マップラバーとは何か。この楽しい言葉が出てくるのは、今年の夏休みに読んだ“世界は分けてもわからない”福岡伸一著(講談社現代新書)の中である。まずはその部分を引用してみよう。
(引用開始)
おおよそ世の中の人間の性向は、マップラバーとマップヘイターに二分類することができる。(中略)
マップラバー(map lover)はその名のとおり、地図が大好き。百貨店に行けばまず売り場案内板(フロアプラン)に直行する。自分の位置と目的の店の位置を定めないと行動が始まらない。マップラバーは起点、終点、上流、下流、東西南北をこよなく愛する。(中略)
対するマップヘイター(map hater)。自分の行きたいところに行くのに地図や案内板など全くたよりにしない。むしろ地図など面倒くさいものは見ない。百貨店に入ると勘だけでやみくもに歩き出し、それでいてちゃんと目的場所を見つけられる。二度目なら確実に最短距離で直行できる。(後略)
(引用終了)
<同書88−89ページ>
分子生物学者で青山学院大学教授の福岡伸一氏は、ロハス(Lifestyles of Health And Sustainability)な生き方の提唱者として有名だ。ロハス的生き方とは、健康と持続可能性に配慮した生き方のことで、私が提唱している「21世紀型スモールビジネス」の価値観とも共通するところが多い。21世紀型スモールビジネスとは、多品種少量生産、食品の地産地消、資源循環、新技術といった、安定成長時代の産業システムを牽引する、組織規模の小さいビジネス形態のことである(「スモールビジネスの時代」)。尚、福岡氏のご著書は、すでに「アートビジネス」、「エッジ・エフェクト」、「シグモイド・カーブ」などでも引用したので、お読みいただけると嬉しい。
さて上の文章、なにやら福岡先生ご夫婦のことのようにも読めるけれど、そうではなく、この性向(特にマップヘイター)は、生物学的に重要な概念であるという。
(引用開始)
実は、マップヘイターが採用しているこの分散的な行動原理は、全体像をあらかじめ知った上でないと自分を定位できず行動も出来ないマップラバーのそれに比べて、生物学的に見てとても重要な原理なのである。そして、私たちの身体が六十兆個の細胞からなっていることを考えるとき、それぞれの細胞が行なっているふるまい方はまさにこういうことなのである。鳥瞰的な全体像を知るマップラバーはどこにもいない。細胞はそれぞれ究極のマップヘイターなのだ。
(引用終了)
<同書93ページ>
この先、話はES細胞やがん細胞へと繋がり、やがて「世界は分けてもわからない」という本書のメイン・テーマへと展開されていくのだが、私はこの「マップラバー」という言葉から、「ホームズとワトソン」の話を思い出した。
名探偵シャーロック・ホームズは、常に事件全体を大局的に俯瞰し、複雑な事件の謎を解いていく。一方、医者のジョン・ワトソンは、事件環境に入り込んで、身体を張ってホームズを助ける。マップラバーは、地図を俯瞰して、自分の居場所や目的地を論理的に考えていく。マップヘイターは、環境に入り込み、場所を肌で感じながら目的地に到達する。つまり、ホームズは福岡氏のいうマップラバーとその特徴が重なり、ワトソンは、マップヘイターとその特徴が重なるのである。
これまで「公と私論」などで展開してきたホームズとワトソンの対比に、このマップラバーとマップヘイターを追加すると、
A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳の働き−「公(public)」−マップラバー
B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体の働き−「私(private)」−マップヘイター
となる。そもそも身体は(六十兆個の)細胞からできているのだから、細胞が究極のマップヘイターだとする福岡氏の説は、この対比とうまく整合するわけだ。ちなみに、ここでいう「脳の働き」とは、大脳新皮質主体の思考であり、「身体の働き」とは、身体機能を司る脳幹・大脳旧皮質主体の思考のことであるから念のため(詳しくは「脳と身体」の項を参照のこと)。
すでに「ホームズとワトソン」などで見てきたように、ビジネスの成功には、Resource Planningの得意な前者と、Process Technologyに長けた後者との協力が欠かせない。皆さんも、マップラバーとマップヘイターという新鮮な視点で社内を見回して、両者の協力・非協力関係を観察してみては如何だろう。案外、身近なところに業績不振の元(ネタ)が見つかるかもしれない。
ところで、福岡氏のこの著書には、もう一つ「イームズのトリック」という面白い話題がある。それについてはまた後日触れてみたい。
この記事へのコメント
コメントを書く