「里山ビジネス」の玉村豊男氏は画家としても有名で、ヴィラデストのワインボトルのラベルには氏が描いた素敵な絵が使われている。今回はビジネスとしてのアートについて考えてみたい。
アートとは、自然 (t = ∞)の中から幾つか個別な時間を切り出してきてコラージュ(組み合わせ)し、他人の脳(t = 0)の前へ提示することだ。分子生物学者の福岡伸一氏は、新聞のコラムで、フェルメールの絵について次のように述べている。
「(前略)たとえば、私はフェルメールの絵が好きだ。美しいと思う。それは何に由来するのだろう。いろんな場所へ行き、たくさんの作品を見た。でもなかなかわからなかった。あるときふと思った。絵の中にあるのは、移ろいゆくものをその一瞬だけ、とめてみたいという願いなのだ。そしてそこにとどめられたものは凍結された時間ではなく、再び動き出そうとする予感である。(後略)」(7/17/08日経新聞「あすへの話題」より)
コラージュ作業の原理の内に、「Before the Flight」で述べた反重力美学や郷愁的美学などがある。
またアートには様々なジャンルがあり、そのジャンルによって異なる感覚が用いられる。音楽であればリズムと旋律、絵画であれば色彩、俳句や詩、小説などであれば言葉、彫刻や建築であれば形、質感などなど。人の脳(t = 0)は、五感を通してそれらを感受する。
さて、アーティストにとってはそれで良い。自然 (t = ∞)の中から幾つかの時間を切り出してきて独特な手法でそれらをコラージュし、他人の脳(t = 0)の前へ提示すれば作業はそこで終わる。しかしアートビジネスにとっては、人々の脳(t = 0)へ提示された作品が、多くの人々に何らかの効用を齎さなければ始まらない。
アートの効用は、道具のような便利さではなく、人の生産と消費活動を精神的に(理性と感性面から)支えることだ。多くの人々が効用を感ずれば、作品の希少性に対して値段が付く。市場で公的に認められることがアートビジネスにとっては大切なことなのだ。アートの市場価値はアーティスト本人とは何の関係もない。
値段の付いた作品はギャラリストやコレクター、出版社などによって市場で売り買いされ、売値と買値の差が利益となる。利益は、宝石の場合などと同様、時間とお金を掛けてそれを発見し保管してきた人々への報酬である。アートビジネスは「多品種少量生産」だから、これからの安定成長時代、重要度が増すに違いない。絵画を中心としたアートビジネスの最新については、「現代アートビジネス」小山登美夫美夫著(アスキー新書)に詳しい。
アートビジネスは、アーティストと一般の人々との間に立つ、ギャラリストやコレクター、出版社の人々抜きでは成り立たない。彼らは市場における「ハブ」としての役割を負うから、『広く門戸を開き、公平性(次数相関「±0」)を心がけることで、数多くのリアルな「場」を作り出し、社会のスモールワールド性をより加速させること』(「ハブ(Hub)の役割」より)が期待される。
アートの普及には、実際、効用が確認できるリアルな「場」の存在が欠かせない。街の美術館や映画館、特色のある書店や古書店、ギャラリーやジャズ喫茶などが、皆で連携して宣伝に努めるのも良いと思う。家に素敵な案内が舞い込めば、あまり興味の無かったジャンルのアートにも興味を持つ人が増すと思われるが如何だろう。*
* 8月17日のNHK新日曜美術館で、友人の芹沢高志氏がアートディレクションを務める「十勝千年の森・現代アート」が紹介された。広大な森を散策しながら、独自の時を生成するアートに出会うのも楽しい体験に違いない。
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