夜間飛行

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対数正規分布

2019年12月05日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 先日「フィードバック効果」の項で、フィードバック効果の働かない現象を線形、働くものを非線形現象と言うとし、正規分布に従うのは線形、ベキ乗則(べき乗分布)に従うのは非線形現象であると述べた。ここにもう一つ、対数正規分布に従う非線形現象というものがあるという。

 先月末出版された『統計分布を知れば世界が分かる』松下貢著(中公新書)という本がそれで、著者は元中央大学理工学部教授(現在同大学名誉教授)。まず本の帯にある紹介文を引用しよう。

(引用開始)

複雑な世界を「見える」化する強力なツール

一見バラバラに見えるデータでもグラフにすれば特徴が浮かび上がる。身長やテストの点数は真ん中が一番多い釣鐘型のカーブ(正規分布)に、地震の頻度やウェブの被リンク数は右肩下がりの曲線(べき乗分布)になる。そして体重や町村の人口は、釣鐘型だが左側が縮み右側が伸びたカーブになる(対数正規分布)。なぜ世界のほとんどの物事はこの3種類になるのか。仕組みを説明し、データに潜む真理から何が読み取れるかを明かす。

(引用終了)

対数正規分布(ある変数の対数をとったものが正規分布するとき、もとの変数は対数正規分布に従うという<統計学用語辞典>)は、体重や町村の人口のほか、破砕された岩石や鉱石、水平に持った長いガラス棒を床に落として割れたガラスの破片、宇宙の密度の揺らぎ、太陽黒点の面積分布、無脊椎動物や軟体動物の平均寿命の分布、などがあるという。いずれも非線形的な複雑系(系を構成するモノゴトそのものやそれらのつながりが複雑な系)の現象である。

 一方、べき乗分布に従うのは、地震、高額所得者の個人所得、単語の使用頻度、河原の石ころのサイズ、都市の人口、北海道網走沖に流れ着く流氷のサイズ、隕石や小惑星のサイズ、月面クレーターのサイズ、ウェブの被リンク数、生物のサイズと基礎代謝、オンラインショップのユーザーレビュー数と賛同数、などの同じく非線的な複雑系である。

 著者は対数正規分布とべき乗分布との関係について、

(引用開始)

 破砕された岩石が対数正規分布になるのなら、なぜ河原の石ころがべき乗分布を示すのであろうか。砕石場の石はほぼ同じような大きさで同質の岩石が破砕機によってほぼ決まった仕方で破砕される。それに対して、河原のある場所での石ころや砂は、材質が様々で大きさもいろいろな仕方で破砕されてきた結果としてそこにある。それぞれの歴史を背負ってきた複雑系がさらに幾重にも折り重なってはるかに複雑な複雑系が出来上がるという複雑極まりないからくりがべき乗分布の生じる背景にあるのではないかと思われる。

(引用終了)
<同書 90−91ページ>

と指摘する。

 正規分布、対数正規分布とべき乗分布。この三つの統計分布の関係はとても興味深い。著者はとくに対数正規分布に注目する。対数正規分布は、標準偏差(データの散らばり度合い)が平均値と比べてずっと小さくなると正規分布に近づき、標準偏差が大きい極限ではべき乗分布に近づくと述べ、

(引用開始)

対数正規分布は正規分布とべき乗分布を補間する、興味深い分布であるということができる。

(引用終了)
<同書 86ページ>

という。それぞれの確率分布の数学的な説明は本書をお読みいただくとして、ここで当書によって3つの分布におけるプロセスの特徴を整理すると、

<正規分布>

加算過程:いろいろなモノゴトがでたらめに積み重なる(足し算される・加算される)ようなプロセス(例:サイコロ振り)。

<対数正規分布>

乗算過程:ほとんどの段階が一つ前の段階を前提にして実現するような掛け算的なプロセス(例:人の体重)。

<べき乗分布>

増副作用:より多くをもつところにモノゴトがいっそう集中するようなプロセス(例:ウェブの被リンク数)。

と纏めることができよう。

 「フィードバック効果」の項で引用した文章に、“フィードバック効果は、プロセスの進行にともなう物理量の変動が小さいうちは無視できるが、変動が大きくなると単に無視できないばかりか、根本的に系のふるまいを変えてしまうことがある”という箇所があった。或る系が、ここにある“変動が小さいうちは無視できる”ような場合、言い換えるとフィードバック効果がまだ乗算過程にあるような場合、その系は対数正規分布に従い、フィードバック効果が大きくなると、すなわち乗算過程にさらに増副作用が加わると、その系はべき乗分布に移行する、と考えることもできそうだ。未だ勉強中なので間違っているかもしれないが。ちなみに私が理解しているフィードバック効果とは、あるプロセスが進行したとき、それによって生じる事態が、そのプロセスの進行を促進したり阻害したりするようなeffectのこと。

 著者松下氏は、この本の第5章と第6章で、現代社会にみられる対数正規分布の例、老人病の介護期間、児童生徒の体重分布、世界各国のGDP、町村の人口などを取り上げ、ランキングプロット(累積個数分布)というグラフを駆使して、将来の発展につながる政策を議論している。「あとがき」で氏は、“筆者は、自身の強い願望も込めて、21世紀は自然科学、社会科学も含めた「複雑系科学」の世紀になるものと思っている”(153ページ)と書く。

 このブログでも先日来、「新しい統治正当性」、「新しい統治思想の枠組み」、「新しい統治思想の枠組み II」の各項で、21世紀の日本に必要なものとして“非線形科学の知見を取り入れた教義”の起草を挙げている。その意味でも一般向けの本書は、タイムリーで有意義な出版であると思う。さらに知見を深め、自然を至高とする日本のあり方を研究したい。

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posted by 茂木賛 at 10:12 | Permalink | Comment(0) | 非線形科学

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