『秋田…環日本海文明への扉』伊藤俊治=文/石川直樹=写真(亜紀書房)という本を読んでいたら、その第二章「北海の彼方へ」に『鳥居龍蔵伝』中薗英助著(岩波現代文庫)の紹介があった。『秋田…環日本海文明への扉』は、
(引用開始)
北限の秋田。先は魑魅魍魎が跋扈する未開の地……
しかし、「文明」の行き止まりとされたその地こそ、日本海以北の海を挟んで、大陸や島々の人々が行き交う北方民族たちの文化ネットワークへの玄関口であった。異国から来訪する「マレビト」が起動する文化変容。厳寒の雪国で洗練されていく精神と美意識。従来の枠を超えて美術/写真史を論じてきた美術史家が、故郷・秋田を歩きながら、その風土の深層へと分け入り、日本文化の底流にある異形の風景を鮮やかに現前させる。日本のもうひとつのルーツを解き明かす「裏日本史」。
(引用終了)
<本カバー裏表紙>
といった内容で、登場する人物は、芭蕉、西行(第一章)、鳥居龍蔵、小林多喜二(第二章)、藤田嗣治(第三章)、岡本太郎(第四章)、白井晟一(第五章)、ブルーノ・タウト、黒澤明(第六章)、平賀源内、宮沢賢治(第七章)、ニコライ・ネフスキー、岡正雄(第八章)、折口信夫(第九章)、土方巽、細江英公(第十章)など。みな秋田と特別な関りを持つ。
『鳥居龍蔵伝』は、
(引用開始)
日本文化の源流と歴史の古層を求め、戦時下の東アジアを走破した人類学者・鳥居龍蔵。自由な学風を許さない時代、大学の要職を辞し、家族とともにフィールド・ワークを続けた鳥居は膨大な記録と写真資料を残したが、他民族への深い文化理解はいかに可能となったのか。その壮絶なる全生涯に挑んだ、大佛次郎賞受賞の大作。
(引用終了)
<<本カバー裏表紙>
というもので、副題は「アジアを走破した人類学者」。その目次は、
第一章 ドルメンじゃ!
第二章 新高山の白雪を踏む
第三章 「コロボックル」の謎を追って
第四章 妻きみ子との出会い
第五章 貴州苗族に「日本民族」を求めて
第六章 伊波普猷と沖縄調査
第七章 わがライフワーク「満蒙」
第八章 砂漠に契丹の都を追う
第九章 遼帝国の版図に遺るシャーマン
第十章 朝鮮に楽浪漢墓を発見
第十一章 シベリアに先住民を求めて
第十二章 人類学教室主任の椅子へ
第十三章 東大理学部を辞職
第十四章 長男パリに客死す
第十五章 ワール・マンハに藤原美術を見る
第十六章 戦火に耐えた家族探検隊
第十七章 インカ遺跡を訪ねて
第十八章 日米「北京原人」争奪戦
第十九章 侵略は空しく学芸は永し
となっている。鳥居龍蔵(1870-1953)のライフワークは契丹の遼代の研究だが、そのフィールド・ワークの足跡は、千島列島からシベリア、樺太、満蒙、朝鮮、台湾、西南中国、南米に及ぶ。本には彼の旅程を辿った地図も載っているので分かり易い。戦後よりも戦前の方が大陸へ行きやすかったことを差し引いても、その調査範囲の広さと調査回数の多さに驚く。
鳥居龍蔵の著書『武蔵野及其周辺』(磯部甲陽堂、大正十三年)に収録された「武蔵野の高麗人(高句麗)」の内容について、以前「関東学」の項で森浩一と網野善彦共著『日本史への挑戦』を紹介した際に触れたことがある。
(引用開始)
網野 狩猟はもちろん中世でも全国でやっていますし、九州も盛んだったと思いますが、関東の狩猟は非常に長く深い伝統があるのでしょうね。ですから頼朝が政権を樹立すると、まず最初に関東の原野で大規模な巻狩をやって大デモンストレーションをします。(中略)
森 馬に乗って弓を射るということから考えると、明治や大正の時代に書かれた関東についての諸論文についての評価というか注目度が弱いといえます。たとえば、大正七年(一九一八)に鳥居龍蔵先生が雑誌『武蔵野』にお書きになった「武蔵野の高麗人(高句麗人)」、あれは短い文章ですが、みごとに問題提起をした論文ですね。武蔵野には高句麗系の高麗氏が住んでいる、そしてそれが武蔵野の武人になるという流れで書いています。そういう発想はその後あまりないのですね。十年ほど前に埼玉県行田市の酒巻一四号墳で、馬のおしりに旗を立てた埴輪、まるで高句麗の壁画に描かれている馬を埴輪にしたようなものが、初めて出ました。埴輪の旗ですから一センチぐらい分厚いものですけど、あのときに「大和に出ればおかしくないけれど、なぜ埼玉に出たのだろう」という新聞談話がありましたが、なぜ鳥居先生の有名な論文を読まずに発言したのかと。鳥居論文を読んでいれば、「鳥居龍蔵先生が大正時代に見通されたとおりのものが出ました」でよいわけでしょう。
(引用終了)
私は古代史に関わる関心事として、日本列島への文化流入ルートとして、シベリアから北海道を経て東北や北陸へ、あるいは半島東側からリマン寒流と対馬暖流を使って船で日本海側各地へ伝わった筈のヒトとモノのトレースに興味を持っている。『秋田…環日本海文明への扉』にもいろいろと触発された。これからも研究したい。
この記事へのコメント
コメントを書く