以前「螺旋階段」のなかで、「螺旋階段の面白いところは、中心の周りを回っているうちに空間を上下してしまうことだろう。勿論回っているといっても階段を上り下りしているわけだから、空間を上下するのは当たり前なのだが、狭いところをグルグル回っているだけで、空間を移動できてしまうような錯覚があって楽しいのだ。」と書いた。
螺旋階段は、空間として面白いだけでなく造形として美しい。なぜ螺旋階段を我々は美しいと感じるのか。空間を上下に移動するのは重力に対して垂直方向の動きである。垂直方向の動きのうちでも、特に重力に逆らう上昇運動の中にこそ「美」が生まれる、と私は思っている。
人間は、常に重力によって大地に引き寄せられているので、それに逆らうものへ強い憧れを抱くようだ。走る男、空へ舞い上がる鳥、天を向いた植物の穂先、スポーツ・カーの流線型など、重力から逃れようとする運動や形態に対して、人間は本能的に美を感じ取る。
人間はまた、言葉によって過去の記憶を手繰り寄せて美を味わうことも出来る。たとえば、「はる霞、たなびきにけり久方の、月の桂も花やさくらむ」(紀貫之)という歌に、美しさを感ずる人も多いだろう。
「美」には大きく分けて二つの範疇があるようだ。二つは重なる部分も多いし、はっきりと分けることも難しいが、ひとつは、螺旋階段のように重力に逆らう運動に基づき、我々の気分を生き生きとさせてくれる感覚的な美しさであり、もう一つは、脳の中で構成される、過去の記憶に基づく郷愁的な美しさだ。それ自体に動きはないものの、優れた建築、庭園、彫刻、宝石などは、重力を一旦吾身に引き受けた上で、次の飛躍を内に秘めた「力」の表現であり、大きくは前者の範疇に入ると思われる。
さて、三年前の今頃、私は神奈川県立近代美術館葉山で「ハンス・アルプ展」を見た。ハンス・アルプは、1886年にストラスブールに生まれた詩人・彫刻家で、ダダイズムの創始に関わった人だ。そのときの展示作品の中に「Before the Flight」と題された、高さ79cmの白大理石の優雅な彫刻があり、私は作品もさることながら、その題名に興味を持った。
作品(写真本右頁)はまさに「それ自体に動きはないものの、重力を一旦引き受けた上で次の飛躍を内に秘めた力の表現」そのもので、「Before the Flight」という題名がまさに相応しいと思ったのである。
美術館は、「一色海岸と三ヶ岡山に挟まれた美しい自然環境のなかに位置している。延べ床面積七千百十一平方メートル、展示室総面積千二百九十七平方メートル、地上二階の鉄筋コンクリート造りの建物である。展示室のあるメーン棟と、講堂、レストラン、ショップのある別棟の、大小ふたつのL字型の建物が中庭を囲み、恵まれた周囲の景色を積極的に内部に取り込むために中庭に面して設けられたガラス張りの展示ロビーからは、緑豊かな三ヶ岡山を望むことができる。」(東京新聞2/13/2004より)建物にきらびやかなファザードなどは無く、それ自体が自然に溶け込むことを眼目としているようだった。重力に逆らう力の表現は、天へ一直線に駆け上る類の男性的な表現もあれば、緩やかなカーブを描きながら自然との共生を目指すような女性的な表現もあるのだろう。
ところで、展示会で見た「Before the Flight」の日本語の題名は、「逃亡前」というのであった。「Flight」にはたしかに「逃亡」という意味もあるが、私の「反重力美学説」に基づいて考えるならば、この場合は「逃亡前」ではなく、「飛翔前」とでも訳すべきではなかっただろうか。
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