夜間飛行

茂木賛からスモールビジネスを目指す人への熱いメッセージ


ビタミンとミネラル

2017年01月17日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 このブログではこれまで、健康に関する記事をいくつか纏めてきた。

活性酸素
酵素の働きと寿命との関係
食品添加物
短鎖脂肪酸
交感神経と副交感神経 II
皮膚とシステム
脳と身体 II
重力進化学 II

などなど。ここでは備忘録的に栄養素としての「ビタミンとミネラル」を(簡単な説明と共に)列記しておきたい。特にビタミンは分類が複雑で覚えるのが大変だ。『世界一やさしい! 栄養素図鑑』牧野直子監修(新星出版社)という本によって整理してみよう。初心者向けの本だが栄養素毎にキャラのイラストがあって覚えるのが楽しい。

 まずはビタミンから。ビタミンは他の栄養素と違ってエネルギーや身体の組織をつくる成分にはほとんどならないが、他の栄養素がスムーズに働くようにサポートする役割を持っている。身体に不可欠なビタミンは13種類あって、大きく<脂溶性ビタミン>(油に溶けやすく熱に強いタイプ)と<水溶性ビタミン>(水に溶けやすく熱に弱いタイプ)の二つのグループに分かれる。

<脂溶性ビタミン4種類>

〇ビタミンA:皮膚や粘膜の細胞を活性化させる。油と一緒に取ると吸収率アップ。
〇ビタミンD:カルシウムの吸収を助ける。日光に当たるだけでも合成される。
〇ビタミンE:活性酸素から身体を守る。血行促進効果で冷え性を予防する働きも。
〇ビタミンK:血を止める働きを助ける。骨を丈夫にする働きもある。

<水溶性ビタミン9種類>

〇ビタミンB群(8種類):
ビタミンB1:糖質の代謝を助け、疲労回復に役立つ。イライラ解消効果も。
ビタミンB2:脂質の代謝を助ける。ダイエットやニキビ予防の味方。
ナイアシン:アルコールの分解を助ける働きがある。三大栄養素の代謝にも関わる。
ビタミンB6:タンパク質の代謝をサポートする。皮膚炎を予防する働きもある。
ビタミンB12:葉酸とともに貧血を予防する。神経伝達を正常にする働きも。
パテントン酸:ストレスを和らげる働きがある。生活習慣病予防にも役立つ。
ビオチン:コラーゲンの生成を助け、美肌や健康な髪の毛を保つ働きがある。
葉酸:赤血球やDNAの生成を助ける。葉野菜やレバーに豊富に含まれる。
〇ビタミンC:免疫力を高めたり、活性酸素の働きを働きを抑える効果がある。

以上だが、各栄養素の含まれる食品については本書に例が載っている。また、ビタミンB群8種類は一緒に摂取することが望ましいという。

 次はミネラルについて。ミネラルとは鉱物という意味で、歯や骨の材料になったり身体の調子を整える働きがある。栄養素として欠かせないミネラルは現在16種類。

〇カルシウム:丈夫な骨や歯を保つために必要。神経伝達や血圧を正常にする働きも。
〇マグネシウム:骨を構成するミネラルの一つ。ストレスによって失われやすい。
〇鉄:赤血球の主成分のヘモグロビンの材料になる。不足すると貧血の原因に。
〇ナトリウムと塩素:体内の水分量をコントロールする重要なミネラル。過度摂取は高血圧の原因に。
〇カリウム:細胞内のナトリウム量を正常に保ち、血圧を調整する働きがある。
〇リン:骨や歯の材料となるが、過剰摂取すると骨粗鬆症の原因になる。
〇亜鉛:味蕾細胞をつくるのを助ける。不足すると味覚異常を引き起こすことも。
〇硫黄:爪や髪の毛の構成成分になったり、有害ミネラルの蓄積を防ぐ働きがある。
〇銅:鉄の働きをサポートし、貧血を予防する。
〇ヨウ素:甲状腺ホルモンの材料となる。きれいな髪の毛を保つ働きも。
〇セレン:細胞の老化を予防する働きがある。
〇マンガン:発育期の骨の成長を助け、DNAの合成にも関わる。
〇モリブデン:肝臓や腎臓で働き、プリン体を尿酸に分解する。
〇クロム:血糖値やコレステロール値を正常に保つ働きがある。
〇コバルト:腸内でビタミンB12にかわり、赤血球の生成を助ける。

以上だが、各ミネラルの含まれる食品についても本書に例が載っている。また、摂取量は少なすぎても多すぎても問題があるので、適量を摂ることが望ましいという。

 ここまで、ビタミンとミネラルを列挙したが、詳細の働きについては本書や類書、さらには専門書にあたって理解を深めてほしい。ビジネスは身体が資本だ。これからも健康に留意して頑張っていただきたい。

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モノコト・シフトの研究 IV

2016年11月22日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 このブログでは、21世紀はモノコト・シフトの時代だと書いている。モノコト・シフトとは、「“モノからコトへ”のパラダイム・シフト」の略で、二十世紀の大量生産システムと人の過剰な財欲による「行き過ぎた資本主義」への反省として、また、科学の還元主義的思考による「モノ信仰」の行き詰まりに対する新しい枠組みとして生まれた、(動きの見えないモノよりも)動きのあるコトを大切にする生き方、考え方への関心の高まりを指す。

モノコト・シフトの研究
モノコト・シフトの研究 II
モノコト・シフトの研究 III

 モノコト・シフトは、地球規模のパラダイム・シフトではあるけれど、国や地域によってその進展は斑模様だし、同じ国や地域でも社会階層によって進み具合は異なる。一般的にいって先進国や先進地域ほど浸透が早いようだ。

 モノコト・シフトは、人々のbehavior(ふるまい)の表層から思考の深層にまで及ぶパラダイム・シフトである。

 表層的には、「クラフトビールの研究」の項で述べたような“「皆と同じ」から「それぞれのこだわり」へ”といったトレンドとして、あるいは「“モノ”余りの時代」の項で書いたような「モノ経済」bの余剰として、さらには「熱狂の時代」の項で述べた、イベントへの熱狂として観察できる。

 深層的には、「重力進化学 II」や「時間と空間」の項で紹介した「質量のないエネルギー(光・熱・重力)」の重要性に対する気付きとして、あるいは「共生の思想」の項などで述べた、エピジェネティクス研究の深化としてある。

 ふるまいの表層が思考に影響を与えることもあるが、思考がふるまいに影響を及ぼすことの方が普通だから、エピジェネティクスや「質量のないエネルギー」の重要性に対する気付きが、モノコト・シフトの本質を成すと言ってよいと思う。

 思考から、自己の身体や自分がいる場所の力を外さないこと。対象を数としてではなくエネルギーとして捉えること。さまざまなコトを通してそのエネルギーを感じること。そういうモノコト・シフトの本質を理解した人が、これからのビジネスをリードしてゆく筈だ。

 事象は固有時空層を成してすべて繋がっている。モノ(物質)に対しても、人はその中に潜むエネルギーを感じ取ろうとするだろう。効率よりも効用。近代以前、人々はずっとそうしてきた。日本人の「もったいない精神」もそういう気持ちの表れだ。しかし近代以降、とくに二十世紀の大量生産システムが世の中を席巻して以来、人はモノの効用よりも利用効率を優先するようになった。モノコト・シフトが進む地域・階層では、人は効率よりもまた効用を優先するようになるに違いない。

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時間と空間

2016年11月15日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 前回「重力進化学 II」の項で、『生命記憶を探る旅』西原克成著(河出書房新社)の中から、

(引用開始)

 このほか、量子物理学の盲点の克服による物質とエネルギーで構成される宇宙の実相の正しい理解、つまり「宇宙は質量のある“物質”と、エネルギーである“空間”と“時間”から成り立つ、シンプルなものである」ということに対する理解が必須です。

(引用終了)

という文章を引用したが、今回はこの「エネルギーである“空間”と“時間”」という考え方について敷衍してみたい。まずは同著の時空論を引用しよう。

(引用開始)

 それでは、質量のない「エネルギー」と質量のある「物質」の二系統から成り立っている宇宙について、もうすこしつきつめて考えてみましょう。
 宇宙には「時間」と「空間」と、「物質」(matter)と「物質が内蔵する光と熱、重力」という「エネルギー」が存在します。それぞれ独立して存在している星々と、宇宙空間に存在するエネルギーの第一は、「時間」です。これがエネルギーであることは、化学の「反応速度論」を考えれば自明です。
 次が「空間」です。光や熱や物体が走行する宇宙の「空間」もまた「質量のないエネルギー」であることも自明です。では「光」はどうかというと、多くの量子物理学者が、はじめから光が単独に存在するエネルギーだと誤解しているようですが、光は「光源」という質量のある物質をその源としていて、これも「重力」と同じく、その強さは発光している物体の反応系の質量に比例し、距離の自乗に反比例します。
「熱」もまた、摩擦熱、化学反応熱、衝突・爆発熱と、すべて「質量のある物質」にその源があります。そして、その強さも発熱反応系の質量に比例し、距離の自乗に反比例するのです。
 謎とされる「重力」(引力)は、古典物理学のニュートンの公理にあるごとく、「万物(質量のある物質)がもつ力」です。じつはこの「光」と「熱」と「重力」が質量のある物質(元素の化合物の複合体)に備わった本性の、それぞれ異なる三つの側面であるにちがいないのです。
 このことに、これまで誰も気づかなかったのです。

(引用終了)
<同書 172−173ページ>

ここで、「時間」と「空間」とがエネルギーであることは「自明」のこととされている。それでは議論が深まらないから、もう少し別の角度から考えてみよう。

 前回「重力進化学 II」の項で紹介したように、西原氏はエネルギーについて、

1 重力を含む「環境エネルギー」
2 動物の動きで生じる「生命体エネルギー」
3 ミトコンドリアによる「エネルギー代謝」
4 蛋白質とミトコンドリアとの「相互作用」
5 心臓脈管系と骨格筋肉細胞との「相互作用」
6 細胞の「モデリング」(成長・発育・老化など)

