『日本史の謎は「地形」で解ける』竹村公太郎著(PHP文庫)、その続編『日本史の謎は「地形」で解ける 〔文明・文化篇〕』同著(同文庫)という2冊の本を面白く読んだ。著者の竹村氏は、元建設省河川局長で現在は日本水フォーラム事務局長。新聞の書評によってまず後者の内容を紹介しよう。
(引用開始)
風土から知る意外な事実
地形と気象の考察を根幹として、歴史の意外な事柄が推論により解き明かされてゆく。幕末、欧米が日本を植民地化しなかったのは、地震の多発とコレラを恐れたことによるという。一九二一(大正十)年を境に乳児死亡率が減少したのは、化学兵器として考えていた塩素をシベリア出兵撤退で水道の殺菌に回したからで、それを行なったのは、細菌学専門の後藤新平(元外務大臣・東京市長)であったと述べる。
過去、通常では考え得なかった歴史読解の鍵や事柄が随所に示される。徳川家康の鷹狩りは実は地形調査であり、江戸の発展は森林エネルギーに拠るとする。江戸の消費生活を支えたのは参勤交代で出てくる地方の大名たちで、いま東京に出て来て消費生活を送る学生と仕送りをする地方の親は「現代版の参勤交代」であると指摘。
著者は海外にも目を向け、約百基のピラミッドはナイル川の堤防治水事業で、台地の三基のピラミッドは灯台であったと論じる。一方、日本は既存のダムを利用すべきだと説くなど、河川技術の専門家である著者ならではの立論も示す。歴史の謎に風土に即した工学の光を当て、新しい推理のプロセスが楽しめるオリジナル文庫だ。気温の温暖化に関連して、広大な北海道が百年後の「食料自給のための切り札」となると予測するなど、未来の光明を見る思いがする。「文化は消費である」「弱者のベンチャー企業こそが、新しい工夫をして未知の世界に挑戦していける」と説く。心に残る文章だ。
地形や地質や災害に悩むのではなくそれを巧みに利用する大切さも学ぶ。民族の性格はその土地の気象や地形が決めるという説も傾聴に値する。古地図や写真など図版も豊富だ。
なお、同じ著者による『日本史の謎は「地形」で解ける』(同文庫、昨年十月刊)も、京都が千年以上都であり続けた理由を陸路・海路の起点という地形の上から説明するなど、独自の論を展開していて興味深い。
(引用終了)
<東京新聞 3/16/2014(フリガナは省略)>
内容には勿論異論もあるだろうが、竹村氏は河川技術の専門家として、現場に足を運び、データを集め、異なる事象間の関係を推理して、歴史の常識にチャレンジする。だから面白い。
竹村氏の文明構造モデルについて、『日本史の謎は「地形」で解ける 〔文明・文化篇〕』から引用しておこう。
(引用開始)
文明は、上部構造と下部構造で構成されている。文明の下部構造は、上部構造を支えている。その下部構造は、地形と気象に立脚している。下部構造がしっかりしていれば、上部構造は花開いていく。下部構造が衰退すれば、上部構造も衰退していく。
社会の下部構造とは、単なる土木構造物ではない。
下部構造は「安全」「食糧」「エネルギー」「交流」という4個の機能で構成されている。
(引用終了)
<同書 6ページより>
上部構造(文化)は、「産業」「商業」「金融」「医療」「教育」「芸術」「スポーツ」と分類されている。「地形と気象から見る歴史」とは、このような考えに基づく仮説形成なのである。私が特に面白いと思った章は以下の通り。
『日本史の謎は「地形」で解ける』
第3章 なぜ頼朝は鎌倉に幕府を開いたか
源頼朝が幼少の頃配流になった「伊豆の小島」とは、伊豆半島の中央にある「韮山町蛭ヶ小島」だったとは知らなかった。それだから、彼は少年時代湘南地方を縦横に駆け巡り、やがて土地勘のある鎌倉に幕府を開設したのだという。
第5章 半蔵門は本当に裏門だったのか
江戸城の地形から推理した結論は、西側の半蔵門が江戸城の正門だったとのこと。そこから話は第6章 赤穂浪士の討ち入りはなぜ成功したか、へと繋がっていく。家康と徳川幕府の話は、ほかでもいろいろと分析されている。利根川東遷、参勤交代が果たした役割、江戸への集積システムなどなど。
『日本史の謎は「地形」で解ける 〔文明・文化篇〕』
第3章 日本人の平均寿命をV字回復させたのは誰か
上の新聞書評にもある通り、なぜ日本が世界一の長寿命国になれたかは、大正10年に東京市長だった後藤新平に拠るところが大きいという。改めて後藤新平の伝記を読みたくなる話だ。
第16章 日本文明は生き残れるか
その地形の特色から、日本では分散型の水力発電において、新しいダムを作らずに、全国の既存ダムの運用変更やダムの嵩上げによって、試算上、新たに出力930万kW(100万kWの原子力発電所9基分!)の水力発電が可能という。
2冊の本には、この他、地形から来る日本人の縮み志向、小型化志向、もったいない精神などについての分析や、気象からくる日本人の気性、将棋誕生の秘密などなど、盛り沢山の内容となっている。皆さんも是非目を通してみていただきたい。
尚、竹村氏と養老孟司氏との共著『本質を見抜く力』(PHP新書)について、以前「流域思想 II」の項などで紹介したことがある。併せてお読みいただけると嬉しい。養老孟司氏もそうだが、科学技術者の一般書には、新鮮な発想が多く、起業のアイデアとしても様々参考になると思う。
この記事へのコメント
コメントを書く