引き続き『和の国富論』藻谷浩介著(新潮社)に拠って、起業論を深めていこう。今回は「里山システムと国づくり III」で引用した氏の文章(や目次)にある「営業生活権」について。この言葉は、「個業」と同じ<第三章:「空き家」活用で日本中が甦る……清水義次(都市・建築再生プロデューサー)>の中に出てくる。その対話部分を引用しよう。藻谷氏の、今の日本にはまだ会社を辞めて食べていくためには特別な能力が必要なのではないかと信じ込んでいる人が多い、というコメントを受けて清水氏がいう。
(引用開始)
清水 実際は全然そんなことないのに(笑)。僕は人間が生まれながらに持っている権利に「営業生活権」というものがあると思っているんです。
藻谷 それはいわゆる生業権みたいなものですか?
清水 関東大震災からの復興の際に、東京商科大学(今の一橋大学)の福田徳三という経済学者が唱えた概念です。
当時、帝都復興院総裁の後藤新平は、インフラ投資で機能分化した都市を築くのが復興だと考えた。郊外に住宅地を造って、道路や鉄道を引いて、都心にビルを建てて、大企業が人々に仕事を用意してやればよいと考えたわけです。
これに対して福田は、「人間には自分で営業して生活を営む権利があるはずだ」と反対しました。僕はこの考えにとても共感しています。だから東日本大震災の時も、「営業生活権の復活こそが復興だ」と言って回りました。
藻谷 なんで日本では、営業生活権を捨てて、大企業の部品になるしかないと勘違いする人が多いのでしょうか?
清水 わかりませんが、おそらく明治以降の国策として、組織の中でよく働く人間を育成することに一生懸命になった結果じゃないでしょうか。国の教育方針に問題があると感じています。
(引用終了)
<同書 113−114ページ>
関東大震災は1923年(大正12年)の出来事だから、福田徳三が「営業生活権」を唱えたのは、今からおよそ百年も前のことだ。当時日本は近代社会づくりを目指していた。その家族の枠組みは、
1. 家内領域と公共領域の分離
2. 家族構成員相互の強い情緒的関係
3. 子供中心主義
4. 男は公共領域・女は家内領域という性別分業
5. 家族の団体性の強化
6. 社交の衰退
7. 非親族の排除
8. 核家族
を目標にしていただろう。後藤新平の復興策は概ねこの路線に沿うと思われる。
それに対して福田の「営業生活権」という概念は、本人がどういう家族を想定したのか分からないが、今の新しい家族の枠組み、
1. 家内領域と公共領域の近接
2. 家族構成員相互の理性的関係
3. 価値中心主義
4. 資質と時間による分業
5. 家族の自立性の強化
6. 社交の復活
7. 非親族への寛容
8. 大家族
に(特に項目1.に)フィットする。清水氏の言うとおり、今の時代に甦るべき考え方に違いない。
さらに付け加えれば、これからの起業は、「営業生活権」「個業」「スモールビジネス」といったキーワードと共に、社会のベースとなる新しい家族の枠組み8項目全てを十分考慮に入れたものであるべきだろう。それは、以前論じた「ヴァージンの流儀」的経営とオーバーラップする筈だ。
藻谷氏は「営業生活権」を「雇用とは一味違う豊かさと楽しさ」と表現しておられる。その「豊かさと楽しさ」感は、新しい家族の枠組み8項目全体に亘って(21世紀的生き方そのものに対して)いえると思う。
この記事へのコメント
コメントを書く