夜間飛行

茂木賛からスモールビジネスを目指す人への熱いメッセージ


酵素の働きと寿命との関係

2013年06月18日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 “「酵素」の謎”鶴見隆史著(祥伝社新書)という本を興味深く読んだ。副題には“なぜ病気を防ぎ、寿命を延ばすのか”とある。まず新聞の紹介文を引用しよう。

(引用開始)

人間の寿命や病気の原因は体内酵素の量やバランスによって決まる。研究の歴史はまだ浅いが、酵素の働きや身体との因果関係は近年になって次第に解明されてきた。第一人者が最先端の知識と情報を駆使して酵素の謎を解き明かし、加熱食の危険性や誤った常識、腸の大きな役割など、病気を防ぐための具体的な対処法を説き、酵素断食の実践も紹介。

(引用終了)
<東京新聞 3/31/2013>

 よく3大栄養素とか5大栄養素などというけれど、この本によると、栄養素は全部で9つあるという。糖質・タンパク質・脂質がまず3大栄養素。それにビタミン・ミネラルを加えて5大栄養素。さらに食物繊維・水・フィトケミカル(植物中にあるポリフェノールなどの天然化学物質)で8つ。そして9つ目がこの「酵素」というわけだ。先日「活性酸素」の項で、健康に関する項目を纏めたけれど、この本を読むと「酵素の働き」も欠かせないことがよく分かる。

 酵素には、人体にもともとある潜在酵素(体内酵素)と外部から取り入れる体外酵素とがあり、体内酵素には、生命活動を支える代謝酵素と食物の消化を助ける消化酵素、体外酵素には、これも食物の消化を助ける食物酵素と発酵活動を支える腸内細菌の酵素があると著者はいう。短鎖脂肪酸の役割、人体の生理リズム、酵素を摂る方法など有用な指摘が多々あるが、内容については本書をお読みいただくとして、ここでは、酵素の働きと寿命との関係について考えてみたい。

 老化の原因には「酸化ストレス説」「テロメア説」「老化遺伝子説」などいろいろとあるが、著者はその根本原因として、「酵素寿命説」を唱えておられる。著者はまず前の三つを簡単に紹介したあと、

(引用開始)

 しかし私は、紹介したこれらの三つは根本原因ではなく、現象の一部と考えています。酸化も、テロメアも、遺伝子も、すべて酵素が関係していますが、もっとも大きな原因は「酵素寿命説」です。
 一生に一定量しかない酵素が徐々に失われていくのが老化で、尽きる時が死を迎える時です。そのため、酵素の浪費は絶対に避けなければならないのです。

(引用終了)
<同書 193−194ページ>

 ここでいう酵素は、先程の分類でいうと人体にもともとある潜在酵素(体内酵素)を指し、これは一生に一定量しかないから、老化予防のためには、できるだけそのうちの代謝酵素を温存しておいた方が良いという話になのだが、ここで私は、以前「集団の時間」の項で紹介した“ゾウの時間 ネズミの時間”本川達雄著(中公新書)を思い起こした。どいうことか説明しよう。

 鶴見氏は、本書の中で「ラブナーの法則」というものを紹介する。この法則は、潜在酵素の消耗が動物の短命に結びつくことを証明したもので、動物の心臓の鼓動は代謝酵素を使うから、その寿命は、代謝酵素の消耗度に反比例することになるという。心臓の鼓動には代謝酵素がいるが、代謝酵素は一生に一定量しかないから、代謝酵素を多く使うほど、寿命が短くなるというわけだ。

 一方、本川達雄氏は、“バク論 人の死なない世は極楽か地獄か”池田清彦監修(技術評論社)の中の記事で、「動物の時間」は、体重のおよそ1/4乗(0.25乗)に比例し、「動物のエネルギー消費量」は、体重のおよそ1/4乗に反比例する。だから、動物において時間の速度(1/時間)はエネルギー消費量に比例する。すなわち、エネルギーを使うほど時間が早く進む、と書いておられる(同書17ページ“「人口長寿」の人生をいかに生きるか”より)。

 心臓の鼓動にはエネルギーが必要だ。エネルギー消費は代謝酵素を使うことに繋がる。本川氏のいう「動物の時間」とは動物の寿命のことだから、それがエネルギーを使うほど早く終わるということと、鶴見氏のいう、寿命が代謝酵素の消耗度に反比例することとは、同じことを別の視点から言っていることになる。動物のサイズとその代謝酵素量は、寿命を介して互いに比例しているわけだ。

 このブログでは、“モノからコトへ”のパラダイム・シフト(モノコト・シフト)について書いているが、動物の寿命とそのサイズ、代謝酵素量の比例相関は、“コト”のおこる時空(時間と空間)におけるエネルギー量とそのサイズ、構成要素との相関に、興味深い示唆を与えているように思う。

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視覚を巡る認知の諸相

2013年05月28日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 先日「認知の歪みを誘発する要因」の項で、歪みの可能性要因を内と外に分け、

<内的要因>

体全体:病気・疲労・五欲
脳(大脳新皮質)の働き領域:無知・誤解・思考の癖(くせ)
身体(大脳旧皮質・脳幹)の働き領域:感情(陽性感情と陰性感情)

<外的要因>

自然的要因:災害や紛争・言語や宗教・その時代のパラダイム
人工的要因:greedとbureaucracyによる騙しのテクニック各種

と纏めたけれど、最近、視覚を通した認知について面白い本を読んだのでご紹介しよう。“ひとの目、驚異の進化”マーク・チャンギージー著(インターシフト)がそれで、この本には、四つの視覚能力についてこれまでの常識とは異なった知見が披露されている。副題には“4つのすごい視覚能力があるわけ”とある。その四つとは、

第1章 感情を読むテレパシーの力
第2章 透視する力
第3章 未来を予見する力
第4章 霊読(スピリット・リーディング)する力

で、第1章には「カラフルな色覚を進化させたわけ」第2章には「目が横でなく、前についている便利なわけ」第3章には「現在を知覚するには、未来を見る必要があるわけ」第4章には「脳が文字をうまく処理できるわけ」との副題がついている。著者による纏めの部分を引用しよう。

(引用開始)

 第1章で取り上げた色覚は、感情やそのほかの状態を肌から読み取れるようになるために選択された。第2章で取り上げた前向きの目は、見通しの悪い環境で透視能力を使えるようになるために選択された。そして、第3章で取り上げた錯視は、現在を知覚できるように選択された未来予知能力の結果だった。
 自然淘汰はあらゆる動物の目を形作ったが、人間の目には一つ、ほかの動物には見られない特徴がある。私たちの目は外に向かって働きかけ、世界を形作るのだ! 目は―――そして私たちは―――文化を通してそうする。つまり、視覚の超人的な能力を進化させる第二の道があるということで、それはこの最終章での霊読に関する話を理解する上で決定的に重要になる。私たちは、文化を通して、目に合うように周りの世界を変えられる。自然淘汰は、目が自然のものを上手に処理できるようにした。そこで、文化は自然界のものと似た特性を持つ視覚的記号を進化させた。目ができるかぎりうまく処理できるように。

(引用終了)
<同書 273−274ページより>

 詳細は本書をお読みいただきたいが、この本には、このブログで書いてきたことを補う知見が多く含まれていると感じる。第1章の話は、肌の境界性(「皮膚感覚」)と、社会的動物としての人(生産と消費論)、第2章の話は、ものごとを複眼で見ること(「複眼主義とは何か」)の重要性、第3章の話は、脳の時間が現在進行形(t = 0)であること(「アフォーダンスと多様性」)、第4章の話は、さらに文字の「筆蝕体感」や言葉の「発音体感」へと発展する筈だ。

 全体として、視覚に関するこれらの話は、アフォーダンス理論における自己意識(自己と世界との関係)を想起させる。世界は人の能力をアフォードし、人は知覚を通して世界に意味を与えるのだ。

 この本の内容まだ仮説の部分が多いかもしれないが、こういった最先端の知見を検証することで、その分野の無知・誤解・間違いを少なくしていくことが、認知の歪みを減らすことに繋がる。これからもこういう面白い本があったらご紹介していきたい。

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活性酸素

2013年03月19日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 このブログではここまで、免疫、皮膚、自律神経、エネルギー生成、水、呼吸、ミネラル、腸内細菌、ホルモン、栄養素など、「健康」について色々と書いてきた。

免疫:「免疫について
皮膚:「皮膚感覚
自律神経:「交感神経と副交感神経
エネルギー生成:「解糖系とミトコンドリア系
水:「水の力
呼吸:「呼吸について
ミネラル:「硬水と軟水
腸内細菌:「脳腸バランス
ホルモン:「神経伝達物質とホルモン
栄養素:「糖質と脂質

 健康については勿論このほか、栄養素としてのたんぱく質やビタミン、機能性成分、さらには運動や鍼灸、漢方など様々あるわけだが、根本的に大切なのは、体内に発生し病や老化を齎す「活性酸素」をいかに抑制・除去するか、ということだ思われる。「糖質と脂質」の項で紹介した“糖質革命”という本から、酸化と糖化に関する文章を引用しよう。

(引用開始)

 老化を促進する原因は「酸化」と「糖化」です。
「酸化」は呼吸で得た酸素が体内で人間に有害な活性酸素へと変身し、体内を「サビ」つかせる現象です。
「糖化」は、体内にある糖類が身体を構成するあらゆるたんぱく質と無差別に結合してたんぱく質を変質させて、体内を「コゲ」つかせる現象です。(中略)
 腸から体内に取り入れられた鉄や銅を運搬しているたんぱく質が糖化すると、そのたんぱく質が変性して鉄や銅が遊離します。鉄や銅は体内の過酸化水素と反応して、ヒドロキシラジカルというもっとも強い活性酸素を発生させます。
 このように糖化と酸化は車の両輪のように関係しあって進行します。糖化は「コゲる」、酸化は「サビる」と呼ばれます。「コゲ」「サビ」の両輪が、私達を日々老化させているわけです。

