前回の自律神経(「交感神経と副交感神経」)の話に関連して、人のエネルギー生成についても書いておこう。これまで「免疫について」「重力進化学」などで紹介してきた安保徹教授(新潟大学大学院)は、人には「解糖系」と「ミトコンドリア系」という、二種類の「エネルギー生成方法」が備わっていると述べておられる。氏の著書“かたよらない生き方 病気にならない免疫生活のススメ”(海竜社)から引用する。
(引用開始)
真核生物である動物、つまり多細胞生物は解糖系とミトコンドリア系という二つの生命体を、つまり細胞を使い分けて生きています。
解糖系は、酸素なしでぶどう糖をピルビン酸と乳酸にする形のエネルギー生成系ですが、これは瞬発力と分裂に優れています。一方、ミトコンドリアは酸素を使って効率よくエネルギーをつくり持続力があるけれど、分裂のない世界です。
この二つの使い道はまったく違っています。おそらく、解糖系とミトコンドリアの比率は一対一と考えられますが、年齢と生き方によって多少変化があります。現在でも解糖系は分裂と瞬発力、ミトコンドリアは持続力という性質を持っていて、私たちは状況に応じて使い分けているのです。
(引用終了)
<同書23−24ページ>
陸上競技でいえば、解糖系は短距離の瞬発力に、ミトコンドリア系はマラソンなどの持久力に使われるということだ。安保氏の最新著書“やはり、「免疫力」だ!”(ワック出版)からさらに詳しく見てみたい。
(引用開始)
解糖系の瞬発力とミトコンドリア系の持続力の違いは、エネルギー系の効率と関係しています。
酸素を使うミトコンドリア系はたんぱく質、脂肪、糖など何でも取り込みます。それをアセチルCoA(アセチルコエンザイムエー)という物質にして、クエン酸回路を回します。クエン酸回路とは、食事からの糖質、疲労の原因物質である乳酸や体脂肪などを分解して、エネルギーに変換する回路です。
また、ミトコンドリア系は、解糖系とクエン酸回路で生じた水素を電気現象にして回します。これがミトコンドリアの内臓で起こる電子伝達系です。
つまり、ミトコンドリア系のエネルギー生成はクエン酸回路と電子伝達系の二本立てでATP(アデノシン三リン酸)という「エネルギー通貨」(生物体内の物質代謝で使われる重要性から「生体のエネルギー通貨」と呼ばれています)をつくります。
一方、解糖系は、エネルギー源はグルコース(ブドウ糖)で、糖しか使いません。米、小麦、イモ類など炭水化物を多く含む食物をとることで、グルコースとピルビン酸に分解して、ATPをつくります。そして最後には乳酸ができますが、筋力運動をしたり全力疾走したりすると、疲れるのは疲労物質である乳酸ができるからです。
(引用終了)
<同書193−194ページ>
それでは、この二つのエネルギー生成系と、前回の交感神経と副交感神経との関係はどのようになっているのだろうか。“かたよらない生き方 病気にならない免疫生活のススメ”安保徹著(海竜社)から再び引用しよう。
(引用開始)
では、自律神経とエネルギー生成系はどうつながっているかというと、エネルギーを解糖系でつくろうが、ミトコンドリア系でつくろうが、エネルギーをつくり、使っているときは交感神経が働いているのです。ですから、瞬発力で活動するときも、持久力で活動するときも交感神経の活性化です。
その反対に、エネルギーの消費を抑え、休んだときは副交感神経です。解糖系でもミトコンドリア系でもエネルギーの産生を極限まで抑制して、たとえば眠っているような状態のとき、あるいは、エネルギーをつくったり、放出したりするの止めて、ものを食べてエネルギーを溜める材料を取り込み、エネルギーを貯蓄しているときなどが副交感神経です。
つまり、二つのエネルギー生成系のどちらを使っても、交感神経です。逆にどっちも極限まで休ませて、ものを食べたり、休んだり、呼吸をしているときが副交感神経という関係なのです。
(引用終了)
<同書92−93ページ>
人は二つのエネルギー生成系を使い、さらに自律神経のアクセル(交感神経)とブレーキ(副交感神経)とを使って環境に対処している。我々の健康の秘訣は、この二つのシステムのバランスを上手く図ることなのである。
ところで、我々の体の中に酸素を好むミトコンドリアと酸素を嫌う解糖系の細胞があるのは、生物の上陸劇とは密接な関係があるらしい。一説によると、太古、シノアバクテリアの出す酸素が空気中に満ちていたとき、解糖系の細胞にミトコンドリアが共生したという。「カーブアウト」「進化のアナロジー」などで紹介した、生物学者の池田清彦氏の“38億年 生物進化の旅”(新潮社)から引用しよう。
(引用開始)
多くの真核生物は、ミトコンドリアを取り込んだことによって、酸素を使ってエネルギーを得るようになった。それまでの無酸素呼吸に比べると酸素呼吸の効率は非常に高い。それによって真核生物のエネルギー効率は飛躍的に高まったのだった。
(引用終了)
<同書36−37ページ>
ミトコンドリアが解糖系の細胞に共生したことで、生物は水の中から酸素濃度の高い空気のなかで生きることが出来るようになった。そのあと脊椎動物は「重力進化学」で述べたような進化を遂げ、とくに「交感神経」を発達させる。全身に広がった交感神経によって、「食べること以外」の調整が行われるようになり、その食べること以外の活動が、やがて「人間の文化」を発祥させたのである。
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