『タネの未来』小林宙著(家の光協会)という本を紹介したい。副題は「僕が15歳でタネの会社を起業したわけ」、本の帯には「伝統野菜を守るために日本を旅する高校生」とある。内容について新聞の書評を引用しよう。
(引用開始)
なぜ十五歳の少年がタネの会社を創ったのか? そのタネ明かし本である。
著者は高校二年生。中学三年の時に、「鶴頸(かくけい)種苗流通プロモーション」という会社を立ち上げた。全国各地を訪ね歩き、集めた伝統野菜のタネをネットで交換・販売する。なぜ、中学生が? 野菜のタネを? 四つの扉が開いて、この問いが解き明かされる。
第一は、いま世界で起きているタネ独占の話である。遺伝子組み換え作物をはじめ、タネ開発に巨額の投資を行った企業はそのタネの「自家採取」禁止を求め、種苗法が改正された。タネの「公益性」を体現していた種子法も廃止された。こうした動きをもっと多くの人に知ってほしい。
第二は、伝統野菜のタネが急速に消えている現実である。採種する農家もタネ屋さんも高齢化し、廃業している。生物種の絶滅と同様に、各地の特色ある伝統野菜も絶滅している。全国の種苗商店を訪ねるたびに著者は感じた。これはなんとかしなければ。
第三は、実際の会社の立ち上げと事業の苦労話である。ここで「鶴頸」という名前が著者の畑のある群馬県伊勢崎市に因(ちな)むことや、両親と二人の妹の理解と手助けが支えとなっていることが明かされる。事業が目ざすのは、タネの開発ではなく「今あるタネを残していくこと」である。
第四は、著者の生い立ちとタネとの出会いである。小学生の時に発見したアサガオやドングリの不思議。さらに自身のアレルギー体質。さまざまな本や人との出会い。そこから得られた確信。遺伝的多様性を残すことが「僕たちの未来にとって必要だ」。
本書を開くと著者の写真と次の一文が。「タネを手放すことは未来を手放すこと」。これこそ、著者が直感的に得た啓示であり、現在も著者を突き動かしている信念だ。
生物や農業の本質と言える地域性と多様性。その危機に対して、行動を起こした少年とそれを支える家族の物語は、爽やかな読後感を伴って読者にも野菜を育てたくさせるだろう。最後にある家族からの言葉にも心が和む。
(引用終了)
<東京新聞 11/3/2019>
「ネットで交換・販売」とあるが、この本が書かれた時点(2019年9月)では実店舗での委託販売が主で、インターネットを使ったビジネスは次のステップとされている。
「組織は“理念と目的”が大事」の項などで述べてきたように、ビジネスには、明確な理念(どのような分野でどのように社会に貢献しようとするのか、なぜその活動を始めようとしたのか)と、目的(具体的に何を達成したいのか)が必要だ。さらに目的を実現する手段(事業)の範囲設定も大切。小林くんのそれは、
<理念>: 日本の多様なタネと食文化を残したい
<目的>: 日本全国の伝統野菜のタネを守る
<事業>: タネを全国で流通させる
となるだろうか。彼の言葉でいうと、
(引用開始)
僕が起業した「鶴頸種苗流通プロモーション」の主な事業内容は、めずらしい伝統野菜のタネ、つまり消滅する可能性の高いタネを、全国から集めて販売することだ。言い換えると、ごく小さな地域に留まっている、なくなりそうなタネの数々を、僕が取り寄せて流通させることで保存していくこと、とも言える。日本にはこんなにも多様なタネと食文化があるのに、それがなくなってしまうことは、なによりもまず、もったいないと僕は思う。その思いが、僕が起業しようと考えた最初の動機だ。(中略)
いざ事業化するとなると、自分は事業を通じて何を達成したいのか、理念が必要になるだろう。それは、日本全国の伝統野菜のタネを守ることで間違いない。じゃあどうしたら伝統野菜のタネを守ることができるのか、改めて考えてみた。やっぱりどう考えても、自分一人で集めて保存していくことはできない。それなら、日本各地にいる伝統野菜のタネの所有者がそれぞれにタネを保存する? でもそれは、いってみれば現状がそもそもそういう状態だ。このままでいたら、種苗店が閉店し、採種農家がタネをとるのをやめ、各地で一つ、また一つとタネが消えていくのを止められない。地域を超えてタネの需要を生み出し、全国規模で流通させる仕組みが必要だと思い至った。タネを地域にとどめておかず、流通させることで保存していくのだ。
(引用終了)
<同書 46−51ページ>
となる。「鶴頸種苗流通プロモーション」は、ここのところがしっかりしているから、周りの大人たちからの協力が得やすいのだろう。
このブログを開始した2007年、「スモールビジネスの時代」という記事の冒頭に次のように書いた。
(引用開始)
最近、品質や安全の問題が頻発し、高度成長時代を支えた大量生産・輸送・消費システムが軋みをみせている。大量生産を可能にしたのは、遠くから運ばれる安い原材料と大きな組織だが、多品種少量生産、食品の地産地消、資源循環、新技術といった、安定成長時代の産業システムをけん引するのは、フレキシブルで、判断が早く、地域に密着したスモールビジネスではないだろうか。
(引用終了)
その5年後の2012年には、「モノコト・シフト」という言葉を創った。それは、20世紀の大量モノ生産・輸送・消費システムと人のgreed(過剰な財欲と名声欲)が生んだ、「行き過ぎた資本主義」(環境破壊、富の偏在化など)に対する反省として、また、科学の「還元主義的思考」によって生まれた“モノ信仰”の行き詰まりに対する新しい枠組みとして、(動きの見えない“モノ”よりも)動きのある“コト”を大切にする生き方・考え方への関心の高まりを指す。
「鶴頸種苗流通プロモーション」は社員一人のスモールビジネスであり、タネから多様な野菜が育つ“コト”を大切に考えた取り組みである。まさにモノコト・シフト時代の最前線といえるだろう。
20世紀の「行き過ぎた資本主義」は、今も、独占支配、監視社会、民族抑圧といった形で人々を苦しめている。タネ独占の話については、最近出た『売り渡される食の安全』山田正彦著(角川新書)などに詳しい。併せて読むことをお勧めしたい。