(引用終了)
<同書 90−92ページ>

 活性酸素とは、電子数が変化して不安定になった酸素のことで、強い酸化作用がある。「糖質と脂質」の項で引用した“脳はバカ、腸はかしこい”の文章にも、活性酸素の影響による酸化と糖化に関する部分があった。念のために再度引用しておこう。

(引用開始)

 近年、老化や寿命に関係ある栄養素として、糖と脂質が重要視されてきました。糖や脂質は活性酸素の影響を受けてカルボニル化合物になり、たんぱく質を修飾して「AGEs(糖化最終産物)」を生成し、脂質が修飾を受けて「ALEs(脂質過酸化最終産物)」を生成し、これらが細胞や組織を傷害して老化やさまざまな病気の発症や進展につながっていくと考えられるようになったからです。このようなAGEsができる反応を、「タンパク質の糖化(グリケーション)」と呼んでいます。
 生物が呼吸して取り入れている酸素の95%以上は、生体中のミトコンドリア内の電子伝達系で水に分解されます。しかしその3〜5%が中間体として残り、いろいろな活性酸素が生成されます。その活性酸素にはスーパーオキシド、過酸化水素、ヒドロキシラジカル、一重項酸素、脂質ペルオキシドラジカル、次亜塩素酸などがあります。これらの活性酸素は他の物質と反応して安定しようとする性質があり、過剰になると共存するタンパク質や脂質、核酸などを酸化変性させてしまいます。その結果、糖と結合しAGEsに、脂質と結合してALEsになるのです。

(引用終了)
<同書 184−185ページ(文中の化学記号は省略)>

 体内の活性酸素は、自律神経の働きからも発生するという。“「自分の免疫力」で病気を治す本”安保徹・岡本裕共著(マキノ出版)からその部分を引用したい。

(引用開始)

 交感神経が緊張し、アドレナリンの作用が強くなると、その刺激を受けて顆粒球が増加します。顆粒球はふえすぎると体内の常細菌を攻撃し、急性肺炎、急性虫垂炎、腎炎、膵炎など化膿性の炎症を起こします。また、細菌のいないところでは活性酸素をまき散らし、組織を破壊します。(中略)
 体内では、呼吸で得た酸素から発生する活性酸素、細胞の新陳代謝から生ずる活性酸素など、さまざまなルートで活性酸素が産出されますが、活性酸素全体の比率では、顆粒球から放出されるものが8割を占めています。顆粒球が増加すればするほど、組織破壊が進むことになります。

(引用終了)
<同書 128ページ>

 以上、体内の活性酸素の発生と弊害についてみてきたが、その抑制・除去に必要なのが、初めに列記したような健康と体の恒常性(ホメオスターシス)に関する事項の理解であり、さらにこれからも発見されるであろう最新医学の勉強なのだと思う。ただし、「五欲について」の項で述べたように、いくら健康であっても、人や社会のために何もしないのでは、まったく宝の持ち腐れである。五臓六腑を健康に保ち、さらに脳を鍛え、生産(他人のための行為)に励もうではないか。

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神経伝達物質とホルモン

2013年03月05日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 先日「現場のビジネス英語“take your time”」の項で見てきた自律神経とエネルギー生成系に関連して、神経伝達物質とホルモンの働きについて、“脳内ホルモンで幸せ気分を手に入れる本”ライフ・サイエンス研究班編(KAWADE夢文庫)という本を読んだ。

 神経伝達物質については、以前「仕事の達人」の項で“脳内物質仕事術”という本を紹介したが、神経伝達物質とホルモンとの違いは、前者が、神経細胞のあいだで情報を伝達するのに対して、後者は血液中に放出されて情報を伝達する。前者は短時間しか作用しないが、後者は比較的長く作用する。この本でいう「脳内ホルモン」とは、脳内で分泌され人の感情や気分に関係する神経伝達物質とホルモン、両方を指すとのこと。また、本書にはハッピーホルモンという言葉も出てくる。「ハッピーホルモン」とは、脳内ホルモンに加え副腎などから分泌されるホルモンも含むという。本書から引用しよう。

(引用開始)

 ハッピーホルモンの数は100種類以上も存在することがわかっている。そして、それらのホルモンのうち、作用が解明されているものは少なく、明らかになっていないものが多い。
 よく知られているハッピーホルモンを挙げると、アセチルコリン、ノルアドレナリン、アドレナリン、ドーパミン、セロトニン、メラトニンなどがある。
 これらが感情や感覚の伝達を受けもっており、おもに興奮系、抑制系のふたつに分けられる。
 セロトニンは通常、興奮系に分類されるが、興奮系を鎮める調整役としても働く。調整系のホルモンは少ないが、ここではセロトニンを調整系に分類し、3種類に分けて紹介する。
 これら3種類のハッピーホルモンのバランスによって、心はさまざまな状態になり、感情も湧き上がってくるのである。
 興奮系、抑制系、調整系それぞれにどういうものがり、どのような働きをしているか見ていこう。
 3つのうちもっとも種類が多いのは、興奮系のハッピーホルモンで、これに該当するのがノルアドレナリン、ドーパミン、アセチルコリン、グルタミン酸など。(中略)
 次に、抑制系のハッピーホルモンの代表がGABA(γ−アミノ酪酸)だ。抑制系はほかにもいくつかあるが、GABAは圧倒的に多く、脳のなかなの神経細胞の30パーセントをGABA神経が占めている。
 GABAは、脳が興奮した際のブレーキ役を果たし、アクセル役の興奮系とのバランスを保っている。そのため、GABAが不足すると脳の興奮が鎮まらない。極端なケースでは、けいれんを起こすこともある。
 また、前述したが、調整系のハッピーホルモンは少なく、その代表的なものがセロトニンである。

(引用終了)
<同書 38−41ページ(ふりがなは省略した)>

各種化学物質の作用の詳細については本書をお読みいただきたいが、簡単に目次のタイトルから拾うと、

ドーパミン:快感や幸福感、やる気をもたらすホルモン
アセチルコリン:リラックスし、体にエネルギーをためるホルモン
βエンドルフィン:“脳内麻薬”の異名をとる鎮痛ホルモン
セロトニン:やる気をだし、精神を安定させるホルモン
GABA:緊張や不安、イライラを緩和するホルモン
オキシトシン:男女、親子の愛情を育てるホルモン
ノルアドレナリン・アドレナリン:ストレスに立ち向かうホルモン

となる。ちなみに以前紹介した“脳内物質仕事術”には、

ドーパミン:幸福物質(幸福、快感)
ノルアドレナリン:闘争か逃走か(恐怖、不安、集中)
アドレナリン:興奮物質(興奮、怒り)
セロトニン:癒しの物質(落ち着き、平常心)
メラトニン:睡眠物質(眠気)
アセチルコリン:記憶と学習(ひらめき)
エンドルフィン:脳内麻薬(多幸感、恍惚感)

とあった(カバー裏の表)。いろいろな本で「神経伝達物質とホルモン」の働きについて知っておくと、仕事にもきっと役立つことと思う。

 このブログでは、脳の働き(大脳新皮質主体の思考)と身体の働き(脳幹・大脳旧皮質主体の思考)とのバランスの大切さを強調しているが、健康には、自律神経(交感神経と副交感神経)とホルモン系、さらには以前「免疫について」の項で書いた免疫系とのバランスが欠かせない。さらに本書から引用しよう。

(引用開始)

 自律神経やホルモン系は、免疫とも密接に関係している。私たちの体は、恒常性(ホメオスターシス)が備わっている。ホメオスターシスは、外部からのさまざまな刺激にたいして、体内の環境(生理、代謝、臓器の働きなど)を一定に保つ働きである。自律神経の中枢がある視床下部は、自律神経だけでなく、ホルモン系、免疫系の機能も調整し、ホメオスターシスを維持している。
 そのため、自律神経、ホルモン系、免疫系は、三者それぞれが互いに影響しあう関係にある。つまり、自律神経が崩れるとホルモン系や免疫系に影響するし、ホルモン系に異常が生じると、それが自律神経や免疫系に影響する。また、免疫系に問題が起きると、それが自律神経やホルモン系に影響することがある。

(引用終了)
<同書 33−34ページより(ふりがなと一部括弧内を省略した)>

自律神経、ホルモン系、免疫系は、互いに影響し合いながら、我々のからだの恒常性(ホメオスターシス)を保っているのである。

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糖質と脂質

2013年01月29日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 前回紹介した、藤田紘一郎氏の“脳はバカ、腸はかしこい”という本の第四章「食べ物は脳をだます、腸はだまされない」には、五大栄養素の中の糖質と脂質について、最新の知見が纏められている。少々長くなるが、そのエッセンスの部分を引用したい。

(引用開始)

