「自分と外界との<あいだ>を設計せよ」の項で、自分という渦(vortex)とそれを取り巻く外界との間をうまく設計することが人生には重要だとし、
(引用開始)
この設計図は起業家にも欠かせない。モノコト・シフト時代の産業システムは大量生産・輸送・消費から、多品種少量生産、食品の地産地消、資源循環、新技術といったものに変わっていく。朝昼晩、どのように自分と外界(この場合は身近な顧客、従業員、家族など)との間合いを取るか、それが遠隔操作で外界との話を済ませてきたこれまでと違って重要な課題となるだろう。
(引用終了)
と書いたけれど、そのことをよく心得た起業家の一人が、ヴァージン・グループ創業者のリチャード・ブランソン氏だと思う。最近出版された『ヴァージン・ウェイ』リチャード・ブランソン著(日経BP)は、彼が、過去から今に至るまでの自らの「外界との設計」を縦横に語った本である。副題に「R・ブランソンのリーダーシップを磨く教室」とある。まず本書の帯(表)から紹介文を引用しよう。
(引用開始)
航空業から宇宙旅行まで世界で事業展開するヴァージン・グループの総師、R・ブランソンが明かすリスクをチャンスに変えるリーダーシップの極意。
<ヴァージン流リーダーの心得>
○ どんな意見にも黙って耳を「傾ける」。
○ 互いから、市場から、失敗から「学ぶ」。
○ メンバー全員で大いに「笑う」。
○ 周到に準備し、リスクを「楽しむ」。
(引用終了)
ヴァージン・グループは、従業員5万人、売上高2兆円、世界50カ国以上で事業を展開する企業だが、そのビジネスは航空、鉄道、金融、携帯電話、飲料、通信、放送、出版、宇宙旅行などのユニットに分かれている。本帯(裏)の彼のメッセージも引用しておこう。
(引用開始)
私は本書で、自分のこれまでの生き方を包み隠さず紹介したい。しっかりと聴き、生き、笑い、リーダーシップをとるということについて、私自身の(おそらくはあまりトラディショナルとは言えない)考え方を紹介したい。私はちょっとクレイジーなこと、寿命を縮めかねないことにもいろいろ挑戦してきた。(略)過去の多くの冒険は「家でまねしないでください」というたぐいのものであることは確かだ。しかし、とりわけ起業を志す人にとって不可欠なのは、自らの直感を信じ、たとえ崖っぷちに立たされそうな気がするときでも信念を曲げない、独立独歩の心意気だと私は思う。(本書「はじめに」より)
(引用終了)
この本の中でリチャードは、「聴く(listen)」「学ぶ(learn)」「笑う(laugh)」「率いる(lead)」という四つのキーワードの下、これまでのビジネスにおける様々なチャレンジを語っていく。その中から、自分と外界との設計に関する文章を幾つか拾ってみたい。
(引用開始)
好むと好まざるとにかかわらず、顧客、従業員、友人など、相手が誰であれ、その人の見たものが現実である。昔から言うように、「アヒルのように歩くなら、それはたいていアヒルである」。個人であれ企業であれ、他人の目を通して自分の行動を見られるようになるには練習がいる。(55ページ)
私の経験では、人の「地位を知る」ことを重視しすぎる企業文化は、人間関係の妨げになる問題を引き起こし、恨みつらみの原因となり、その結果、進歩やイノベーションを阻みかねない。(121ページ)
ヴァージン・マネーには「EBO」と呼ばれる社是のようなものがある。「Everybody Better Off(みんなが豊に)」の略だ。同社の業務はまぎれもなくこの社是を体現するものだった。(186ページ)
採用候補者の過去の実績を見るのは重要だけれども、一番考慮すべき重要なことは「性格が合う」かどうかと私は思う。つまり、その人の生き方、ユーモアのセンス、立ち居振る舞いがあなたの会社のカルチャーにぴったりとはまりやすいかどうか。(203ページ)
この40年余りのヴァージンの成功の秘訣は何かというなら、答えは簡単である。「私の先見性に富む優れたリーダーシップ」――もちろん冗談だ。本当の答えは、われわれが20世紀に築いてきた「ヒト優先の文化」にすべて行き着くだろう。(222−223ページ)
