、宮崎駿・高畑勲の映画を作るために立ち上げた会社です。やりたいことをやるために、会社を作った。でも、一方でジブリ作品がこれだけの実績を作ってくると新しい可能性が見えてくるし、また一方で会社として動きはじめる経営という問題がいやおうなく浮上してくる。このときどう考えるか?
 ぼくの答えは簡単です。「いい作品を作るために、会社を活用できるうちは活用しましょう」。これに尽きます。だから、そのために全力を尽くしたい。会社を大きくすることはまったく興味がないんです。「好きな映画を作って、ちょぼちょぼに回収できて、息長くやれれば幸せ」と思っていたし、それはいまでも変わりません。理想は「腕のいい中小企業」です。(後略)』(同書167−168ページ)

 宮崎駿・高畑勲という日本を代表する二人のアニメ監督と、優れたプロデューサーを持ち、起業の「理念と目的」が明確な「スタジオジブリ」は、アート業界における日本最強のスモールビジネスかもしれない。

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五つ星

2008年08月12日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 音楽についても書いていこう。この一年ほどジョギング中にiPodで聴く曲はサザンオールスターズ(サザン)や桑田佳祐(クワタ)のものが多い。サザンはこの8月をもって活動を無期限に停止するという。「クワタを聴け!」中山康樹著(集英社新書)は、サザンとクワタの曲を全て(2007年1月時点まで)評論・採点している愉しい本だが、その中からサザンの曲だけを取り出して、五つ星(最高点)に選ばれたものを以下に並べてみよう。

「思い過ごしも恋のうち」(10ナンバーズ・からっと)
「ふたりだけのパーティー〜Tiny Bubbles(Type-A)」(タイニー・バブルス)
「私はピアノ」(タイニー・バブルス)
「C調言葉にご用心」(タイニー・バブルス)
「マチルダBABY」(綺麗)
「ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)」(人気者で行こう)
「夕方Hold On Me」(人気者で行こう)
「Melody(メロディー)」(KAMAKURA)
「Bye Bye My Love(U are the one)」(KAMAKURA)
「逢いたくなった時に君はここにいない」(Southern All Stars)
「希望の轍」(稲村ジェーン)
「真夏の果実」(稲村ジェーン)
「BOON BOON BOON〜OUR LOVE[MEDLEY]」(世に万葉の花が咲くなり)
「せつない胸に風が吹いてた」(世に万葉の花が咲くなり)
「HAIR」(世に万葉の花が咲くなり)
「涙の海で抱かれたい〜SEA OF LOVE〜」(キラーストリート)
「BOHBO No.5」(キラーストリート)
「ナチカサヌ恋歌<Live at BUDOKAN>」(シングル「真夏の果実」)

成程。アルバムとしては、全14作品中、3作目の(タイニー・バブルス)と11作目の(世に万葉の花が咲くなり)から3曲、(人気者で行こう)、(KAMAKURA)、(稲村ジェーン)、(キラーストリート)からそれぞれ2曲、(10ナンバーズ・からっと)、(綺麗)、(Southern All Stars)から1曲ずつ五つ星の曲が選ばれている。五つ星が選ばれなかったアルバムは、最初の(熱い胸さわぎ)、4作目の(ステレオ太陽族)、次の(NUDE MAN)、12作目の(Young Love)、13作目の(さくら)だが、

「勝手にシンドバッド」(熱い胸さわぎ)
「栞(しおり)のテーマ」(ステレオ太陽族)
「匂艶(にじいろ)The Night Club」(NUDE MAN)
「愛の言霊(ことだま)〜Spiritual Message〜」(Young Love)
「BLUE HEAVEN」(さくら)

などなど、これらのアルバムにも良い曲は少なくない。また、

「いとしのエリー」(10ナンバーズ・からっと)
「Oh!クラウディア」(NUDE MAN)
「鎌倉物語」(KAMAKURA)
「YOU」(Southern All Stars)
「涙のキッス」(世に万葉の花が咲くなり)
「あなただけを〜Summer Heartbreak〜」(Young Love)
「TSUNAMI」(シングル「TSUNAMI」)

などのヒット曲も、中山氏の基準では五つ星には選ばれなかった。中山氏のこの本は、音楽家としてのクワタと、グループとしてのサザンへの思いに溢れている。だからこそ氏は、音楽的に最高と思えるものだけに五つ星を付けたのだろう。

 サザンの30年間(1978−2008)は、私のアメリカ13年(1979−1992)、日本16年(1992−2008)と重なり、様々な想い出とつながっている。そういう想い出を下敷きにして、自分にとっての「五つ星」を選ぶのも楽しい筈だ。私が今この五つ星リストに追加したい曲はというと、

「涙のアベニュー」(タイニー・バブルス)
「夏をあきらめて」(NUDE MAN)
「NEVER FALL IN LOVE AGAIN」(綺麗)
「さよならベイビー」(Southern All Stars)
「LONELY WOMAN」(キラーストリート)
「八月の詩(セレナード)」(キラーストリート)

