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エピジェネティクス

2022年04月22日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 ここのところ、ウイルスや免疫、ゲノム編集の本を読み、今から十年足らず前に興味を持った「エピジェネティクス」について改めて知識を整理しておこうと、当時読んだ本を二冊ほど再読した。

『エピジェネティクス』仲野徹著(岩波新書、初版2014年)
『エピゲノムと生命』太田邦史著(講談社・BLUE BACKS、初版2013年)

エピジェネティクスとは、DNAの配列変化によらずに遺伝子発現を制御・伝達するシステム、およびその学術分野のことで、2003年にヒトゲノム(ヒトの遺伝情報全体)の解読がほぼ完了したあと特に興隆してきた。ヒトゲノムを解読してみると驚くことに、タンパク質をコードする部分(遺伝子)はヒトゲノム全体の約2%でしかないことが解った。ヒトの脳と身体の複雑さを考えたとき、そのほかの部分がどのような役割を果たしているのかが、生命科学の主要関心事となっていった。ゲノムを、タンパク質を作るのに必要な遺伝情報(コードDNA)の塩基配列としてではなく、ゲノム全体の98%を占める非コードDNAとコードDNAとの連携(ヒストン修飾とDNAメチル化)として見るわけだ。

 『DNAの98%は謎』小林武彦著(講談社・BLUE BACKS、初版2017年)という本はさらにその詳細の解説。最近手にして読了した。副題は“生命の鍵を握る「非コードDNA」とは何か”。本カバー裏表紙の紹介文を引用しよう。

(引用開始)

サルとヒトで遺伝子はほとんど同じなのに、
なぜ見た目はこんなにも違うのだろう?
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ヒトゲノム(全遺伝情報)のうち、遺伝子部分はわずか2%。
残りの98%は「非コードDNA」と呼ばれ、
意味のない無駄なものと長らく考えられてきました。
ところが、じつはそれこそが生命の不思議に迫る
重要な役割を担っていることが分かってきたのです。
サルとヒトの違いを生み出し、老化と寿命に関わり、
進化の原動力ともなる「非コードDNA」の仕組み、
そして驚きの発見の数々をエピソード豊富に紹介します。
------------------------------------

(引用終了)

目次は、

はじめに
第1章 非コードDNAの発見、そしてゴミ箱へ
第2章 ゴミからの復権
第3章 非コードDNAと進化
第4章 非コードDNAの未来
おわりに

ということで、メンデルの遺伝子発見から最近のゲノム編集に至る研究の数々を辿る。「おわりに」から著者の文章を引用しよう。

(引用開始)

 生物学は多様性を理解しようとする学問です。
 ゲノムの解読が可能になり、その配列の意味を理解することが、多様性を研究する上で最も重要な課題となってきました。そして現在はコード領域から非コード領域へと、研究者の関心が移り始めています。
 コードDNA領域、つまり遺伝子は私たちの体を作る設計図です。これまではこの「遺伝子」を中心に研究がされてきました。遺伝子の変化は、細胞に異常をもたらす可能性が高いです。つまり、コードDNA領域の情報はおいそれとは変わってもらっては困る必須情報なのです。
 それに対して、非コードDNA領域は多少変わっても即座に大きな問題を生じないかもしれません。別の言い方をすれば、コードDNA領域が突然大きく変わらないように、非コードDNA領域がクッションとなり、自身が変化することでしのいでいると言ってもいいかもしれません。このクッションがどれだけ柔軟に変化に耐えうるかが、我々人類がどれだけタフに環境の変化に耐えうるかを決める重要な要素となります。
 非コードDNA領域はコード領域を守りつつも、少しずつ変化しコード領域に影響を与えて進化を促します。すなわち非コードDNA領域は人類の行く末を決める重要な領域なのです。
 非コードDNA領域の研究は、まだ始まったばかりです。今後も研究を重ねて、より具体的な非コードDNAによるゲノムのコントロールのメカニズム、そしてそこから予想される人類の未来像を描いていきたいと考えています。実際の数万年、数十万年後の人類の姿、かたちがどうなったかの確認は、我々の子孫に委ねることにいたしましょう。

(引用終了)
<同書 195−196ページ>

 このブログでは、今の時代に見える傾向を「モノコト・シフト」と呼んでいる。モノコト・シフトとは、20世紀の「大量モノ生産・輸送・消費システム」と人のgreed(過剰な財欲と名声欲)が生んだ、「行き過ぎた資本主義」(環境破壊、富の偏在化など)に対する反省として、また、科学の「還元主義的思考」によって生まれた“モノ信仰”の行き詰まりに対する新しい枠組みとして、(動きの見えない“モノ”よりも)動きのある“コト”を大切にする生き方・考え方への関心の高まりを指す。2003年以降生命科学は、ゲノムを塩基配列という「モノ」としてではなく、連携という「コト」として見る方向へ転換したわけだから、「モノコト・シフト」と符合する。符合するというより、2003年のヒトゲノム解読が、シフトそのものを生む要因の一つだったと云えるだろう。

 物理や社会学の分野では、非線形科学(同期現象やゆらぎ、相転移や自己組織化などの研究)が隆盛している。非線形科学は「生きた自然に格別の関心を寄せる数理的な科学」であり、ヒストン修飾とDNAメチル化の振舞いが線形(比例的)ではないエピジェネティクスもその範疇に入る。このブログでは「モノコト・シフト」は非線形科学の時代だとも唱えている。

 先日「後期近代」の項で、後期近代の特徴は、

〇 貧富の差の拡大
〇 男女・LGBT差別
〇 自然環境破壊
〇 デジタル・AI活用、高齢化
〇 グローバリズム
〇 金融資本主義
〇 衆愚政治

であり、これから先に見える未来の姿は、negativeに考えると、

● 高度監視社会
● 政治の不安定化(監視社会への人々の反撥)
● 災害の頻発(恐慌やパンデミックを含む)

といったものになるだろうと書いたけれど、デジタル情報を駆使したエピジェネティクスは、扱いを一歩間違えると「高度監視社会」の技術ツールとして利用されかねない。『DNAの98%は謎』の著者がいうように、長い目で見る態度が必要で、それが自然や生命を大切にすることに繋がると良いと思う。

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posted by 茂木賛 at 10:19 | Permalink | Comment(0) | 非線形科学

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