前回に引き続き空き家問題について考えたい。今回は『老いる家 崩れる街』野澤千絵著(講談社現代新書)によって、都市計画と住宅政策について考察する。本の副題には「住宅過剰社会の末路」とある。野澤さんは東洋大学理工学部建築学科教授。まずは新聞の書評を紹介しよう。
(引用開始)
人口減少時代に入ったのに高水準の住宅建設が続いている。本書は「住宅過剰社会の末路」という副題の通り、過度な住宅建設がもたらす様々な弊害について警鐘を鳴らしている。東京の湾岸部で建設が続く超高層マンションや、都市部の郊外で止まらない宅地開発の背景を探り、このままでは「不動産」が、売りたくても買い手がつかない「負動産」になりかねないと厳しく批判している。
確かに本書でも触れている賃貸アパートの建設ラッシュには「本当に入居者が集まるのだろうか」と思わざるを得ない面がある。著者が指摘している通り、都市計画の規制緩和をてこに自治体が人口の奪い合いをしているのも事実だろう。空き家は今では地方だけでなく、東京のような大都市でも急増している。
本書では群馬県みどり市や埼玉県羽生市など各地の事例も紹介している。様々な住宅のなかでも超高層マンションが抱えている問題について、的確にかつ鋭く切り込んでいる点が印象的だ。
著者は解決策として、都市計画と住宅政策の連携の必要性を強調し、今ある「まちのまとまり」に住宅の立地を促すことを提案している。住民一人ひとりが自分が暮らす街に関心をもつように求めているが、そこが最も難しいのだろう。
(引用終了)
<日経新聞 12/11/2016>
都市計画については以前「都市計画の不在」の項で、日本の都市計画に関する法律は、主に都市計画法と建築基準法とがあり、これらは1919年(大正8年)にできた古い法律(旧都市計画法と市街地建築物法)に、戦後、市場原理主義(儲け主義)と20世紀流工業社会型行政指導(調整ルール)とが足されただけのものだという意見を紹介したが、この本はそのあたりの知識を補強してくれる。本の章立てを見てみよう。
<はじめに>
第1章 人口減少社会でも止まらぬ住宅の建築
1.つくり続けられる超高層マンションの悲哀
2.郊外に新築住宅がつくり続けられるまち
3.賃貸アパートのつくりすぎで空き部屋急増のまち
第2章 「老いる」住宅と住環境
1.住宅は「使い捨て」できるのか?
2.空き家予備軍の老いた住宅
3.分譲マンションの終末期問題
4.住環境も老いている〜公共施設・インフラの老朽化問題
第3章 住宅の立地を誘導できない都市計画・住宅政策
1.活断層の上でも住宅の新築を「禁止」できない日本
2.住宅のバラ建ちが止まらない
3.都市計画の規制緩和合戦による人口の奪い合い
4.住宅の立地は問わない住宅政策
5.住宅過剰社会とコンパクトシティ
第4章 住宅過剰社会から脱却するための7つの方策
<おわりに>
著者は<はじめに>の中で、我々は、「人口減少社会」なのに「住宅過剰社会」という不思議な国に住んでいるという。住宅過剰社会とは、世帯数を大幅に超えた住宅がすでにあり、空き家が右肩上がりに増えているにもかかわらず、将来世代への深刻な影響を見過ごし、居住地を焼畑的に広げながら、住宅を大量につくり続ける社会のこと(3ページ)。各章のポイントを綴った文章を引用しよう。
(引用開始)
本書の第1章では、住宅の「量」の観点から、大都市部ではなぜ大量の超高層マンションがつくられ続けているのか?大都市郊外や地方の農地エリアでは、なぜ野放図に住宅地の開発や賃貸アパート建設が続いているのか? について、都市計画の視点から具体的に解き明かしていきます。
第2章では、住宅や住環境の「質」とりわけ「老い」の観点から、老いた戸建て住宅や分譲マンションに待ち受ける終末期問題や相続放棄問題、公共施設やインフラなどの住環境の老朽化問題に着目しました。そしてこのまま何も手を打たなければ、次世代に負の住宅・負のまちを押し付けかねないという深刻な実態を明らかにします。
第3章では、住宅の「立地」の観点から、活断層の上でも住宅の建設を禁止できないなど、日本の土地利用の規制がいかに緩いのか、また、都市計画も住宅政策も住宅の立地を積極的に誘導しようという機能が備わっていないという構造的な問題を明らかにします。
そして第4章で、住宅過剰社会からの転換に向けた7つの方策を提案します。
(引用終了)
<同書 15−16ページ>
日本の都市計画区域には、「市街地区域」、「市街化調整区域」、「非線引き区域」がある。さらにその外に「都市計画区域外」もあり、「市街地区域」以外は用途地域の定めのない区域となっている。この用途地域の定めのない区域は、特に2000年施行の「地方分権一括法」以降、自治体の恣意的な取り決めによって使途が左右され、それと2002年に制定された「都市再生特別措置法」以降顕著な、「市街地区域」内での規制緩和による乱開発とが相俟って、農村と都市双方に亘る「住宅過剰社会」が形成されてきたと著者はいう。
この正規の都市計画法との整合が取れない「特別措置法」というのが曲者だ。都市計画法の基本的な枠組みを抜本的に見直すことなく目先の問題だけに対処しようとする官僚主義、市場原理主義(儲け主義)と20世紀流工業社会型行政指導(調整ルール)を温存したままの問題先送り型。もっとも、官僚主義はその定義からして「新しいことを始めない」ことなのだから、法律の文章を捏ね繰り回す官僚たちだけを責めるのはお門違い。問題の本質は<日本の戦後の父性不在>、特に(6)の国家理念の不在が大きいと思う。このブログでは21世紀の日本の生きる道として「庭園・芸術都市」という理念を提出しているが、これについてもさらにブラッシュアップしていこう。
本書の著者は最後に(第4章で)、住宅過剰社会からの転換に向けた7つの方策を提案する。
方策@ 自分たちのまちへの無関心・無意識をやめる
方策A 住宅総量と居住地面積をこれ以上増やさない
方策B 「それなりの」暮らしが成り立つ「まちのまとまり」をつくる
方策C 住宅の立地誘導のための実効性ある仕組みをつくる
方策D 今ある住宅・居住地の再生や更新を重視する
方策E 住宅の終末期への対応を早急に構築する
方策F もう一歩先の将来リスクを見極める
ということで、これらの方策が都市計画法と建築基準法とに反映されることが肝要だ(もちろん新しい国家理念を踏まえた上で)。「都市計画の不在」の項で紹介した『都市計画法改正―「土地総有」の提言』には「土地総有」という概念もあった。これからも研究を進めたい。