などだが、皆さんの場合はいかがだろうか。

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コーヒーハンター

2008年06月24日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 コーヒーや紅茶、ワインや日本酒、ウィスキーなどの本を読むのは楽しい。このブログでも、ときどきそういった話題で書いてみよう。

 「コーヒーハンター」川島良彰著(平凡社)は、コーヒーに賭ける著者の情熱物語だ。

 『世界一おいしいコーヒーが復活。インド洋に浮かぶレユニオン島で、ルイ十五世が愛した幻のコーヒー「ブルボン・ポワントゥ」の香りが、21世紀によみがえる。世界中をめぐってコーヒーづくりに携わった日本人矜持と情熱により、絶滅の淵から救われたコーヒーの再生と復活の物語。それは、「サステイナブル・コーヒー」のあり方を考えさせるコーヒー環境論でもある。』(本の「帯」の紹介文)

 コーヒーハンターとは、「常に新しい産地、最新の品種・栽培・精選加工の情報を求めて生産国を歩き、今回のように失われた品種の再開発をする僕のような人間」(同書167ページ)たちのことを指すという。川島氏は、高校を卒業後すぐ、エルサルバドルへ留学しコーヒーについて学んだ。内戦をくぐり抜けながら勉学を続け、やがて日本のコーヒー会社に就職、ジャマイカ、ハワイ、スマトラなどでコーヒーを作り続ける。しかし、エルサルバドルで学んだレユニオン島の「ブルボン・ポワントゥ」という幻のコーヒーのことが忘れられず、ついにレユニオン島に渡って、現地の人々と一緒にそのコーヒーを蘇らせたのである。

 「ブルボン・ポワントゥ」の再発見から、生産に漕ぎ着けるまでの努力、カフェ・レユニオン(レユニオン島コーヒー生産者組合)と川島氏との心温まる信頼関係、出荷から復活セレモニーまでのストーリーはとても感動的だ。川島氏は留学以来2003年に帰任するまで、二十年以上ずっと海外で仕事を続けてこられたので、海外と日本とのコミュニケーション・ギャップをどう埋めるかということに精通しているに違いない。私も川島氏には及ばないが十三年間アメリカに赴任していたからその苦労がよく分かる。
 
 この本は、コーヒーが好きな人なら誰もが楽しめるだろう。私も毎朝の一杯を欠かさないが、アラビカ種・カネフェラ種といった豆の分類、ジャマイカのブルーマウンテンやハワイ・コナなどの産地状況、栽培から焙煎にいたる製造工程など、コーヒーに関する一般的な情報も豊富だ。

 巻末の著者略歴によると、川島氏は26年勤めたコーヒー会社を昨年退職し、株式会社グランクルーカフェを設立(取締役社長)したとある。

 「これからの人生は、僕の考えに賛同してくれる生産者と一緒に、最高級のスーパー・プレミアム・コーヒーの開発に費やします。これまで存在しなかった最高品質のコーヒーを追い求め、それを市場に紹介し、コーヒーをワインの域にまで高めるのが目標です。そしてコーヒー愛飲家の方々に、もっともっとコーヒーを楽しんでいただけたらと思います。また、僕を育ててくれた生産国への恩返しとして、微力ながらサステイナブル・コーヒーの考え方を消費国で根付かせる努力を続けます。つまり地球環境保護の良きパートナーであるコーヒー栽培を通して、生物多様性の保全を推進し、生産に関わる人々の労働や生活環境の向上を目指す活動です。新たに団体を作るのではなく、すでに活動をはじめている団体へのコーヒー栽培や流通のへのアドバイス、消費者に向けての情報発信、サステイナブルについて一緒に考えるような活動も始めます。」(「あとがき」より)

 この時代、氏も新たな一歩を、スモールビジネスとしてスタートさせた訳だが、今後のエネルギーに溢れたご活躍に期待したい。

コーヒーハンター―幻のブルボン・ポワントゥ復活

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Before the Flight

2008年05月13日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 以前「螺旋階段」のなかで、「螺旋階段の面白いところは、中心の周りを回っているうちに空間を上下してしまうことだろう。勿論回っているといっても階段を上り下りしているわけだから、空間を上下するのは当たり前なのだが、狭いところをグルグル回っているだけで、空間を移動できてしまうような錯覚があって楽しいのだ。」と書いた。

 螺旋階段は、空間として面白いだけでなく造形として美しい。なぜ螺旋階段を我々は美しいと感じるのか。空間を上下に移動するのは重力に対して垂直方向の動きである。垂直方向の動きのうちでも、特に重力に逆らう上昇運動の中にこそ「美」が生まれる、と私は思っている。

 人間は、常に重力によって大地に引き寄せられているので、それに逆らうものへ強い憧れを抱くようだ。走る男、空へ舞い上がる鳥、天を向いた植物の穂先、スポーツ・カーの流線型など、重力から逃れようとする運動や形態に対して、人間は本能的に美を感じ取る。

