夜間飛行

茂木賛からスモールビジネスを目指す人への熱いメッセージ


集団の時間

2008年07月01日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 以前「アフォーダンスと多様性」の中で、「個」における、脳(t = 0)と身体(t = life)という2種類の時間について述べ、この2種類に対応する「集団」の時間とはどのようなものなのかと疑問を投げかけておいた。今回はそれについて考えてみよう。

 その前に、もう一度「個」の時間について振り返ってみる。「個」には、脳(t = 0)と身体(t = life)の2種類の時間があった。脳(t = 0)とは、脳が常に「現在進行形」であることを指している。以前の議論を思い出して欲しい。

 『さて、アフォーダンス理論の重要な点の三つ目は、「知覚システム」には終わりがないということだ。どういうことかというと、我々は、世界の何処で何をしていようが、常に世界全体を(一挙に)把握しているということである。知覚システムは常に環境からの情報をそれまでの情報に重ね合わせて修正を加え続ける。たとえば、今あなたはPCの画面を覗いているが、画面の後ろにある壁、部屋全体、家や街、そして世界全体を(一挙に)把握している筈だ。あなたの頭の中にはあなたがこれまで体験してきた世界の全てが同時にある。アフォーダンスではこれを「異所同時性」と呼ぶ。つまり、脳は常に「現在進行形」なのだ。』(「アフォーダンスについて」)

 脳が常に「現在進行形」であるのに対して、(脳を含む)身体には人それぞれ「寿命」がある。身体(t = life)とは、限りある自分の身体時間(寿命)のことであった。生き物は人に限らず全て固有の寿命を持つ。「ゾウの時間 ネズミの時間」本川達雄著(中公新書)の紹介文を引用しよう。

 「動物のサイズが違うと機敏さが違い、寿命が違い、総じて時間の流れる速さが違ってくる。行動圏も生息密度も、サイズと一定の関係がある。ところが一生の間に心臓が打つ総数や体重あたりのそうエネルギー使用量は、サイズによらず同じなのである。本書はサイズからの発想によって動物のデザインを発見し、その動物のよって立つ論理を人間に理解可能なものにする新しい生物学入門書であり、かつ人類の将来に貴重なヒントを提供する。」(本のカバーの紹介文)

 ここまでは良いだろう。「個」には、脳(t = 0)という「現在進行形」の時間(自己言及性)と、身体(t = life)という「寿命」時間(一過性)の2種類の時間があるわけだ。それではそれが「集団」の時間とどう切り結ぶのか。

 結論からいうと、「集団」(=社会)にも2種類の時間があるのである。ひとつは都市 (t = interest)の時間であり、もう一つは自然 (t = ∞)の時間である。ここでいう「都市」とは人が便利さを求めて作り出したもの全般を指す。「個」に2種類の時間があるのならば、その集合体であるところの「集団」にもそれに対応する2種類の時間があるのだ。

 都市の時間は人間の脳(t = 0)の時間に対応し、自然の時間は人の身体(t = life)の時間に対応する。皆さんは、「集団」の時間はこの世にただ一つと教えられてきただろう。過去から未来へ滔々と流れる均一の時間。しかしよく考えてみれば、そのことを証明した人はいないし、「集団」の時間が一つでなくてはならない理由はなにもない。

 集団においては、人の脳が作り出したものに、何らかの公共的な序列をつける必要が出てくる。公共的な序列に組み入れられたもの(値段が付けられたもの)は、市場を介して流通させることが出来る。その値段を決める市場の時間原理が金利(=interest)なのである。利率は社会によって異なる。

 身体は自然から生まれ自然へと還るものだ。だから自然 (t = ∞)は、「個」における身体(t = life)の時間と対応する。自然においては全てのものが循環する。循環する時間には果てがない。t = ∞というのは、自然の時間は無限大という意味である。厳密に言えば自然にも寿命があるのだろうが、人知の及ばない範囲の問題なのでここでは無限大としておいてよいだろう。

