ある会議でのこと、ボスのトムがAさんたち部下に「今日はマーケティングの話だから販売の人は残らなくていいよ」(“Today, we need to focus on the marketing issues, so sales people are not required to stay”)と言った。
皆さんの中には何か変だと感じた人もいると思う。「マーケティングの話なのに販売の人がいなくてどうするの?」、「おれはエンジニアだけど、商品化の話にはいつもセールスの連中を呼んでいるぜ」などなど。尚、Aさんやボスのトムについては『現場のビジネス英語「否定形の質問について」』を参照して欲しい。
どうしてトムは、マーケティングの話に販売(セールス)を呼ばないのか?それは、マーケティングが、事業の中枢であるところの(技術やIPなどの)経営資源を、どのように市場とマッチングさせて商品化するかという作業であり、反対に、販売(セールス)とは、今ある商品の良さをいかに買い手に伝え、流通を整理してどのように売っていくかということだからだ。
トムが言いたかったのは、この会議は新しい商品を考える場だから、既存の商品を販売してくれている人達の貴重な時間をつぶすことはない、ということである。今ある商品を売ることと、これからの商品を考えることとはまったく別の作業なのだ。勿論マーケティングとセールスと、どちらが良いとか悪いとかの話ではない。
画期的な商品は、@新しい素材、A新しいコンセプト、B新しい流通、から生まれる。これらは既存の商品の否定から始まるのだ。勿論トムの部署には販売の経験を持つ人たちがいて、その連中がいまマーケティングをやっているから、既存のセールスのことも分かった上でこれからの商品をどのように流通させていくかを考えることが出来る。
日本の多くの会社において、このMarketing機能とSales機能とがはっきり区別されていないのは何故だろう? それはおそらく、「カーブアウトII」で述べた、「カーブアウトの判断は、多分にResource Planning的行為だから、日本の会社はそもそも不得意なのである。」ということと関係するのではないか。新しい経営資源と市場とのマッチングを図るマーケティングも、カーブアウトと同じくResource Planning的作業だからだ。
日本の企業の多くは、マーケティングというResource Planningと、Process Technology的作業であるところのセールスとの区別が付かない。だからマーケティングの会議に販売の人たちが出席し、新しい商品(案)は何故売れないか、という話になってしまうのだ。
MarketingとSalesの区別がわかる企業は、既存の売上を確保しつつ新しい商品を立ち上げることが出来る。そうでない企業は、既存商品の売上が落ち始めるまで新しい商品のことを考えることが出来ない。そしてやがて市場から淘汰されてしまう。あなたの会社は大丈夫だろうか?
ところで、Resource PlanningとProcess Technologyの二つを活かす「包容力」は、企業経営だけに止まらず、あらゆる組織運営に必要なことだと思う。
最近「ボローニャ紀行」井上ひさし著(文藝春秋)を読んだが、氏はその軽妙な語り口で、ボローニャ市民が豊かな地域文化を創りあげてきた背景には、ローマ時代から長く受け継がれてきた「自治の精神」があり、市民たちの思考の原点には自分という「主格」がしっかりと置かれていること、と同時に彼らはボローニャという自分たちの「環境」を大切にし、市民同士の連帯のなかからいろいろなビジネスや施設を立ち上げていることを指摘しておられる。都市の運営にも的確なResource Planningと、行き届いたProcess Technologyが必要なのだ。
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