 近年、老化や寿命に関係ある栄養素として、糖と脂質が重要視されてきました。糖や脂質は活性酸素の影響を受けてカルボニル化合物になり、たんぱく質を修飾して「AGEs(糖化最終産物)」を生成し、脂質が修飾を受けて「ALEs(脂質過酸化最終産物)」を生成し、これらが細胞や組織を傷害して老化やさまざまな病気の発症や進展につながっていくと考えられるようになったからです。このようなAGEsができる反応を、「タンパク質の糖化(グリケーション)」と呼んでいます。
 生物が呼吸して取り入れている酸素の95%以上は、生体中のミトコンドリア内の電子伝達系で水に分解されます。しかしその3〜5%が中間体として残り、いろいろな活性酸素が生成されます。その活性酸素にはスーパーオキシド、過酸化水素、ヒドロキシラジカル、一重項酸素、脂質ペルオキシドラジカル、次亜塩素酸などがあります。これらの活性酸素は他の物質と反応して安定しようとする性質があり、過剰になると共存するタンパク質や脂質、核酸などを酸化変性させてしまいます。その結果、糖と結合しAGEsに、脂質と結合してALEsになるのです。(中略)
 糖質とともに、食事での摂取について注意しなければならないのは脂質です。
 ヒトを含めて動物は、長い進化の過程で絶えず飢えの危険にさらされてきました。そのため動物は余分なエネルギーを摂取したときには、それを脂質の形で蓄積し、飢餓の際にそれを利用することによって生き延びる仕組みを獲得しました。しかし皮肉なことにエネルギーの過剰摂取と運動不足が常態化した現代文明社会において、このしくみは肥満の原因となり、さらにはメタボリックシンドロームの要因となってきました。
 脂質は常温で固体のものと液体のものとに分かれています。脂質の成分はグリセロール3つの水酸基に脂肪酸がそれぞれエステル結合したものです。脂肪酸には炭素数や二重結合の位置および数の違いによってさまざまな種類があります。二重結合を持たない脂肪酸を飽和脂肪酸といい、二重結合を持つ脂肪酸を不飽和脂肪酸といいます。動物の脂質は飽和脂肪酸が多く、常温では固体です。それに対して植物では不飽和脂肪酸を多く含み融点が低く、多くの場合、常温では液体となります。
 飽和脂肪酸はバター、ラード(豚脂)、ヘット(牛脂)などです。不飽和脂肪酸は一価不飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸に分けられます。一価不飽和脂肪酸にはオレイン酸がありオメガ9といわれています。これにはオリーブ油、キャノーラ油、ひまわり油、ピーナッツ油、パーム油などがあります。また、後者の多価不飽和脂肪酸のうち、リノール酸を含む油をオメガ6といい、コーン油、ごま油、大豆油、くるみ油などがあります。そして、α−リノレン酸やDHA、EPAを含む油をオメガ3といい、亜麻仁油、しそ油、えごま油、イワシやサンマなどの魚の油があります。
 このうちオメガ6とオメガ3は必須脂肪酸であり、人の身体では合成できないので、食べ物などから摂取することが必要となります。
 いま問題になっているのは、体内で合成できない必須脂肪酸のうち、オメガ6脂肪酸は現代文明社会において摂取量が拡大傾向にあり、オメガ3脂肪酸が減少傾向にあるということです。この二つの脂肪酸の摂取比率のバランスは、どんどんオメガ6脂肪酸に偏っているのが現代人の食生活であるといわれています。(中略)
 うつ病が20世紀に入って増加しているのは、オメガ6脂肪酸を多く含む植物油の摂取が増加しているからだと考えられます。

(引用終了)
<同書 184−199ページより(文中の化学記号は省略した)>

いかがだろう。さらに、脂質のなかでも、最近人工的につくられるようになった「トランス脂肪酸」に関する解説は次ぎの通り。

(引用開始)

 植物油である多価不飽和脂肪酸は、常温では液体で、酸化しやすい油です。そこで植物油を常温で固形状にし、しかも空気中に安定したものにするにはどうすればよいかが研究された結果、多価不飽和脂肪酸に水素添加するという方法が考えられました。水素添加すると普通の飽和脂肪酸とよく似ていますが、少しいびつな脂肪酸ができあがります。これが「トランス脂肪酸」と呼ばれるものです。
 脂肪を研究している科学者たちの間では、油に水素添加することを「オイルをプラスチック化する」と言っています。水素添加によって作り出されるトランス脂肪酸は、プラスチック同様、自然界では分解されない物質で、もちろん自然界には存在しない物質なのです。
 私たちの周りには、いつの間にかこのトランス脂肪酸を多く含む食品があふれています。マーガリンをはじめ、ショートニング、フライドポテト、ビスケット、クッキー、クラッカー、パイ、ドーナッツ、ケーキ、シュークリーム、アイスクリーム、菓子パン、クロワッサン、インスタント麺など、若者を中心に多くの日本人が喜んで食べているものばかりです。
 しかし、自然界に存在しない人工産物であるトランス脂肪酸が体内に入り込むと、必須脂肪酸としての役割を果たせないため、細胞膜の構造や働きが正常でなくなってしまいます。その結果、体内では活性酸素が生じるようになるのです。そして、摂取したトランス脂肪酸の影響を最も受けるのは、脳ではないかといわれています。それは脳の役60%が脂質でできているためです。(中略)
 もっとはっきりしていることは、トランス脂肪酸は動脈硬化などを起こす悪玉コレステロールを増やし、予防効果のある善玉コレステロールを減らします。この結果を受けてWHOは、トランス脂肪酸の摂取量を、総エネルギー摂取量の1%未満とする目標基準を設けるなど、トランス脂肪酸の摂取に関しては、現在欧米を中心として厳しい規制の動きが広がっています。

(引用終了)
<同書 203−206ページより>

 以上、糖質と間違った脂質の取りすぎが、健康によくないことがよく分かる。勿論これからも新しい知見がいろいろと出てくるだろう。ここまでのところで、どのような食材を取れば健康に良いかについては、本書や、“糖質革命”櫻本薫・美輪子共著(宝島社)などに詳しい。仕事が忙しい皆さんも、栄養素に関する最新の知見をいろいろと学びながら、健康に充分留意していただきたい。

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脳腸バランス

2013年01月21日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 “脳はバカ、腸はかしこい”藤田紘一郎著(三五館)という愉快な本を読んだ。まず新聞の書評から紹介しよう。

(引用開始)

 寄生虫学者である著者の体内に4年ぶりに新しい生命が宿った。その名はホマレちゃん。初代サトミちゃんから数えて6代目にあたるサナダムシの幼虫が著者の小腸に着床したのだ。ホマレちゃんは2カ月足らずで10メートル以上に育つ発育ぶりを示した。著者が近年、糖質を制限し悪い油の摂取を避ける健全な食生活を送っているからだ。
 著者は寄生虫と共生し、腸内細菌を増やすことで体の免疫力を高め、この腸内環境が「幸せ物質」と呼ばれるドーパミンやセロトニンの前駆体を合成し、脳まで運ぶ重要な役割を果たしていることを、自らの体で実証する。生命の歴史で言えば、腸神経系は40億年前にでき、たかだか5億年前からの脳を支配している。「脳論」の一歩先を行く「腸論」で、恋愛、健康から社会病理まで見事に読み解く。目からうろこの免疫最新情報も満載。三五館・1260円。

(引用終了)
<東京新聞 11/13/2012>

 このブログでは、

A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳の働き(大脳新皮質主体の思考)―「公(Public)」

B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体の働き(脳幹・大脳旧皮質主体の思考)―「私(Private)」

という二項対比・双極性を指摘し、二つのバランスの大切さを強調しているが、藤田氏のいう「腸」は、この対比でいうところの「身体の働き」と重なり、「脳」は、「脳の働き」と重なっている。大脳新皮質の働きは、社会を構成し始めた人(ヒト)において著しく発達した。だから脳(大脳新皮質)はそもそも社会のための“公器”なのであって、自分の欲望の充足のためにあるものではない。以前「日本語と社会の同質性」の項で、

(引用開始)

日本語的発想における脳の働きは、どうしても身体の働き(脳幹・大脳旧皮質の思考)に引きずられてしまうので、「公(Public)」の概念をしっかりさせておかないと、生産(他人のための行為)に向かうよりも、消費(自分のための行為)に向かってしまうようだ。

(引用終了)

と書いたけれど、いまの日本人は、脳(大脳新皮質)を自分のためだけに働かせすぎる。そういう今の日本社会を憂う藤田氏は、自分の健康のためには“脳はバカ”だから、「腸」を鍛えなさいと主張しておられるのだと思う。

 健康における「腸」の大切さに関する本は、“腸!いい話”伊藤裕著(朝日新書)、“腸脳力”長沼敬憲著(BABジャパン)、“腸は第二の脳”松生恒夫著(河出ブックス)などもある。併せて読むと腸の働きについてさらに理解が深まるだろう。

 藤田氏の“脳はバカ、腸はかしこい”の副題には、“腸を鍛えたら、脳がよくなった”とある。上の新聞の書評にもあるように、自分の健康のために「腸」を鍛えると、「脳」の働きもよくなるというわけだ。詳しくは本書をお読みいただきたいが、一部引用してみよう。

(引用開始)

トリプトファンやフェルニアラニンなどのアミノ酸からセロトニンやドーパミンを合成するためには、葉酸やナイアシン、ビタミンB6といったビタミン類が必要です。これらのビタミン類は私たちの体内では合成できません。腸内細菌が作っているのです。腸内細菌がバランスよく、数多く存在しないと、幸せ物質であるセロトニンとやる気物質であるドーパミンが不足し、うつ状態になったりイライラしたりするのです。

(引用終了)
<同書 91−92ページ>

セロトニンやドーパミンなどの神経伝達物質については、以前「仕事の達人」の項でも触れたことがある。「腸」を鍛え、そして「脳」の働きを強め、社会のためにより良い仕事をしようではないか。

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硬水と軟水

2012年09月11日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 先回「長野から草津へ」の項で、温泉のことを書いたけれど、温泉の多くは鉱物(ミネラル)を含んでいる。ミネラルの中でも、カルシウムとマグネシウムを多く含む水を「硬水」(そうでない水を軟水)という。日本には温泉が多いが、自然水は総じて軟水であるという。“水と身体の健康学”藤田紘一郎著(ソフトバンク クリエイティブ サイエンス・アイ新書)から、硬水と軟水ができるしくみについて引用しよう。

(引用開始)

硬水と軟水ができるしくみ

 地中に染み込んだ雨や雪は地層によってゴミや汚れがろ過され、同時に地層内のミネラルを吸収して湧きでてきます。こうした水を一般にミネラルウォーターと呼んでいます。そのミネラルのなかでもっとも注目されているのが、カルシウムとマグネシウムの量です。水の硬度はカルシウムとマグネシウムの量から数値化されています。WHO(世界保健機構)は、水1リットル中に溶けているカルシウムとマグネシウムの量を数値化した値(硬度)が120ミリグラム以上を硬水、それ以下を軟水と規定しています。
 水の硬度は、採水地によって値が大きく異なります。ミネラルの含有量は、地層や地形その他の諸条件の影響を受けるからです。日本は国土の起伏がはげしく、高地から低地までの水の流れが速いため、地層のミネラルを吸収する期間が短く、ミネラル成分の含有量の少ない軟水の水が多く生まれます。
 一方、ヨーロッパ大陸は石灰岩層の地層が多く、平坦な大地が延々と広がっています。そうした土地から長い年月をかけて水が湧きだすため、地層のミネラルを豊富に吸収した硬水ができあがったのです。軟水はまろやかな水で飲みやすく、身体への負担が少ないという特徴があります。これに対して硬水は、体質改善などの健康作用の高い水です。(後略)

