以前「3つの石」の項で、地球層構造との類似において人の大脳皮質構造を想起し、「水の力」や「五欲について」の項で紹介した『脳の方程式 ぷらす・あるふぁ』中田力著(紀伊國屋書店)を再読したいと書いた。
故中田氏(2018年逝去)の著書については、2008年に「脳について」の項で、『脳のなかの水分子』(紀伊國屋書店)に触れ、“脳にはニューロン・ネットワークの他にもう一つ高電子密度層があり、その仕組みが人の「内因性の賦活(自由意志や想像力、ひらめき)」を支えているという”と書いたのが最初だ。
10年以上経ってしまったけれど、今回改めて『脳の方程式 ぷらす・あるふぁ』に沿って、この内因性の賦活について見てみたい。まず同書から引用する。
(引用開始)
外界からの刺激に対応した脳の情報処理は、外因性の賦活(exgenerous activation)と呼ばれる。感覚器官から到達した信号から連鎖的に起こってくる脳活動という意味である。脳の活動が、すべて外からの刺激によってスタートする一連の現象であったとすれば、脳は、ある入力に反応して結果を生み出す自動制御装置として、けりがついてしまう。
しかし、脳とはそれほど単純な装置ではない。
人間は(おそらく、多くの動物も同様に)まったく外部からの刺激を受けない状態で、自発的な脳活動を開始する能力を持っている。
思考である。
誰でもが経験するように、深い思考は、むしろ、すべての刺激を断って、じっとしたままの状態の方が進めやすい。
脳科学ではこのような賦活を内因性の賦活(endogeneous activation)と呼ぶ。外因性の感覚がまったく脳に届いていない状態で開始される、脳活動のことである。そして、この内因性の賦活がどのようにして開始されるかは、脳科学に残された最大の謎のひとつとされていた。たしかに、ニューロン絶対主義の古典的脳科学では、解けない謎である。
(引用終了)
<同書 82ページ(太字化省略)>
小脳における運動学習は、小脳のプルキニエ細胞が担っているが、その制御は、細胞を一対一で発火させる登上繊維によってなされる。一方、大脳における学習は、ニューロン・ネットワークが担っているけれど、その制御は、高電子密度層と錐体細胞とによって形作られるLGS(と呼ばれる仕組み)によってなされるという。LGSは、小脳の登上繊維のように細胞を一対一で発火させるのではなく、熱放射によって複数の細胞を重み付けしながら発火させる。
動物の運動は、不随意運動(自律神経系など)と随意運動とに分かれる。随意運動は、大脳前頭葉の運動野からの指令によって筋肉が動き、小脳はこの運動が正しく行われたかを調整・学習する。この場合、大脳の運動野が実践装置、小脳が制御装置である。
大脳運動野からの運動指令は、大脳中心溝後方の情報処理と前頭前野での判断に基づいた、ニューロンの自家発火である。前頭前野はこの情報処理が正しく行われたかを調整・学習する。この場合、中心溝後方が実践装置、前頭前野が制御装置となる。
運動野LGSに備わった自家発電能力。これが重要だ。その近傍にある前頭前野。ここから内因性の賦活が生まれた。どういうことか。『脳の方程式 ぷらす・あるふぁ』からふたたび引用しよう。
(引用開始)
運動野が随意運動の高度化のなかで小脳との連携を固め、実践装置と制御装置との関係を作り上げる中、前頭前野はその関係をモデルとして中心溝後方の情報処理実践装置の制御装置として発達する(中略)。同時に、前頭葉運動野に備わった機能と類似の自家発電能力も踏襲することとなる。そこから生まれたものが、情報処理に関する内因性の賦活、つまりは、思考の過程である。
(引用終了)
<同書 84−85ページ>
動物は、随意運動をモデルとして、前頭前野のニューロン自家発火、すなわち思考能力を獲得したわけだ。
ここまでは多くの動物に共通だが、人の前頭前野は他の動物よりも大きい。人において前頭前野の機能は高度化した。機能が高度であれば、情報処理と思考に高い能力が生まれる。すなわち知性と自由意志である。
内因性の賦活=思考は、人において高度化し知性と自由意志を生んだ。知性と自由意志は、人が「理性を持ち、感情を抑え、他人を敬い、優しさを持った、責任感のある、決断力に富んだ、思考能力を持つ哺乳類」となることを可能にした。
さて、このLGSという仕組み、重要なのは、構造的に「ゆらぎ」を内包していることである。細胞を一対一で発火させる小脳の運動制御はあまりゆらぎを持たないが、LGSは熱放射によって複数の細胞を重み付けしながら発火させるから、制御にゆらぎ(ある量の平均値からの変動)が生じる。中田氏は、ここから、知性には創造性(想像力やひらめき)が備わったという。人における内因性の賦活は、自由意志と創造性とを共に育んだのである。
いかがだろう、複雑系としての脳科学。LGSの構造、形成されるしくみに興味のある方は、『脳の方程式 ぷらす・あるふぁ』をお読みいただきたい。その前編『脳の方程式 いち・たす・いち』中田力著(紀伊国屋書店)も併せて読むと、より理解が深まるだろう。最後に、研究途中(68歳)で亡くなった中田氏のご冥福を祈る。
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