夜間飛行

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アッパーグラウンド

2013年07月16日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 “アンダーグラウンド”村上春樹著(講談社文庫)を読んだ。1995年3月20日(月曜日)、都内の地下鉄で何が起こり、被害者が何を考えどう行動し、そしてその後どういう状況に置かれたのか。

 膨大なインタビューを通して浮かび上がるのは、通勤地獄と長時間勤務に耐える「近代家族」の姿と、非常時に社会基盤(インフラストラクチャー)を効率的に運用できないResource Planning型リーダーシップの欠如だ。このドラマの主人公は1995年の日本社会そのものだと思う。だからこの項のタイトルは、アンダーグラウンドではなく、アッパーグラウンド(地上)とした。

 リーダーシップには二種類ある。一つは、システム全体を俯瞰して資源配分などを効率よく進めるResource Planning型、もう一つは、システムの中に入り込んで改善を行なうProcess Technology型である。今の日本語的発想は、環境に同化しやすいので、後者には強いが前者には弱い。

 「新しい家族の枠組み」の項で述べたように、21世紀に入って、家族や労働のあり方に対する価値観は、根本的に変わってきている。これは、このブログで指摘している“モノからコトへ”のパラダイム・シフト(略してモノコト・シフト)に呼応した世界的潮流だ。

 20世紀的価値観は、

1. 家内領域と公共領域の分離
2. 家族成員相互の強い情緒的関係
3. 子供中心主義
4. 男は公共領域・女は家内領域という性別分業
5. 家族の団体性の強化
6. 社交の衰退
7. 非親族の排除
8. 核家族

といったものだったが、「新しい家族の枠組み」の価値観は、

1. 家内領域と公共領域の近接
2. 家族構成員相互の理性的関係
3. 価値中心主義
4. 資質と時間による分業
5. 家族の自立性の強化
6. 社交の復活
7. 非親族への寛容
8. 大家族

といったことだ。勿論、両者は当面斑模様のように混在する。

 新しい家族や労働のあり方に関する価値観は、新しい産業システムと、それを支えるエネルギーや交通、住宅や社会保障などの社会基盤を必要とする。20世紀的価値観における産業システムは、基本的に、大量生産・輸送・消費だったから、それを支える社会基盤も、高度な交通網、郊外団地、終身雇用を前提とした年金制度などが用意されたわけだ。

 価値観が変われば、それに相応しい産業システムも変わる。日本におけるモノコト・シフトでは、その社会的事情(歴史や経済、地理や人口構成など)に応じて、多品種少量生産、食品の地産地消、資源循環、新技術といった産業システムが相応しいことは、「世界の問題と地域の課題」の項で述べた。

 あの事件から18年後の2013年現在、家族や労働のあり方に関する価値観が変わってきているにも拘らず、Resource Planning型リーダーシップの欠如の方は相変わらずだ。

 本来、これからの社会基盤は、多品種少量生産、食品の地産地消、資源循環、新技術といった新しい産業システムを支えなければならないのに、Resource Planning型リーダーシップの欠如によって、そちらは、旧態然とした大量生産・輸送・消費の産業システムを支えるままなのだ。老朽化も目立っている。「新しい家族の枠組み」の項で、

(引用開始)

 日本社会は今、「近代家族」の崩壊を目の当たりにしながらも、糸の切れた凧のように彷徨っている。それは、敗戦直後アメリカに強制された理念優先の新憲法のもと、長く続いた経済的高度成長が、まともな思考の停止と麻薬のような享楽主義とを生み、環境に同化しやすい思考癖(日本語の特色)と相俟って、財欲に駆られた人々による強欲支配と、古い家制度の残滓に寄りかかった無責任な官僚行政とを許しているからである。

(引用終了)

と書いたけれど、社会基盤の方が旧態然としたままだから、多くのまともな人々も、心ここに在らずの状態で、20世紀型の通勤地獄と長時間勤務に従っている、というのが日本社会の(少なくとも東京の)現状ではないだろうか。

 村上氏が“アンダーグラウンド”を書き上げたのは1997年のことだ。まだ「モノコト・シフト」や「新しい家族の価値観」はその全貌を現していないけれど、この作品は、村上氏の作家的直感による「近代家族と戦後的日本」への挽歌ともいえると思う。村上氏は“アンダーグラウンド”のあと、日本社会のアッパーグラウンド(地上)を、“スプートニクの恋人”、“海辺のカフカ”、“アフターダーク”と追いかけていき、2010年“1Q84”に至るわけだが、そこでは、リトル・ピープルに象徴される20世紀的価値観が崩壊した世界が描かれている。以前「1963年」の項で、村上氏は「現実は1984年以降、暗澹たる“1Q84”の世界に迷い込んだままだ」と言いたいのかもしれないと書いたけれど、その作品発想の種は、“アンダーグラウンド”の頃に生まれたのだろう。

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posted by 茂木賛 at 10:25 | Permalink | Comment(0) | 街づくり

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