 都市は個々人の「主格」が作り出すものであり、自然は「環境」が主役だ。「アフォーダンスと多様性」の最後に、集団の時間を考えるには『思考の原点に自分という「主格」を置く英語的発想と、「環境」を主体にして思考する日本語的発想の違いが補助線となる』と書いたのはそういう意味である。社会にとって重要なのは両者(都市と自然)のバランスである。

 さて、社会問題の多くは、この2種類の時間の混同から起こる。たとえば政治と宗教。政治は自然(t = ∞)の時間には関与できないし、逆に宗教は都市 (t = interest)の時間に関与すべきではない。なぜなら、政治とは人が作り出したシステムであり、宗教とは人知を超えた自然の力の別名だからだ。前者は効率が重要であり、後者は効率とは無関係だ。それを混同し、ある政治体制が永遠に続くと幻想したり、逆に宗教が人間社会すべてに超越すると妄想したりするのは間違っている。それはあたかも「個」において、脳が自分を唯一の存在だと思い込んだり、逆に何も考えずに全てを感情に任せて暮らせば万事上手くいくと考えるのと同じレベルの間違いだ。イエスの福音書を待つまでもなく、「カエサルのものはカエサルへ、神のものは神へ」ということなのである。

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アフォーダンスと多様性

2008年04月14日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 以前まとめたアフォーダンスの考え方(「アフォーダンスについて」)と、先々回「免疫について」で述べたことを、「個」と「集団」という二つのレベルに分けて整理しておこう。このブログを初めて見る人は、まずこれらの記事に目を通していただけれればと思う。

 「個」におけるアフォーダンスで重要な点は、常に思考や行動の枠組みから「自分」というものを外さないこと(自己言及性)と、脳は常に「現在進行形」(time = 0)であるということだった。一方、免疫で重要なのは、限りある自分の身体時間(t = life)における自律神経(交感神経と副交感神経)のバランスである。

 「個」におけるアフォーダンスと免疫との考え方を整理してみると、人は生きている限りこの2種類の時間から逃れられないことがわかる。人は、常に現在進行形としての脳と、一定の寿命を持つ身体とを抱えて、この社会に(一過性的に)関わっているわけだ。

 「集団」におけるアフォーダンスで大切なことは、環境と知覚とが、運動を通して表裏一体とされる点であった。私はこれを「生産と消費との相補性」と呼び、お互いの交換価値が等しいことを指摘した。一方、免疫から導かれたのは、「生産−理性的活動−交感神経優位」vs.「消費−感性的活動−副交感神経優位」という循環式だった。

 「集団」におけるアフォーダンスと免疫との考え方を整理してみると、人間社会の基本構造が、生産と消費の相補性、理性的活動と感性的活動の循環にあることがわかる。

 個体内部のエネルギー循環(免疫系‐自律神経)と、個体間のエネルギー循環(知覚系−脳神経)とは、それぞれの環境におけるエネルギー循環システムとして、相似的構造を持つのだろうとも指摘した。「個」における身体が、様々な運動や栄養を必要とするように、現在進行形としての脳と、一定の寿命を持つ身体とを抱えた個人同士が豊かな日々を送り、その資産が社会に還元されるためには、「集団」のスモールワールド性、多様性が重要なわけだ。

 最近私は、親しかった従兄の一人を病で亡くした。彼は長年の会社勤めのあと、「樹木・環境ネットワーク協会」という特定非営利活動法人で、ボランティア活動に力を入れていた。友人を大切にする笑顔の素敵な人だったが、彼はこれからも樹木を愛する多くの人たちの中に生き続けるに違いない。

 さて、「集団」における相補性と循環性とは、「個」における自己言及性と一過性と対になっている。とすると、脳(t = 0)と身体(t = life)という2種類の時間に対応する、「集団」の時間とはどのようなものであろうか?