(引用終了)
<同書 62ページ>

 先日「音響空間」の項で、中村明一氏の“倍音”(春秋社)から、

(引用開始)

 まず国土の問題として、日本は非常に湿気を多く含んだ自然環境にあります。柔らかい土、草木、落ち葉に覆われ、日本中が響かない空間になっていたのです。音が響かないと、相対的に、高い音、倍音が聞こえてくるようになります。ですから、私たち日本人は、常にそれらの倍音が存在するところに生息していたことになります。(中略)
 これと対比して、西欧の場合を見てみると、家は石や煉瓦でできており、道路も石畳で造られていました。石に覆われているということは、非常に音が響く空間だということです。その音が響く空間で、西欧人は生活していました。(後略)

(引用終了)

との文章を引用したが、ヨーロッパに硬水が多く、日本に軟水が多いという話も、この響く空間、響かない空間の違いと重なるように思われる。

 水の違いは、料理の違いにも現れる。ヨーロッパの料理は、硬水を使った方が本来の味がでるという。日本料理には軟水が合う。ヨーロッパと日本という土地の特性の違いが、音楽、言語、料理など、幅広い文化の違いとなって顕れてくるのは興味深い。今後、中国、アジア、中東や南北アメリカ大陸などについても、このあたりのことを研究してみよう。

 そいうえば、「イームズのトリック」の項などでその著書を紹介してきた福岡伸一氏の“生物と無生物のあいだ”(講談社現代新書)という本に、マンハッタンの喧騒について次のような文書があった。

(引用開始)

 マンハッタンで絶え間なく発せられるこれらの音は、摩天楼のあいだを抜けて高い空に拡散していくのではない。むしろ逆方向に、まっすぐ垂直に下降していくのだ。マンハッタンの地下深くには、厚い巨大な一枚岩盤が広がっている。高層建築の基礎杭はこの岩盤にまで達している。摩天楼を支えるために地中深く打ち込まれた何本もの頑丈な鋼鉄パイプに沿って、そべての音はいったんこの岩盤へ到達し、ここで受け止められる。岩盤は金属にも勝る硬度を持ち、音はこの巨大な鉄琴を細かく震わせる。表面の起伏のあいだで、波長が重なり合う音は倍音となり、打ち消しあう音は弱められる。ノイズは吸収され、徐々にピッチが整えられていく。こうして整流された音は、今度は岩盤から上に向かって反射され、マンハッタン全体に斉一的に放射される。
 この反射音は、はじめは耳鳴り音のようにも、あるいは低い気流のうなりにも聴こえる。しばしば、幻聴のようにも感じられる。しかし街の喧騒の中に、その通奏低音は確かに存在している。

(引用終了)
<同書 205−206ページ>

マンハッタンでリズムの効いたジャズを聴きながら、硬水で割ったウィスキーなどを飲めば、いやが上にも気分が高揚するに違いない。

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笑いの効用

2012年08月28日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 “マンガでわかる神経伝達物質の働き”野口哲典著(ソフトバンク クリエイティブ サイエンス・アイ新書)を読んでいたら、笑いの効用について次のように書いてあった。

(引用開始)

 笑いはヒトだけに見られる感情表現である。そして、たんに笑いといってもさまざまなものがある。
 通常は楽しいとき、うれしいとき、おもしろいときなど快感情のときに笑うが、ときには愛想笑いのように、そうでない場合にも笑うことがある。
 一般的な快感情の笑いは、好き・嫌いや快・不快の判断をしている扁桃体や視床下部の働きによるものと考えられる。
 おもしろいといった快情報が入ってくると、扁桃体で快感情が生まれ、その信号が前頭連合野に伝わり、笑うべきかどうかの最終判断をしている。
 笑ってもよいと判断すれば、脳の奥にある大脳基底核へ信号が伝わり、顔面神経を刺激して笑いの表情をつくるのである。
 愛想笑いなどは、扁桃体から快感情の信号がなくても、前頭連合野が強制的に笑いの表情をつくっているのだ。
 笑いの感情は、副交感神経の活動を活発にするため、緊張をやわらげる効果がある。同時に脳内でβエンドルフィンやドーパミンを放出させ、多幸福感を生み出すのだ。
 特にβエンドルフィンは脳内麻薬とも呼ばれているように、痛みやストレスをやわらげ、免疫力を強化する作用がある。
 こんなことから、笑いは健康のためにもよいといわれるようになったのだ。さらに特別おもしろくなくても、意識的に笑いの表情をつくったり、声をだしてわらうだけでも、こうした効果を得られることが明らかになってきた。
 心身の健康のためにも、おおいに笑うことが重要なのだ。

(引用終了)
<同書 168ページ>

呼吸について」の項で、呼気の効用について書いたけれど、笑いにも副交感神経の活動を活発にする効果があるという。疲れたときなど特に、寅さんの映画でも観ながら大いに笑いたいものだ。

 「五欲について」の項で、ヒトだけに特有なものとして名声欲と財欲について述べたが、笑いもヒトだけのものだという。チンパンジーも笑いに似た声をあげるという話をどこかで読んだ記憶があるが、笑いはきっと共同体形成の進化に伴う感情表現の一つなのだろう。そういえば、経済人類学者の栗本眞一郎氏に“パンツをはいたサル”という著書があった。

 タイのことを「微笑みの国」というけれど、もしかしたらかの国民は地球上で最も進化した人々なのかもしれない。笑いは快感情・幸福感に通じる。だから、ブータンのGNH(Gross National Happiness)という考え方は、人類の次なる進化の目標を示しているのではないだろうか。尚、神経伝達物質の働きについては、以前「仕事の達人」の項でも触れたことがある。併せてお読みいただければ嬉しい。

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音響空間

2012年08月20日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 先日「密息と倍音」の項で、

(引用開始)

日本列島に音響幅の広い母音言語が育ったのは、倍音(特に非整数次倍音)を多く含む自然・住居環境があったことが寄与していると思われる。西欧では、音がよく反射し、高い方の倍音が吸収されやすい自然・住居環境があったため、子音言語と基音を主体にした音楽が発展した。

(引用終了)

と書いたけれど、日本と西欧の「音響空間」の違いについて、中村明一氏の“倍音”(春秋社)からさらに引用しておきたい。

(引用開始)

 まず、国土の問題として、日本は非常に湿気を多く含んだ自然環境にあります。柔らかい土、草木、落ち葉に覆われ、日本中が響かない空間になっていたのです。音が響かないと、相対的に、高い音、倍音が聞こえてくるようになります。ですから、私たち日本人は、常にそれらの倍音が存在するところに生息していたことになります。
 次に、私たちの住環境を見てみましょう。日本人が伝統的に住んでいた家は、藺草(いぐさ)で編んだ畳、紙の障子や布の襖(ふすま)といった、いわば吸音材に囲まれたようなものでした。外の自然環境がそのまま、家の中に形成されていたといってもよいでしょう。こうして一層、高い音、倍音に敏感になっていったのです。
 これと対比して、西欧の場合を見てみると、家は石や煉瓦でできており、道路も石畳で造られていました。石に覆われているということは、非常に音が響く空間だということです。その音が響く空間で、西欧人は生活していました。
 先に述べた通り、響く空間においては、音が反射します。すると反射のたびに高い方の倍音が吸収されてしまい、それらを聞くことが難しくなります。低い倍音は、並行面により定常波となり増幅されます。それゆえ、西洋においては日本と反対に、基音を主体にした音楽が発展することになるわけです。

(引用終了)
<同書 78−79ページ>

響かない空間だと高い音、倍音がよく聞こえ、響く空間だと、基音がよく聞こえる。それが言語や音楽の違いに寄与しているわけだ。言語については、音響空間の他、歴史や文字の違いなども勿論併せて考えなければならない。それらについては「民族移動と言語との関係」、「音声言語と書字言語」、「二重言語としての日本語」などの項を参照して欲しい。

 さて、中村氏は同書のなかで、「ハイパーソニック・エフェクト」という興味深い研究について紹介している。それによると、可聴域の部分とそれを越える可聴域外の高周波成分が共に鳴っている場合、その高周波成分は、皮膚から脳に伝達されるらしい。皮膚から脳に伝達された高周波は、α波の増加やNK細胞の増加などを促進し、リラックス効果や健康を促進するという。

 皮膚の能力については、このブログでもこれまで「皮膚感覚」や「境界としての皮膚」、「1/f のゆらぎ」の項などで述べてきた。その中で紹介した“皮膚という「脳」”山口創著(東京書籍)という本にも、この「ハイパーソニック・エフェクト」のことが載っている。人(の一生)も“モノ”ではなく“コト”であるから、「“モノからコトへ”のパラダイム・シフト」(略してモノコト・シフト)の時代、人という“コト”の境界面に張り巡らされた「皮膚」について、これからもさらに勉強を続けたい。

 中村氏はまた、コミュニケーションの種類には一方向型、双方向型、同期(シンクロ)型、自己回帰型があり、音楽によるコミュニケーションは、伝わる情報量が多い「同期型」であるという。同期とは、以前「相転位と同期現象」の項でも書いたように、二つのリズムが相互作用して周期が一致し乱れがない状態を指す。中村氏は演奏家と聴衆との関係について、

(引用開始)

