前回「クラフトビールの研究」の項で、クラフトビール(小規模のローカルな醸造所で職人がこだわりをもって造るビール)における各地のブルワリー(や酒店)を十幾つ列記したけれど、ビール造りを事業として考えた場合、大事なのは、どういう「ストーリー(物語)」紡いでいくかだと思う。
このブログで再三論じている「理念(Mission)と目的(Objective)」からそれは導かれるわけだが、『美味しいクラフトビールの本』エイムック3424(別冊Discover Japan)を参考にしながら、いくつかパターンを考えてみたい。尚、このブログでは会社の理念(Mission)と目的(Objective)について、
「理念(Mission)」:その会社がどのような分野で、どのように社会へ貢献しようとするのかを表現した声明文。
「目的(Objective)」:その会社が具体的に何を達成したいのかをまとめた文章で、理念の次に大切なもの。
と定義している。「ストーリー(物語)」とは、この「理念(Mission)と目的(Objective)」をわかりやすく顧客に伝えるものと捉えてよいだろう。
パターン(1):日本のクラフトビールの特質(品質だったり材料だったりテイストだったり)を広く世界にアピールするストーリー。→「常陸野ネストビール」など。
パターン(2):都会的なライフスタイルの一部として陽気でカーニバル的な「場」をつくりクラフトビールの魅力を訴求するストーリー。→「スプリングバレーブルワリー」など。
パターン(3):ローカル食材とのマッチングや生活文化との接点を考えてクラフトビールと共にその地方の魅力を発信するストーリー。→「ベアレンビール醸造所」など。
パターン(4):地域コミュニティとのつながりを大切にして(商店街の一角などに)交流の「場」を設け日々新鮮なビールを提供するストーリー。→「西荻ビール工房」など。
もちろん物語はどれか一つである必要はなく、パターンの組み合わせ技もあるし、これ以外のパターンもあるだろう。上記はあくまでも『美味しいクラフトビールの本』から拾い上げたもの。例として挙げたブルワリーも記事からの印象に過ぎない。だが「クラフトビール」という特性を考えると、ストーリーは概ねこれら4つのパターンに集約されるのではないだろうか。
パターン(1)は、輸出産業としてのクラフトビールである。日本の独自価値追求型といえる。このパターンの逆もあって「カピオンエール」では「日本でイギリスのクラフトビールのおいしさを伝えたい」ということで、麦芽やホップといった素材はすべてイギリス産を使っているという(『美味しいクラフトビールの本』140ページ)。
パターン(2)は、都会的なライフスタイルにおけるクラフトビールの魅力を探るもので、都市的「モノコト・シフト」追求型といえる。例として挙げた「スプリングバレーブルワリー」の経営元はキリンビール。クラフトビールとビール市場全体の活性化を目指しているという(同誌134−135ページ)。代官山と横浜に専門の店舗があり、そこでは音楽とのコラボやビールセミナーなども行われる。
パターン(3)は、観光業も視野に入れた地域起こし追求型。他業種とのシナジー追求型でもある。例に挙げた「ベアレンビール醸造所」について、『美味しいクラフトビールの本』には、
(引用開始)
「僕らは『クラフトビール』という言葉はあまり使いません。あくまで『地ビール』なんです」と話すのは、「ベアレンビール醸造所」の専務・嶌田(しまだ)洋一さん。地域の人たちと一緒に岩手のビール文化をつくっていきたいという思いを「地ビール」という言葉に込める。
(引用終了)
<同誌 041ページ>
とある。
パターン(4)は、地域コミュニティ密着型。クラフトビールの新鮮さが売りで、例に挙げた「西荻ビール工房」の店の写真には、200リットルが醸造可能なタンクの上に「ただ今、発酵中。」という札が置いてある(同誌141ページ)。
以上、4つのパターンをみたが、事業が軌道に乗って次のステップを考えるとき、同じパターン内でストーリーを広げるのか、別のパターンとの追加統合か、まったく新しいパターンを考えるのかは、企業戦略(持てる資産と市場の分析に基づく最適なビジネスモデルの構築)に拠る。
その際、留意すべきポイントを一つ。このブログでは会社の「理念(Mission)と目的(Objective)」の重要性を説いているが、その存在を忘れると、物語としての一貫性が失われて失敗する。地域密着型でやってきたのに売り上げを伸ばしたいから他所で委託販売を始める、いろいろな活動で「場」を盛り上げてきたのに予算が減ったから活動を抑える、地道な活動で地域文化に貢献してきたのに儲かりそうだからインバウンド向けの地ビール量産に走る、などなど。成功しかけた会社が往々にして陥る落とし穴だ。
以上、クラフトビールのストーリー(物語)について考えたが、こういったことは他の業種でも参考になると思う。
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