ときどき書店で買う雑誌に、以前「日本海側の魅力」の項で紹介した『自遊人』がある。編集長岩佐十良氏の思い入れが濃い、充実したライフスタイル誌だ。裏表紙に“地方のことは地方だからこそわかる。地方で考えて地方から発信する。日本で唯一の全国誌。さぁ地方の未来を地方からつくろう。”とある。同誌編集部は今から10年以上前に、東京から新潟県南魚沼市へ移転した。2017年5月号の特集は「移住」。同市にある(株)自遊人運営の旅館「里山十帖」で働く従業員たちが、自ら移住についてインタビューに答えている。
その記事を読んだこともあって、先日「里山十帖」に一泊してきた。12室しかない小規模旅館だが、古民家を改造した建物が重厚で素晴らしい。チェックインしてすぐ、山の見える露天温泉風呂へ行った。正面に見えるのは日本百名山の一つ、巻機山。その左右にも山々が連なっている。雪の残った峰々が午後の陽に輝き、木々に覆われた裾野が温泉の足元にまで広がって眺望は抜群だ。景色を独り占めしながらゆったり風呂につかっていると、東洋系の顔立ちをした30歳代の男性が湯船に入ってきた。日本語で話しかけると英語しかできないという。そこで英語でいろいろ聞いてみると、彼(名前はディロン)はアメリカ、ロス・アンジェルスからはるばるやってきたことが分かった。職業はフード・カメラマン、この旅館がとても気に入って、夫婦でたびたび訪れているとのこと。以前「観光業について」、「観光業について II」で述べたことが実現しているようで嬉しかった。私が考える日本の観光戦略の基本は、
(1)日本語(文化)のユニークさをアピールする
(2)パーソナルな人と人との繋がりをつくる
(3)街の景観を整える(庭園都市)
というものだ。「里山十帖」の場合、(1)と(3)は充分。これから先、どのように(2)を世界に広げてゆくかが課題であろうか。
夜の山菜料理も素敵だった。日本には、こうした美しい景色、温泉、そして美味しい料理がある。メニューに書かれた「オーガニック&デトックス 早苗饗−SANABURI−」という文章を引用したい。
(引用開始)
田植えが終わったあと、その年の豊作を祈るのと同時に、田植えに協力してくれた人々をもてなす「饗応」のことを「さなぶり」と言います。
「早苗饗」(さなぶり)のテーマは、そんな日本の伝統を大切にしながら、新しい食の喜びを追及すること。ミシュランガイド関西の三ッ星店で修業した日本料理の技術と、アーユルヴェーダの思想を融合させて、どこにもない、里山十帖ならではの料理をご提供しています。
無農薬&有機栽培の野菜を中心に、肉と野菜を少しずつ。繊細な味わいを活かすために、調味料はすべて天然醸造&無添加、味噌や漬け物は自家製です。なおデザートを除いて砂糖は使っておりません。素材のもつ“甘み”をお楽しみください。
山持ちの旦那衆の蔵に大切に保管されていた骨董や、私たちが好きな作家さんの器とともにお楽しみいただければ幸いです。
(引用終了)
<句読点・改行などを追加変更(フリガナ省略)>
翌朝温泉でディロンに会うと、彼はスマートフォンで山の写真を撮っていた。朝日に輝く山々の写真を拡大し、ロスにある自宅のバスルームの壁に貼るのだそうだ。「そうすればいつでもここにいる気分になれる」ディロンは笑いながらそういった。写真は朝食後、散歩道から撮ったその景色。
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