 これまでは、演奏家→聴衆という一方的な関係が主に語られてきましたが、同期型コミュニケーションという観点から振り返ると、実は、演奏家と聴衆というのは、同じ音の場に同期しながら存在しているのです。したがって、この両者の関係、聴衆の重要性を、捉えなおす必要があるのではないでしょうか。

(引用終了)
<同書 187ページ>

と書いておられる。モノコト・シフトの時代、音楽を含む「同期型コミュニケーションの場」が増えることは間違いないだろう。

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密息と倍音

2012年08月09日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 先日「呼吸について」の項で、胸式呼吸や腹式呼吸について言及したが、“「密息」で身体が変わる”中村明一著(新潮選書)によると、呼吸法にはこの二つのほかに「密息」という日本古来のやり方があるという。「密息」は、

(引用開始)

 ごく簡単にいえば、腰を落とし(骨盤を後ろに倒し)た姿勢をとり、腹は吸うときも吐くときもやや張り出したまま保ち、どこにも力を入れず、身体を動かすことなく行なう、深い呼吸です。外側の筋肉でなく、深層筋を用い、横隔膜だけを上下することによって行なうこの呼吸法では、一度の呼気量・吸気量が非常に大きくなり、身体は安定性と静かさを保つことができ、精神面では集中力が高まり、同時に自由な開放感を感じます。

(引用終了)
<同書 13ページ>

ということで、身体の安定性を重んじる武術や禅、茶の湯などの日本文化の原点にはこの呼吸法があるという。

 以前「リズムと間」の項で、

(引用開始)

 カナ一文字が最小の音声認識単位であるところの日本語の歌は、「拍」と「間」によって構成される。それに対して、シラブル(子音から子音への一渡り)が最小の音声認識単位であるところの英語の歌は、シラブルを繋ぐものとしての「ビート(脈動)」や「リズム(律動)」によって構成されるということがわかる。(中略)西洋の音楽は、粒子の連続だから「ビート(脈動)」や「リズム(律動)」が重要であり、日本の音楽は、一本の線だから「拍」や「間」による抑揚が大切なのであろう。

(引用終了)

と書いたけれど、日本文化にとって大切な「間」の感覚は、身体に安定性と静かさを齎す「密息」という呼吸法によって、さらに研ぎ澄まされてきたようだ。

 著者の中村明一氏は、日本の伝統楽器である尺八の演奏者である。氏によると、尺八の音楽には、「倍音(特に非整数次倍音)」が多く含まれているという。「倍音」とは何か。中村氏のもう一つの著書“倍音”(春秋社)から引用しよう。

(引用開始)

 音に含まれる成分の中で、周波数の最も小さいものを基音(きおん)、その他のものを「倍音」と、一般的に呼び、楽器などの音の高さを言う場合には、基音の周波数をもって、その音の高さとして表します。(中略)
 倍音の種類は、大きく二つの分けることができます。
 ひとつが、「整数次(せいすうじ)倍音」と呼ばれるものです。基音の振動数に対して整数倍の関係にあります。(中略)
 もうひとつが、「非整数次(ひせいすうじ)倍音」と呼ばれるものです。弦がどこかに触れてビリビリとした音を発することがあります。このように整数倍以外の何かしら不規則な振動により生起する倍音が「非整数次倍音」です。

(引用終了)
<同書 9−12ページ>

ということで、自然界が発する有機的な音には、非整数次倍音が多く混ざっている。

 以前「母音言語と自他認識」の項などで、日本人は母音を左脳で聴くと述べたけれど、中村氏によると、日本人は尺八などの伝統音楽も左脳で聴いているという。

(引用開始)

 音楽、言語、自然の音響について見てみると、西欧人の場合は、言語は左脳、音楽、自然の音響は、右脳。日本人の場合は、言語、音楽(日本の伝統音楽)、自然の音響はすべて左脳でとらえられています。日本人の言語、音楽、音響を結びつけているのは、「非整数次倍音」です。前章でも述べたように、日本の伝統音楽は「非整数次倍音」が出るように改造されている、つまり、より言語に近く、自然の音に近い音響が出るように工夫されています。

(引用終了)
<同書 31ページ>

日本列島に音響幅の広い母音言語が育ったのは、倍音(特に非整数次倍音)を多く含む自然・住居環境があったことが寄与していると思われる。西欧では、音がよく反射し、高い方の倍音が吸収されやすい自然・住居環境があったため、子音言語と基音を主体にした音楽が発展した。

 中村氏は、世界の音楽を基音・倍音構造によって調べ、今後の音楽の方向性について次のように述べる。

(引用開始)

 私たちは、いま、歴史的に大きな転換点に立っています。基音による音組織をもとに大きく発展してきた西洋音楽の発展は終焉を迎え、世界は倍音に重きを置いた音楽にシフトチェンジして行くでしょう。
 言語、音楽、それぞれ個別に発展し、飽和点に達した文化は、境界を越えて、大きな発展を迎えるスタートラインに立ったところです。

(引用終了)
<同書 242ページ>

 倍音豊かな音楽は、録音されたCDなどではなかなか再現することが難しい。以前「“モノからコトへ”のパラダイム・シフト」の項で「ミュージッキング」というコンセプトを紹介し、これからの“モノからコトへ”のパラダイム・シフト(略してモノコト・シフト)の時代においては、音楽もモノ(一方的な鑑賞の対象物)から、コト(あらゆる関係性に開かれたパーフォーマンス)へとその中心が移ってゆくだろうと書いたけれど、基音から倍音に重きを置いた音楽へのシフトチェンジも、モノコト・シフト時代の到来を示しているように思える。

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呼吸について

2012年07月17日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 “呼吸の極意”永田晟著(講談社ブルーバックス)という本を読んだ。呼吸という身体にとって重要なしくみについては、これまでも「体壁系と内臓系」や「自律神経と生産と消費活動について」の項で書いてきたが、やはり呼吸の面白いところは、それが内臓系を調整する自律神経(交感神経と副交感神経)の支配下にありながら、体壁系の筋肉(肋間筋と横隔膜)によって行なわれていることであろう。

 呼吸のうち、吸気は交感神経によって調整され、呼気は副交感神経によって調整される。脳幹にある呼吸中枢は、自律神経の調整を受けながら、肋間筋と横隔膜を収縮・弛緩させて呼吸運動を制御している。

 呼吸法には、胸式呼吸や腹式呼吸などあるが、とくに腹式呼吸によって呼気を意識的に行なうと、副交感神経がより刺激され、それによって内臓系器官の活動を促進できるという。“呼吸の極意”から引用しよう。

(引用開始)

 自律神経系のうち副交感神経につながる迷走神経は、延髄・橋からでていますが、同じ部位に呼吸中枢があるため、両神経間は強く関連しあっています。具体的には、呼吸運動の中で呼気が強くなると、迷走神経が興奮して呼吸が深まっていきます。逆に、迷走神経に障害がある場合は呼吸は浅くなってしまいます。このように呼吸運動は迷走神経によって影響され、逆に、呼吸運動次第で迷走神経活動をコントロールできるのです。
 さて、自律神経系は内臓を動かす筋肉をコントロールすることで、内臓などの器官の働きに影響を与えています。(中略)
 吸息が盛んになる、つまりたくさんの空気が激しく取り込まれると、副交感神経が抑制され、交感神経が興奮します。交感神経が活発になると、内臓の働きは抑制されます。反対に呼息運動が盛んになると、副交感神経が興奮し、交感神経が抑制されて、内臓の働きも活発になるのです。
 つまり、内臓の働きを促進させるのは副交感神経であり、とくに呼息中心の呼吸法が大切なのです。一呼吸置いたり、ため息をついたり、深く息を出したりなどのやり方によって、副交感神経が活発になり、内臓の働きが促進されます。

(引用終了)
<同書 56−58ページ>

交感神経と副交感神経」の項でも述べたように、副交感神経は内臓系器官の働きを促進するから、呼吸(とくに呼気)を意識的にゆっくりと深く行なうことで、内臓系の働きをより強くすることが出来るわけだ。

 呼吸運動が体壁系の骨格筋によって制御されるのは、肺に心臓の心筋にあたる不随筋が存在しないからだが、このことによってヒトは、逆に呼吸を意識的にコントロールすることができ、それによって内臓系器官の働きをある程度制御することができる。健康法として人気のあるヨガや気功が呼吸(とくに呼気)の重要性を強調するのは、そういう理由なのである。

 この本(“呼吸の極意”)には、血液をアルカリ性に保つ呼吸法や、血圧を下げる呼吸法、腹式呼吸を会得するための呼吸体操など、実際的なことも多く書かれているので、普段忙しい皆さんも是非一読されると良いと思う。

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水の力

2012年05月22日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 昨日皆さんのところでは、金環日蝕を観察することが出来ただろうか。私は屋上で専用眼鏡を使って、見事なオレンジのリングを見ることができた。先日のスーパームーン、昨年12月の皆既月蝕も良かったが、今回のリングは事の外素晴らしかった。長く記憶に残りそうだ。

 さて、最近「水」に関する本を、三冊続けて読んだ。一冊目は“水を守りに、森へ”山田健著(筑摩選書)で、この本については先日「多様性を守る自由意志」の項で紹介した。二冊目と三冊目は、“水の健康学”藤田紘一郎著(新潮選書)と“水とはなにか <新装版>”上平恒著(講談社ブルーバックス)である。良い機会なので、ここで「水」についての私の興味を纏めておきたい。

1. 水と健康とのかかわり

 水は人の健康に欠かせない。私の水に対する興味の第一は、水と健康とのかかわりである。“水の健康学”藤田紘一郎著には、水の持つ身体への影響、とくに飲料水におけるPH値や、ミネラルの含有量(硬度)、酸化還元電位などについてやさしく解説してあるので参考になる。

2. 水の非線形的な性質

 水は熱しやすくさめにくく、また凍りにくい。水は物質を溶かしやすく、クラスターを形成しやすい。“水とはなにか <新装版>”上平恒著によると、これらの性質の背景には、水が「水素結合」と「双極子能力」という二つの力を併せ持ち、他の同属元素に比べて分子間結合力が高いことが挙げられるという。以前「脳について」の項で、