と分類したわけだが、「時間と空間」(時空)はそれらすべてと個別的・直接的に関わっている。だから西原氏は、時空がエネルギーであることは「自明」と述べておられるわけだ。

 このブログでは以前「複眼主義の時間論」の項で、ET=kW(Eはエネルギー、Tは固有時間、Wは固有空間、kは定数)という式を紹介し、時間と空間は、エネルギーの関数(函数)であるとした。関数とは元の集合の写像・言い換えだから時空=エネルギーという言い方でもいいが、このような数式の方が理解しやすいかもしれない。エネルギーは「質量のないエネルギー(光・熱・重力)」と「生体エネルギー」の二つに大別できるがこの式はどちらにも対応する。

 大切なことは、「背景時空について」の項で述べたように、実際の時空は、人の脳が抽象的に仮想する「背景時空」とは違い、あらゆるエネルギー活動と一体であるということだ。この、時間と空間(時空)はエネルギーそのものである(もしくは、時空はエネルギーの関数である)という考え方は、「時間論を書き換える」の項で述べたように、日本人科学者発による知見として、これからじわじわと世界に広まってゆくに違いない。

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重力進化学 II

2016年11月08日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 今年の夏、『生命記憶を探る旅』西原克成著(河出書房新社)という本が出版された。著者の西原氏については、以前「重力進化学」の項でその理論を紹介したことがある。本書は、三木成夫の生命形態学を丁寧に概観した上で、西原氏が継承・発展させた理論(重力進化学)をわかりやすく解説したもの。副題に「三木成夫を読み解く」とある。三木成夫については「三木生命形態学」の項などをお読みいただきたい。

 本書の目次は以下の通りとなっている。

序章  「胎児の世界」が指し示す生命の歴史
第1章 三木成夫だけが見抜いていた科学的な真実
第2章 ダーウィニズムからの脱却 
第3章 三木成夫の生命の形態学を検証する
第4章 わが「重力進化学」は三木学説の発展形
第5章 「生命記憶」を探る巡礼の旅は終わらず
終章  人類が滅亡の渦から逃れるために

どの章も読みごたえがあり熟読をお勧めするが、ここでは健康体とエネルギーの関係を簡潔に纏めた次の文章を引用しておく。

(引用開始)

 健康体とエネルギーの関係について考えると、エネルギーは大略以下の6種類に分類されます。
1 「環境エネルギー」のすべて(重力も含む)。
2 動物の動きで生ずる「生命体エネルギー」(重力作用との合成ベクトルがはたらく)。
3 細胞内に存在する「生命体内の小生命体」、ミトコンドリアによっておこなわれる生命エネルギー産生のための「細胞呼吸」、すなわち「エネルギー代謝」。
4 超多細胞・多臓器の生命体の、統一個体の制御システムにおいてはたらく、「脳下垂体の情報たんぱく質系とミトコンドリアのエネルギー代謝との相互作用」。
5 血液の「流体力学エネルギー」と共役して生じる、流体電位と心臓脈管系と骨格筋肉細胞との相互作用。
6 時間作用で起こる、細胞の「モデリング」の様態。すなわち、成長・発育・維持・老化・衰弱・疾病。

 このほか、量子物理学の盲点の克服による物質とエネルギーで構成される宇宙の実相の正しい理解、つまり「宇宙は質量のある“物質”と、エネルギーである“空間”と“時間”から成り立つ、シンプルなものである」ということに対する理解が必須です。

 〇とくに重要なことは、質量のある物質のもつ3つの側面が、「光」と「重力」と「熱」という、3種類の「エネルギー」であること。
 〇そして、量子物理学は、ただ単に質量のある元素を構成する原子の構造と、それをとりまくエネルギーとの関係を観察しているにすぎない学問だということ。

(引用終了)
<同書 182−183ページ>

氏の理論のエッセンスが籠められていると思う。

 ウェゲナーの大陸移動説ではないが、スケールの大きな新しい理論が世に受け入れられるまでには月日がかかる。三木成夫の生命形態学や西原克成氏の重力進化学(そして私の反重力美学)がそうなる(世間に受け入れられる)にはまだしばらくかかるのかもしれない。上の文章も一読難解だが、「モノ」に固執したこれまでの近代科学を相対化し、「コト」の重要性に気付けば素直に理解できる筈だ。このブログは間もなく終わるけれど、ここまで読み進めてきた皆さんの中から、新しい理論の理解者が生まれることを願っている。

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posted by 茂木賛 at 16:04 | Permalink | Comment(0) | 非線形科学

脳と身体 II

2016年09月28日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 黒川伊保子さんの『「ぐずぐず脳」をきっぱり直す!人生を変える7日間プログラム』(集英社)という本が出た。彼女の語感分析法ついては最近「タノシイとウレシイ」の項で書いたが、こちらは、黒川さんの人工知能/脳科学コメンテーターとしての書だ。本帯(表紙及び裏表紙)と本カバー表紙裏には、

(引用開始)

脳を活性化する16のこと

「なんだか、さえない」「毎日、楽しくない」「人生、イケてない」「最近、モテない」……それは、あなたのせいではなく、「ぐずぐず脳」のせいだった!
治すのは、意外と簡単。この本は、そんなジリ貧状態から抜け出すための、「脳のメンテナンス」の指南書である。

「ぐずぐず脳」でくよくよ考えるのは、もうやめよう。脳を活性化するのに、頑張りも、反省も必要ない。食べ方や眠り方、ちょっとした身体や言葉の使い方――、そんなさりげない生活習慣こそが、脳を劇的に変えるのである。

脳のちからは、頑張って出す精神力じゃない。いくつかのホルモンによってもたらされる、れっきとした機能なのである。それらのホルモンが出ていれば、精神力は強く保たれる。好奇心は勝手に湧いて止まらない。朝起きたら、今日もいいことがありそうな気がするはずなのだ。誰にほめてもらえなくたってめげないし、意欲は一秒たりとも萎えたりしない。そしてそホルモンは、生活習慣さえ変えれば、何歳からだって増やせるのである。

(引用終了)

とある。

 黒川さんの脳科学の所見ついては、これまで「男性性と女性性」「現場のビジネス英語“sleep on it”」「流行について」の各項で紹介してきたが、この本はそれらを体系的に纏めたもの。「脳と身体」のバランスの大切さを考える上で奥深い内容となっている。目次から項目を抜き書きしよう。

第一章:脳の取り扱い説明書
まず、脳に良いこと、悪いことの基本を知る

脳のトリセツ@ 脳は、光の強弱に支配されてホルモンを分泌する
脳のトリセツA 脳は、眠っている間に進化する
脳のトリセツB 脳にとってなによりも怖いのは、「血糖値の乱高下」
脳のトリセツC 脳は「いつも使う回路で」で世の中を認知する
脳のトリセツD 脳神経回路のほとんどは、無意識の領域で使われている
脳のトリセツE 有酸素運動、泣くこと、笑うことは、脳神経に良い効果がある
脳のトリセツF 脳には、「7日一巡感」がある

第二章:7日間プログラム
さりげない生活習慣こそが、脳を劇的に変える

Program 1 夜のてっぺん(午前0時)は寝て過ごす
Program 2 朝、5時45分に起きる
Program 3 寝る前の甘いもの、アルコールをやめる
Program 4 朝の卵は金
Program 5 足裏を磨く
Program 6 ひとり活動をしてみよう(一日1時間、孤高の時間を持つ)
Program 7 ブレーキ言葉を使わない
Program 8 人をとやかく言わない
Program 9 人にとやかく言われよう

第三章:7日間の中で、トライしてみよう
ネガティブな「思い癖」をブロックする

Program 10 くよくよしたら、とにかく寝てしまう
Program 11 身体を動かす
Program 12 ときどき後ろ向きで歩いてみる
Program 13 ダンスか外国語か楽器を習ってみる
Program 14 自分にしか話せない得意分野をつくる
Program 15 口に出して言ってみよう
Program 16 最終目標はハグ。自分も相手も抱きしめよう

 詳細は本書をお読みいただきたいが、脳と身体のバランスに大切なことばかり。若い読者向けの人生指南書という体裁ではあるが、起業家の皆さんにもお勧めしたい。参考にすべき習慣が見つかると思う。

 尚、ホルモンの働き、腸内環境の大切さについては、このブログでも「神経伝達物質とホルモン」「脳腸バランス」の項などで書いてきた。併せてお読みいただきたい。

 思えば「脳と身体」の項を書いたのは2008年9月のこと。あれから早8年が経った。このブログを始めたのは2007年12月、今から9年前のことだ。光陰矢の如し。この本にある7日間一巡感ではないが、7年間一巡感を過ぎ、そろそろブログに幕を下ろす時期かもしれない。

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posted by 茂木賛 at 12:27 | Permalink | Comment(0) | 非線形科学

背景時空について

2016年01月05日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 先日「所有について」の項で、

(引用開始)

 複眼主義によって、所有を脳の働きと身体の働きとに分けて考えてみよう。

A 脳(大脳新皮質)の働き
B 身体(大脳旧皮質+脳幹)の働き

Aにおける所有とは、都市における「法的」な所有を指し、Bにおける所有とは、何かを身につける「身体的」な付加を指す。たとえば、前者は土地や金銭の所有、後者は贅肉が付くことや衣服を纏うことだ。

(引用終了)

と書いたけれど、Aにおける所有は、“モノ”を周囲環境から切断することで成り立つ考え方である。Aの詳しい属性は、

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A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳(大脳新皮質)の働き−「公(Public)」−「都市」
A 男性性=「空間重視」「所有原理」

A、a系:デジタル回路思考主体
世界をモノ(凍結した時空)の集積体としてみる(線形科学)
------------------------------------------

であり、こちら側の考え方にとっては、「分ける」ことが話の前提になる。「分解」「分析」「分離」「分断」「分類」「分布」「区分」などはこちら側の言葉だ。「自立」も周りからの分離独立である。ちなみにBの属性は、

------------------------------------------
B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働き−「私(Private)」−「自然」
B 女性性=「時間重視」「関係原理」

