「3の構造」や「3の構造 II」でご紹介した井形慶子さんの新著、“老朽マンションの奇跡”(新潮社)を楽しく読んだ。内容は、東京・吉祥寺にある中古マンションを、ロンドン・フラット風にリフォームし、著者が経営する出版社のスタジオ・倉庫兼、若者社員の住居にしようという試みだ。本の帯の紹介文を引用しよう。
(引用開始)
「住みたい街No.1」吉祥寺で築35年のメゾネットを500万円で買って「ロンドンフラット」に再生!見棄てられたガラクタ物件をわずかな予算で理想の家に作り替え。不況の今だからこそ叶う住宅取得の裏ワザが炸裂する。あなたの住宅感を変える疾風怒濤のドキュメンタリー。
(引用終了)
紹介文に散りばめられた言葉から分る通り、この本には幾つもの「層」があり、その重層性がこの本の魅力と云える。以下、列挙してみる。
1. リフォームが予定内にうまくいくかどうかという、ドキュメンタリー的な面白さ。
2. 経営者としての社員に対する気持ち。組織の適正規模や人を大切にするマネジメントの重要性。
3. 最近の住宅事情や、リフォームに関する実務的知識。
4. 著者の住宅に対する並々ならぬ好奇心と、イギリス人的生き方への共感。
5. 著者の吉祥寺という街に対する愛着。
どの層も面白くまた役に立つのだが、特に、
5.著者の吉祥寺という街に対する愛着
が、このプロジェクト全体の推進力になっていて、本の読後感を豊かなものにしている。
以前ご紹介した“イギリスの家を1000万円で建てた!”(新潮OH文庫)によると、井形さんのご自宅も吉祥寺エリアにあるという。そのことは、この本でも触れられている。愛着のある街に、「ロンドン・フラット」という新しい価値を付加する喜びが、著者の行動力を支えているのである。
その吉祥寺の街の魅力とはなにか。“吉祥寺スタイル 楽しい街の50の秘密”三浦展+渡和由研究室共著(文藝春秋)に依って考えてみたい。同書では、吉祥寺の街の魅力を、五つのキーワードを手掛かりに分析している。以下、文章の引用を交えて、それらのキーワードを標してみよう。
I 歩ける
(引用開始)
吉祥寺は、駅から半径400mの中に、すべてが揃っている。
歩ける範囲に何でもある。
路地がたくさんあって、歩くことを楽しめる。
そして路地ごとにいろいろなカルチャーが育っている。
(引用終了)
<同書30ページ>
II 透ける
(引用開始)
時代の変化に対応して使い方を変えられる街。
ハードな都市ではなく、ソフトな街。
生活に合わせて、さまざまなインフィルを付け加えられる街。
スケルトンな街。スケルタウン。
それが吉祥寺だ。
(引用終了)
<同書65ページ>
III 流れる
(引用開始)
吉祥寺の街路は、多くの街路によって多数の小さな街区が生まれているため、まさに「モザイク状のサブカルチャー」を生み育てるのに最適である。ハイソでファッショナブルな文化も、プアで反抗的な文化も、併存している。
(引用終了)
<同書99ページ>
IV 溜まる
(引用開始)
吉祥寺は、第三の居場所(行きつけの街のなじみの場所)の宝庫である。こだわりと個性を持った主(あるじ)が居る町の「居間」がたくさんある。その主たちがしつらえた多様な雰囲気と文化を、自分の好みで選択して、一時的に間借りできる。第三の場所は、街にある自分のコーナーでもある。第三の居場所として感じられる場所をたくさん持てる街だから、吉祥寺は住んでみたい街、行ってみたくなる街なのである。
(引用終了)
<同書129ページ。括弧内は引用者による注。>
V 混ぜる
(引用開始)
吉祥寺の街は、こだわりのコンポーネント・ステレオのように、小さな特色のあるパーツで構成されている。(中略)
たとえば古いマンションや倉庫跡などに新しい店が入ることは、吉祥寺では日常茶飯事だ。井の頭線ガード横の50年近い、おんぼろな建物は、もともとはキャバレーだったらしいが、その後予備校の倉庫になり、今は、知る人ぞ知る先鋭的なカフェや雑貨店が入っている。(中略)
こういう新旧のコンポーネント、あるいは住居や店や仕事場というコンポーネントが混ざり合って吉祥寺という街の魅力が増幅されているのである。
(引用終了)
<同書164−165ページ>
いかがだろう。吉祥寺の街は、このような特徴に支えられて、今も「住みたい街No.1」なのである。井形さんのロンドン・フラットも、素敵な魅力のひとつとして、この街にしっかりと根付いていくに違いない。
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