(引用開始)

「脳のなかの水分子」(紀伊国屋書店)の著者中田力氏によると、脳にはニューロン・ネットワークの他にもう一つ高電子密度層があり、その仕組みが人の「内因性の賦活(自由意志や創造力、ひらめき)」を支えているという。

(引用終了)

と書いたことがあるけれど、この高電子密度層(とその下の間隙)は「水を神経伝達物質とするシナプス」だから、ここでも水が大きな役割を果たすと考えられている。水の非線形的な性質が、私の興味の第二である。尚、脳の高電子密度層と水分子との関わりを論じた中田氏の「渦理論」については、同氏の“脳の方程式+α ぷらす・あるふぁ”(紀伊国屋書店)により詳しい。

3.流域思想

 このブログでは、流域思想に基づいた街づくりを提唱しているが、流域の形成には勿論「水」の存在が欠かせない。先日「多様性を守る自由意志」の項で紹介した“水を守りに、森へ”山田健著(筑摩選書)は、その水を守ろうとする実践の書である。「流域思想」、あるいは水と社会との関わりが、私の水に対する興味の第三である。また、流域の歴史を勉強する上で、各地に残る水信仰も興味深い。

 水は人の健康を守り、意思を育て、流域と街をつくる大切な存在である。これからも「水の力」について様々な視点から勉強してゆきたいと思う。

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流行について

2012年02月28日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 「パラダイム・シフト」とは、その時代や分野において当然のことと考えられていた認識(パラダイム)が、革命的かつ非連続的に変化(シフト)すること、と定義される。今回は、このパラダイム・シフトという時代の大きな「変革」と、大衆が一過性で注目し人気を集める「流行」との相関について考えてみたい。

 パラダイム・シフトについては、先日「“シェア”という考え方」や「“シェア”という考え方 II」の項で挙げた、

私有    → 共同利用
独占、格差 → 分配
ただ乗り  → 分担
孤独    → 共感

世間    → 社会
もたれあい → 自立
所有    → 関係
モノ    → コト

といった内容をベースにしよう。この新パラダイム社会で、「森ガール」の項で取り上げたようなファッションや感性は、今後どのように変化していくのだろうか。

 先日「現場のビジネス英語“sleep on it”」の項で、ヒトは眠っている間に賢くなるという話を、“運がいいといわれる人の脳科学” 黒川伊保子著(新潮文庫)から引用したが、黒川さんの別の著書“夫婦脳”(新潮文庫)には、“感性の7年周期説”という面白い仮説が載っている。まずその部分を引用したい。

(引用開始)

 ヒトの脳には、感性の7年周期がある。
 前にも触れたけど、これは免疫の中枢である骨髄液が丸七年で入れ替わることに起因した、生理的なサイクルだ。
 生体は、外界刺激には反応しないと危ないが、その刺激が長く続くのであれば、適応しないとまた危ない。したがって、脳は、或る一定の刺激に対し、最初は反応するが、徐々に緩慢になって、やがてすっかり慣れる(飽きる)ように出来ているのである。(中略)
 この「何年もすれば、すっかり逆転」が、実は、個々に不確定な年限ではなく、骨髄液が入れ替わるサイクル=7年に沿っている。

(引用終了)
<同書 107-108ページ、フリガナ省略>

ということで、骨髄液の入れ替わりをベースに、夫婦の危機は7年ごとに訪れるというわけなのだが、黒川さんによると、この7年周期説、夫婦間だけではなく、大衆の流行現象などにも適応できるという。

 流行は、大衆全体が同時期に同じものを見聞きするので、社会全体で同時期に同じ傾向のものに飽きてくる現象が起こる。だから流行も7年周期で変わっていく。そしてこの7年周期は、さらに7年×4=28年の大きな周期をもって正反対の感性へと向かう、と黒川さんはいう。

 詳しくは同書を読んで判断していただきたいが、ここではこの「流行28年周期説」をベースに話を先へ進めてみよう。尚、この本は2010年12月に発行されている。

 2010年から28年前、社会はまだ古いパラダイムの時代である。当時大衆の間では「シャープ」や「辛口」が流行した。それに比べて今はどうか、そしてこれからの新パラダイム時代の流行はどうなっていくのか。さらに同書から引用する。

(引用開始)

 辛いものを好んで口にした当時の女の子たちは、口の利き方も辛口だった。結婚相手の条件に三高(高学歴、高身長、高収入)を挙げて、男たちを威嚇して翻弄したのも、「シャープが嬉しい時代」のワンレン、ボディコンの女子だったのである。
 それから二十八年後の今、車は丸く、女の子たちも、髪をカールして、フリルやリボンを配し、下着みたいにひらひらキラキラしたかっこうを楽しんでいる。おやつは甘さの時代に入り、コンビニスイーツやデパ地下スイーツの新作が季節ごとに話題になるのも、いまや定番。女の子たちの口の利き方も甘くなり、三低(低リスク、低依存、低姿勢)でいいそうである。
 そんなベタ甘の時代も、既にピークを過ぎている。そろそろ、凛々しさが戻ってくるはず。その予兆が、四角い車や、テレビドラマ「曲げられない女」あたりに匂ってきている。私たちは、超シャープな時代へ向かって、二十八年間の長い旅を始めたのである。

(引用開始)
<同書 112ページ、フリガナ省略>

いかがだろう。黒川さんによると、これからはまた「シャープ」な時代が来るという。

 新パラダイム社会における「シャープ」さがどのようなことを指すのかは、実のところ今の時点ではまだよく見えない。その流行は数年かかっておいおい学校や街角に姿を見せるのだろう。ただ、上に挙げたパラダイム・シフトの中に、

もたれあい → 自立

という項目が在る。従ってこれからのシャープさには、少なくとも「ベタベタしたもたれあい関係」から「凛とした精神的自立」へ、という感性が含まれると思われるが、皆さんはどう予測されるだろうか。

 ファッションについては「森ガール」の項で、

(引用開始)

「森ガール」が成長しそのファッションがさらに洗練されてくれば、日本古来の「和服」とも融合(fusion)し、近代以降の日本の服装として社会生活に定着していくのではあるまいか。

(引用終了)

などと書いたけれど、それがシャープさとどう結びつくかはまだ謎である。先日「なでしこジャパン」の澤穂希選手が国際サッカー連盟の授賞式で素敵な和服姿を見せてくれたが、もしかするとあれはその片鱗なのであろうか。

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“モノからコトへ”のパラダイム・シフト

2012年01月31日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 先日「“シェア”という考え方」の項で、“シェア”の時代にとって大切なテーマの一つとして、“モノからコトへ”のパラダイム・シフトを挙げた。今回はこのテーマについて掘り下げてみたい。まず同項からその部分を引用しておこう。

(引用開始)

 シェアという「コト」の分析には、アフォーダンスや言語、エッジ・エフェクトや境界設計といった「関係性」の人間科学、免疫学(生物学)や気象学、流体力学や波動力学、熱力学といった「コトの力学」の応用が必要だと思われる。

(引用終了)

ここで述べたのは学問分野だが、「“モノからコトへ”のパラダイム・シフト」はそれに留まるものではなく、ビジネスやアート、街づくりなどといった広範囲な社会現象として捉えることができると思う。街づくりに関しては、先日「場所のリノベーション」の項で、

(引用開始)

 「三低主義」にせよ「場所のリノベーション」にせよ、これからの街づくりには、その街に住む人々や建築家の「場」に対する感度が問われているのである。

(引用終了)

と書いたように、建物という「モノ」自体よりも、「コトの起こる場」の力を大切にする考え方が重要になってくると思われる。

 アートに関しては、“ミュージッキング”クリストファー・スモール著(水声社)という本が参考になるだろう。精神科医齋藤環氏の書評を引用する。

(引用開始)

 “音楽というモノ”は存在しない。著者は断言する。あるのはミュージッキングなのだと。それは作曲家や演奏家の専有物ではない。リスナーも、ダンサーも、ローディーも、チケットのもぎりも、およそ音楽に関わるすべての人々は、ミュージッキングに参加している。
 そう考えることで、音楽は一方的な鑑賞の対象であることをやめ、あらゆる“関係性”に開かれたパーフォーマンスとなる。この視点から、とあるシンフォニー・コンサートの成立過程が詳しく検討される。そこで何が起こっているのか。
 ミュージッキングとは関係することだ、と著者は言う。それは「関係を探求し、確認し、祝う」ことなのだ。
 音楽の精神分析が難しいのはなぜか。ようやくその謎が解けた。分析において重要なのは「否定」や「否認」だ。しかし音楽には「否定」がない。そこにあるのは祝うこと、すなわち存在の肯定なのである。

(引用終了)
<朝日新聞 10/30/2011>

このような「モノ」から「コト」への関心のシフトは、音楽だけではなく、他のアート全般についても云えるのではないだろうか。先日“「本屋」は死なない”という書籍について書いた「本の系譜」という考え方も、本という「モノ」から、系譜や繋がりという「コト」への関心のシフトを示している。

 ビジネスの関しては、以前「仕事の達人」の項で紹介した、アップルの創業者スティーブ・ジョブズの創造性の法則の一つ、「製品を売るな。夢を売れ。」というフレーズを再度引用しておきたい。製品という「モノ」ではなく、夢や感動という「コト」を売ること。それがこれからのビジネスの中心的パラダイムとなるに違いない。

 学問分野に戻れば、生物学において最近注目されている「エピジェネティクス」なども、遺伝子という「モノ」から環境と細胞との相互作用という「コト」への関心のシフトを示している。生物学者福岡伸一氏の昨年末の書評から、“エピジェネティクス”リチャード・フランシス著(ダイヤモンド社)に関する部分を引用しておこう。

(引用開始)

