夜間飛行

茂木賛からスモールビジネスを目指す人への熱いメッセージ


カヤックと鯨の骨のモニュメント

2014年02月18日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 「竜神伝説」の項で紹介した梨木香歩さんの『冬虫夏草』は、鈴鹿山中愛知川流域という狭いミクロ・コスモスの物語だった。「青玉伝説」の項で紹介した星川淳氏の『タマサイ 魂彩』は、海流域というマクロ・コスモスを跨ぐ壮大な物語だ。そのスケールは対照的だが、内容は共に、聖なる奥山と人の心の奥とを結ぶ「両端の奥の物語」である。小説を演出する「竜神」と「青玉」、二つの伝説はどちらも、それぞれの流域を繋ぐ“コト”の象徴としての役割を果たしていた。

 私は二つを並行的に読み進めながら、竜神伝説と青玉伝説の神秘を愉しむとともに、前者の「内部に籠もる」感じと後者の「外へ拓く」感じの双極性、いわゆる「内臓系と体壁系的双極性」をも同時に楽しんだ。複眼主義でいえば、内臓系=女性性、体壁系=男性性ということで、梨木さんと星川氏の性別と重なるわけだが、女性性を感じさせる小説の主人公が男性(綿貫征四郎)で、男性性を感じさせる小説のメイン主人公が女性(由紀)というのもまた、メビウスの輪のように捻れていて興味深い。

 奥山と人の心の奥とを結ぶ物語といえば、今から18年前(1996年)に急逝した、写真家星野道夫氏のことを想い起こす。星野氏は、アラスカを舞台に、自然と人の魂とを繋ぐ優れた写真(とエッセイ)を数多く残したことで知られている。小学館から出版されている、

『アラスカ 風のような物語』星野道夫著
『アラスカ 永遠なる命(いのち)』星野道夫著
『ぼくの出会ったアラスカ』星野道夫著

の3冊は、持ち運ぶのに便利な文庫スタイル(小学館文庫)でありながら、多くの写真とエッセイを楽しむことのできる素敵なシリーズ本だ。解説はそれぞれ、作家大庭みな子氏、尊父星野逸馬氏、奥様星野直子さんとなっている。私は『冬虫夏草』と『タマサイ 魂彩』を読み進めながら、合間に上の3冊のページを開いては、その素晴らしい写真とエッセイを堪能した。

 たとえば、『アラスカ 風のような物語』の冒頭にある、雄大な自然をバックに写した動物たち。平原を横切るカリブーの群れ、夕暮れのマッキンレー山脈を背にして湖に佇む一頭のムース、白い息を吐きながら雪原を歩む二頭の北極グマの後姿、切り株の上で木の実を食む愛らしいアカリス。そして(これは植物だが)、陽を浴びて背を伸ばす紫色のワイルドクロッカス。最初のカリブーの写真の右上には、

(引用開始)

あらゆる生命は同じ場所にとどまってはいない
人も、カリブーも、星さえも、
無窮の彼方へ旅を続けている

(引用終了)

という言葉が刻まれている。3冊の本には、全編に亘ってこのような詩情豊な写真と文章が載っている。是非手に取ってご覧いただきたい。

 梨木香歩さんと星川淳氏は、それぞれ、星野氏の写真を本のカバーに使っている。梨木さんのそれは、『春になったら苺を摘みに』(新潮文庫)と『水辺にて』(ちくま文庫)、星川氏のそれは、『ベーリンジアの記憶』(幻冬舎文庫)と今回の『タマサイ 魂彩』(南方新社)である。『水辺にて』で使われたのはカヤックの写真。梨木さんは同書の「発信、受信。この藪を抜けて」の項で、その辺りのことを次のように書いている。

(引用開始)