B、b系:アナログ回路思考主体
世界をコト(動きのある時空)の入れ子構造としてみる(非線形科学)
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ということで、こちら側のキーワードは「連続」となろう。

 “モノ”をこのように(切断して)認識するためには、もう一つ重要なファクターがある。それが「背景時空」だ。所有する“モノ”を他と区別するには、それを単体として浮かび上がらせる背景が必要になる。舞台が必要になる。理論の前提、法律の枠組み、絵画のフレーム、科学のXYZ軸などなど。

 背景時空とは、あくまでも主役を際立たせるためのものだ。だからそれは「仮想」である。しかしそれがないと、人の脳(大脳新皮質)は事象(matter)を固定して客観的に認識できない。これは人工知能の「フレーム問題」とも通ずる話だ。

 “コト”を所有できないのは、それが背景時空と相互作用を起こし単体として分断できないからだ。非線形科学(複雑系)でいう「バタフライ効果」は時空が連続しているから成り立つ。Bではだから「境界性」が重要ファクターとなる。アフォーダンス理論でいうところのミーデアム(空気や水などの媒体物質)とサブスタンス(土や木などの個体的物質)、そして二つが出会うところのサーフェス(表面)から成る自然界に分断はない。全ては境界で繋がっている。

 Aにとっての「分断」と「背景時空」の必要性、と同時にその仮想性。Bにとっての「連続」と「境界性」。そして両者のバランスの大切さ。ここで「動詞形と名詞形」の話を想い起こすのも良いかもしれない。

 以前「自分と外界との<あいだ>を設計せよ」の項で言いたかったのは、Bの世界にある我が身と、周囲環境との<境界>を、Aによって客観的に眺め分析し(自立し)、より良い影響を我が身と周囲に与え続けられるよう設計せよ、ということなのである。

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所有について

2015年12月01日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 モノコト・シフトの時代、まともな人々は、どちらかというと、過剰な“モノ”の所有よりも、豊な“コト”の繋がりの方を大切に考えるようになる(「モノコト・シフトの研究」)。生活用品はいるけれど、それ以上の贅沢品は所有せずに必要に応じて人とシェアする。家や車、オフィスなどもできればシェアする。音楽やスポーツはライブが一番、休日はトレッキングやサーフィン、キャンプなど出来るだけ自然の中で過ごす。これからの日本の若い人の間ではそんな生活が標準となるのではないか。

 “モノ”は所有できるが、“コト”は所有できない。だから“コト”を大切に考える人は、「所有」や「私有」に固執しない筈だ。“モノ”を供給するだけのビジネスは縮小してゆくだろう。“モノ”を売るのではなく、商品を通して“コト”をシェアする。そんな商売がこれからは伸びるだろう。ただし、“コト”のシェアは“サービス”とは違う。サービスは一方向だが“コト”は双方向、相互作用だ。

 複眼主義によって、所有を脳の働きと身体の働きとに分けて考えてみよう。

A 脳(大脳新皮質)の働き
B 身体(大脳旧皮質+脳幹)の働き

Aにおける所有とは、都市における「法的」な所有を指し、Bにおける所有とは、何かを身につける「身体的」な付加を指す。たとえば、前者は土地や金銭の所有、後者は贅肉が付くことや衣服を纏うことだ。

 衣服、さらには道具、車などは、法的と身体的、両方の「所有」形態がある。車の法的な「所有」は説明するまでもない。車の身体的な「所有」とは、車を運転することだ。AとB、どちらにおいても、「所有」は自己の「肥大」につながってくる。Aの場合は資産の肥大、Bの場合は感覚の肥大。車を運転するドライバーの身体感覚は、ボンネットの先からトランクの後ろにまで拡大する。

 モノコト・シフトの時代、人々は「肥大」化を避けようとする。「自分と外界との<あいだ>を設計せよ」の項で紹介した『不思議な羅針盤』梨木香歩著(新潮文庫)に、次のような文章がある。

(引用開始)

 距離を移動する、それだけで我知らず疲弊してゆく何かが必ずあるのだ。このマクロにもミクロにもどんどん膨張している世界を、客観的に分かろうとすることは、どこか決定的に不毛だ。世界で起っていることに関心をもつことは大切だけれど、そこに等身大の痛みを共有するための想像力を涸らさないために、私たちは私たちの“スケールを小さく”する必要があるのではないだろうか。スケールを小さくする、つまり世界を測る升目を小さくし、より細やかに世界を見つめる。片山廣子のアイルランドはその向こうにあったのだろう。

(引用終了)
<同書 57ページ>

「所有」と「スケールの大きさ」は一見話が違うけれど、所有は肥大であり、肥大はスケールの拡大だから、二つは重なっている。スケールを小さくすることは、所有欲を抑えてスリムになることに繋がる。尚、片山廣子は佐々木信綱に師事した歌人で、大正5年(1916年)に第一歌集『翡翠』を刊行、アイルランド文学に親しみ、松村みね子の筆名で翻訳も行なった。

 これからの時代、所有=肥大であることを弁えて、脳(大脳新皮質)としては資産の肥大の責任を自覚すること、そして賢く使い切ること。身体(大脳旧皮質+脳幹)としては、感覚の肥大をコントロールできる範囲に止めること。そして健康に留意すること。そういった生き方が求められると思う。いづれにしても墓には身体以外、何も持ってゆけないのだから。

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皮膚とシステム

2015年11月24日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 「自分と外界との<あいだ>を設計せよ」の項で書いた、自分という渦(vortex)とそれを取り巻く外界との間の設計の重要性を、「皮膚とシステム」という視点から論じた本がある。最近出版された『驚きの皮膚』傳田光洋著(講談社)がそれだ。新聞の紹介文を引用しよう。

(引用開始)

 人間の祖先は120万年ほど前に体毛を失った。資生堂リサーチセンターの主幹研究員である著者は、表皮が外部環境にさらされ、「皮膚感覚」が復活したことが脳の発達につながったと推察。人体というシステムにおいて皮膚が果たす役割を分析する。著者によると皮膚は高周波数音を「聴き」、繰り返される圧力や摩擦を「記憶する」。徐々に、危険を察知し身体を守る能力を高めたと説く。

(引用終了)
<日経新聞 10/11/2015>

この紹介文にはないが、本書は、氏のこれまでの著書から内容をさらに一歩進め、「社会」というシステムについて皮膚という観点から論じたものとなっている(特に第六部「システムと個人のこれから」、第七部「芸術と科学について」)。

 「社会」というシステム、特にそのネガティブな側面については、以前「認知の歪みとシステムの自己増幅」の項などで、村上春樹の小説を援用しながら論じたことがある。傳田氏も、村上のエルサレム賞受賞時の「壁と卵」というスピーチを引用し、

(引用開始)

 私は、この「システム」の暴走と表裏一体をなしているのが、「意識」だけが人間の認識、判断、行動を担っているとする誤解だと考えています。初めは、より生存を有利にするため、「意識」という脳の現象が生まれました。「意識」がシステムを作る方向へ向かったのも、当初は人間の生存のためでした。しかし現代では、それがむしろ災厄をもたらすものになった。

(引用終了)
<同書 157ページ>

と書く。そして氏は、この「システム」の暴走を止めるものとして、皮膚感覚について述べる。人体というシステムの先に社会というシステムがあるわけだが、社会システムを作る「意識」は往々にして元の皮膚感覚を忘れる。「システム」の暴走は、複眼主義でいうところの「脳(大脳新皮質)の働き」への偏重によるところが大きいから、「身体(大脳旧皮質+脳幹)および皮膚の働き」を復活させよというわけだ。

(引用開始)

 これまで述べてきたように、人間は大きな脳を持ち、そのために複雑な道具や言語や社会組織を作り出してきました。その原点には皮膚感覚の存在が大きな寄与をなしてきたと私は考えています。
 皮膚感覚が意味を持つシステムでは、個人の存在がないがしろにされる可能性は低いでしょう。なぜなら視聴覚情報システムの海におぼれていても、皮膚感覚は、個人を取り戻すきっかけになるからです。皮膚感覚だけは個人から離れて独り歩きすることはないのです。
 今、ひととき立ち止まり、私たちの祖先が生きてきた、その営みを振り返り、皮膚という人間にとって最大の臓器の意味を考え、システムの在り方について検証しなおす時期が来ているのだと思います。

(引用終了)
<同書 173ページ>

 このような社会と皮膚の関係論は、「境界としての皮膚」の項で論じた『皮膚という「脳」』山口創著(東京書籍)の内容とも重なる。傳田氏は皮膚研究者だが山口氏は臨床発達心理士ということで専門は異なるし、前者は人体システムと社会システムの類似性、後者は皮膚というリミナリティに注目するという違いはあるけれど、どちらも皮膚という境界から自分と外界との間を論じている。「自分と外界の<あいだ>を設計せよ」の項でその著書を引用した作家の梨木香歩さんも、傳田氏の本に興味を懐いて書評を書いている(『驚きの皮膚』207ページ)。これらのことは、「モノコト・シフトの研究」で述べたように、

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A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳(大脳新皮質)の働き−「公(Public)」−「都市」
A 男性性=「空間重視」「所有原理」

A、a系:デジタル回路思考主体
世界をモノ(凍結した時空)の集積体としてみる(線形科学)
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B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働き−「私(Private)」−「自然」
B 女性性=「時間重視」「関係原理」

B、b系:アナログ回路思考主体
世界をコト(動きのある時空)の入れ子構造としてみる(非線形科学)
------------------------------------------

という複眼主義の対比において、A側に偏った20世紀から、B側の復権によってA、B両者のバランスを回復しようとする、21世紀の動きと連動していると思われる。日本の真摯な作家や科学者たちはこのこと(モノコト・シフト)に気付き始めているのだろう。