 世界の成り立ちをどう捉えるか。それは、遺伝子万能論を脱しつつある生命観の問題についてもいえる。生物の姿かたちを変えるのは遺伝子上の突然変異だけではない。旧来の遺伝学(ジェネティクス)の外側(エピ)で生じている新しいパラダイムシフト。

(引用終了)
<朝日新聞 12/25/2011>

 以上見てきたように、「“モノからコトへ”のパラダイム・シフト」は、“シェア”という時代コンセプトと手を携えて、ビジネス、アート、街づくり、科学など、多くの領域に広がっている。今後もこの現象について様々な角度から考えてゆきたい。起業のヒントが多く眠っている筈だ。

 最後にもう一言付け加えておくならば、「コト」に関して重要なのは、そこには必ず固有の「時間と空間」が関わっているということだ。「モノ」においては、それが作られた固有の「時間と空間」は内部に凍結している。「コト」においてはそれが動いている。逆に云うと、自分が気に入った「時間と空間」に注目してゆけば、必ずそこで起こっている素敵な「コト」に出会うことができるということである。そしてまた、「モノ」であっても、自分が気に入った「モノ」をよくよく観察していれば、やがて、それが作られたときの「時間と空間」が解けて見えてくるかもしれないということでもある。

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イームズのトリック

2012年01月03日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 以前「マップラバーとは」の項で、“世界は分けてもわからない”福岡伸一著(講談社現代新書)に関して、

(引用開始)

 ところで、福岡氏のこの著書には、もう一つ「イームズのトリック」という面白い話題がある。それについてはまた後日触れてみたい。

(引用終了)

と書いた。今回はこのことについて考えてみたい。家具のデザインで有名なチャールズ・イームズとレイ・イームズは、「パワーズ・オブ・テン」という映像作品を作ったことでも知られている。パワー・オブ・テンとは10のn乗という意味で、その作品とは、10のn乗単位でカメラをズームイン・ズームアウトさせ、世界の階層構造を映像によって示そうとしたものだ。イームズのトリックとは、この作品に関する話だ。福岡氏の著作からその部分を引用しよう。

(引用開始)

 しかしながら、イームズのすばらしい映像にはひとつだけトリックがあった。解像度を上げて対象を拡大すればその視野はより暗くなる、というシンプルな物理学的事実が捨象されていたことである。
 生体のある細胞組織を顕微鏡で観察するとしよう。四十倍の倍率からパワー・オブ・テンを一段あげて四百倍としたとき、視野はどうなるだろうか。視野のフレームの大きさ自体はかわらない。かりに視野が正方形で、四十倍の時に見えていた映像を縦横10 x 10の方形のグリッドで分割したとすれば、その1 x 1のグリッドのひとつが縦十倍、横十倍に拡大されて、四百倍の際のフレームの縦横に貼り付けられた、ということである。だから、新しい視野に拡大して捉えられた映像は、もとの視野にあった百分の一のグリッドを切り取ったものである。そして切り取られたものは映像だけではない。映像とともに明るさも切り取られているのだ。新しい視野を照らしているのは、四十倍の視野の明るさの百分の一の光でしかない。
 したがってもし顕微鏡の倍率を十倍だけ上げると何が起こるか。それは視野が暗転するということである。そしてさらに重要な事実は、もともと見えていた視野のうち99%はその光とともに失われてしまったということである。
 イームズの映像は、倍率をどんなに上昇させても、視野はどこまでも同程度に明るかった。解像度が上がる快感だけが表現されることになった。
 暗転した視野の内に見えるもの。そしてその外に捨象されてしまったものの行方について、何かを語ることができれば良いと私は願う。

(引用終了)
<同書 42−43ページ>

ということで、イームズのトリックとは、光の量と対象の大きさとの問題であった。狐につままれたような話だが、一見科学的と思えるこのような作品にトリックが潜んでいようとは、普通なかなか気付かない。このトリック、倍率がさらに上がって、対象が可視光の波長よりも小さくなれば、単に暗くなるだけでなく、可視光のままでは対象を解像できなくなる。その場合、電子顕微鏡やSPM(走査型プローブ顕微鏡)で見たり放射光を使ったりするわけだが、そうなると対象物への影響(吸収、散乱など)も出てくるから、結果の分析も一筋縄ではいかない。様々な要因を解析して総合的にみなければならないわけだ。最終的にはそれこそ“世界は分けてもわからない”のかもしれない。

 このような極限の世界について、我々は知っているようでまだまだ理解していないことが多い。最近、素粒子ニュートリノが光よりも速く動いたという測定結果や、質量の起源とされるヒッグス粒子の発見が近づいたというニュースが話題になっている。トリックにひっかからない為にも、我々はこれらの研究を専門家任せにするのではなく、先日「鉄と海と山の話」の項で触れた“境界学問”の精神を持って、いろいろな角度から勉強・照合していかなければならないと思う。

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気象学について

2011年09月13日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 気象学が面白い。といっても素人レベルの話で、“図解 気象学入門”古川武彦・大木勇人共著(講談社ブルーバックス)や“天気と気象 増補改訂版”(ニュートン別冊)、“謎解き・海洋と大気の物理”保坂直紀著(講談社ブルーバックス)などを読んで勉強しているところだ。

 ここで私の気象学についての興味を纏めておきたい。

1. 実用面

仕事や旅行計画などのための天候予測。もっとも今年の台風6号の不思議な動きには翻弄された。

2. 身体活動との相関

自律神経(交感神経と副交感神経)と気象(気温、気圧、四季など)との相関を弁えることで、「人生系と生命系」の物語を上手く同期させること。人生の達人への道。

3. 複雑系の実例として

コリオリ力、比熱・潜熱、レイノルズ数、ナビエ・ストークス方程式、エクマンらせん、西岸強化、ロスビー波、深層循環などなど、気象学は複雑系科学の宝庫であり、それらは社会現象の分析にも応用できそうだ。

 以前「免疫について」の項で、免疫に関する私の興味を以下の三つに纏めたことがある。

1. 健康管理面
2. 自律神経と生産と消費活動について
3. 免疫学の社会科学への適応

いまこの三つを気象学への興味と並べてみると、同じような構造になっていることに気付かされる。

 特に3.の社会科学への適応については、「環境におけるエネルギーの循環」という視点からして、気象というマクロコスモスと、人体というミクロコスモスとの両面から、その中間にある人と社会というメゾコスモスを分析するということで、なかなか理に適っていると思うがいかがだろう。

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人生系と生命系

2011年09月06日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 このブログでよく紹介する新潟大学の安保徹氏の本を再読していたら、「人生系と生命系」という対比があった。その本“40歳からの免疫力がつく生き方”(静山社文庫)から該当箇所を引用したい。

(引用開始)

 私たちはふたつの物語を生きています。人生系の物語と生命系の物語がそのふたつです。人生系の物語の主人公は、何かをしたい私、つまりエゴです。エゴはひとりひとり切り離された他者を意識します。エゴは他者と関わりををもち、組織と関係し、集団と関係します。生きていく力、原動力は、他者よりもよりよく生きたいという願いでしょう。
 エゴにとっての継続性は所属する文化にあります。文化によって自己を形づくり、エゴが滅びたあとも文化は残ります。これが人生系のシステムの姿です。進化の歴史からいえば、ごく最近になって上積みされた大脳前頭前野がエゴの存在する根拠です。
 もうひとつの物語である生命系は、全体でひとつなのです。人生系は孤立したエゴがせいぜい100年足らずの時間帯をもっているのに比べ、38億年の奥行きをもち、生きとし生けるすべてのものとつながり、全部が一体です。巨大な一とばらばらの一。このふたつの交わりにくい物語系を同時に生きているのが、私たちひとりひとりの人間なのです。

(引用終了)
<同書39−40ページ。振り仮名は省く>

安保氏の云う人生系=エゴとは、個人の脳(t = 0)と身体(t = life)が紡ぐ物語であり、生命系とは、身体(t = life)と自然(t = ∞)とが織りなす物語である。人生系の物語は基本的に「脳」がリードしていくのに対して、生命系の物語は「身体」が主役となる。

 以前「自律神経と生産と消費活動について」の項で、

(引用開始)

多く場合、活動的な体調が「生産」の緊張を支え、リラックスした体調が「消費」の心理状態を支えている。従って、「生産」には交感神経優位の体調が必要で、「消費」には副交感神経優位の体調が必要といえる。すなわち、

「生産」:交感神経優位
「消費」:副交感神経優位

という対比が可能になるわけだ。

(引用終了)

と書いたけれど、安保氏の云う人生系の物語は、「何かをしたい私」が主役ということで、「生産」:交感神経優位の活動であり、生命系の物語は、「身体」が主役ということで、「消費」:副交感神経優位の営みのように思われる。

 とすれば、人生系と生命系という「交わりにくいふたつの物語」を調和させるには、自律神経(交感神経と副交感神経)を上手くコントロールすることが大切になるだろう。

 先日「1/f のゆらぎ」の項で、

(引用開始)

この「1/f ゆらぎ」の特徴は、振幅が小さいほど振動数が多く、振幅が大きいほど振動数が少ないというもので、星の瞬きからそよ風、心臓の鼓動や脳のα波に至るまで、心地よく感ぜられる自然現象に多く見られるという。

(引用終了)

と書いたけれど、人生の達人と呼ばれる人々は、「交わりにくいふたつの物語」をそよ風にでも準(なぞら)え、振幅が小さい呼吸や脈拍、脳波といった振動から、振幅が中位の昼と夜、気圧と気温、仕事と休息といったリズム、さらには幼年期、青年期、壮年期、老年期といった人生の大きな波動を、「1/f のゆらぎ」の要領で上手く同期(synchronize)させているのかもしれない。

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1/f のゆらぎ

2011年08月16日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 自然界には「1/f のゆらぎ」(もしくは「1/f ゆらぎ」)と呼ばれる興味深い現象がある。“宇宙の不思議”佐治晴夫著(PHP文庫)から引用しよう。佐治氏は、時間や空間の中の場所が変わっていくにつれて、ある物理的な性質や状態が変化していく様子を表す「ゆらぎ」について、「フーリエ変換」や「スペクトル分解」などの分析方法を説明した後、

