『建築家として生きる』松村淳著(晃洋書房)という本を読んでいたら、「後期近代」という言葉があった。同書は、これからの建築家のあり方を社会学的観点から論じたもの。「後期近代」という言葉は、建築家と社会との関りを考える上での時代設定として使われている。建築家については別の機会に書くとして、今回はこの時代認識について考えたい。まず言葉の内容について同書から引用しよう。
(引用開始)
それでは後期近代とはどのような時代なのだろうか。A・ギデンズは「二〇世紀末の今日、多くの人びとが論じるように、われわれは新たな時代の幕開けに立ち会っている」と述べ、その時代の転換を指称するための多様な名称の登場に言及しながら、その多くが「ポスト・モダニティ」「ポスト工業社会」などといった既存の社会のあり方との間の断絶を意識させる概念であると指摘する。それはJ-F・リオタールの「大きな物語の終焉論」に極まるが、ギデンズはリオタールに代表されるような、全てを包摂するような大きな物語の消散を主張する議論を否定的に論じながら、自らの立場については以下のように述べている。
“社会組織について体系的認識を得ることができないという感情のなかに表出する方向感覚の喪失は、自分たちには完全に理解できない、大部分統制が不可能に思える事象世界のなかに自分たちが巻き込まれているという、われわれの多くがいだく意識に主に起因している、と私は主張したい。なぜそうなったのかを分析するためには、ただポスト・モダニティ等々の新語を創作するだけでは不十分である。むしろ、ある明らかな理由から従来の社会科学では十分に解明がなされてこなかったモダニティそのものの本質について、もう一度考察し直す必要がある。われわれは、ポスト・モダニティという時代に突入しているのではなく、モダニティのもたらした帰結がこれまで以上に徹底化し、普遍化していく時代に移行しようとしている。(Giddens 1990-1193: 15)”
ギデンズはこのように述べ、現代をポスト・モダンではなく再帰的近代や後期近代と呼び、それまでの時代が完全に終わって、全く新しい時代に突入するという見立てを退け、むしろ近代化が徹底していく時代であると説くのである。
(引用終了)
<同書 18−19ページ>
この時代認識に私も賛同したい。
西洋で発祥した「近代」の特徴は、
〇 個の自立
〇 機会平等
〇 因習打破
〇 合理主義
〇 地理的拡大
〇 資本主義
〇 民主政治
といったことだが、これが徹底化した「後期近代」の特徴は、
〇 貧富の差の拡大
〇 男女・LGBT差別
〇 自然環境破壊
〇 デジタル・AI活用、高齢化
〇 グローバリズム
〇 金融資本主義
〇 衆愚政治
となるだろうか(項目の順番同士、ゆるい因果関係・進展関係で結ばれるように配置した)。この間、良いことも沢山あったが、徹底化して煮詰まった結果はあまり美しい状態とはいえない。
個の自立、機会平等、因習打破によって起こされた産業は新たな富を生みだしたが、欲望を肯定し男性優位の競争社会を是とした資本主義は、結果的に富者と貧者とを分けた。キリスト教精神を伴った地理的拡大は、自然を征服の対象としか捉えず、現地国を植民地化・属国化してさらに産業を伸ばした。合理主義による科学の発展は人の寿命を延ばし、富者は家や車、ファッションなどの物質(モノ)によって貧者との差別化を図るようになった。権力を握った富者は、金融と情報の操作を通じて貧者を支配する術を得た。
このブログでは、今の時代に見える傾向を「モノコト・シフト」と呼んでいる。モノコト・シフトとは、20世紀の「大量モノ生産・輸送・消費システム」と人のgreed(過剰な財欲と名声欲)が生んだ、「行き過ぎた資本主義」(環境破壊、富の偏在化など)に対する反省として、また、科学の「還元主義的思考」によって生まれた“モノ信仰”の行き詰まりに対する新しい枠組みとして、(動きの見えない“モノ”よりも)動きのある“コト”を大切にする生き方・考え方への関心の高まりを指す。今回の文脈で考えれば、それは「後期近代」に対する反省・関心の転換ともいえる。モノコト・シフトの一例は「タネを育てる」の項で見た。
「後期近代」の先に見える未来の姿は、negativeに考えると、
● 高度監視社会
● 政治の不安定化(監視社会への人々の反撥)
● 災害の頻発(恐慌やパンデミックを含む)
といったものになるだろうが、モノコト・シフトが行き渡り、かつ複眼主義でいうAとBのバランスが取れれば、
● local communityの充実
● 継続民主政治による社会の安定
● 自然環境の保全
といったことが実現する可能性もある。複眼主義のAとBとは、
A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳(大脳新皮質)の働き−「公(Public)」
A 男性性=「空間重視」「所有原理」
B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働き−「私(Private)」
B 女性性=「時間重視」「関係原理」
などの内容を指し、複眼主義では両者のバランスを大切に考える。ただし、
・各々の特徴は「どちらかと云うと」という冗長性あり。
・感性の強い影響下にある思考は「身体の働き」に含む。
・男女とも男性性と女性性の両方をある比率で併せ持つ。
・列島におけるA側は中世まで漢文的発想が担っていた。
・今でも日本語の語彙のうち漢語はA側の発想を支える。
暗い未来(前者)と明るい未来(後者)は、モノコト・シフト進行の地域差・時間差、その国(国語)のABバランス、近代化の進み具合や社会構造などに応じて、当面地球上の各地域にモザイク状に分布するものと思われる。最終的にどちらが優位に立つのかはまだわからない。
「後期近代」の特徴を精査し、モノコト・シフト、複眼主義といったコンセプトを使って、さらに未来の展望を考えたい。
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