 人間はまた、言葉によって過去の記憶を手繰り寄せて美を味わうことも出来る。たとえば、「はる霞、たなびきにけり久方の、月の桂も花やさくらむ」(紀貫之)という歌に、美しさを感ずる人も多いだろう。

 「美」には大きく分けて二つの範疇があるようだ。二つは重なる部分も多いし、はっきりと分けることも難しいが、ひとつは、螺旋階段のように重力に逆らう運動に基づき、我々の気分を生き生きとさせてくれる感覚的な美しさであり、もう一つは、脳の中で構成される、過去の記憶に基づく郷愁的な美しさだ。それ自体に動きはないものの、優れた建築、庭園、彫刻、宝石などは、重力を一旦吾身に引き受けた上で、次の飛躍を内に秘めた「力」の表現であり、大きくは前者の範疇に入ると思われる。

 さて、三年前の今頃、私は神奈川県立近代美術館葉山で「ハンス・アルプ展」を見た。ハンス・アルプは、1886年にストラスブールに生まれた詩人・彫刻家で、ダダイズムの創始に関わった人だ。そのときの展示作品の中に「Before the Flight」と題された、高さ79cmの白大理石の優雅な彫刻があり、私は作品もさることながら、その題名に興味を持った。

Before the Flight

 作品(写真本右頁)はまさに「それ自体に動きはないものの、重力を一旦引き受けた上で次の飛躍を内に秘めた力の表現」そのもので、「Before the Flight」という題名がまさに相応しいと思ったのである。

 美術館は、「一色海岸と三ヶ岡山に挟まれた美しい自然環境のなかに位置している。延べ床面積七千百十一平方メートル、展示室総面積千二百九十七平方メートル、地上二階の鉄筋コンクリート造りの建物である。展示室のあるメーン棟と、講堂、レストラン、ショップのある別棟の、大小ふたつのL字型の建物が中庭を囲み、恵まれた周囲の景色を積極的に内部に取り込むために中庭に面して設けられたガラス張りの展示ロビーからは、緑豊かな三ヶ岡山を望むことができる。」(東京新聞2/13/2004より)建物にきらびやかなファザードなどは無く、それ自体が自然に溶け込むことを眼目としているようだった。重力に逆らう力の表現は、天へ一直線に駆け上る類の男性的な表現もあれば、緩やかなカーブを描きながら自然との共生を目指すような女性的な表現もあるのだろう。

 ところで、展示会で見た「Before the Flight」の日本語の題名は、「逃亡前」というのであった。「Flight」にはたしかに「逃亡」という意味もあるが、私の「反重力美学説」に基づいて考えるならば、この場合は「逃亡前」ではなく、「飛翔前」とでも訳すべきではなかっただろうか。

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螺旋階段

2008年02月15日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 上質な建築物を見学したり写真集や図面を見たりするのは楽しい。意外な発見があればなおのこと良い。なかでも博物館や美術館は、建物と同時にその展示品も楽しめるので、面白そうな企画展があれば時間を見つけて出掛けるようにしている。

 去年の秋、車で箱根の「ポーラ美術館」(日建建設/安田幸一設計)を訪れた。ガラスを多用した建物が紅葉した林に溶け込んだ様子や、「モネと画家たちのたび」と題された印象派の企画展も素敵だったが、意外な発見として、入り口のところから下に延びている、使われていない螺旋階段に気付いた。

螺旋階段

 そこで、何故こんな小さな螺旋階段があるのか考えてみた。緊急避難用だろうか?建物は、入り口からすぐのところに受付へ降りるエスカレーターがあるから、たとえ建物全体が停電したとしても、止まったエスカレーターを階段代わりに使えばよい。だから避難用とは思えない。荷物の搬入用だろうか?そうとしては階段の横幅が狭すぎる。むしろ実用ではなく、地下一階ロビーの光を透過するガラス壁同様、モダンな美術館の装飾の一つとして作られたものだろうか?そうだとすると設置されている場所が悪い。それとも単なる関係者の趣味だろうか?結局分からずじまいだが、設置経緯をご存知の方がいれば教えていただきたいものだ。

 螺旋階段の面白いところは、中心の周りを回っているうちに空間を上下してしまうことだろう。勿論回っているといっても階段を上り下りしているわけだから、空間を上下するのは当たり前なのだが、狭いところをグルグル回っているだけで、空間を移動できてしまうような錯覚があって楽しいのだ。「同時並行読書法」であげた彫刻家イサム・ノグチの、「ブッラク・スライド・マントラ」という札幌大通公園にある作品は、階段と滑り台がらせん状に組み合わさった遊具で、子供たちは螺旋の生み出す不思議な周期運動を体感できる。

 さて、螺旋というかたちで有名なのはDNAの二重構造だが、もうひとつ思い浮かぶのが「音階」である。螺旋と音階の関係については、「音律と音階の科学」小方厚著(講談社ブルーバックス)に詳しい。また、ポーラ美術館の螺旋階段は円柱状だが、純正律で音階を極座標上に表現すると、裾広がりの渦になるという。そういえば洋館の螺旋階段の多くは、そのような裾広がりの優雅な形をしている。

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