『余剰の時代』副島隆彦著(ベスト新書)は、この時代、余るのはモノばかりではなくヒトも余るということを正面から取り上げた本だ。本カバー裏の紹介文を引用しよう。
(引用開始)
この厳しい時代を生き延びるための本当の知恵
21世紀の現代を生きる私たちは今、途方もなく厳しい時代を生きている。「余剰・過剰」問題という怪物が世界を徘徊している。モノを作っても売れない。どんなに値段を下げても売れない。だから、人間が余ってしまう。従業員を「喰(く)わせてやる」ことができない。社会は失業者予備軍で溢(あふ)れている。とりわけ若者が就職できない。
実は百年前のヨーロッパで始まった、この解決不能の問題を、人類の中の最も精鋭な人たちがすでに真剣に悩みぬいていた。
ヴォルテール、ニーチェ、ケインズに導かれ、政治思想家であり、かつ金融・経済予測本のトップランナーである著者が、この難問に挑む。
(引用終了)
このブログではまた、経済というものを、自然の諸々の循環を含め人間を養う社会の根本理念・摂理(人間集団の存在システムそのもの)とし、その全体を三つの層で捉えている。
「コト経済」
a: 生命の営みそのもの
b: それ以外、人と外部との相互作用全般
「モノ経済」
a: 生活必需品
b: それ以外、商品の交通全般
「マネー経済」
a: 社会にモノを循環させる潤滑剤
b: 利潤を生み出す会計システム
という三層で、モノコト・シフトの時代においては、経済の各層において、a領域(生命の営み、生活必需品、モノの循環)への求心力が高まると共に、特に「コト経済」(a、b両領域含めて)に対する親近感が強くなってくるだろうと予測している。
この時代、「モノ経済」bは基本的に余ってくる。ヒトも頭数(あたまかず)として捉えれば「モノ経済」bに含まれるから余るわけだ。社会生活全体に「マネー経済」bが強く絡んでいる先進国においては、生産効率が重視されるからヒトが余る。生産効率の悪い後進国においては労働力を得るためにヒトが増える。しかしやがて効率は上がる。だがすぐにヒトは減らない。だから(「マネー経済」bを縮小させない限り)21世紀は当面これまで以上にヒトが余ってくるのだ。
昔戦争は領土を増やすために行なわれたが、大量生産の時代に入り砲弾や戦車などの「モノ経済」bが余ってくると、その消費の為にも戦争が行なわれるようになった。21世紀の戦争はさらに余ったヒトも含めて消費してしまおうという恐ろしい側面を持つ。モノコト・シフトの時代は「三つの宿啞」との戦いでもある。だから副島氏はこの本で「生き延びる思想10カ条」を説く。
(引用開始)
1 夢・希望で生きない
2 自分を冷酷に見つめる
3 自分のことは自分でする
4 綺麗事をいわない
5 国家に頼らない
6 ズルい世間に騙されない
7 ある程度臆病でいる
8 世の中のウソを見抜く
9 疑う力を身につける
10 いつまでもダラダラと生きない
(引用終了)
<同書 202−203ページ>
最後の「いつまでもダラダラと生きない」というのがいい。私も以前ビジネスに関連して「騙されるな!」という項を書いたことがある。併せてお読みいただければ嬉しい。
この本で扱う政治思想の射程距離は長い。副島氏の主著の一つに1995年に出版された『現代アメリカ政治思想の大研究』(筑摩書房)という本がある。今は講談社α文庫に『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』として収められている。私は1998年に読んで大いに勉強になった。最も大切なのは『余剰の時代』(89ページ)にも掲げられている「ヨーロッパ政治思想の全体像」という一枚の表だ。
西洋政治思想の根本には、アリストテレス/エドマンド・バークの「自然法(Natural Law)派」と、ジョン・ロックやヴォルテールの「自然権(Natural Rights)派」との対立がある。自然権派からルソーなどの「人権(Human Rights)派」が生まれた。「自然法(Natural Law)派」と、ジェレミー・ベンサ(タ)ムの「人定法(Positive Law)派」との対立もある。くわしくは本書や『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』をお読みいただきたいが、一言でいえば、
「自然法派」:
人間も自然界の法則で生きているのだからあまり激しいことはするな
「自然権派」:
人間には本来自然に生きていくだけの権利がある
「人権派」:
貧困者でも生き延びる権利がある
「人定法派」:
法律は人間がきめたことであって自然界の法則とは違う
ということになる。副島氏はこれらの政治思想を解説した後、
保守本流:自然法派
官僚:自然権派
多数派:人権派
という現代の西洋政治地図を提示する。いまの官僚は「人間には本来自然に生きていくだけの権利がある」とする自然権派を標榜しながら、福祉国家を運営できるのは我々とばかり、楽観主義的な「貧困者でも生き延びる権利がある」とする人権派を押さえ込む。保守本流は「人間も自然界の法則で生きているのだからあまり激しいことはするな」という自然法派だが上品だから官僚支配になかなか勝てない。本来ジョン・ロックやヴォルテールの「自然権派」は王権からの民主独立派だったのだが、楽観的であるが故に過激なルソーらの「人権派」との内部争いに敗れた。
「人定法派」からは「リバータリアニズム」が生まれた。「自分のことは自分でやれ。自分の力で自分の生活を守れ」という思想だ。副島氏の「生き延びる思想10カ条」はこの思想から来ている。複眼主義的にいえば、
「都市の働き」:人定法
「自然の働き」:自然法
という複眼的な考え方が正しい。各種の権利は人定法内の諸規定として考えるべきだ。だから「都市」で身を守るにはこの「生き延びる思想10カ条」が相応しいといえるだろう。

人と世界は円を斜め上から見たところとして表現。世界は斜線によって「都市の働き」=「公」、「自然の働き」=「私」に分けられる。人は斜線によって「脳の働き」=「公」、「身体の働き」=「私」に分けられる。詳しくは前項「複眼主義の時間論」なども参照のこと。
この本によって西洋政治思想の基本を学び、騙されないようにしてモノコト・シフトの時代を生き延びようではないか。
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