 ちょうど連載の第一稿を編集部へ送り、それから一人で近くの雪の降るS湖に漕ぎに行った日のことだった。帰宅すると郵便が届いていた。出版社から回送されてきたひとまとまりの中に、ポストカードが二枚、丁寧に封筒に入れられて入っていた。そのポストカードの写真を、思わず見つめ直した。一枚目の写真はたぶんアラスカの湖、カヤックが一艘浮かんでいる。私のカヤックと全く同じ色(大きさと形は違う。写真に写っているものは、いわゆる、「長期のツーリングに耐える」、大荷物を運ぶための、けれどやはりフォールディングタイプ)、係留されていて、固定されたパドルが片方、湖面に入っている。人はいない。たぶんこの艇の持ち主はこの写真を撮っている当人。そしてきっとそれは、と確かめるとやはり、アラスカの写真で有名な、亡くなった写真家のものだった。(中略)
 そのポストカードに書かれた肝心の文章自体は、私の過去の作品使用に関する、短いがとても感じのいい礼状のようなものだったが、添えられていた異国の歌の詩が、どういうわけか、このとき私が巻き込まれていた状況を俯瞰するようなものだった。それまで会ったことも話したこともないその送り主は、こちらの事情などご存知のはずもないのに、それらは本当にタイムリーに、まるでいくつもの偶然を利用し、届いた、「何か」からの「信号」のように、そのときの私の内側と奇妙にも深く響き合った。

(引用終了)
<同書 46−47ページ>

同書カバーの靄に翳む湖に浮かぶカヤックの写真は、美しく幻想的だ。

 星川氏の『ベーリンジアの記憶』では、鯨の骨のモニュメントの写真が使われている。その写真について、氏は同書のあとがきの中で次のように書いている。

(引用開始)

 末筆ながら、この物語の誕生にもかかわり、出版を喜んでくれた写真家の星野道夫氏が九六年、カムチャッカ半島でヒグマに襲われ帰らぬ人となった。ちょうど私が前述の一年にわたる旅をするころ、星野氏も絶筆となった『森と氷河と鯨』(世界文化社)の連載でアラスカとシベリアにまたがる旅をしていて、忙しい中からこんな感想を寄せてくれた。

  ……読み始めてすぐこの世界に入ってゆくことができました。現代と重複させながら書かれたのも良かったと思います。“すきま”という言葉はとても面白く、イメージをふくらませてくれました。骨が散らばるベーリンジアの書き方は、つかみどころのないこの草原に確かなイメージを与えてくれました。とても好きだった言葉は、“かんじんなのは他人の考えをよむことじゃない。そのもっと奥にある大きな願いというか、たくさんの人間や生きものが、太初のときからずっと抱きつづけてきた希望をくみとることだ”というところです。

 死の直前、ロシア側チョコト半島の海辺で鯨の骨のモニュメントに出会ったとき、星野氏はその撮影に大量のフィルムを費やしていいる。もしかすると、彼の頭の中にはユカナたちの見た<境>の風景が重なっていたのかもしれない。――そんな勝手な想像から、文庫本化にあたって遺作の一枚を表紙に使わせていただいた。

(引用終了)
<同書 311−312ページ>

同書カバーを飾る鯨の骨のモニュメント写真は、明瞭にして超越的だ。

 星野氏が存命であれば、『冬虫夏草』と『タマサイ 魂彩』が出たところで、梨木さん、星川氏、そして星野氏3人の「鼎談」などを企画したいところだ。テーマは「自然と人の魂を繋ぐ物語について」。北海道とアラスカ、鯨とオオワシ、カヤック、琵琶湖と屋久島、竜神と青玉伝説、沖縄とハワイ、きっと話は尽きないだろうに…。その早すぎる死(享年43歳)に対して、哀惜の念を禁じえない。

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posted by 茂木賛 at 10:27 | Permalink | Comment(1) | アート&レジャー

この記事へのコメント

(facebook上で友人星川淳氏からコメントを貰ったのでここに転載させていただきます)『タマサイ 〜魂彩』の前作『ベーリンジアの記憶』文庫版の表紙にも星野道夫さんの写真を使わせていただいたのですが、その鯨骨のモニュメントに注目してくれたのは彗眼!1996年夏に星野さんが亡くなった直後、絶筆となった名著『森と氷河と鯨』の最終章にロシア取材中のメモを収録するため、英語の走り書きが多いメモの翻訳を引き受けました。メモの現物コピーを見たとき、この鯨骨モニュメントに星野さんがどれほど感動したか、自分もそこに居合わせたようにビリビリ伝わってきました。
Posted by 茂木 at 2014年02月21日 12:19

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