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虚の透明性とモダニズム文学

2014年08月02日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 先日「虚の透明性」の項で、隈研吾氏は評論家吉田健一のいう「たそがれとしての近代」と近代建築の「虚の透明性」とを重ね合わせた、と書き、隈氏の著書『僕の場所』から、

(引用開始)

 「虚の透明性」という概念は、僕にとって腑に落ちるものでした。それは「近代=モダン」という時代の根底にある、重要な概念です。「たそがれ」の時代には、すべてが重なって見えるのです。ロウはその意味で、僕が目指す「たそがれ」の時代の建築の姿を暗示してくれた、大切な恩人です。
 現在の中に過去があり、現在の中に未来がある。自分の中にも他人があり、他人の中にも自分がいる。そのような重層性こそが、「近代=モダン」という「たそがれ」の時代の本質です。(中略)
 過去と現在が重層し、近くと遠くのものが重層する状態こそが、「近代=モダン」という時代のすべての領域に共通する特質なのです。

(引用終了)
<同書 190−191ページ>

という文章を引用したが、吉田健一の主張を継いだ作家丸谷才一(本名根村才一)は、モダニズム文学について、その著書『樹液そして果実』(集英社)の中で、次のように書いている。

(引用開始)

 一体にモダニズムについて考えるときには、時間というふもの、歴史といふものが重要な装置となります。今がすぐ今でなくなるやうに、現代はやがて現代でなくなる。しかしさういふ、時間につきもののうつろいやすさ、はかなさのなかに、特異な美の形、詩情がある。花やかさ、華奢で贅沢な趣がある。これは日本的な美の感じ方の特徴でもあるのですが、さう言へば平安朝の日本語には「今めかし」といふ言葉があって、これは、(1)現代的である、(2)花やかである、の両義を持つてゐました。そこで「モデルニテ」はいつそ「今めかしさ」と訳せば一番いいかもしれません。(中略)
 一方、今を気にかけることは昔を意識させるし、現代を楽しむことは古代を思ひ出させる。そこで新しさと伝統とがかへつて結びつく。歴史は平凡に退屈に流れていくものではなくつて、現代を過去との関係に緊張関係が起り、冒険の意欲が生じる。「歴史というのは、ぼくがなんとか目を覚ましたい思っている悪夢なんです」と『ユリシーズ』のなかでスティーヴン・ディーダラスは言ふ。古典主義が前衛を生む。

(引用終了)
<同書 212−213ページ、フリガナ省略>

モダニズム文学は、今を大切にするが故に、かえって歴史や伝統、神話や社会のあり方といったものを重要に考え、それに新たな光を当てようとする(新たな見かたを与えようとする)わけだ。そういえば、丸谷の作品にはそういった特徴が多く見出される。

1.古典に新たな光を当てようとする(源氏物語や忠臣蔵など)
2.言葉への拘り(旧仮名や多彩なレトリックの使用)
3.社会のあり方への提言(社交や挨拶の重視、書評やエッセイの執筆)

 丸谷才一は2012年に亡くなった。その後『丸谷才一』(文藝別冊、河出書房新社)や『書物の達人 丸谷才一』菅野昭正編(集英社新書)なども出て、氏の文学の評価は高い。しかしなぜか、彼のあとを継ぎ、旧仮名でレトリックに富んだ文章を書く人はあまり居ないようだ。

 幸い丸谷才一は、その拘り抜いた日本語で、数多くの小説やエッセイ、評論や書評を書いているから、それらを読み返しながら、氏の「虚の透明性」に富んだ世界を愉しむとしよう。後期の小説『輝く日の宮』について、作家阿刀田高氏が書いた文章がある。

(引用開始)

 丸谷才一『輝く日の宮』(講談社文庫)とタイトルを見ただけで、「えっ、本当。すごい」と胸を弾ませる人もいるだろう。知る人ぞ知る、出色のテーマである。しかも碩学・丸谷才一が綴っているのだ。
 もとはと言えば『源氏物語』だ。日本文学の金字塔だが、どのくらい読まれているのだろうか。現代語訳で須磨・明石くらいまで……。あるいは「桐壺」だけ読んだなあ」。書名しか知らない人も多い。
 が、それはともかく、この「源氏物語」は天下の名作ながら、ちょっと不思議なところがある。第一帖の『桐壺』と第二帖の「帚木」と、二つのあいだのつながりがヘンテコなのだ。うまくつながっていない。つながりがわるいばかりか、このあたりで当然説明しておかなければ、あとで困ってしまうような……前に説明しておいてくれなければ、「なんでこんなことが急に起るの」と読者に疑念を抱かせるような構造になっているのだ。名作として大きな瑕、そう言えなくもない。
 そこでここには……第一帖と第二帖とのあいだには『輝く日の宮』という一帖があったのではないか、と古来、言われているのだが、学説としては否定されている。完全否定。散逸があったわけでもないらしい。
 でもね、学者がいくら否定しても読めば読むほど『輝く日の宮』の存在を信じたくなってしまう。実在していた、と願いたくなる。
 そこへ丸谷才一が切り込んだとなると、これは相当におもしろかろう。
 私は数年前、四六版で出版されたときに瞥見していたのだが、書店の店頭で文庫本のあるのを見つけて購入、長旅のつれづれに読みふけった。
 ペダンチック。でも凄い。存在しなかったと言われる『輝く日の宮』を想像することは『源氏物語』の成立やストーリー展開を深く理解することに通じる。それだけでもお得用だが、最後に研究者を越えた……つまり小説家である丸谷のみごとなイマジネーションが用意されていて、ミステリー小説の趣さえある。だから種あかしは控えるが、私は熟読、興奮、大満足、優れた奇書と思った。

(引用終了)
<毎日新聞 9/1/2013、フリガナ省略>

気に入った作品なので紹介文を引用しておいた。手軽な文庫だから皆さんも手にしてみてはいかがだろう。文庫でもきちんと旧仮名のままにしてあるところが佳い。永井荷風や三島由紀夫などの小説は、単行本は旧仮名でも文庫では新仮名づかいに変換してあって興ざめだが、丸谷才一は生前それを良しとしなかったようだ。

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posted by 茂木賛 at 12:15 | Permalink | Comment(0) | アート&レジャー

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