藤田紘一郎氏の本を読んでいたら、「遺伝子の水平伝播」という言葉に出会った。藤田氏は腸内細菌や寄生虫の研究者で、このブログでも以前「脳腸バランス」や「糖質と脂質」の項でその著書を紹介したことがある。この言葉(遺伝子の水平伝播)が出てくるのは、氏の最新刊“遺伝子も腸の言いなり”(三五館)である。その部分を引用しよう。
(引用開始)
2010年4月、フランスの海洋生物学と海洋学の研究・教育機関であるロスコフ生物学研究所の研究チームが、海藻を消化する酵素は日本人の腸内にのみ存在していると、科学誌「ネイチャー」で発表しました。
研究チームは、ゾベリア・ガラクタニボランという海洋性バクテリアが、アマノリ属の海草に含まれる多糖類を分解する酵素を持っていることを発見しました。そして、日本人の被験者13人と、北米に住む被験者18人の腸内細菌の遺伝子を比較したところ、海洋微生物に由来する遺伝子は日本人の腸内からしか発見されませんでした。
これは、日本人が長いあいだ、習慣的に海藻を使った料理を食べて海洋微生物を摂取することで、腸内に数兆個が棲むとされる細菌の一種が、海藻を消化する遺伝子を取り入れることが出来たのではないかと考えられています。(中略)
今までの考え方では、遺伝子は生殖によって次世代に渡される垂直伝播のみ、つまり親から子だけに受け継がれるものだとされてきました。しかし実際は、このように遺伝子が種を越えて移転する、遺伝子の水平伝播という、異なる種のあいだでも遺伝子の受け渡しが起こっているのです。
進化は遺伝情報の共有によって加速します。そうすれば他の生物が「学習した」内容を情報として手に入れることができます。遺伝子が共有されるのならば、生物は独立した不連続な存在ではないということになります。
(引用終了)
<同書 154−155ページ>
遺伝子が環境の影響を受けて変化し、種から種へ伝播して変わっていくことを「エピジェネティクス」(後天的遺伝子制御変化)という。
(引用開始)
エピジェネティクスの「エピ」は、ギリシャ語で「上の、別の、後から」という意味を持ち、本来の遺伝情報の「上につく別の遺伝情報」や「後で獲得した遺伝情報」という意味です。そして、エピジェネティクスによって変化した遺伝情報のことを「エピゲノム」(後天的遺伝情報)と呼びます。
(引用終了)
<同書 160ページ>
エピジェネティクスは、遺伝子という“モノ”から、環境と細胞の相互作用という“コト”への関心のシフトということで、このブログで指摘している21世紀のモノコト・シフトの一例だと思う。「遺伝子が共有されるのならば、生物は独立した不連続な存在ではないということになります」という指摘は面白い。世界は、ミーディアム(空気や水などの媒体物質)とサブスタンス(土や木などの固体物質)、そしてその二つが出会うところのサーフェス(表面)から出来ているとするアフォーダンス理論の考え方が、生物学にも応用可能になるからだ。この分野での更なる研究に期待したい。
それにしても、この本のメイン・テーマである腸内細菌の健康に及ぼす影響には驚く。酵素と細菌との関係については、「酵素の働きと寿命の関係」の項で紹介した鶴見隆史氏の新しい著書“「酵素」がつくる腸免疫力”(大和書房)などにも詳しい。
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