前回「徳川時代の文化興隆」の項で、徳川時代中期以降に関し、“社会全体として(A側とB側の)バランスを欠いていても、そこで生まれた文化・芸術(浮世絵など)は、やがて西洋に影響を及ぼすまでになる。「日本語的発想」のユニークさ、奥深さには興味が尽きない”と書いたが、この日本語的発想を支えた認識法に、以前『百花深処』<反転同居の悟り>の項で紹介した、「反転法」というものがある。臨済宗大徳寺派の僧一休宗純に発し、千利休によって茶道に持ち込まれたものだ。全文はそちらを参照いただきたいが、同項から一部をここに引用しておこう。
(引用開始)
「反転同居」とは、正反対の存在が隣り合い、時には正が反を内に包み、時には反が正を内に包み込むような関係性であり、その悟りとは、その背中合わせの対立物の只中に、平然と座して動じない仏教的信条を指す。負けて勝つというか、勝って負けるというか。いづれにしても小乗的な個人救済の思想であり、大乗的な大衆救済とは異なる。(中略)
弁証法:正・反・合による進展
反転法:正・反の反転
対極法:正・反対立の持続
この三つの「対立物の関係認識」は面白い。たとえば、『〈運ぶヒト〉の人類学』川田順三著(岩波新書)にある、文化の三角測量(フランス文化、日本文化、旧モシ王国の比較)における、ヒトと道具の三つのモデル、
A=道具の脱人間化(フランス文化)
B=道具の人間化(日本文化)
C=人間(人体)の道具化(旧モシ王国)
を思い起こさせる。Aは弁証法による環境の普遍化、Bは反転法による環境と人間の一体化、Cは対極法による環境と人間の対立の持続。
藤森氏は、この反転同居の悟りのことを、『つなぐ建築』隈研吾著(岩波書店)における隈氏との対談の中で「うっちゃり」と表現している。利休が活躍した安土桃山はイエズス会など西欧の思想が入ってきた時代だ。隈氏は、利休にそれが出来たのはヨーロッパとの出会いが大きかったのではという。西洋の弁証法を知ったが故に、それとは別の独自の反転法(うっちゃり)に辿り着くことができたというわけだ。
隈氏は、その著書『小さな建築』(岩波新書)で、自作「ふくらむ茶室」は主従の序列を否定した回転型の構造を持つという。茶室には水屋が付き物だが、この二つは主従関係、序列関係にない。客と主人の空間は、陰陽ダイヤグラムのごとく、互いに攻めあい、えぐりあいながら回転する。だから利休の反転法は、回転法でもあるという。
(引用終了)
正・反という対立物は新しい合へと統一せず、離れてにらみ合いもせず、隣り合い、時には正が反を内に包み、時には反が正を内に包む。環境と人とが一体化して反転し続けるユニークな認識法。
徳川文化の特色を描いたものに、『江戸の想像力』田中優子著(筑摩書房)という本がある。そのなかの「俳諧」に関する考察を引用したい。
(引用開始)
俳諧は俳句ではない。俳諧は五七五の発句に七七の付句をし、また五七五の第三句をつけて、最後の挙句まで続けてゆく。それは座と呼ばれる場で行われる、一回的な興行(パフォーマンス)であり、しかも複数の人間が相互の関係を即興的に作りながら出来あがってゆく詩である。近代詩の概念にこれほど遠い詩もない。他の作者の作った前の句には、付きすぎも離れすぎもしないよう、細心の注意を払いながら付けてゆかなくてはならない。なぜなら、離れすぎれば「連」ではないただの「別の句」になってしまうし、付きすぎれば、「連」として後へ開かれてゆかない「同じ句」になってしまうからである。こうしてはじめて、他と同じものではない、だからといって他と別のものでもない個々の存在、というものが生まれ、それが生まれることによってはじめて、それらが「連なってゆく世界」が出来上がる。こうして連なる世界では、時間的には前のものに付けてゆく、という順番をとるのだが、前のものが後のものを生み出す、というだけにはならず、後のものが、前のものの意味を変えてしまう、ということが起こる。(中略)
まず連句では、こうしてひとつの句は別の句の存在によって成り立っている。またひとつの句は別の句を存在させ、それに意味を与えたり付け加えたり変えたりする。ひとつひとつを全体から切り離して論ずることはできず、ということは、ひとりの作者を、他の作者や「座」から切り離して論ずることもできない。これらをひとくくりにしてフレームを与え、完結したものとして論ずることも、とても難しい。それが何句で終結していようと(たいては三十六句だが)、また続けようと思えば続けることができるほど、その世界は外に向かって開かれているからだ。こうして連句は、連なる、という方法を作品の内の論理としてもっている。
(引用終了)
<同書 73−76ページ>
連という方法と座という場によって成り立つ俳諧の認識法は、中世以来の反転法と重なるように思われるがいかがだろう。
反転法は、この本の後半にある列挙という「ひたすら並べる精神」とも関係がありそうだ。「尽くし、競べ、道行、双六、絵巻」などの羅列の型式。マテオ・リッチなどの世界地図について述べた「第四章 世界の国尽くし」から引用する。
(引用開始)
