前回「吉野民俗学」の項で河出書房新社の文庫による名著復刻に触れたが、生命形態学者三木成夫の本も、最近同社から読みやすい文庫の形で二冊出版されている。
『内臓とこころ』三木成夫著(河出文庫・2013年3月)
『生命とリズム』三木成夫著(河出文庫・2013年12月)
がそれだ。まず内容について文庫カバー裏表紙の紹介文を転載しよう。
(引用開始)
『内臓とこころ』
「こころ」とは、内臓された宇宙のリズムである――おねしょ、おっぱい、空腹感といった子どもの発育過程をなぞりながら、人間の中に「こころ」がかたちづくられるまでを解き明かす解剖学者のデビュー作にして伝説的名著。四億年かけて進化してきた生命(いのち)の記憶は、毎日の生活の中で秘めやかに再生されている!育児・教育・保育・医療の意味を根源から問いなおす。
解説=養老孟司
『生命とリズム』
「イッキ飲み」や「朝寝坊」「ツボ」「お喋り」に対する宇宙レベルのアプローチから、「生命形態学」の原点である論考、そして感動の講演「胎児の世界と<いのちの波>」まで、『内臓とこころ』の著者が残したエッセイ、論文、講演をあますところなく収録。われわれ人間はどこから生まれ、どこへゆくのか――「三木生命学」のエッセンスにして最後の書。
(引用終了)
『内臓とこころ』の新聞紹介文も引用しておこう。
(引用開始)
解剖学者が心の起源を解き明かした名著の復刻。
解剖学的には、手足や脳は目や耳の感覚器官と一緒に「体壁系」と呼ぶという。魚をさばいたときに、はらわたを取り出した残りが体壁系だ。その取り出したはらわた=内臓系の感覚がどのようにできてくるのかを、膀胱や空腹時の胃、乳児が乳を吸う時の唇の感覚を例に解説。生命の主人公はあくまでも食と性を営む内臓系であり、感覚と運動に携わる体壁系は、手足に過ぎないという。人類が内臓感受系の覚醒により森羅万象に心が開かれてきた過程を、赤ん坊の成長に見られる好奇心の発達を重ね合わせながら概観する。
(引用終了)
<日刊ゲンダイ 4/24/2013>
三木成夫の生命形態学については、先日「時間論を書き換える」の項で、その個体発生と系統発生の密接な関係性の知見が時間論の書き換えの糸口の一つになるだろうと書いたけれど、それとは別に、人体構造の解剖学的説明が面白い。それについては以前「体壁系と内臓系」「南船北馬」「“しくみ”と“かたち”」などの項で紹介したことがある。
体壁系と内臓系の双極性は、複眼主義の基幹を成す対比の二つのうちの一つだ。まとめた図(一部)を参考までに載せておこう。
『内臓が生みだす心』(NHKブックス)の著者西原克成氏は、三木生命形態学を継いで生物の進化を研究し、『生物は重力が進化させた』(講談社ブルーバックス)を著した。「重力進化学」はそれを紹介したものだ。
西原重力進化学では自律神経(交感神経と副交感神経)のうち交感神経そのものが「重力」によって発生したとする。この交感神経由来の美意識を私は「反重力美学」と名付けた。2010年のことだからもう今から5年も前になる。
そして、その対極の副交感神経由来の美意識を2015年2月に「郷愁的美学」と名付けて発表した。
交感神経優位=反重力美学と副交感神経優位=郷愁的美学の双極性は、複眼主義の基幹を成す二つの対比のうちのもう一つ、「集団」と「個人」との間の対比だ。こちらも図を載せておこう。
三木生命形態学は、あの吉本隆明が「もっとはやくこの著者の仕事に出会っていたら、いまよりましな仕事ができていただろうに」と後悔した(『海・呼吸・古代形象』三木成夫著<うぶすな書院>解説より)くらい大切な理論である。まだの人はすぐ手に入る河出文庫二冊から読み始めていただきたい。そして『胎児の研究』(中公新書)や『生命形態学序説』(うぶすな書房)、『海・呼吸・古代形象』(うぶすな書房)へと進んでいただきたい。
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