先日「新しい会社概念」の項で、これからはstate(国家)の政策舵取りについて詳細を考えたいと述べた。日本の空き家問題はその一つである。当件については、以前「空き家問題をポジティブに考える」の項で、主にモノコト・シフトの観点から、「モノ」余りとしての空き家をどう「コト」に引き寄せて再生させるかということで、『空き家問題』牧野知広著(祥伝社新書)と『「空き家」が蝕む日本』長嶋修著(ポプラ新書)という二冊の本を紹介したが、今回、『解決!空き家問題』中川寛子著(ちくま新書)によって、この問題を今一度整理しておきたい。中川さんは住まいと街の解説者。まず本書の新聞書評を引用しよう。
(引用開始)
空き家の増加が各地で問題になっている。政府も特別措置法を制定し、安全面で不安のある物件を除去しやすくする仕組みを整えた。
空き家が増えている理由ははっきりしている。人口が減っているのに、相変わらず新築住宅の建設を後押しする政策を続けているためだ。著者は相続税対策で増えているアパート建設にも懐疑的で「空き家予備軍」と位置付ける。
ただし、本書は空き家が発生する背景や政策の不備を批判するために書かれたわけではない。空き家を負の遺産ととらえるのではなく、うまく活用して活性化につなげようと呼びかけている。
空き家を生かすポイントとして「収益性」「公益性」「社会性」をあげたうえで、東京都世田谷区や岡山市、広島県尾道市など全国各地の活用事例を紹介している。実際、各地で空き家がカフェやシェアハウス、文化施設などに続々と生まれ変わっている。
著者は空き家問題を解決するキーワードとして「愛情」と「連携」をあげる。古い建築物を大切にしようという思いがなければ活用は進まない。官と民、住宅政策と福祉政策など、様々な主体が柔軟に協力することも必要だ。
本書を読むと、暗い印象が先行しがちな空き家に対する見方が変わり、解決策が浮かび上がる気がする。
(引用終了)
<日経新聞 12/6/2015>
本書は次のような章立てで問題を論ずる。
<はじめに>
第1章 いずれは3軒に1軒が空き家?――現状と発生のメカニズム
第2章 空き家活用を阻む4要因――立地、建物、所有者、相談先
第3章 空き家活用の3つのキーワード――収益性、公益性、社会性
第4章 大都市・地方都市の一等地――収益優先の活用
第5章 立地に難ありの都市部・一部農村――公益性優先の活用
第6章 農村・地方都市――行政主体、社会性優先の活用
第7章 空き家を発生させないために――孤立死予備軍は空き家予備軍?
第8章 自分事としての空き家問題――買う時、残す時、受け取った時
<さいごに>
著者は空き家増加の理由を、政府の政策先送り(無策)と、新築信仰に踊らされてしまう住宅購入者双方にあると指摘する。高度成長時代に始まった新築住宅の建設を後押しする政策がバブル崩壊後もそのまま引き継がれ、その結果大量にできた耐用年数の短い住宅を、新築というだけで(長期ローンを組んでまで)買ってしまう購入者層。都市計画と住宅政策、消費者の選択によって適時修正されるはずの問題が日本では解決されない。著者は第1章と第2章でこの問題を整理する。相続時期の高齢化、登記制度の不備、特別措置法、土地台帳の不在、相続放棄後の不動産、マンションの内部崩壊、建築基準法不適格、用途変更の法整備、借地借家法と定期借家法、共同相続などなど。
先日「3つの判断基準」の項で、人の三つの宿啞(治らない病気)、
(1)社会の自由を抑圧する人の過剰な財欲と名声欲
(2)それが作り出すシステムとその自己増幅を担う官僚主義
(3)官僚主義を助長する我々の認知の歪みの放置
を挙げたけれど、この(2)と(3)が空き家問題に見事に当て嵌まる。(2)は官僚主義の無策、(3)は新築信仰という認知の歪みの放置。この二つのさらに奥にあるのが、「日本の大統領」の項でもみた<日本の戦後の父性不在>だと思う。これが政府の無策と新築信仰の放置を許している。国の権力者は、国民の間の、
(1) 環境中心の考え方
(2) 優秀な人材は経済復興に
(3) 認知の歪み
(4) ヤンキー化
(5) 老人の隠居
(6) 国家理念の不在
といった傾向を良いことにして今も米軍に従属する道を選んでいる。これは彼らが三つの宿啞のうちの(1)に深く侵されているからだろう。
空き家問題も「プライムアーティストとしての天皇」の項で考察した天皇制の問題も、<日本の戦後の父性不在>から来る同根の問題で、どちらもstate(国家)の政策舵取りに関わる。その意味で本来上の6つの傾向を引っ繰り返さないと真の解決には至らないのだが、『解決!空き家問題』の著者中川さんは、書評にもあるように、空き家問題をポジティブに考えようということで、第3章以下、「収益性」「公益性」「社会性」という3つのポイントによって解決策を具体的に探っていく。世田谷区や岡山市、広島県尾道市など全国各地の事例はここで紹介される。
第4章は収益優先の活用、第5章は公益性優先の活用、第6章は社会性優先の活用。これらの具体策は、「空き家問題をポジティブに考える」の項で挙げた、
「モノ経済」a領域へのシフト:市街地再開発手法の応用、減築という考え方、介護施設への転用、在宅看護と空き家の融合、お隣さんとの合体
「コト経済」b領域へのシフト:シェアハウスへの転用、3世代コミュニケーションの実現、地方百貨店の有効利用
といった解決策のうち、前者が中川さんのいう公益性・社会性の優先、後者が収益性優先の解決策と重なると思う。
ここで「モノ経済」aや「コト経済」bというのは、「経済」=「自然の諸々の循環を含め、人間を養う社会の根本の理念・理法」という定義の下、それを三層(プラスaとb)に区分した、
「コト経済」
a: 生命の営みそのもの
b: それ以外、人と外部との相互作用全般
「モノ経済」
a: 生活必需品
b: それ以外、商品の交通全般
「マネー経済」
a: 社会にモノを循環させる潤滑剤
b: 利潤を生み出す会計システム
に拠るもの。「モノ経済」a領域へのシフトというのは、生活密着スタイルの空き家の活用法であり、「コト経済」b領域へのシフトというのは、人と外部との相互作用に関わる空き家活用法である。
このブログでは、モノコト・シフトの時代、人々の関心は、経済三層a、b領域のうち、a領域(生命の営み、生活必需品、モノの循環)、そして「コト経済」(a、b両領域)に向かうものとしている。モノコト・シフトとは、「“モノからコトへ”のパラダイム・シフト」の略で、20世紀の大量生産システムと人の過剰な財欲(greed)による「行き過ぎた資本主義」への反省として、また、科学の還元主義的思考による「モノ信仰」の行き詰まりに対する新しい枠組みとして生まれた、(動きの見えないモノよりも)動きのあるコトを大切にする生き方、考え方への関心の高まりを指す。
本書の第7章と第8章は、空き家を発生させないための具体的な活動、および個人として空き家問題に直面した際どのように対処すべきか、という提案である。この本には、「ある空き家」と「なる空き家」という区分もある。前者はとくに都心部で空き家になってしまった物件、後者はとくに農村部で人口減により空き家になってしまうであろう物件である。前者はその活用を通して地域をどう活性化するかということに繋がり、後者は人口流出をどう防ぐかという別の課題に繋がる。このような区分で空き家問題を考えるのも有効だと思う。
この記事へのコメント
コメントを書く