 「動的平衡とは何か」の項で紹介した『動的平衡』福岡伸一著(木楽舎)、「同期現象」の項で紹介した『非線形科学 同期する世界』蔵本由紀著(集英社新書)、「進化論と進歩史観」の項で紹介した『「進化論」を書き換える』池田清彦著(新潮文庫)、「共生の思想 II」で紹介した『生物多様性』本川達雄著(中公新書)なども、自然科学の分野で西洋合理思想への疑問を提出する。「里海とはなにか」の項で述べた生態学もそうだったが、もしかするとモノコト・シフト時代には、各分野でB側の「日本語的発想」を持った作家や科学者たちが世界をリードするのかもしれない。

 尚、このブログでは以前「皮膚感覚」の項で傳田氏の他の著書を紹介したことがある。併せてお読みいただければ嬉しい。

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モノコト・シフトの研究 III

2015年10月27日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 前回、前々回と続けたモノコト・シフトの研究、今回は、古くからある思想哲学と、複眼主義的対比との関連を纏めておきたい。まずは西洋思想から。その前に複眼主義の対比を再掲しておく。

A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳(大脳新皮質)の働き−「公(Public)」−「都市」
A 男性性=「空間重視」「所有原理」

B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働き−「私(Private)」−「自然」
B 女性性=「時間重視」「関係原理」

A、a系:デジタル回路思考主体
世界をモノ(凍結した時空)の集積体としてみる(線形科学)

B、b系:アナログ回路思考主体
世界をコト(動きのある時空)の入れ子構造としてみる(非線形科学)

 さて、西洋思想における複眼主義的対比は、ギリシャのプラトンとアリストテレスに遡る。『構造主義科学論の冒険』池田清彦著(講談社学術文庫)から引用しよう。

(引用開始)

 プラトンはイデアがそれ自体としてある、と考えました。ですからプラトンにとってイデアは不変で不滅の同一性であり、時間を超越して存在するものです。もちろんイデアは私の観念として存在するのであって、外部世界に自存するわけではありません。イデア説が霊魂の不滅という考え方を導くのもむべなるかなと思われます。
 これに対し、アリストテレスは現象や個物を第一義的な存在と考えたため、イデア自体が自存することを認めませんでした。アリストテレスにとっては、イデアというものがもしあったとしても、それは個物の中に入っているものでなければならなかったのです。

(引用終了)
<同書 138−139ページより>

プラトンのイデアこそ、脳(大脳新皮質)がつくり出した観念の代表例といえるだろう。一方、アリストテレスはあくまでも身体性に拘った。

A:プラトン
B:アリストテレス

という関連を指適することができる。

 東洋思想における複眼主義的対比は、中国の孔子と老子に求められる。『日経おとなのOFF』という雑誌(2015年8月号)に掲載された僧侶・玄侑宗久氏のインタビュー記事から表の一部を引用する。

(引用開始)

● 孔子:「仁」「礼」で国を治める方法を説いた

儒教の祖。社会秩序を保つための「礼」、そのシステムを支える精神規範としての「仁」を軸に、私利を捨てて責務を果たせと説いた。

● 老子:孔子の人為を批判し「無為」を説いた

万物の本体は「道」だと説く道教の祖。自然と一体化する「無為自然」を旨とし、人間の努力・向上を肯定する孔子を批判した。

(引用終了)
<同書 56−57ページより>

孔子は「公」を重んずる都市の哲学であり、老子は「無為」を旨とする自然の哲学である。

A:孔子
B:老子

という関連を指適することができる。

 モノコト・シフトの背景には、こういった、西洋と東洋、それぞれ古くからある思想哲学の対比、均衡(バランス)がある。

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モノコト・シフトの研究 II 

2015年10月20日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 前回に引き続きモノコト・シフトの研究を続けたい。21世紀の主流の考え方は、コト=「固有の時空」を大切に考えるということだった。ただし誤解のないように付け加えておくが、これは今後モノがなくなるという話ではない。大量生産が終わるわけでもない。その辺りについては「これからのモノづくり」の項を参照していただきたい。

 複眼主義の対比も再掲しておこう。

A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳(大脳新皮質)の働き−「公(Public)」−「都市」
A 男性性=「空間重視」「所有原理」

B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働き−「私(Private)」−「自然」
B 女性性=「時間重視」「関係原理」

A、a系:デジタル回路思考主体
世界をモノ(凍結した時空)の集積体としてみる(線形科学)

B、b系:アナログ回路思考主体
世界をコト(動きのある時空)の入れ子構造としてみる(非線形科学)

勿論、複眼主義の要諦「どちらかというと」という但し書き付きである。

 この対比からも分かるように、「固有の時空」を大切に考えるということは、事象(matter)を脳(大脳新皮質)で考えるのではなく、身体(大脳旧皮質及び脳幹)で考える、覚えるということだ。何事も、上達するにはまずそれを好きになることだという。リラックスするには温泉にでも浸かってのんびり体を休めると良い。大一番の勝負に勝つためには逆に場(固有時空)に飲まれないようにしなければならない。スポーツ選手は練習によって技を身体に憶えこませる。

 脳は事象をモノ化する。身体は事象をコト化する。以前「脳腸バランス」の項で『脳はバカ、腸はかしこい』藤田紘一郎著(三五館)という本を紹介したが、脳は事象をモノ化してしまうから単純で、腸は事象をコト化するから複雑な栄養素を消化できるということなのだろう。

 ここで大切なのは、身体で考える、覚える、感じる、消化するということは、自分の固有時空が、対象の固有時空と同期・共鳴するということだ。同期現象は、非線形科学の代表例である。「相転位と同期現象」、「同期現象」ほか、カテゴリ「非線形科学」の諸項をお読みいただきたい。

 時空はある程度持続しなければまわりに影響を与えられない。「継続は力なり」という。それが好影響を与えるものであれば、自分の身体は健やかであり続けることができる。広々とした空間、素敵な友人、自由な環境、明るい窓、良い空気、美味しい水、華やかな香り、美しい景色などなど。それは、自律神経を通して脳にも好影響を与える。そうでなければ逆に健康を害する。脳にも悪影響を与える。そう考えると、モノコト・シフト時代、大切な固有時空には、

● ある程度持続する
● まわりに好影響を与える

といった二つの特徴を抽出することができるだろう。

 当り前のことのようだが、この二つの条件を満たす“コト”はそう多くない。食排、運動、仕事、読書、恋愛、気象、我々自身とそのまわりでは無数の“コト”が日々起っている。そしてまた消滅している。そのなかで、この二つの特徴を有する時空を選んで身近に接すれば、自身が健康になり、自分もまた人や社会に好影響を与えることができるだろう。人間関係も好転するに違いない。お店の経営でも、この二つに留意すれば繁栄間違いなしの筈だ。

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モノコト・シフトの研究

2015年10月13日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 このブログでは、21世紀はモノコト・シフトの時代だと書いている。モノコト・シフトとは、「“モノからコトへ”のパラダイム・シフト」の略で、二十世紀の大量生産システムと人の過剰な財欲による「行き過ぎた資本主義」への反省として、また、科学の還元主義的思考による「モノ信仰」の行き詰まりに対する新しい枠組みとして生まれた、(動きの見えないモノよりも)動きのあるコトを大切にする生き方、考え方への関心の高まりを指す。最近では「観光業について」や前回の「里海とはなにか」などの項でこの説を引用した。今回は一度原論的なところへ戻り、ある事象(matter)を“モノ”として見るか“コト”として見るか、その違いについて考えてみたい。

 たとえば「人」をどう見るか。「人」を“モノ”としてみるのは、人口比率とか頭数など、人を「数」として捉える思考法である。一方、「人」を“コト”としてみるのは、○○さんの生涯とか隣のXXさんなど、人を「生命」として捉える思考法である。このブログでは複眼主義と称して、

A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳(大脳新皮質)の働き−「公(Public)」−「都市」
A 男性性=「空間重視」「所有原理」

B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働き−「私(Private)」−「自然」
B 女性性=「時間重視」「関係原理」

という対比を論じているが、前者はAと親和性が強く、後者はBと親和性が強い。このことは以前「デジタル回路とアナログ回路」の項で措定した、

A、a系:デジタル回路思考主体
世界をモノ(凍結した時空)の集積体としてみる(線形科学)

B、b系:アナログ回路思考主体
世界をコト(動きのある時空)の入れ子構造としてみる(非線形科学)

という対比と整合する。

 都市においては、「人」を数として扱うことで、インフラの設計などが可能になる。自然(人間同士)においては、「人」を生命体として捉えることで、活き活きとした活動が生まれる。健全な社会のためには、AとB、両者のバランスの取れた見方、考え方が必要になるのだが、20世紀は西洋近代思想が世界を席巻し時代であり、先進国を中心として、見方、考え方がかなりAに偏った社会になってしまった。今はその反動として、見方、考え方がBに偏重してきたわけだ。スローフード、シンプル・ライフ、サステイナビリティー、再生可能エネルギー、シェアリング・エコノミー、里山、里海、庭園都市などなど。

 地球がもっとresilient(強復元力的)であったならば、人々はまだAに偏重し続けたかもしれない。だがそのままでは環境が持たないことが分かってきた。このことが大きい。今の時点では勿論、Bの重要性に気付いた人々と、そうでない人々は混在している。また、都市の一部には、利権がらみで意図的にA偏重社会の持続を画策する人々もいる。「三つの宿啞」の項で述べたところのgreedを持つ人々だ。

 たとえば「石」をどう見るか。「石」を“コト”としてみるのは、地球物理学者か鉱石愛好家くらいなもので、たいていの人は「石」を“モノ”としてみるだろう。「石」も長い年月が経てば少しずつ崩壊する。だから寿命はある。しかし普通は誰も石の寿命など考慮しない。寿命とは「固有の時空」の持続だから、「石」を“モノ”としてみるのは、その固有時空を考慮の外に置くということである。それを「凍結した時空」として扱うということである。逆に、地球物理学者や鉱石愛好家が「石」を“コト”としてみるのは、その固有時空を大切に考えるからである。

 Bの考え方は、総じて「固有の時空」を大切に扱う。世界をコト(動きのある時空)の入れ子構造としてみるからだ。ある事象を“モノ”としてみるか“コト”としてみるか、その違いの背景には、この「時空の捉え方」の違いがあると思う。Bの考え方が主流になるということは、自然科学の分野でも大きな地殻変動が起きつつあるということだ。生態学の変動については「里海とはなにか」の項で触れた。時空の捉え方については以前「複眼主義の時間論」で述べた。併せてお読みいただきたい。