地図はやがて「国尽くし」「国競べ」「世界双六」になっていった。日本の世界認識はなぜそのようなかたちをとるようになるのだろう。「知」を組み立ててゆくのではない。ましてや種や類や属を立てて、その中に分類してゆくのではない。知を羅列してゆく、ひたすら並べてゆくのである。分類の発想になれてしまった我々から見ると、近世以前の表現の中に見られるこの「ひたすら並べる」精神は、驚きである。(中略)白石は『神輿万国全図』にブラウ地図を並べ、オランダ人とイタリア人と日本人を並べ、カトリックとプロテスタントを並べ、キリスト教に仏教と儒教倫理を並べて、すべてを相対化し、結局もっとも現実的な判断をする。(中略)思想家たちの系譜でいえば、荻生徂徠は聖人という超人間的なものを想定することによって儒教の絶対性をまぬがれ、本居宣長は神という超価値的なものを設定することによって、どんな思想体系や政治体制も、歴史の自然な流れのひとつのめぐりあわせにすぎないことにしてしまった。つまり、どうやら日本近世は、相対化というメカニズムを働かせるために様々な方法をもっていたらしいのだ。ものごとに意味付けし、価値を認め、価値の上下をつけ、あるものに絶対の位置を与えたり、逆にあるものを排除したり、体系を作りあげたりするのではなく、今、人を引きとめ、凍りつかせ、固まらせているものがあると、それを徹底的に相対化してしまう、という機構を、思想の習慣としてもっていたようなのだ。むろん、今あるものを相対化しても、その後に新たな価値づけや、新たな体系の組み変えが行われるわけではない。なぜなら、結局どれも相対的なのだから、相対化作業の最後に、絶対の切り札が出てくるわけはないのだ。何かが選ばれるとしても、それはその場の「よりよいもの」にすぎないし、その判断は、おおかた現実的な判断に拠っている。そのような「柔軟化作用」ともいうべき機構を、彼らはもっていた。それは「俳諧」の方法ともつながっているかもしれない。
この「相対化」「柔軟化」のためにはいろいろな道具を用意していたはずだが、「並べる」というやり方も、そのひとつであったような気がする。
(引用終了)
<同書 230−234ページ>
列挙は、相対化、柔軟化によって、対立物に反転の契機を探ろうとする精神態度のようだ。このあと同書は「第五章 愚者たちの宇宙」で、列挙が相対化という機能を果たした事例として上田秋声の『春雨物語』を挙げ詳細を論じている。興味のある方は本文に当たって戴きたい。
反転法はこのように徳川文化の興隆を支えたと思われるが、これを複眼主義の対比、
A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳(大脳新皮質)の働き−「公(Public)」−「都市」
A 男性性=「空間重視」「所有原理」
B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働き−「私(Private)」−「自然」
B 女性性=「時間重視」「関係原理」
で考えてみよう。列島のA側は長く漢文的発想が担っていたが、戦国時代以降、漢文的発想と西洋語的発想とは共存、その後長い時間をかけて漢文的発想は英語的発想に置き換わってゆく。複眼主義では両者のバランスを大切に考える。
反転法は一休や利休の「漢文的発想」に基づくA側の認識法だが、B側の「日本語的発想」に接近、徳川時代中期その担い手は学者や商人たちであり、国家統治とは縁遠い文化・芸術面においてその効力を発揮した。反転法は非体系的だから国家統治には向かないのだろう。徳川時代末期、西洋の英語的発想=弁証法が漢文的発想に置き換わってゆくと、蘭学や陽明学といった別のA側思想が力を付け幕府政策に影響力を持ってくるが、それまでの間、平和が続いた社会は全体的にB側への傾斜が強かったというわけだ。
最後、参考までに、「複眼主義美学」で纏めた「日本人の思考と美意識」を再掲しておこう。
日本人の思考と美意識:
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日本古来の男性性の思考は、空間原理に基づく螺旋的な遠心運動でありながら、自然を友とすることで、高みに飛翔し続ける抽象的思考よりも、場所性を帯び、外来思想の習合に力を発揮する。例としては修験道など。その美意識は反骨的であり、落着いた副交感神経優位の郷愁的美学(寂び)を主とする。交感神経優位の言動は、概ね野卑なものとして退けられる。
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日本古来の女性性の思考は、時間原理に基づく円的な求心運動であり、自然と一体化することで、「見立て」などの連想的具象化能力に優れる。例としては日本舞踊における扇の見立てなど。その美意識は、生命感に溢れた交感神経優位の反重力美学(華やかさ)を主とする。副交感神経優位の強い感情は、女々しさとしてあまり好まれない。
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芸術作品は、内部に独自のA側とB側のバランスをもっている。作者によってA側(構成など)がより面白いもの、B側(描写など)が印象的なもの、双方のバランスが絶妙なものがある。さらに交感神経優位の遠心運動系、副交感神経優位の求心運動系といった美意識の違いもある。これらの対比に関連する『百花深処』<迷宮と螺旋>の項なども併せてお読みいただきたい。