人生で本当に価値があるものは、たいていある程度のリスクをともなう。ヴァージンはいつも安全策や及び腰とは無縁で、一見不可能に思えることに喜んでチャレンジしてきた。(248ページ)
いまから40年以上前に、のちのヴァージンにつながる仕事を始めたとき、私は人々の人生をもっと良くしたいと思っていた。虫のいいたわごとに聞こえるかもしれないのは重々承知である。でも本当にそうだった。
当時はこう考えていた(いまもそう考えている)。ビジネスは(どんなビジネスも)世のため人のためになる大きな可能性を秘めている、と。新しいやり方を模索し、成長、(企業の存在理由としての)利益とともに、従業員と地球環境を最優先すれば、その可能性を花開かせることができる。そして驚いたことに、一般の認識とは逆で、これらはN極とS極のように反発しあう関係ではなく、むしろ互いを補強しあう。ビジネスは必ずしも、誰かが勝てば誰かが負けるというゼロサムゲームではない。正しくやりさえすれば、企業、地域社会、そしてこの美しい地球、すべてが勝者になれる。(270ページ)
「部分の総和は全体より大きい」。単なる共同作業ではなく、本当の意味のコラボレーションから生まれる効果がいかに大きいかは、この言葉に要約されている。(318ページ)
われわれはみんな生涯を通じて、大きなものから小さなものまで、たくさんの意思決定をする。優れた決断だとほめられることもあれば、誤った決定だと非難されることもある。だが、会社が関係する大きな事故など、いざというときは、信頼できる最新の情報をできるかぎり集め、怖れずに立ち向かう――それがリーダーの仕事である。どんな状況でも、「決めない」という選択肢はありえない。そして、ミッキー・アリソンもいまは賛同してくれると思うけれど、人生の90%は顔を見せることである(訳注*ウッディ・アレンが「人生の80%は顔を見せることである」と言ったのが知られている)。(341−342ページ)
(引用終了)
いかがだろう、彼の設計図が少し見えてきただろうか。
詳細は本書をお読みいただきたいが、リチャードは航空、鉄道、金融、携帯電話、飲料、通信、放送、出版、宇宙旅行といったそれぞれのビジネス・ユニットを、「スモールビジネス」の要諦で運営している。それが彼のやり方の新しいところだ。彼は自分の渦に周りを巻き込んでいくのが上手い。そして脳(大脳新皮質)と身体(大脳旧皮質+脳幹)をバランスよく働かせている。ヴァージン・グループの総師であると同時に、気球に乗ったりウィンド・サーフィンに熱をあげたり、一方で様々な社会貢献にも力を注ぐ。「スモールワールド・ネットワーク」「ハブ(Hub)の役割」「モチベーションの分布」「リーダーの役割」といったことをよく弁えているのだと思う。
本書の著者プロフィールによると、彼は1950年にイギリスで生まれ、16歳で高校中退、雑誌『ストューデント』を創刊、70年にレコードの通信販売事業を始め、73年に「ヴァージン・レコード」を立ち上げた。84年、ヴァージン・アトランティック航空を創業し、その後ヴァージン・ブランドで様々な分野に進出している。最後に本書の「おわりに」から、彼が選んだヴァージン流儀「トップ10」を掲載しておく。
1. 夢を追いかけて一歩踏み出す
2. プラスの変化を生み、人のためになることをする
3. 己のアイデアを信じ、ナンバー1をめざす
4. 楽しんで働き、チームに目配りする
5. あきらめない
6. 耳を傾け、ノートをとり、常に新たな目標を立てる
7. 権限委譲し、家族との時間を増やす
8. PCやスマートフォンの電源を切り、外へ出る
9. もっとコミュニケーションをとり、協力しあう
10.好きなことをやり、キッチンにカウチを置く。
ところでヴァージンといえば、今年2月のヴァージン航空:成田―ロンドン線の廃止が惜しまれる。いつか復活して欲しいものだ。
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