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イブとアダム

2015年06月16日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 「吉野民俗学と三木生命学」の項で述べた「複眼主義美学」の縦軸(反重力美学と郷愁的美学)と横軸(男性性と女性性)のうち、縦軸については先日「交感神経と副交感神経 II」の項で整理した。横軸については、

男性性と女性性
男性性と女性性 II
体壁系と内臓系

などの各項を参照していただきたい。体壁系と内臓系といえば最近、三胚葉(内胚葉・外胚葉・中胚葉)の分化や器官発生の順序などについて、よく纏まった文章を見つけた。「共生の思想」の項で紹介した『腸内細菌と共に生きる』藤田紘一郎著(技術評論社)の、<すべては「腸」から始まった?>というコラムである。整理のために引用しておきたい。

(引用開始)

 この章でも述べてきたように、動物はもともと口から肛門に伸びる一本の消化管、つまり腸だけで生きてきました。
 クラゲやイソギンチャクなどの腔腸動物は脳がありませんから、腸が脳の役割を役割を果たしていたと考えられます。のちに脳へと進化する神経細胞(ニューロン)も、この腔腸動物の腸内で生まれたこのだったのです。
 また、心臓や肝臓、肺などの内臓器官も腸が作られた後に作られます。発生学で言うと、精子と卵子が受精し、受精卵が形成されると、徐々に分割していき、原腸胚の段階で内側に陥入することで、消化管のもとになる原腸を形成するようになります。
 この原腸胚は、陥入とともに内胚葉、外胚葉、中胚葉に分かれていき、それぞれが体の各器官の源になります。つまり、まず消化管となる原腸が形成されることで、ヒトを含めた動物の体が分化していくことになるのです。
 もう少し具体的に解説すると、実際に腸へと分化していくのは、3つの胚葉のうち内胚葉になります(次ページ図3−9参照)。
 内胚葉は前腸、中腸、後腸に分化し、それぞれが咽頭、食道、胃、小腸、大腸といった形に分かれていくほか、前腸からは肺、肝臓、膵臓が、後腸からは泌尿器系の一部、膀胱、尿道などが生まれます。
 心臓などの循環器は、中胚葉に由来していますが、原腸が消化管の起源に当りますから、発生としては腸の後になります。また、のちに脳になる神経系については、外胚葉から形成されていきます。
 こうした器官の発生は、「個体発生は系統発生を繰り返す」という言葉の通り、ヒトの個体発生でも同様にプロセスを見出すことができます。ここでもやはり、最初に腸が作られ、脳や心臓は後から作られるのです。
 私たちは、食べなければ生きていけませんから、まず消化管=腸が先に作られ、そのうえでさらに必要な器官が分化していくということなのかもしれません。

(引用終了)
<同書 141−142ページ(図は省略)>

 三木生命形態学において、「体壁系」とは“感覚―運動”を司る器官を指し、「内臓系」とは“栄養―生殖”を司る器官を指す。上の引用と合わせると、三胚葉(内胚葉・外胚葉・中胚葉)のうち、内胚葉と中胚葉は「内臓系」、外胚葉が「体壁系」を構成するといえるだろう。

 生物学者福岡伸一氏の『できそこないの男たち』(光文社新書)に、生命の基本仕様は「女性」だという指適がある。その部分を引用しよう。

(引用開始)

 このように見てみると、最初に紹介したフェミニズム仮説、すなわち、女性は、尿の排泄のための管と生殖のための管が明確に分かれているが、男性は、それがいっしょくたなので、女性の方が分化の程度が進んでいる、つまりより高等である、との説は間違っていないことがわかる。
 あるいはこう言い換えることができる。男性は、生命の基本仕様である女性を作りかえて出来上がったものである。だから、ところどころに急場しのぎの、不細工な仕上がり具合になっているところがあると。
 実際、女性の身体にはすべてのものが備わっており、弾性の身体はそれを取捨選択しかつ改変したものにすぎない。基本仕様として備わっていたミュラー管とウォルフ管。男性はミュラー管を敢えて殺し、ウォルフ管を促成して生殖器官とした。それに付随して様々な小細工を行なった。かくして尿の通り道が、精液の通り道を使用することになった。ついでに精子を子宮に送り込むための発射台が、放尿のための棹にも使われるようになった。
 女性は何も無理なことはしない。ミュラー管がそのまま生殖器官となる。女性は何かを殺すこともしない。女性の身体は今でもウォルフ管の痕跡が残っている。
 アダムがイブを作ったのではない。イブがアダムを作り出したのである。

(引用開始)
<同書 165−166ページ>

以上を総合すると、食の相においては「内臓系」が、性の相においては「女性性」がヒトの基本仕様であって、「体壁系」と「男性性」はいづれもあとから作られていったということがわかる。この知見こそ男女共生の秘訣であろう。

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共生の思想 II

2015年06月09日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 共生には「一つの生存圏に多種多様な生物が棲んでいる状態」と「一つの生き物に他の様々な生き物が一緒に住んでいる状態」の二つの概念がある。前回「共生の思想」では後者を取り上げたので、今回は前者について書いてみたい。

 そのための最適な本が最近(2015年2月)出版された。『生物多様性』本川達雄著(中公新書)がそれで、あの『ゾウの時間 ネズミの時間』(中公新書)の著者の書き下ろしだ。本のカバー裏の紹介文を引用しよう。

(引用開始)

 地球上には、わかっているだけで一九〇万種、実際には数千万種もの生物がいる。その大半は人間と直接の関わりを持たない。しかし私たちは多様なこの生物を守らなければならない。それはなぜなのか――。熾烈な「軍拡競争」が繰り広げられる熱帯雨林や、栄養のない海に繁栄するサンゴ礁。地球まるごとの生態系システムを平易に解説しながら、リンネ、ダーウィン、メンデルの足跡も辿り直す、異色の生命讃歌。

(引用終了)

 本の構成は、

序章  生物多様性を理解するのは難しい
第一章 生物多様性条約と生態系サービス
第二章 バイオームと熱帯雨林
第三章 サンゴ礁と生物多様性の危機
第四章 進化による多様性の歴史
第五章 ダーウィンの進化論・アリストテレスの種
第六章 生物はずっと続くようにできている
第七章 メンデルの遺伝の法則
終章  生物多様性減少にどう向き合えばよいのか

となっている。第二章と第三章が生物多様性の具体例で、熱帯雨林の樹木の複雑な三次元的階層構造、植物と菌との栄養共生、サンゴと褐虫藻の相利共生など、自然の精緻な生態学的しくみが興味深く描かれている。

 体内の共生もそうだが、一つの生存圏における生物の共生も、多様であった方がそれぞれ生き延びるチャンスが大きい。今の自然破壊はその多様性を奪っていくから、どこかで歯止めを掛けないと全てが失われてしまう。地球上の生物全体を絶滅に追いやってしまうことになる。

 このブログでは、21世紀はモノコト・シフトの時代だと述べている。モノコト・シフトとは、「“モノからコトへ”のパラダイム・シフト」の略で、二十世紀の大量生産システムと人の過剰な財欲による「行き過ぎた資本主義」への反省として、また、科学の還元主義的思考による「モノ信仰」の行き詰まりに対する新しい枠組みとして生まれた、(動きの見えないモノよりも)動きのあるコトを大切にする生き方、考え方への関心の高まりを指す。「共生の思想」とは、まさに共生という「コト」を大切にする考え方に他ならない。

 本川氏は、特に日本人の自然を大切にする知恵・価値観に期待を寄せる。終章から引用したい。

(引用開始)

 島というのはその中でやりくりをして生き延びていかなければならない場所であり、そこでなんとか持続可能な生活を営みながら、ちまちまとしていても、それなりに幸せに暮らしていく知恵を日本人は蓄えてきました。幕末に日本に来た外国人はみな、日本人は満足して幸福だという印象を受けたと、渡辺京二は『逝きし世の面影』で多くの引用をしながら述べています。たとえば「日本人はいろいろな欠点を持っているとはいえ、幸福で気さくな、不満のない国民であるように思われる」(オールコック『大君の都』)。もちろん江戸時代に戻ろうとは申しませんが、地球も今や資源の限られた島とみなさなければならない状況になってきたのですから、ここでこそ日本人が育んできた知恵・価値観の出番。世界はいざ知らず、日本は率先して右肩上がり信仰から脱却すべきだと思うのですが。

(引用終了)
<同書 283−284ページ>

 生物同士の相互作用は複雑だ。まずはこれらの本を読んで生物多様性の実体をよく理解しよう。ところで共生といえば、社会集団における人間同士の共生もある。これについては以前「自立と共生」という項でいろいろと考えた。併せてお読みいただければ嬉しい。

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共生の思想

2015年05月27日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 『腸内細菌と共に生きる』藤田紘一郎著(技術評論社)という本を面白く読んだ。この本のテーマは「共生」だが、ここでいう共生とは「一つの生存圏に多種多様な生物が棲んでいる状態」のことではなく、「一つの生き物に他の様々な生き物が一緒に住んでいる状態」を指す。本の構成は以下の通り。

第1章 すべては「共生」で成り立っている
第2章 共生思想を生んだ「カイチュウ」との出会い
第3章 共生細菌から見た「腸」と「脳」の不思議なつながり
第4章 共生を支える「エピジェネティクス」とは

 エピジェネティクスとは、「遺伝子の配列によって生物の振る舞いや生き方がすべて決まってしまうわけではなく、そこには後天的な要素も大きく影響している」(同書144ページ)ことをいう。以前「遺伝子の平行移動」の項で、藤田氏の他の著書に触れ、エピジェネティクスは、遺伝子という“モノ”から、環境と細胞の相互作用という“コト”への関心のシフトということで、このブログで指適しているモノコト・シフトの一例だと思うと書いたけれど、もともとエピジェネティクスは、この「共生」を支える仕組みなのだ。「共生の思想」こそこれからの時代に相応しい。

