ひらめき(inspiration)と直感(intuition)の違いについて考えたい。似ているような気もするが、だいぶ違うような気もする。
英語の意味を辞書に探ってみよう。まず“inspiration”から。辞書の定義は“a sudden good idea”(Cambridge Dictionary)とある。拍子抜けするほどシンプル。次に“intuition”はどうか。“(knowledge from) an ability to understand or know something immediately based on your feelings rather than facts”(Cambridge Dictionary)とある。
“idea”(考え)は大脳新皮質の“mind”(理性)の範疇のことだから、ひらめき(inspiration)は理性の働きといえる。直感(intuition)をもたらす“feelings”(感情)は、理性の働きでありながら、快・不快といった大脳旧皮質の“sensory”(感性)に近接している。その辺りに違いがありそうだがどうだろう。
補助線として、よく耳にする言葉を二つ挙げてみる。
「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」
「女の直感はよく当たる」
複眼主義では、
A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳(大脳新皮質)の働き−「公(Public)」
A 男性性=「空間重視」「所有原理」
B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働き−「私(Private)」
B 女性性=「時間重視」「関係原理」
という対比を掲げ、両者のバランスを大切に考えようとている。勿論各々の特徴は「どちらかと云うと」ということだが、ここでは、日本語的発想に特徴的な感性の強い影響下にある思考も「身体の働き」に含めている。また、誤解のないように断っておくが、男であろうと女であろうと、男性性と女性性の両方をある比率で併せ持っている。
「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」という言葉は、発明王エジソンの名言だ。エジソンの「努力」とは、たゆまぬ「内因性の賦活」のことだろうから、これは「モノゴトを突き詰めて考えて初めて、その先にひらめきが待っている」ということで、たしかにA側の話だ。「女の直感」の方は、感性をうまく働かせれば作動する筈、だからB側の話に違いない。
ひらめきと直感、二つは似ているようで、元を辿ると理性と感性の対比が見えてきた。そういえば去年の新聞に次のような記事があった。
(引用開始)
ユングは民族性の研究で、日本人は世界で唯一、「意識は内向的で、起った物事を感覚で受け止め、フィーリングで判断し行動するタイプだ」と分類している。確かに、私の周囲の人たちは圧倒的にフィーリング派が多い。二〇一八年の平昌五輪で優勝した小平奈緒選手が、インタビューで「氷と対話する」と話しているのを聞き、やはりと思った。この言葉を、論理型の人たちに英訳しても理解してもらえない。
「職人は技を盗め」とか、「先生の背中を見て育て」といった、よく耳にする言葉も同じである。山中伸弥博士は、ご自分の研究は「日本人だからできたもので、論理的な米国人では手を出さなかった。とにかくなにかあるのではと追及して、発見に至った」と言われている。古くは湯川秀樹博士も「日本人は抽象的思考に適していない。感覚的事象にしか興味を示さない」と言われている。
私の研究分野でも、成果を上げたわが国の学者は、ほぼ例外なくフィーリング型だった。日本人は、自分がフィーリング型であることを誇りに思うことが大切である。そして、日本人ほどフィーリング型のセンスのいい民族はいないと思っていい。欧米の理論派の人たちに臆することなく胸を張ってほしい。すてきな偶然に出会ったり、予想外のものを発見したりするセレンディピティ―は、フィーリング型の人にほほ笑む。(山本尚・中部大教授)
(引用終了)
<東京新聞夕刊 2/12/2019(「紙つぶて」)>
複眼主義ではAとBのバランスを大切に考えるが、ひらめきや直感を鍛えるためには、ある時期、とちらか一方にのめり込むことも必要なのかもしれない。
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