『BTS、ユング、こころの地図』マリー・スタインス/ティーヴン・ビュザー/レオナード・クルーズ共著(創元社)という本を読んだ。BTSというグループがユング心理学の影響を濃く受けているとは知らなかったが、ユングの自我、ペルソナ、影、アニムスとアニマ、コンプレックス、集合的無意識、といった諸概念をあらためて確認することができた。ユングについてはこれまで、「百花深処」<平岡公威の冒険 4>の項で触れたことがある。三島由紀夫(本名:平岡公威)が晩年嵌ったのがユングの集合的無意識だった。
そのこともあり、今回は「無意識」について、いくつか思いつくことを備忘録的に記しておきたい。
(1)人の内面の新大陸
「後期近代」で書いたように、西洋で発祥した「近代」の特徴は、
〇 個の自立
〇 機会平等
〇 因習打破
〇 合理主義
〇 地理的拡大
〇 資本主義
〇 民主政治
といったことだったが、この中の「因習打破」や「合理主義」が、人の無意識というものを見つけ出すのに役立った。それは内向きの「地理的拡大」であり、人の内面の新大陸発見だったといえる。
(2)個人の精神分析ツールとして
「無意識」はまず、精神分析ツールとしてフロイト(1856-1939)によって定律化された。精神分析は、近代の特徴である「個の自立」を目指すためのツール(の一つ)として社会に広まった。フロイトに続き、無意識の研究はアドラー(1870-1937)やユング(1875-1961)、ラカン(1901-1981)、さらにはギブソン(1904-1979)らによって深化。フロイトは「性」、アドラーは「社会の中の個人」、ユングは「元型」、ラカンは「言葉と性」、ギブソンは「生態」といったキーコンセプトによって「無意識」を追求した。
(3)社会の構造分析ツールとして
「無意識」の研究はさらに精神分析の範囲を超え、ベンヤミン(1892-1940)の集団の無意識、フロム(1900-1980)の社会的性格論、ギブソンのアフォーダンス、ブルデュー(1930-2002)の界とハビトゥス、トッド(1951-)の家族類型論などによって、社会構造の重要なエレメントとしても注目されるようになった。
(4)諸刃の剣として
後期近代の特徴は、
〇 貧富の差の拡大
〇 男女・LGBT差別
〇 自然環境破壊
〇 デジタル・AI活用、高齢化
〇 グローバリズム
〇 金融資本主義
〇 衆愚政治
といったものだが、無意識の研究はこれから、人類にとって“諸刃の剣”となると思われる。人々の理解が深まって社会の安定が進む一方、権力を握った富者は、(個や集団の)無意識を使って貧者を支配する術に磨きをかけるだろう。
(5)複眼主義でいうと
このブログでは複眼主義を提唱している。複眼主義では、
A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳(大脳新皮質)の働き−「公(Public)」
A 男性性=「空間重視」「所有原理」
B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働き−「私(Private)」
B 女性性=「時間重視」「関係原理」
という対比を掲げ、生き方としては両者のバランスを大切に考える。ただし、
・各々の特徴は「どちらかと云うと」という冗長性あり。
・感性の強い影響下にある思考は「身体の働き」に含む。
・男女とも男性性と女性性の両方をある比率で併せ持つ。
・列島におけるA側は中世まで漢文的発想が担っていた。
・今でも日本語の語彙のうち漢語はA側の発想を支える。
「無意識」を複眼主義で考えると、それは基本的にB側、身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働きといえる。性の深層、条件反射、感性、夢の形象、知らず知らずのうちに身に付いた暗黙の知の体系などなど。モノコト・シフトの時代はB側偏重でもあるから、ますますこういった無意識への注目度は高まるだろう。
西洋近代の道程は、新大陸発見の旅(地理的拡大)と並行して、A側による内側新大陸(無意識=B側)探検の旅でもあった。外側新大陸発見の旅の最後、極東の果てにB側王国の「日本」があったことは愉快な偶然、ユングにいわせれば「意味のある偶然の一致(シンクロニシティ)」なのかもしれない。「ひらめきと直感」の項でみたように、ユングは日本人のB側偏重に気付いていた。
以上、無意識について思いつくことを記したが、私が社会学における無意識について知ったのは、中学か高校生の頃に読んだフロムの『自由からの逃走』(東京創元社)によってだった。個人の無意識については、同じ頃読んだ三島由紀夫の『音楽』(新潮文庫)によって。最近は、ビジネスコンサルとして経営的観点から、文芸評論として歴史・文化的見地から、「無意識」に興味を寄せてきた。これからもこの“諸刃の剣”について留意しながら、後期近代のpositiveな未来、
● local communityの充実
● 継続民主政治による社会の安定
● 自然環境の保全
の実現に向けて考えを進めたい。
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