 著者は最近日本でよく起きる感染症について、その後書き(「おわりに」)の中で、

(引用開始)

 これまで再三指適してきたように、私は戦後、日本人が進めてきた「清潔志向」と、それによる日本人の「無菌化」が関係しているように思います。
 1960年代半ばから日本人に多発してきた花粉症やアトピー性皮膚炎、気管支喘息などのアレルギー性疾患や2000年頃から急増したうつ病などの病気も、この日本の「無菌化」と密接な関係を持っていたのです。
 戦後の日本人の清潔志向は、次第にその度合いを強めてきて、最近では身の回りの人が生きていくための必要な「共生菌」(共生している菌)まで排除し始めました。この共生菌の排除が新しく感染症や病気を生み、一方では人間の免疫力を低下させるように働いたのです。この「共生菌」の排除はいつの間にか「異物」の排除に繋がったのです。近頃では、若い日本人の間に、自分の出す汗や匂いまでも排除する傾向が見られ始めたのです。
 このような傾向は、もはや人間が「生物」として生きる基盤さえ奪い、そして、それは人間の精神的な面にも影響を及ぼし、日本人の「感性の衰弱」まで引き起こしているように思えるのです。
 本稿では「共生の思想」をないがしろにしている人類が自ら生命を危うくしているばかりでなく、地球上の生物全体を絶滅に追いやっている状況について解説しました。

(引用終了)
<同書 187-188ページ(括弧内は引用者による註)>

という。今の自然破壊は、我々の体外においてだけでなく、体内でも進んでいるわけだ。我々の身体にとって何が問題で、何が問題でないのか、これらの本をよく読んで理解を深めたい。

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交感神経と副交感神経 II 

2015年05月19日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 前回「吉野民俗学と三木生命学」の項で触れた自律神経(交感神経と副交感神経)については、以前「交感神経と副交感神経」の項でかなり詳しく書いたが、『賢い皮膚』傅田光洋著(ちくま新書)によく纏まった文章があるので、整理のために引用しておきたい。複眼主義美学のような理論的構築物を作っていくには、建築と同じで細部への理解・目配りが欠かせない。すこし長くなるが、適時コメントを入れながら引用していく。尚、傅田氏の本や皮膚に関することは「皮膚感覚」「境界としての皮膚」などで紹介した。興味のある方はお読み下さい。

(引用開始)

 神経は脳と脊髄をひっくるめた中枢神経と、中枢神経から全身に伸びている末梢神経に区別されます。末梢神経には感覚神経、運動神経、自律神経があります。感覚神経は読んで字の如く、全身からの感覚刺激を中枢に伝達する神経です。運動神経は中枢神経で意識したことに従い骨格筋を収縮させて身体を動かします。いずれも秒速数十メートルの速度で情報を伝達します。

(引用終了)
<同書 30ページ>

ここは神経系全体の話だ。先日「複眼主義の時間論」の項で説明した部分と一部重なる。ここから先は自律神経の話になる。続きを引用しよう。

(引用開始)

 さて詳しく説明したいのが最後の自律神経です。この神経は無意識に作動しているので、「自律」と名づけられました。つまり意識ではコントロールできない神経とも言えます。具体的には血液循環、呼吸、排泄、体温調節などの生命維持機能を、我々が意識しないでいてもちゃんとコントロールしてくれている重要な神経系です。また本能や情動によって行動するときには、運動神経とうまく協調しながら働きます。また各種ホルモン分泌などを身体の内部、すなわち血管に分泌する内分泌、広義で身体の外部である消化管内や汗など身体の外に物質を分泌する外分泌にも自律神経は関与しています。

(引用終了)
<同書 30−31ページ>

ここは自律神経全体の働きについてまとめた部分だ。呼吸に関する話は以前「呼吸について」の項で詳しく触れた。健康管理に興味のある人はそちらをお読みいただきたい。さらに引用を続けよう。

(引用開始)

 この自律神経はさらに交感神経と副交感神経とに区分されます。
 交感神経は中枢神経の胸腰髄から出ています。一方の副交感神経は中枢神経の上と下、脳幹と仙髄から出ています。その役割を簡単に既述すると、交感神経系はエネルギーを使う方向、興奮状態、攻撃態勢などの状況で活性化され、逆に副交感神経系は、エネルギーを蓄える方向、食事をして飲み込んで脈はゆっくりしてリラックス状態という状況で活躍しています。

(引用終了)
<同書 31ページ>

 複眼主義では、「生産」=「他人のための行為」、「消費」=「自分のための行為」とし、それを自律神経の対比と関連付ていける。すなわち、「生産」=「他人のための行為」=「エネルギーを使う交感神経優位」、「消費」=「自分のための行為」=「エネルギーを蓄える副交感神経優位」という対比・関連だ。詳しくはカテゴリ「生産と消費論」の各項を参照のこと。また、ここで体にとって大事なのは「交感神経は中枢神経の胸腰髄から出ています。一方の副交感神経は中枢神経の上と下、脳幹と仙髄から出ています。」という部分。どちらの自律神経系を活性化させたいかに応じて、呼吸や運動、体操や指圧などのやり方が分かれる。先を続けよう。

(引用開始)

 交感神経細胞の大部分はノルアドレナリンを放出して各器官や組織に作用します。アセチルコリンを放出する線維もあります。一方の副交感神経の大部分はアセチルコリンを放出します。各々の物質に対して作動するカギ穴のようなタンパク質、受容体があります。受容体については後で詳しく説明します。ノルアドレナリン、アドレナリンについては大別してα型とβ型があります。一方アセチルコリンについてはニコチン形受容体とムスカリン方受容体があります。これらは各々その作動物質に由来する名称で、ニコチンはいうまでもありませんが、ムスカリンはある毒キノコから抽出された物質の名前です。ノルアドレナリン、アセチルコリン、いずれの場合もそれがくっつく受容体によって作用が異なっています。

(引用終了)
<同書 31−32ページ>

ノルアドレナリンやアセチルコリンについては、以前「神経伝達物質とホルモン」の項でその働きを整理したことがある。併せて読むと理解が深まると思う。引用の最後は自律神経の作用の詳細だ。

(引用開始)

 以下におおざっぱですが、交感神経系、副交感神経系による作用を列挙しておきます。
 瞳孔は交感神経系で大きくなり(散瞳)、副交感神経で小さくなります(縮瞳)。交感神経系によって起きる現象は、気道の拡張、心拍数の増加、消化液の分泌抑制、射精、汗の分泌、鳥肌、などです。一方、涙、薄い唾液、鼻水、消化液、インシュリンが分泌されるのは副交感神経系です。副交感神経系ではそれ以外に気道の収縮があります。喘息の発作が睡眠時に多い理由です。また排尿、排便、勃起も副交感神経系によるものです。

(引用終了)
<同書 32ページ>

引用は以上。複眼主義による自律神経系の対比・関連付けを纏めると以下の通りとなる。

<交感神経優位>

社会活動:生産=他人のための行為
活動属性:理性的活動
美的意識:早く走り高く上ることへの憧れ(反重力美学)

<副交感神経優位>

社会活動:消費=自分のための行為
活動属性:感性的活動
美的意識:長閑な安らぎと古への懐かしさ(郷愁的美学)

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吉野民俗学と三木生命学

2015年05月12日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 ここまで「吉野民俗学」と「三木生命形態学」の両項で、

『隠された神々』吉野裕子著(河出文庫・2014年11月)
『日本人の死生観』吉野裕子著(河出文庫・2015年3月)
『内臓とこころ』三木成夫著(河出文庫・2013年3月)
『生命とリズム』三木成夫著(河出文庫・2013年12月)

の四冊を紹介したわけだが、吉野民俗学も三木生命学も21世紀に復活すべき地味だが重要な学説だと思う。

 この昭和期に活躍した二人の学者(三木成夫1925−1987、吉野裕子1916−2008)の仕事は一見かけ離れているように見えるけれど、吉野民俗学の、日本の古代信仰は「母なる自然(母胎)を中心とした同心円的世界観を持っていた」という指適、三木生命学の「人体構造は体壁系と内臓系の双極性を持つ」という知見とそこから発展した西原重力進化学、これらは複眼主義の定立にとても役立つこととなった。

 西原重力進化学の交感神経と副交感神経系、三木生命形態学の体壁系と内臓系、この二つの対極性から生まれたのが、反重力美学(交感神経)と郷愁的美学(副交感神経)、男性性(体壁系)と女性性(内臓系)の四つの組合せによって美意識を分類する「複眼主義美学」である。
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 古代信仰から連綿と続く、日本人の「自然に偏した意識構造」を組み込んだ複眼主義美学の成果は、<宇宙的郷愁とは何か>などとして、最近、電子書籍サイト「茂木賛の世界」の『百花深処』に載せたのでお読みいただけると嬉しい。

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三木生命形態学

2015年05月05日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 前回「吉野民俗学」の項で河出書房新社の文庫による名著復刻に触れたが、生命形態学者三木成夫の本も、最近同社から読みやすい文庫の形で二冊出版されている。

『内臓とこころ』三木成夫著(河出文庫・2013年3月)
『生命とリズム』三木成夫著(河出文庫・2013年12月)

がそれだ。まず内容について文庫カバー裏表紙の紹介文を転載しよう。

(引用開始)

『内臓とこころ』
「こころ」とは、内臓された宇宙のリズムである――おねしょ、おっぱい、空腹感といった子どもの発育過程をなぞりながら、人間の中に「こころ」がかたちづくられるまでを解き明かす解剖学者のデビュー作にして伝説的名著。四億年かけて進化してきた生命(いのち)の記憶は、毎日の生活の中で秘めやかに再生されている!育児・教育・保育・医療の意味を根源から問いなおす。
解説=養老孟司

『生命とリズム』
「イッキ飲み」や「朝寝坊」「ツボ」「お喋り」に対する宇宙レベルのアプローチから、「生命形態学」の原点である論考、そして感動の講演「胎児の世界と<いのちの波>」まで、『内臓とこころ』の著者が残したエッセイ、論文、講演をあますところなく収録。われわれ人間はどこから生まれ、どこへゆくのか――「三木生命学」のエッセンスにして最後の書。

