「吉野民俗学と三木生命学」の項で述べた「複眼主義美学」の縦軸(反重力美学と郷愁的美学)と横軸(男性性と女性性)のうち、縦軸については先日「交感神経と副交感神経 II」の項で整理した。横軸については、
「男性性と女性性」
「男性性と女性性 II」
「体壁系と内臓系」
などの各項を参照していただきたい。体壁系と内臓系といえば最近、三胚葉(内胚葉・外胚葉・中胚葉)の分化や器官発生の順序などについて、よく纏まった文章を見つけた。「共生の思想」の項で紹介した『腸内細菌と共に生きる』藤田紘一郎著(技術評論社)の、<すべては「腸」から始まった?>というコラムである。整理のために引用しておきたい。
(引用開始)
この章でも述べてきたように、動物はもともと口から肛門に伸びる一本の消化管、つまり腸だけで生きてきました。
クラゲやイソギンチャクなどの腔腸動物は脳がありませんから、腸が脳の役割を役割を果たしていたと考えられます。のちに脳へと進化する神経細胞(ニューロン)も、この腔腸動物の腸内で生まれたこのだったのです。
また、心臓や肝臓、肺などの内臓器官も腸が作られた後に作られます。発生学で言うと、精子と卵子が受精し、受精卵が形成されると、徐々に分割していき、原腸胚の段階で内側に陥入することで、消化管のもとになる原腸を形成するようになります。
この原腸胚は、陥入とともに内胚葉、外胚葉、中胚葉に分かれていき、それぞれが体の各器官の源になります。つまり、まず消化管となる原腸が形成されることで、ヒトを含めた動物の体が分化していくことになるのです。
もう少し具体的に解説すると、実際に腸へと分化していくのは、3つの胚葉のうち内胚葉になります(次ページ図3−9参照)。
内胚葉は前腸、中腸、後腸に分化し、それぞれが咽頭、食道、胃、小腸、大腸といった形に分かれていくほか、前腸からは肺、肝臓、膵臓が、後腸からは泌尿器系の一部、膀胱、尿道などが生まれます。
心臓などの循環器は、中胚葉に由来していますが、原腸が消化管の起源に当りますから、発生としては腸の後になります。また、のちに脳になる神経系については、外胚葉から形成されていきます。
こうした器官の発生は、「個体発生は系統発生を繰り返す」という言葉の通り、ヒトの個体発生でも同様にプロセスを見出すことができます。ここでもやはり、最初に腸が作られ、脳や心臓は後から作られるのです。
私たちは、食べなければ生きていけませんから、まず消化管=腸が先に作られ、そのうえでさらに必要な器官が分化していくということなのかもしれません。
(引用終了)
<同書 141−142ページ(図は省略)>
三木生命形態学において、「体壁系」とは“感覚―運動”を司る器官を指し、「内臓系」とは“栄養―生殖”を司る器官を指す。上の引用と合わせると、三胚葉(内胚葉・外胚葉・中胚葉)のうち、内胚葉と中胚葉は「内臓系」、外胚葉が「体壁系」を構成するといえるだろう。
生物学者福岡伸一氏の『できそこないの男たち』(光文社新書)に、生命の基本仕様は「女性」だという指適がある。その部分を引用しよう。
(引用開始)
このように見てみると、最初に紹介したフェミニズム仮説、すなわち、女性は、尿の排泄のための管と生殖のための管が明確に分かれているが、男性は、それがいっしょくたなので、女性の方が分化の程度が進んでいる、つまりより高等である、との説は間違っていないことがわかる。
あるいはこう言い換えることができる。男性は、生命の基本仕様である女性を作りかえて出来上がったものである。だから、ところどころに急場しのぎの、不細工な仕上がり具合になっているところがあると。
実際、女性の身体にはすべてのものが備わっており、弾性の身体はそれを取捨選択しかつ改変したものにすぎない。基本仕様として備わっていたミュラー管とウォルフ管。男性はミュラー管を敢えて殺し、ウォルフ管を促成して生殖器官とした。それに付随して様々な小細工を行なった。かくして尿の通り道が、精液の通り道を使用することになった。ついでに精子を子宮に送り込むための発射台が、放尿のための棹にも使われるようになった。
女性は何も無理なことはしない。ミュラー管がそのまま生殖器官となる。女性は何かを殺すこともしない。女性の身体は今でもウォルフ管の痕跡が残っている。
アダムがイブを作ったのではない。イブがアダムを作り出したのである。
(引用開始)
<同書 165−166ページ>
以上を総合すると、食の相においては「内臓系」が、性の相においては「女性性」がヒトの基本仕様であって、「体壁系」と「男性性」はいづれもあとから作られていったということがわかる。この知見こそ男女共生の秘訣であろう。
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