先日「宝石のような言葉」の項を書いていたら、「宝石」という単語からの連想で、“珠玉”と題された開高健氏の短編集のことを思いだした。いま手元にあるのは1993年発刊の文春文庫版だが、私はこの作品を初出の「文學界」1990年新年号で読んだ記憶がある。アクアマリンやガーネット、ムーン・ストーンといった宝石類が印象深い。
開高氏には“ロマネ・コンティ・一九三五年”という名の短編集もあり、どちらの作品にも女と酒場が出てくる。酒場といえば、“愉楽の銀座酒場”太田和彦著(文藝春秋)という本がある。銀座の酒場73軒を紹介した本で、“銀座百点”(銀座百店会発刊)という冊子に連載された文章を纏めたものだ。本文の一部を本の帯から引用してみよう。
(引用開始)
銀座は日本一、いやもしかすると世界一のバーの街かもしれない。その中でも私にとって「テンダー」は別格だ。旧資生堂ロオジエの壁に貼られていた緑の大理石を薄く切り、背後から光を透かせた優雅な店内に、クリーム色のジャケットを着たバーテンダー五人がきびきびと動く光景は、まことに銀座らしい華やかさとプロの世界がある。(本文より)
(引用終了)
<同書帯裏の紹介文>
いかにも行ってみたくなるではないか。本のカバーには「テンダー」のバーカウンターの写真があしらわれている。“珠玉”「掌(て)のなかの海」の冒頭に出てくる酒場は“汐留の貨車駅の近く”とあるから、その店も銀座のはずれと云えなくはない。
“銀座百点”という冊子は百店会の越後屋さんから戴くことが多いのだが、その2009年2月号を見ると、その前の月に連載を終えた太田氏と、切り絵作家の成田一徹氏の対談が載っている。その号には「切り絵でつづる銀座のバー」という成田氏の作品もある。成田氏の切り絵は繊細かつ重厚で、バーカウンターの鋭い直線が美しい。一丁目の「バー・オーパ」の絵もあるが、この店名は開高健氏のノンフィクション“オーパ!”から取ったものかどうか。
成田氏の近作は、昨年刊行された“東京シルエット”(創森社)という本に纏められている。本の帯から引用しよう。
(引用開始)
首都の風貌
いきなり超高層ビルが林立したり、下町情緒たっぷりの路地裏が残っていたり……
東京の情景、様相を122枚のシャープなモノクロ切り絵で鮮烈に映し出す
(引用終了)
<同書帯表の紹介文>
ここに収められた切り絵は、朝日新聞の日曜版に連載されていた。
“銀座百点”では、太田氏が連載を終えた2009年1月号から、こんどは村松友視氏が“一杯の珈琲から 銀座の喫茶店ものがたり”と題したエッセイを連載し始めた。楽しく読んでいたけれど、その連載が昨年の12月号で終わった。この地域密着型の情報誌は、小振りながら内容がとても充実している。12月号には、10月に亡くなった池部良氏の連載エッセイの最終回も載っている。毎月発行で2010年12月号が673号とあるから、かれこれ50年以上続いてきたわけだ。
村松友視氏といえば、昨年の暮れに書き下ろしで発刊された“帝国ホテルの不思議”(日本経済新聞出版社)という本が面白い。本の帯から紹介文を引用しよう。
(引用開始)
虚と実が溶け合った職人芸が花開く舞台
誰でも知っている帝国ホテル、誰も知らない帝国ホテル……
現場の仕事人から炙り出される、一二〇年の歴史と伝統が生んだ、摩訶不思議な文化の砦
(引用終了)
<同書帯表の紹介文>
こちらもいかにも行って泊まって見たい。本のカバーには、ホテル内のオールドインペリアルバーの写真が使われている。そういえば以前何かの打ち合わせでエレベーター・ホールを通ったとき、車椅子に座った今は亡き森繁久弥氏を見かけたことがある。晩年帝国ホテルを定宿にしておられたのだろうか。
帝国ホテルといえば、“帝国ホテル・ライト館の謎”山口由美著(集英社新書)という本も去年出た。“「帝国ホテル」から見た現代史”犬丸一郎著(東京新聞出版局)と三冊併せて読めば、日本の玄関といわれる老舗ホテルの歴史と今がよく分かるだろう。
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