(引用終了)

『内臓とこころ』の新聞紹介文も引用しておこう。

(引用開始)

 解剖学者が心の起源を解き明かした名著の復刻。
 解剖学的には、手足や脳は目や耳の感覚器官と一緒に「体壁系」と呼ぶという。魚をさばいたときに、はらわたを取り出した残りが体壁系だ。その取り出したはらわた=内臓系の感覚がどのようにできてくるのかを、膀胱や空腹時の胃、乳児が乳を吸う時の唇の感覚を例に解説。生命の主人公はあくまでも食と性を営む内臓系であり、感覚と運動に携わる体壁系は、手足に過ぎないという。人類が内臓感受系の覚醒により森羅万象に心が開かれてきた過程を、赤ん坊の成長に見られる好奇心の発達を重ね合わせながら概観する。

(引用終了)
<日刊ゲンダイ 4/24/2013>

 三木成夫の生命形態学については、先日「時間論を書き換える」の項で、その個体発生と系統発生の密接な関係性の知見が時間論の書き換えの糸口の一つになるだろうと書いたけれど、それとは別に、人体構造の解剖学的説明が面白い。それについては以前「体壁系と内臓系」「南船北馬」「“しくみ”と“かたち”」などの項で紹介したことがある。

 体壁系と内臓系の双極性は、複眼主義の基幹を成す対比の二つのうちの一つだ。まとめた図(一部)を参考までに載せておこう。

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 『内臓が生みだす心』(NHKブックス)の著者西原克成氏は、三木生命形態学を継いで生物の進化を研究し、『生物は重力が進化させた』(講談社ブルーバックス)を著した。「重力進化学」はそれを紹介したものだ。

 西原重力進化学では自律神経(交感神経と副交感神経)のうち交感神経そのものが「重力」によって発生したとする。この交感神経由来の美意識を私は「反重力美学」と名付けた。2010年のことだからもう今から5年も前になる。

 そして、その対極の副交感神経由来の美意識を2015年2月に「郷愁的美学」と名付けて発表した。

 交感神経優位=反重力美学と副交感神経優位=郷愁的美学の双極性は、複眼主義の基幹を成す二つの対比のうちのもう一つ、「集団」と「個人」との間の対比だ。こちらも図を載せておこう。
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 三木生命形態学は、あの吉本隆明が「もっとはやくこの著者の仕事に出会っていたら、いまよりましな仕事ができていただろうに」と後悔した(『海・呼吸・古代形象』三木成夫著<うぶすな書院>解説より)くらい大切な理論である。まだの人はすぐ手に入る河出文庫二冊から読み始めていただきたい。そして『胎児の研究』(中公新書)や『生命形態学序説』(うぶすな書房)、『海・呼吸・古代形象』(うぶすな書房)へと進んでいただきたい。

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吉野民俗学

2015年04月28日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 去年の暮れから今年の春にかけて、河出書房新社から民俗学者吉野裕子の本が入手しやすい形で二冊出版された。

『隠された神々』吉野裕子著(河出文庫・2014年11月)
『日本人の死生観』吉野裕子著(河出文庫・2015年3月)

がそれだ。まず、内容について文庫カバー裏表紙の紹介文を転載しよう。

(引用開始)

『隠された神々』
日本の信仰は、古代より太陽の運行にもとづき、神の去来を東西軸上に想定していた。だが白鳳期になり、星の信仰である中国の陰陽五行が渡来すると、神への信仰は、南北軸にとって変られる。“隠された神々”の秘密を探りながら、日本宗教の大きな変化に迫る、吉野民俗学の代表作。 解説=安田喜憲

『日本人の死生観』
古代日本人は、木や山を蛇に見立てて神とした。そして、人の生誕は蛇から人への変身であり、死は人から蛇への変身であった……神道の底流をなす蛇信仰の核心へと迫り、日本の神イメージを一新。“吉野民俗学”への最良の入門書となる名著! 解説=井上聰

(引用終了)

 吉野民俗学は、様々な事例をもとに、日本の古代信仰が「母なる自然(母胎)」を中心とした同心円的世界観を持っていたことを指適する。しかし、その研究は長い間日本の学会においてまともに取り扱われなかったらしい。その辺の事情について『隠された神々』の解説(国際日本文化研究センター名誉教授安田喜憲氏)から引用したい。

(引用開始)

女民俗学の確立

 だが多くの民俗祭祀は豊穣の祭りごとである。豊穣の儀礼は性の営みであり、そこでは生命を誕生させる女性がもっとも大きな役割を果たしたはずである。しかも、ながらく稲作漁撈文明の母権性の伝統のもとにあった日本においては、民俗の祭祀は女性原理と密接不可分にかかわっていた。そこには、女性の感覚でしか理解できないものが、山のように隠されているのである。
 にもかかわらず、明治以降の欧米のキリスト教の父権主義のもとに育った近代民俗学を導入することにやっきになった日本の学会では、そうした女性の視点をまったく軽視した。民俗学の中から女性の性や妖艶さを取り除くことが科学的であるとさえ考えていた。柳田国男や折口信夫の民俗学は男の民俗学であり、女の世界を欠如していた。
 しかし、日本文明の根幹には女性原理が深くかかわっているのである。日本文明の原点である縄文時代の土偶は、九九パーセントが妊婦である。縄文の社会は、生命を誕生させる女性中心の社会であった。つづく稲作漁撈社会も、女性中心の社会である。雲南省や貴州省に暮らす少数民族のハニ族、ミャオ族、イ族、トン族など稲作漁撈に生業の中心を置く人々は、今でも女性中心の母権制社会の伝統を強く残している(安田喜憲『稲作漁撈文明』雄山閣二〇〇九年)。日本でも平安時代までは妻問婚が一般的であり、母権性文明の伝統が強く残っていた。
 こうした母権制社会の伝統に立脚した縄文と稲作漁撈の文明を強く継承する日本の民族事例を研究するには、女性からの視点、なかんずく女性の性からの視点が必要不可欠なのである。(中略)
 日本の民俗学が女性の視点を取り入れ、柳田や折口の男民俗学から女民俗学が確立された時に、はじめて、日本民族学の真我、日本文明のエートスが理解されることになるのであろう。

(引用終了)
<同書 233−235ページより>

 吉野民俗学の指適は、複眼主義でいう日本人の「自然に偏した意識構造」と整合する。それともう一つ、『隠された神々』において興味深いのは、文庫カバー裏表紙の紹介文にもある東西軸と南北軸の議論だ。新聞の本書紹介文も引用しよう。

(引用開始)

 中国から渡来した陰陽五行説と星辰信仰が古代日本に与えた影響を論じ、独自の境地を切り拓いた民俗研究家の代表作。近江遷都や高松塚古墳に方位や占星術によるアニミズム的な呪術がこめられていること、天照大神(太陽神)の裏には太一(北極星の神)が隠されていることなどを鮮やかに示し、今なお異彩を放つ。

(引用終了)
<東京新聞12/21/2014(フリガナ省略)>

 安田喜憲氏は、この東西軸と南北軸について、日本では前者から後者に完全に置き換わった訳ではないことを強調する。そこには日本独特の「習合」という作用があったという。安田氏の『隠された神々』解説文から再度引用したい。

(引用開始)

 本書で吉野先生はまず「古代日本の文明原理には、太陽の運行から類推された東西軸を神聖視する思考があった」ことを指摘される。(中略)ところがこの古代日本の東西軸に、七世紀に百済を経由して中国大陸から伝来した陰陽五行の南北軸が追加される。(中略)
 こうした東西軸から南北軸への世界観の転換は畑作牧畜民(安田喜憲 前掲書)の中国の黄河文明のみでなく、エジプト文明においてもはっきりと認められる。これら畑作牧畜民の地域では、太陽信仰が星の信仰に完全に置き換わる。ところが稲作漁撈民の古代日本においては、陰陽五行の南北軸の星への信仰は、絶対的な太陽信仰の東西軸にとって代るほどの力はなかった。太陽信仰が星の信仰に完全に置き換わることはなかったのである。古代日本においては、新たに伝来した陰陽五行の星の信仰は、在来の太陽信仰に習合されたのである。
 ここにこそ日本文化の特色が語られている。日本文化の特色は新たにやって来たものが、これまであったもの全てを飲み尽くすというのではなく、在来のものが新たにやって来たものを受け入れ習合する。「これこそが日本を日本たらしめている力なのである」と本著は語っているように私は思う。

(引用終了)
<同書 235−237ページより>

 日本の古代信仰は、その「習合」の力によって、その後も外来の様々な思想や宗教、仏教、儒教やキリスト教などをその懐に取り込んでいく。文字も漢字を取り込んでひらがなやカタカナが作られた。『隠された神々』で著者は、この習合力の背景となったであろう、日本人の「見立て」や「擬(もど)き」といった連想的具象化能力を挙げる。

(引用開始)

 古代日本人は他の民族に劣らず、想像力が豊な民俗であったがこの古代日本人がつくり出した文化の型の特徴を一つあげるとすれば、私は「見立て」をあげたい。
 ここにいう「見立て」とは何か。日本舞踊を例に取るならば、一本の舞扇はあるいは傘に、あるいは酒器に、筆に、短冊に、手鏡にと見立てられ、その扱い方によっては扇はさらに雨、落花、流水をあらわし、また抽象的な事象をさえ表現する。これがいわゆる「見立て」であるが、日本舞踊におけるこの扇のように、一物で多様の役割を果たしているものは、おそらく世界じゅうどこにもない。(中略)
 古代日本人は抽象的な思惟を苦手とし、物ごとを理解しようとする時、それを何かに擬(なぞ)らえ、それからの連想によって捉(とら)えようとした人々だったと思う。つまり、「擬(もど)き好き」「連想好き」であって、それが日本人の原初的心情なのである。
「見立て」の背後に潜むものは、この心情であって、この傾向が神話・進行・世界像を創造し、神事、祭りの形態を定め、神事から諸種の芸能へと発展させてきたのである。

