会議に出席し、発言せずにじっとボスのトムや他の出席者の発言を聴いていたAさんは、会議が終わった後トムから「会議で発言しないのなら次から出席しなくてもいいよ」(“If you are not going to say anything in the meeting, you don’t have to attend anymore.”)と云われてしまった。Aさんは自分の意見が無いわけではなかったが、「でしゃばる必要もないか、あとでトムに個人的に意見を言えばいいわ」と考えていたのだが…。
Aさんはある外資系の会社に勤めている。この会社では、最近日本へやってきたばかりのアメリカ人のリーダー・トムの下であるプロジェクトが進められていて、Aさんもそのプロジェクトの重要メンバーである。
トムの発言の理由について、「日本語について」で紹介した「外から見た日本語」という西原教授の記事を一部引用して説明しよう。
「意見を理論的に述べたり、仮説を立てて自分の意見とは異なった論調の立場からでも論じたりする『ディベート』形式の話し合いは、議論を楽しむ精神と、論議が尽くされたと考えられれば、多数決で決着をつける習慣が伴って初めて意味を持つ。表決の結果が51対49であっても、多数意見が得られれば、それで決着がついたと考えることでもある。
日本語社会では、対立はなるべく避け、話し合いに参加する全員が納得したと思われる雰囲気を作り出すことに細心の注意が払われる。また、『仮にある立場を採って議論する』ということは不誠実だと思われがちである。だから、『落としどころ』が何処になるかを皆で探し出すまで、時間をかけて話し合うことになる。
話し合いとは論理の詰めでなく、妥協点が何処に落ち着くかを探り合うプロセスだということもできるだろう。その代わり、一旦全員の気持ちが一致し、結論に納得すれば、実行は速やかに行われる。
この『日本的な意思決定』を日本社会の特徴であるとして、日本人と一緒に仕事するための警告にしているビジネス関係出版物もあるほどである。
話し合いの過程に関してもう一つ特徴とされるのは、日本的な意思決定の過程では、格別発言しないことも許されるし、黙って聞いている場合でも、話し合いに参加しているとみなされるということである。
しかし、西洋的な話し合いの場では、発言しないことは議論を放棄することとみなされるのが通例である。ある外資系会社の日本人社員が、外国人の上司に『話し合いに参加していない』と注意されたという逸話を読んだことがある。その社員は、上司の意見に賛成だったので、頷きながら傾聴していたのだという。」(「結論より妥協点の話し合い」より)
長い引用になったが、Aさんの場合もまさにこの例に相当するといえる。まだボスのトムは来日して間がなく、「日本人と一緒に仕事するための警告にしているビジネス関係出版物」を読んでいなかったのだろう。
英語における「ディベート」形式の会議については、個人的な思い出がある。子どものとき通っていたアメリカの小学校での体験なのだが、あるとき「ディベート」の授業があり、生徒の中から数人が選ばれて国連代表の役割が与えられた。私はクラスのなかで只一人の東洋人だったので、中国代表の役割が与えられた。さて実際のディベートが始まると、教師は私に中国代表らしく振舞うことを求め、(自分の意見はさておいて)各国が提案することに対してなんでも反対するよう指示した。だから会議が始まると、私はいつも「反対!」(“I disagree.”)とだけ叫んでいたのであった。
中国代表は何でも反対するというのも今から思えば誇張した教え方だが、それはさておき、私はこの授業で、英語のディベートとは「ある役割を演じること」であり、極端な場合、会議のためには自分が思っていないことでも発言し、参加者の議論を喚起する必要があることを学習した。
A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳の働き−「公(public)」
B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体の働き−「私(private)」
という私の発想の原点はここにあるのかもしれない。英語社会においては、ディベートが終われば、参加したメンバーはみな友人に戻る。そうやって議論を戦わせることは、「公(public)」としての役割に過ぎないからである。
西原教授は同記事の最後に、「ますますグローバル化する今の時代においては、意思決定の文化差にも注意し、時と場合によって使い分けることが期待されているのではないだろうか。」と書かれているが、私は同時に、日本語表現そのもののなかに、もう少し「公的表現を構築する力」を付与すべきだと考えている。それをどのように実現するか、これからみなさんと一緒に考えていきたい。
尚、「現場のビジネス英語」シリーズはこれまで、
「否定形の質問について」
「Resource PlanningとProcess Technology」
「MarketingとSales」
と回を重ねてきた。併せて読んでいただければ嬉しい。
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