(引用開始)

 さて、宇宙から生体まで、一般の自然現象の中に見られる「ゆらぎ」をこのような方法で調べてみると、それぞれの成分波の強さが、その波の振動数に反比例している場合が多く見受けられます。ここで振動数をf で表せば(振動数の英語frequencyの頭文字ですね)、この性質は、成分波の強さが1/f に比例するということですからこれらを「1/f ゆらぎ」とよんでいます。

(引用終了)
<同書60ページ>

と解説しておられる。この「1/f ゆらぎ」の特徴は、振幅が小さいほど振動数が多く、振幅が大きいほど振動数が少ないというもので、星の瞬きからそよ風、心臓の鼓動や脳のα波に至るまで、心地よく感ぜられる自然現象に多く見られるという。

 以前「境界としての皮膚」の項で紹介した“皮膚という「脳」”山口創著(東京書籍)によると、皮膚を優しくなでるとこの「1/f のゆらぎ」振動が発生し、なでられた人は心地よく感じるという。このゆらぎ振動はどのように脳に伝わるのか。

(引用開始)

 それでは「1/f ゆらぎ」の振動は、どのようにして脳に届いているだろうか。
 ひとつの可能性は、皮膚にある4種類の感覚受容器がなでられた皮膚の振動を知覚して、それが電気的信号に変換されて神経を伝って脳へ届き、「1/f ゆらぎ」を感知して心地よさを感じるということになる。もちろん、この可能性を否定するのでは無いが、ここでは別の可能性を提案したい。
 それは、なでられた皮膚の振動が皮膚上を伝って頭部まで届き、それが脳に伝わっている可能性である。
 なぜならこの仮説は、ゾウリムシが外部からの皮膚(細胞膜)への刺激によってカルシウム振動を起こしていること、さらには隣接する細胞へ伝達している状況と極めて類似するからである。私がこの仮説にこだわるのは、第2章で述べた、可聴帯閾外の高周波音が皮膚の振動として脳に伝わっている可能性ともリンクしている。

(引用終了)
<同書131−133ページ。強調傍点は省く>

 以前「皮膚感覚」の項で、皮膚に関する興味視点を三つに纏め、その二つ目に体表と経絡ネットワークを挙げた。以下再度引用しよう。

(引用開始)

 二つは、体表と経絡ネットワークについてである。傳田氏は、自らの体験なども踏まえて、体表(表皮)そのものに、神経系・循環器系とは別の「経絡ネットワーク」とでもいうべき情報経路が存在するのではないか、と推察されている。以前「脳について」のなかで、脳内の情報伝達の仕組みについて、ニューロン・ネットワークの他にもう一つ高電子密度層があり、その仕組みが人の「内因性の賦活」を支えているという説に言及したけれど、体表そのものに神経系・循環器系とは別の情報経路が存在するという説は、人の脳と身体を考える上で大変興味深い。

(引用終了)

皮膚上の「1/f のゆらぎ」振動は、この経絡ネットワークを伝って頭部まで届いているのだろうか。

 「1/f のゆらぎ」のもう一つの特徴は、部分の中に全体が、全体の中に部分が含まれているような性質である。“宇宙の不思議”(PHP文庫)から再び引用しよう。

(引用開始)

 またあとで、あらためてふれたいと思いますが、私たちをとりまくこの自然界は、部分の中に全体が、また逆に考えれば、全体の中に部分がそのままふくまれている性質が内在しているようです。それは、いうなれば、ひとつの人形の中に、小さいけれども同じ形をした人形がつぎつぎにはいっているロシアの有名な民芸品マトリョーシカに見られるような「入れ子構造」とでもいえるような性質です。
 このような性質を数学の世界では「フラクタル」といっていますが、前にお話しした「1/f ゆらぎ」も、変動の様子を詳しく調べると全体と部分の変動が、きわめて似た形をしていて、「フラクタル」の代表例であると考えられているのです。

(引用終了)
<同書99ページ>

「1/f のゆらぎ」は「ベキ法則」(もしくは「ベキ則」)の一種である。ベキ法則については、以前「ハブ(Hub)の役割」や「リーダーの役割」の項で、平均値や分散値が捉えられないスケールフリー・ネットワークとして説明したが、このスケールフリー・ネットワークも、特徴的なスケールを持たないという点で実はフラクタル的現象の一つである。

 そしてこの「フラクタル」性に注目すると、その先には、コッホ曲線、マンデルブロー集合、カントール集合、ブラウン曲線、DLA(Diffusion-Limited Aggrigation)、等角らせんなどといった多くの非線形科学現象が姿をあらわす。さらに、等角らせんはフィボナッチ数列を介して黄金比の話に繋がっている。

 心地よさの本質、皮膚振動の脳への伝達経路、フラクタル性などなど、「1/f のゆらぎ」とその関連現象への興味は尽きない。

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不変項

2011年07月24日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 前回「“わたし”とは何か III」の項で、近親者や友人に見守られている自分の居場所について、

(引用開始)

ここでいう「居場所」とは、物理的な場所ではなく、人から見守られているという精神的な安心感のことである。(中略)この安心感があればこそ、人は「至高的存在」に近づく作業に専念できるのだ。

(引用終了)

と書いたけれど、物理的な場所(物)であっても、優れたものは、充分精神的な「居場所」足り得る。たとえば、異郷に暮らす人にとっての一枚の懐かしい写真、求道者にとっての一冊の聖なる本、里に暮らす人々にとっての奥山、都会に暮らす人々にとっての駅前広場の一本の木、商店街の灯りなどなど。

 「わたし」にとって身近なもの、身の回りに常にある物、環境の中にあって変わらない場所、自分を確認できる優れた場所や物は、「アフォーダンス」で云うところの「不変項」という概念に近い。“アフォーダンス―新しい認知の理論”佐々木正人著(岩波書店)から不変項について引用しよう。

(引用開始)

 不変なテーブルの知覚を可能にしているのは、変形があらわにする対象の性質である。テーブル板の場合、知覚者の視点の移動によってさまざまな台形に変形するが、そのようにしてつぎつぎと現れる台形の四つの角と辺の関係には常に変化しない一定の比率がある。テーブルが正方形の場合と長方形の場合とでは、この四辺がなす「不変な比率」は異なる。この不変な比率が、テーブル面が正方形か長方形か、すなわちどのような「姿」であるのかを特定する。
 ギブソンは、この変形から明らかになる不変なものを「不変項(インバリアント)」と呼んだ。

(引用終了)
<同書48−49ページ>

 目まぐるしく変転する生活環境の中にあって、自分を確認できる優れた場所や物は貴重である。近親者や友人の存在とともに、そういった場所や物があってこそ、人は「至高的存在」に近づく作業に専念できるのだ。

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“しくみ”と“かたち”

2011年06月21日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 以前「体壁系と内臓系」の項で、三木成夫氏の著書“海・呼吸・古代形象”(うぶすな書房)から、以下の部分を引用した。

(引用開始)

 まず、体壁系は、その感覚機能と運動機能を仲介する「神経系」の中枢部――『脳髄』によって、それは代表される。これに対し、内臓系は、その呼吸機能と排泄機能を仲介する「循環系」の中心部――『心臓』によって、同じように代表される。前者の“脳”そして後者の“心臓”……。これらはいうなれば、だれもが口にする“あたま”と“こころ”の、それぞれの象徴なのである。

(引用終了)
<同書146ページ>

 三木氏はその著書“生命形態学序説―根原形象とメタモルフオーゼ―”の中で、この“あたま”と“こころ”という双極性をさらに発展させ、生命形態学の観点から、あたまが考える“しかけしくみ”と、こころが観ずる“すがたかたち”という、もう一つの双極性に言及しておられる。

(引用開始)

 このことから、いったいわれわれ人間というものは、おなじ自然の構造を、ある時は“しかけしくみ”をもつ研究・実用の対象として、ある時は“すがたかたち”をもつ鑑賞・造形の対象として、まったく別々に眺めるものであるということを知るのである。いわゆる“見る眼”によって、この自然の現実は著しく異なったものとなってくるのであって、それは「ひとつの森を眺める画家と不動産業者」の例をひくまでもなく明らかなことであろう。
 以上で自然の構造とは、人為のそれのように機械と文芸の双極の間に順序よく排列される、そうしたものではなく、じつは、それを見る人間の眼によって、ひとつのものが、ある時は機械製作の手本――“しかけしくみ”をもったもの――として、またある時は文芸製作の対象――“すがたかたち”をもったもの――としてまったく別々に映る、そのようなものであることが分ったのではないかと思う。

(引用終了)
<同書213−214ページ>

すなわち、

Α 体壁系、“あたま”
α あたまが考える“しくみ”

Β 内臓系、“こころ”
β こころが観ずる“かたち”

という対比が可能となるわけだ。

 ここで「体壁系と内臓系」の項で述べた、「近」と「遠」の対比を思い起こしていただきたい。

(引用開始)

動物器官としての体壁系が「近」と相関し、植物器官たる内臓系が「遠」と呼応していること。自力栄養のできない動物たちが、獲物を取るために誂えた身の周り=「近」に反応する能力。自力栄養を行う植物たちが、太古の昔から持つ自然=「遠」に共振する能力。その二つを示すのが、「近」の思考を示すロダンの“考える人”と、「遠」を観得する広隆寺の“弥勒菩薩”であるという。

(引用終了)

すなわち、

Α 体壁系、“あたま”
α あたまが考える“しくみ”、「近」への反応

Β 内臓系、“こころ”
β こころが観ずる“かたち”、「遠」との共振

という対比が可能となる。

 三木成夫氏の生命形態学の本質は、この「遠」との共振から、「おもかげ」「原形」を探り、生命の個体発生と宗族発生との相関を跡付けたことにある。そしてその先に、西原克成氏の「重力進化学」が生み出されたのである。

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