 それを解くには、『現場のビジネス英語「Resource PlanningとProcess Technology」』で述べた、思考の原点に自分という「主格」を置く英語的発想と、「環境」を主体にして思考する日本語的発想の違いが補助線となる筈だが、この項、また日を改めて考えてみよう。

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免疫について

2008年04月02日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 私は医学の専門家ではないが、「免疫」についていろいろと興味を持って勉強している。

 私の興味は今のところ少なくとも三つの視点から成り立っている。一つは自分の健康管理だ。体の健康を保つためには免疫の知識が欠かせない。参考になるのは「これだけで病気にならない」西原克成著(祥伝社新書)や「自分ですぐできる免疫革命」安保徹著(だいわ文庫)などなど。

 もうひとつは、上の安保徹教授(新潟大学大学院)がその重要性を説かれている、自律神経(交感神経と副交感神経)のバランスと、私が『「理性」と「感性」』の中で書いたこととの関連だ。

 安保教授は、交感神経優位が興奮する体調を生み、副交感神経優位がリラックスする体調を生むと述べておられる。一方、私が指摘したのは、「生産」は「理性的」活動を中心とし、「消費」は「感性的」活動を中心としているということだ。

 多くの場合、理性的活動が仕事の緊張を生み、感性的活動が余暇のリラックスした心理状態を支えているから、交感神経優位の体調が「生産活動」には必要で、その逆に、副交感神経優位の体調が「消費活動」を支えている、という対比が可能となる。「生産−理性的活動−交感神経優位」、「消費−感性的活動−副交感神経優位」というわけだ。

 社会における生産や消費は、人間の脳がその活動を采配している。免疫系は自律神経の話だが、自己と非自己、自然免疫と獲得免疫などを巡る存在論的な側面と併せて、免疫と脳科学との関係を今後さらに勉強したい。

 最後は、以前「並行読書法」の中で述べた、「人体免疫システムに関する知見は、行き詰ったアメリカの行動科学の先にある、新しい社会科学のあり方に示唆を与える。」という視点だ。

 「ウェブ新時代」で紹介した東京大学教授の西垣通氏は、日経新聞朝刊の「やさしい経済学」で、社会科学としての生命情報学について、示唆に富む連載記事を書かれた。「生命的な情報組織」という題で3月4日から8回連載、各回のタイトルは、
1. ウェブ上の人格
2. 分散人格と複合人格
3. 自立的システム
4. 思考機械をめざして
5. 個体とは何か
6. ヒトの共同体
7. 機械化されたヒト
8. ITは知恵の手だて
というもので、全体としての論旨は、シャノンのコミュニケーション論に代表される旧来の機械的な情報学から、インターネット社会の可能性を踏まえた生命情報中心の情報学へ、発想の転回を促す内容である。図書館などで是非お読みいただきたい。

 免疫学や生命情報学を社会科学に適応する研究は、まだその途に就いたばかりだが、「逆システム学―市場と生命のしくみを解き明かす―」金子勝、児玉龍彦共著(岩波新書)や「免疫をもつコンピュータ 生命に倣うネットワークセキュリティ」溝口文雄、西山裕之共著(岩波科学ライブラリー)などは、その先端的な試みとして重要だろう。

 「生産と消費について」の中で、ある人の「生産活動」は別のある人の「消費活動」であると述べたが、免疫系と脳の言語系、すなわち、心と体の状態をつなぐ自律神経のバランス(免疫系)と、社会をつなぐ「生産」と「消費」のバランス(言語系)とは、「環境におけるエネルギーの循環」という点で、そもそも相似的構造になるのかもしれない。

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アフォーダンスについて

2008年02月09日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 先日来「集合名詞(collective noun)の罠」と「ウェブ新時代」とで触れた「アフォーダンス」について、もう少し(私の理解している範囲で)説明しておいた方が良いかもしれない。

 アフォーダンス理論では、我々の住むこの世界は、古典幾何学でいうような、直線や平面、立体でできているのではなくて、ミーディアム(空気や水などの媒体物質)とサブスタンス(土や木などの個体的物質)、そしてその二つが出会うところのサーフェス(表面)から出来ているとされる。そして我々は、自らの知覚システム(基礎的定位、聴覚、触覚、味覚・嗅覚、視覚の五つ)によって、運動を通してこの世界を日々発見する。ジェームズ・ギブソン(1904-1979)というアメリカの学者が主宰した理論で、心理学やリハビリ医療、さらにはアートや建築の目指すところと親和性がある。