(引用終了)
<同書 12−13ページ>

習合力こそ「日本を日本たらしめている力」だとする吉野民俗学の指適は面白い。これをヒントにして日本の歴史をさらに探ってみたい。

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複眼主義の時間論

2015年04月13日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 前回「時間論を書き換える」の項で、「まっすぐに進んで戻らない万物共通のもの」という時間はユダヤ・キリスト教、一神教における概念に過ぎないと書き、その書き換えは、非キリスト教文化圏の日本人の手によって成されるだろうと予測したが、今回は私の(複眼主義による)時間論を披露しよう。勿論仮説だが様々な現象と整合的なので自分としてはなかなか気に入っている。

 複眼主義ではまず人と世界とを「個人」と「集団」とに分ける。人は「個人」であり世界は「集団」である。さらにそれぞれを、

「個人」:「脳の働き」=「公」と、「身体の働き」=「私」
「集団」:「都市の働き」=「公」と、「自然の働き」=「私」

とに二分する。ここまでは時間論以前の話だ。
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人と世界は円を斜め上から見たところとして表現。世界は斜線によって「都市の働き」と「自然の働き」とに分けられる。人は斜線によって「脳の働き」と「身体の働き」とに分けられる。

 個人の「脳の働き」と「身体の働き」については、「単行本読書法(2014)」での説明を繰り返しておこう。人の神経は、中枢神経系と抹消神経系からなり、中枢神経系には脳(大脳/脳幹/小脳)と脊髄があり、末梢神経系には体性神経(感覚神経/運動神経)と自律神経(交感神経/副交感神経)とがある。複眼主義で「脳の働き」と呼んでいるのは大脳の内の進化的に新しい大脳新皮質の働きを指し、「身体の働き」と呼んでいるのは、大脳の大脳旧皮質、脳幹の働きを指している。後者は小脳、脊髄および末梢神経全体と強く結ばれているから総じて「身体の働き」と言っているわけだ。人は「脳の働き」と「身体の働き」をバランスさせながら生きている。図では「身体の働き」に身体そのものも含む。

 集団の「都市の働き」と「自然の働き」は、個人の「脳の働き」と「身体の働き」に由来・対応する。個人の脳が集団に働きかけることによって作り出されるのが「都市」、身体そのものの母体となっているのが「自然」である。都市とは、脳の働きが身体と自然の力を元につくり出す人口のもの一切を指す。言葉、法律、国、会社、イベント、家、街、コンピュータ、TV、車などなど。自然とは、人工のもの以外を指す。

 ここまででもう想像が付くかもしれないが、複眼主義では以上に沿って、時間を四つに分けて考える。

「脳の働き」=現在進行形(t = 0)
「身体の働き」=寿命(t = life)

「都市の働き」=金利(t = interest)
「自然の働き」=無限大(t = ∞)

という具合だ。
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 脳の働きは常に現在進行形。今あなたはこの端末画面を見ているけれど、画面の後ろにある空間、乗り物や街、会社や家庭、そして世界全体を一挙に把握している筈だ。あなたの頭の中にはあなたがこれまで体験してきた世界の全てが同時にある。各人の脳は固有の現在進行形の時間を持っている。

 身体は寿命によって制御される。脳も身体の内だから、身体の時間が終われば脳の時間も終わる。寿命は身体の大きさに比例するというのが本川達雄氏の『ゾウの時間 ネズミの時間』(中公新書)である。この本については以前「集団の時間」の項でも紹介したことがある。

 多くの人の脳が作り出す都市の機能を制御する時間は、集団内で共通のものにしておく必要がある。今の都市の時間は(歴史的な力関係で)概ねユダヤ・キリスト教でいうところの「まっすぐに進んで戻らない万物共通のもの」を基準にしてある。その流通価値は、集団内の合意事項として効率(金利)によって判断することになっている。勿論世の中には金利ゼロという集団(社会)があってもよい。

 自然の時間は今の人智では計り知れない。だから宗教や科学の出番がある。宗教や科学が考える時間にはいろいろある。単純一方向型、インフレーション型、多元型、循環型などなど。複眼主義ではこれを無限大と置いている。ユダヤ・キリスト教徒は彼らの「まっすぐに進んで戻らない万物共通のもの」という単純一方向型の時間概念を自分達の「都市」にまず持ち込んだわけだ。それが今のところ世界基準となっている。

 無限大という意味はなんでもありということ。生物学のスケーリングや気象学、熱力学、流体力学などを勉強していると、ET = kWという、空間(W)サイズは、エネルギー(E)と固有時間(T)によって決まってくる(kは定数)という法則が一番しっくり来る。おそらく世界はET = kWの入れ子構造で成り立っていると思うのだが、これはまだ仮説前段階の域を出ない。身体の時間が終われば脳の時間も終わるように、自然の時間が終われば都市の時間も勿論終わる。

 こうした四つの時間概念、

「脳の働き」=現在進行形(t = 0)
「身体の働き」=寿命(t = life)
「都市の働き」=金利(t = interest)
「自然の働き」=無限大(t = ∞)

をベースにして私は生きている。一般の人と違うかもしれないが都市生活上なんの不便もない。会社(SMR)のミッションである「知の拡大」のために、日々、脳の現在進行形の時間を豊にすることを心掛けている。人との約束を破ることはない。各種工学の成果は無理のない範囲で利用する。身体健康上は寿命を全うしようというだけのことで「まっすぐに進んで戻らない万物共通のもの」を信じて若さに嫉妬したり老化に抵抗したりすることもない。

 モノコト・シフトの時代、皆さんも“コト”が起る時間について、さまざま想いを巡らせてみてはいかがだろう。宗教上の理由以外で「まっすぐに進んで戻らない万物共通のもの」である必然性が見つかったらそのときは是非お知らせいただきたい。その際工学(応用科学)と科学(science)との違いを見誤らないように。

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時間論を書き換える

2015年04月07日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 前回「進化論と進歩史観」の項で、進歩史観の基にある、過去から未来へ向かって一定速度で進む「統一時間」が宇宙を律していて歴史は滔々とその流れに沿って動くとする時間論について触れたが、今回は生物学の時間論について考えてみたい。

 動物のサイズによって時間の流れる速さが違ってくるという『ゾウの時間 ネズミの時間』(中公新書)の著者本川達雄氏は、『「長生き」が地球を滅ぼす』(文芸社文庫)という本の中で、動物の身体の大きさが動物の身体のつくりや働きにどう影響するかを調べる生物のスケーリングに関する本をいくつか紹介したあと、

(引用開始)

 以上、どの本にもエネルギー消費のことは詳しく書いてあるが、時間に関して突っ込んだ記述や議論はない。
 前記シュミットニールセンの本は名著の誉れが高い。彼はデューク大学の看板教授で、コールダー(彼の本の次に挙げた本の著者)は彼の高弟である。私はデュークに二年ばかりお世話になり、シュミットニールセンとはよく昼飯を一緒に食べた。
「時間(time)は体重の1/4乗に比例して変わるものです。」
 私が主張した時、シュミットニールセンは言った。
「君の言うのはtimeではなくcycle(周期)だ。」
 あ、これは時間の一神教だ!と思った。西洋では、まっすぐに進んで戻らない万物共通のものを時間と呼ぶ。くるくる回るものを普遍的な時間と呼ぶことに、彼らは強い抵抗を感じるようなのである。
 唯一の神を大文字でGodと書いて八百万の神々godsと区別し、Godこそが真の神だとユダヤ・キリスト教徒は考える。たぶん彼らの意識の中では、時間にもTimeとtimesの区別があり、唯一の神の造ったTimeこそが唯一の時間なのであって、timesの方は、本当は、そうは呼びたくないというのが西洋人の本音なのではないだろうか。だからこそcycleだとシュミットニールセンが言い直したのだと私は解釈している。この時の会話の調子から、時間を扱うと文化論にならざるを得ないなあと強く感じた。
 後年、彼が国際生物学賞(昭和天皇を記念して設けられた賞)を受賞して来日した際、『ゾウの時間 ネズミの時間』がベストセラーになったと告げたら、
「時間がいろいろ違うなんて、アメリカでは受入れられるはずがない。日本ではそういう本が売れるんだねえ。」と、彼我の違いに大いに驚き、不思議がりつつ感心していた。

(引用終了)
<同書 271−272ページより> 

と書いておられる。この「まっすぐに進んで戻らない万物共通のもの」という時間はユダヤ・キリスト教、一神教における概念に過ぎない。このことが重要だ。

 21世紀のモノコト・シフトが非キリスト教文化圏にある日本で進むと、進化論が池田氏の「形態形成システム」によって書き換えられるであろうように、本川氏のような日本人科学者によって、生物学の時間論そのものも書き換えられるだろう。引用にあるようにまだ抵抗は強いようだが、(モノコト・シフトは黙っていても世界規模で進んでいくから)それこそ時間の問題だと思われる。

 書き換えの突破口は、本川氏らのスケーリングの研究が一つ。もう一つは、個体発生は系統発生を繰り返すという発生学上の知見だろう。日本では解剖学者三木成夫氏の『胎児の世界』(中公新書)が有名だ。個体発生が時間を圧縮した系統発生を内に秘めているのであれば、生物の時間は原初からのそれの入れ子構造になっているわけで、「まっすぐに進んで戻らない万物共通のもの」の原理下だけにはないことになる。

 三木氏の本では2013年に復刻された『内臓とこころ』(河出文庫)と『生命とリズム』(河出文庫)が入手しやすい。一読をお勧めする。去年の暮、進化論的教育論(Evolutionary Pedagogy)の分野で三木氏の仕事を継承した『アインシュタインの逆オメガ』小泉英明著(文藝春秋)という本も出版された。

 時間論の見直し・書き換えは、いずれ物理学の世界でも行なわれるだろう。その取っ掛かりを「時空の分離」「再び複眼主義について」「クレタ人の憂鬱」などの項で書いておいた。併せてお読みいただけると嬉しい。

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