夜間飛行

茂木賛からスモールビジネスを目指す人への熱いメッセージ


発音体感

2011年03月15日 [ 言葉について ]@sanmotegiをフォローする

 東日本巨大地震が起こった。被災された方々に心よりお見舞い申しあげる。このブログでは、あえて平常心で記事を書いてゆくこととする。復旧作業や耐久生活の合間、一時一緒に「知」の飛行を楽しんでいただければと思う。

 これまで「日本語の力」「少数意見」「民族移動と言語との関係」「日本の生産技術の質が高い理由」などで紹介してきた“日本語はなぜ美しいのか”黒川伊保子著(集英社新書)という本を、皆さんはすでにお読みになっただろうか。まだなら是非お読みいただきたい。母音を主体に音声認識する世界にも珍しい「日本語」という言葉のことがよく理解できると思う。

 今回はこの本と、同じ黒川氏の“怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか”(新潮新書)に沿って、母音の「発音体感」について纏めておきたい。「発音体感」とは、発声された音韻によって意識と所作と情景が結ばれるという、言葉の(記号として以前の)本質的なはたらきを指す。

「あ」: 口腔前方を自然に開いた開放音。明るく自然で、あっけらかんとしている。存在を認める音、認識の始点。

「い」: 喉の奥から舌の中央部に向けて力が入り、まっすぐに意識対象に突き進む音。前向きで一途、尖った感じ。

「う」: 口腔内の小さな閉空間。痛みなどを受け止めて体内にキープする音。内向する感情や、内に秘めた潜在力を示す。

「え」: 口腔内に生じる平たい奥行き。平たい空間の広さ、遠さ、時の永遠をイメージさせる。遠慮やエレガントさを示す。おもねる感情なども示す。

「お」: 口腔内の大きな閉空間。自身を包み込むような大きさの空間や物体をイメージさせる。包み込む感じ。

 日本語は、以上の母音に子音の発音体感が加わって、言葉としての「発音体感」が得られる仕組みになっている。子音の発音体感とは、

「か行」: 硬さ最大。強さ(清音中)最大。乾き最大。緊張やスピードを示す。

「さ行」: 空気感があり、摩擦係数が小さく、適度な湿度感がある。

「た行」: 硬さ「か行」に準ずる。強さ「か行」と同等。湿度・粘性最大。

などなど。

 さて、以上を踏まえ、“日本語はなぜ美しいのか”にある以下のショート・ストーリーをお読みいただきたい。途中解説文を一部省略したところがあることをお断りしておく。

(引用開始)

 渋谷のセンター街で、深夜に、家にいるはずの妻の姿を見かけたら、誰でも「あっ」と驚いて立ち止まるだろう。
 このとき、身体は、脳天から吊られたような状態になって、余分な力がどこにも入っていない、完璧なニュートラル・バランスだ。

 夫婦関係が健全なら、夫は妻に近づいて声をかけようとするだろう。
 このとき、「あっ」で吊られたようになっている身体の呪縛をほどくには、ほっと力を抜くオと、前に出るイの組み合わせ「おい」が一番効く。

 しかし、妻の隣に若い男がいたら、夫は「えっ」とのけぞって、再び立ち止まるに違いない。
 エは、発音点が前方にありながら、舌を平たくして、下奥に引き込むようにして出す音だ。このため、「広々と遠大な距離感」を感じさせ、前へ出ようとしていたのに、何かのトラブルでのけぞる感覚に最もよく似合う。

 妻の隣にいたのが、最近とみに背が伸びた自分の息子だったら、夫は再び「おいおい」と言いながら、ふたりに近づくはずだ。この場合の「おい」は、ほどけるオの方にアクセントがある。妻を呼び止めようとした、最初の「おい(いに傍点)」とはニュアンスが違う。

 ほっとした思いも手伝って、「おまえたち、こんな時間にこんなところで、何、遊んでるんだ?」とちょっと偉そうに声をかけて、「あなたこそ、残業じゃなかったの?」と言い返されたら、出す声は、「うっ」しかない。受身で痛みに耐えるときのウである。

(引用終了)
<同書156-158ページより>

いかがだろう。母音の発音体感を巡る、なんとも秀逸なショート・ストーリーではないだろうか。母音を主体に音声認識する日本語の力は、日本人の気持ちを身体の奥から支えている。この力は、いま列島を襲った驚天の事態を乗り越える心の糧になる筈だ。皆さんも、これまで「あっ」「おい」「えっ」「おいおい」「うっ」などの母音を使った時の自分を思い起こし、明日の復興に向けたショート・ストーリーを作ってみていただきたい。きっと希望が胸に沸くことと思う。

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posted by 茂木賛 at 10:37 | Permalink | Comment(0) | 言葉について

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