 この論理の重要な点は少なくとも三つある。一つは、常に思考や行動の枠組みから「自分」というものを外さないということ。私は「集合名詞(collective noun)の罠」で、行為主体として自己の重要性を指摘し、自己言及性に富んだアフォーダンスとの親近性に触れた。

 二つ目は、環境と知覚とが、運動を通して表裏一体とされる点である。私の「生産と消費論」では、生産と消費はコインの裏表のようなものなのだが、それは、(アフォーダンス理論で)環境と知覚とが表裏一体とされるのと同じ構造のように思われる。「集合名詞(collective noun)の罠」では、これを「生産と消費との相補性」と呼んだ。

 表裏一体ということは、お互いの交換価値が等しいということである。私はこの価値等価性を「通貨とは異なる価値基準の鼎立」として、さらに展開・深化できないものかと考えている。これまでの経済理論では、生産と消費とは別々の場面で、それぞれ異なった動機で行われ、その価値は通貨という客観的な価値基準で決まるとされている。このようなアフォーダンス理論の経済学への適用は、まだあまりなされていないのではないだろうか。

 三嶋博之早稲田大学教授も、私へのご返事の中で、「経済学的な生産と消費に関してアフォーダンス理論と関連づけて議論されたものは、私自身は心理学の領域に身をおいていることもあって情報が制限されているせいかもしれませんが、存じておりません。(中略)直感的なものですが、貨幣という媒介物を経ずに、生産と消費の双対性を議論する方法は、アフォーダンス理論の直接知覚論と構造的に似ていると思います。」とお書きになっている。

 さて、アフォーダンス理論の重要な点の三つ目は、「知覚システム」には終わりがないということだ。どういうことかというと、我々は、世界の何処で何をしていようが、常に世界全体を(一挙に)把握しているということである。知覚システムは常に環境からの情報をそれまでの情報に重ね合わせて修正を加え続ける。たとえば、今あなたはPCの画面を覗いているが、画面の後ろにある壁、部屋全体、家や街、そして世界全体を(一挙に)把握している筈だ。あなたの頭の中にはあなたがこれまで体験してきた世界の全てが同時にある。アフォーダンスではこれを「異所同時性」と呼ぶ。つまり、脳は常に「現在進行形」なのだ。とすると、果たしてこの世界に客観的な時間は本当に流れているのかどうか。「ウェブ新時代」で触れたのはこのことだ。

 私は、古典物理学や数学が、いつも自己を外において理論を作り上げることに飽き足らなく感じていたので、自己言及性に溢れたこのアフォーダンス理論に魅せられている。尚、このテーマを小説の形で追求したのが「僕のH2O」という電子書籍(315円)だ。このサイトからもアクセスできるから是非ダウンロードして読んでみて欲しい。

 初めてアフォーダンス理論に触れる方は、「アフォーダンス―新しい認知の理論」佐々木正人著(岩波書店)や、前述した三嶋博之さんの「エコロジカル・マインド」(日本放送出版協会)などが格好の入門書になっている。

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ハブ(Hub)の役割

2008年01月02日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 先日スモールワールド・ネットワークについて紹介したが、「『複雑ネットワーク』とは何か」増田直紀、今野紀雄共著(講談社)は、この辺の最新の知見が整理されていて分かりやすい。

 スモールワールドに加えて、社会ネットワークでもう一つ重要なエレメントは、各人が持つ知人・友人の数(次数と呼ばれる)である。

 この次数相関(関係)によって、社会ネットワークにはスケールフリー性が生まれる。スケールフリー性とは、例の80:20の法則(全体の20%の人が80%の収入を得るという譬え)のように、平均値や分散値が捉えられないネットワークの性質を指す。

 この次数が非常に大きい頂点のことをハブ(Hub)という。インターネットの世界では、このハブの振舞い方によっていわゆるロングテール現象などが起こるらしい。「渋滞学」西成活裕著(新潮社)という本では、近年ハブの研究が道路渋滞の解明にまで及んでいることが分かって面白い。

