夜間飛行

茂木賛からスモールビジネスを目指す人への熱いメッセージ


経営の落とし穴

2017年12月03日 [ 起業論 ]@sanmotegiをフォローする

 遅ればせながら、2010年度本屋大賞1位の『天地明察』冲方丁著(角川書店)を読んだ。まず当時の書評(部分)を二つ紹介しよう。

(引用開始)

 主人公の渋川春海は、江戸時代前期に実在した人物で、囲碁の名人にして算術に長け、天文暦を専門としつつ神道にも通ずるという、大変な才人だ。それまで日本で採用されていた「宣命暦」の不正確さを指摘し、その生涯を賭して初の国産暦である「大和暦」(のちの「貞享暦」)を作り上げた。
 正確な暦を作るためには暦学の知識だけでは足りない。天文学や数学、器械工学の知識を総動員する大事業だ。その分、影響も絶大である。暦を制するものは政治と文化を制する。さらに正確な暦の販売は、莫大な利益をもたらす。新たな暦を朝廷に採用させるには高度な政治的駆け引きも必要だ。
 かくして「貞享暦」成立のドラマは、チャンバラ以上にスリリングな「戦い」として描き出された。(斉藤環<「朝日新聞」1/31/2010>)

 知れば知るほど、江戸とは面白い時代である。私は戦後マルクス主義が強い時期の歴史教育を受けた。そこでは明治以前は封建の暗黒時代だったが、いまではそう思う人は少ないであろう。ではどういう時代だったか。改暦の事業一つを例にとっても、当時の人びとはさまざまな制度上の誓約を上手に乗り越えながら、目的を成就していく。政治家はマニフェストなどという本音を表に出さず、適切な人物を登用して、黙って必要な基礎作業を進める。そのみごとな実行力、政治性に目を見張る。(中略)
 渋川の生きた時代背景は現代に似ている。関が原が終わって半世紀を過ぎ、世は武断から文治へと移り変わる。その代表として描かれるのが、渋川を庇護した会津の保科正之である。その文治の時代に囲碁、算術、測地、天文の能力を発揮したのが渋川である。
 日本の暦を作るためには。地球上の日本の位置を正確に定めなければならない。それが北極星の高さ(角度)を実地で測定する北極出地である。渋川は老中・酒井忠清に命じられてそれにも参加し、日本中を歩く。机の上の学者としてだけ、生きたわけではない。現代人もこういう風に生きられないはずがない。同じ日本人なのだから。(養老孟司<「毎日新聞」1/31/2010>)

(引用終了)

 この本で私が面白かったのは、作者が、会津藩主保科正之に語らせる、幕府による暦づくりの本意である。本文282ページから294ページに亘る部分。以下要約してみると、

〇 戦国は武断の世であった
〇 天下統一を図った秀吉が滅んだのは武をのさばらせたから
〇 家康は黄金で武を止め、朱子学によって下克上を抑えた
〇 その黄金がやがて尽きる
〇 これからは天理によって武家政治を続けたい
〇 その一歩として暦づくりを我々の手で行いたい
〇 これまでの占星術による暦づくりは公家が握っていた
〇 文治を推し及ぼす新しい暦づくりは武家が管理したい

といったところだろうか。ここにある朱子学はのちのち逆噴射して尊王攘夷思想を生み出すのだが、それはまだ先の話、このときは社会を安定させるための特効薬と考えられた。

(引用開始)

 そもそも朱子学が奨励された狙いは、
“たとえ君主が人品愚劣であっても、武力でこれを誅し、自ら君主に成り代わろうとしてはいけない”
 という思想の徹底普及にあると言えた。武断の“道徳”はその逆、下克上である。弱劣な君主を戴けば国が滅びる。より優れた者が君主に成り代わるのが当然なのだ。
 そうした戦国の常識を葬り去ることこそ、正之のみならず歴代の幕閣総員の大願であり、
「そのために幕府は多くのものを奪ってきた。儂もずいぶんとそれに加担した」
 そう言って正之は微笑んだ。やけに悲哀の漂う微笑み方だった。

(引用終了)
<同書 286ページ(フリガナ省略)>

ここで「幕府が奪った多くのもの」とは、数々の大名改易、取り潰し、厳封、山鹿素行などの幕府の教えに仇なす学問の処断などを指す。

 幕府によるこれらの施策は、日本列島に三百年近い平和を齎した。しかし一方でそれは、武士の官僚化、サラリーマン化を生む要因ともなった。渋川春海が初代となった幕府天文方は、次第に幕府内でのさまざまな政治的思惑に翻弄されるようになる。幕府天文方のその後の苦闘については『天文学者たちの江戸時代』嘉数次人著(ちくま新書)に詳しい。武士の官僚化、サラリーマン化については、『百花深処』<近世の武士について>でも論じている。興味ある方はどうぞ。

 この本、とくに保科正之の語り部分を読んでいると、小さなベンチャー企業が次第に規模を大きくしていく過程を見るような気がする。規模が大きくなるとマネジメントのための統一基準が必要になり、次第に官僚化社員が幅を利かすようになる。そうなると古くからいるベンチャー魂を持った社員はやる気を失ってしまう。ベンチャー魂を失った会社はやがて新たな企業との競争に敗れる。渋川春海はベンチャー魂を発揮して画期的な商品を開発したエンジニア、しかし会社(幕府)はそのあと自らの統一基準に縛られて次第に優れた商品を出せなくなる。新たな企業(西洋)の底力を過小評価して井の中の蛙となってゆく。渋川春海の偉業を美談として終わらせないために、読者はこのあたりのアイロニー、経営の落とし穴までをも見通さなくてはいけないと思う。

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posted by 茂木賛 at 10:49 | Permalink | Comment(0) | 起業論

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