先日「社交のための言葉」の項で、社交について考えるために、作家丸谷才一氏の挨拶についての本を紹介したが、今回は、氏の『思考のレッスン』(文春文庫)と『文章読本』(中公文庫)によって、言葉のレトリック(言いまわしの型)について考えてみたい。
社交のための挨拶が主に話し言葉によるものだったのに対して、レトリックは、主に書き言葉(文章)に関することだ。まずは『思考のレッスン』から、レトリックとは何かについて引用しよう。
(引用開始)
レトリックというと、日本ではなんだかうさん臭いものと考えられているでしょう。西洋でもそういうところはあって、「レトリックにすぎない」とか、「レトリックの細工師」とか、軽蔑的に使われることが多いようですね。東洋でも、「文章は小枝なり」といった言い方がある。
それはレトリックをロジック抜きで考えるからなんですね。くだらないことをにぎやかに言うのがレトリックだと思われがちだけれど、本来レトリックとは、ロジックと手を携えて、論旨を上手に伝えていくための技術なんです。その相関的な関係が大事なんです。
(引用終了)
<同書 256−257ページ>
ということで、レトリックとは、文章において「論旨を上手に伝えていくための技術」であることをまず理解したい。
それでは、丸谷氏の『文章読本』によって、レトリックの項目を見てゆこう。その前に、同書によってレトリックのもう一つの基本を押えておく。
(引用開始)
レトリックの基本となるものは、大きく構へた、派手好みの、芝居がかった、つまり公的な表現である。さりげない、渋く抑へた、内々(うちうち)の、つまり私的な表現ではない。
(引用終了)
<同書 225ページ>
社交の挨拶も公的な営みだったが、レトリックも勝れて公的なものである。
では具体的に見てゆこう。『文章読本』の第九章「文体とレトリック」から、順番に列記する。
隠喩(メタファー):AはBである、というかたちのもの。
直喩(シミリー):AはBのようだ、というかたち(隠喩の直接性を緩めたもの)。
擬人法(プロソポピーア):抽象概念や物に人間のような性質を与えたもの。
迂言法(ペリフラシス):言葉数を多く使って遠まわしに言う技法。
代称(ケニング):何度も話題にのぼるものを別の言葉で婉曲に言う。
頭韻(アリタレイション):綺麗は汚い、汚いは綺麗、といった反復表現。
畳語法(エピジュークシス):同音語をつづけて強調するもの。
首句反復(アナフォーラ):文首・句首の同一語をくりかえすもの。
結句反復(エピフォーラ):文尾に同じ語句をくりかえして印象を強める。
前辞反復(アナディプロシス)前の文中の最後の言葉を次の文で繰り返す。
対句(アンティセシス):二つのものを互いに対比させて表現する。
連辞省略(アシンデント):節や句を接続詞抜きでつなぐ技法。
誇張法(ハイパーボリ):ものごとを誇張して表現する。
緩叙法(マイオウシス):ものごとを控えめに表現する。
曲言法(ライトウティーズ):反対語を否定して強い肯定をあらわす技法。
修辞的疑問(レトリカル・クエスチョン):漢文でいうところの反語。
換喩(メトニミー):事物をその属性をもって言い表す。
撞着語法(オクシモロン):矛盾する語を二つ結びつけて真理を差し出す。
擬声語・擬態語(オノマトピーア):描写するものの声や動作を音声で表現。
諺・パロディ・洒落(パン):文章の効果を高めるために使う。
ふう〜、全部で20項目もあった(!)。それぞれの具体的な例については、直接『文章読本』に当たっていただきたい。『野火』(大岡昇平著)を綿密に読み込んだ、丸谷氏の行き届いた解説が楽しめる。
レトリックとは、公的な文章表現において、論旨を上手く伝えていくための技術・型である。ビジネス文章やキャッチ・コピーでも、上手なレトリックを使えば、説得力や躍動感のあるものが書ける筈だ。社交の挨拶同様、レトリックについても良く学び、日本語表現を鍛えようではないか。
尚、比喩については、日本語の特徴を論じた「容器の比喩と擬人の比喩」「容器の比喩と擬人の比喩 II」の項なども参考にしていただきたい。
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