 さて、次数相関には、「正」と「負」さらに「±0」の三種類がある。ハブが別のハブと結びつきやすい場合を「正」、ハブが次数の小さい頂点と結びつきやすい場合を「負」の相関、ハブにそういった振舞いが見られない場合を「±0」と呼ぶ。

 インターネットには「負」の相関が見られ、それがロングテール現象を生む訳だ。一方、「正」の次数相関は、「リッチ・クラブ」(特権階級)を形成しやすく、往々にして集団内部に不平等を生む。

 スモールワールドの特徴は、「小さい平均距離」「高いクラスター性」および「遠く離れた人同士の繋がりが一部存在すること」だったが、ハブが極端な「正」もしくは「負」相関を持つと、この三つのバランスが崩れ、スモールワールド性が失われてしまう。

 先日「人の生産活動に注目するということ」の中で書いたランプ屋さんの例を使って考えてみよう。ランプ屋Aさんには、インテリア・コーディネーターのCさん以外にも知人・友人が多かった。ある日Aさんは、仲間内のお金持ちだけを相手に商売をしようと考えた。

 Aさんが手間隙かけて作るランプは評判を呼び、その希少性から一時売り上げは上がった。しかし「リッチ・クラブ」内の需要が一巡すると、逆に売り上げは下がってしまった。インテリア・コーディネーターのCさん、アクセサリーのデザイナーのBさん、鏡屋のDさん、アクセサリー好きのEさんとの連携も生まれない。

 多品種少量生産、食品の地産地消、資源循環、新技術といった、安定成長時代の産業システムは、スモールワールド性がつくり出す「多様性」と「意外性」が発展の糧になる。だからハブの役割は、広く門戸を開き、公平性(次数相関「±0」)を心がけることで、数多くのリアルな「場」を作り出し、社会のスモールワールド性をより加速させることなのだ。

「複雑ネットワーク」とは何か―複雑な関係を読み解く新しいアプローチ (ブルーバックス)   渋滞学 (新潮選書)
   

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スモールワールド・ネットワーク

2007年12月12日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 「スモールワールド・ネットワーク」という言葉がある。われわれは全世界の人々とたった6つのステップで繋がっている、という話で、最近の複雑系ネットワーク理論の一つである。

 「スモールワールド・ネットワーク 世界を知るための進科学的思考法(原書題Six Degrees The Science of a Connected Age)」という本を書いたのは、ダンカン・ワッツというオーストラリア生まれの科学者で、複雑系ネットワーク理論はその後もさらに広がりを見せている。原書は2003年、翻訳書は2004年に出版された。

 「スモールワールド・ネットワーク」は、任意に選んだ相手への到達ステップが少ないこと(小さい平均的距離)と、少人数間の密な人間関係(高いクラスター性)を前提としたネットワーク理論である。

 先日「スモールビジネスの時代」の中で、「ネットワークの発達によって、今の起業家は自分の組織をむやみに大きくしないでも、(他社との連携によって)自らの理念と目的を達成できるようになった」と書いたが、念頭にこの「スモールワールド・ネットワーク」のことがあった。

 大量生産・流通・消費時代は、正規分布に基づいた考え方が主流だったが、これからの多品種少量生産、食品の地産地消、資源循環、新技術時代は、スモールワールド・ネットワークの考え方が重要になるだろう。

 このネットワークが成り立つミソは、「小さい平均距離」、「高いクラスター性」と共に、(高いクラスター性を損なわない範囲で)遠く離れた人同士の繋がりが一部存在することなのだが、インターネットの発達が遠く離れた人同士を結びつける訳だ。

 直感的には、幾らインターネットの時代だといっても、「全世界の人々とたった6つのステップで繋がっている」とはなかなか思えない。しかしそれは、遠慮や諦め、面倒くさいと思ってしまう消極性故であって、この理論は、当たって砕けろという情熱と行動力があれば、世界中のどの人へもすぐに(6つのステップ以下で)コンタクト出来ることを示している。

スモールワールド・ネットワーク―世界を知るための新科学的思考法

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