『庭の旅』白井隆著(TOTO出版)という本を愉しく読んだ。庭園都市計画家の白石氏は、
(引用開始)
人はハコに暮らすのではなく、「人は庭園に暮らす」と考える。その全体を庭として計画することを通して、施主の求める幸福な風景を造ることはできないだろうか。土木建築を、世界から切り離してしまわずに、庭園構想の一部として、全体に関係付けることによって。
庭には、人と、時間と、自然と、構造物が備わっている。暮らしの場全体を計画する方法として、庭園という装置を使うことはできないだろうか。
(引用終了)
<同書 9ページ>
と考え、それを探るために、奥さまでガーデン・デザイナーの白井温紀さんと一緒に世界各地の庭を巡る。
山形の田舎家の庭、共同体を生き返らせた水俣市の田園、バリ島のアマンダリ・リゾート、京都南禅寺無鄰庵・小川治兵衛の庭、八ヶ岳にある造園家中谷耿一郎の庭、英国ヘリガンの庭、日光東照宮、昭和記念公園、高千穂夜神楽などなど、美しい写真やスケッチと共に多種多彩な庭や公園が紹介されている。スケッチは奥さまが描いたもの。
白石氏の職業である「庭園都市計画家」というのは広がりのあるいい言葉だと思う。都市計画家でもなく、造園家でもなく、建築家でもない。その全てを含む感じだろうか。氏は、
(引用開始)
二一世紀の集落は、人々に幸福を約束する「庭園」として、自覚的に構築されなければならない。
(引用終了)
<同書 40ページ>
と書く。
以前「庭園について」の項で、「庭園は、人々の心の城郭として、都市と自然との境界に存在している」と書いたけれど、庭園都市と言うと、人が暮らす家と庭、その集合であり都市機能も併せ持つ街、街と聖なる奥山、その二つを繋ぐ農業生産中間地帯としての里山、といった集落全体を的確にイメージすることができる。「3の構造」の手法を用いて図示してみよう。
庭園都市という言葉は昔の田園都市よりも、「庭園」ということで、都市と自然の境界性、全体性を明示できるように思う(田園都市はもともとgarden cityの翻訳語)。この「庭園都市」が、そこを流れる河川を通して山岳地域から海辺まで複数繋がると、「流域」として独自の文化圏を成す(可能性が生まれる)ことになる。
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