夜間飛行

茂木賛からスモールビジネスを目指す人への熱いメッセージ


プライムアーティストとしての天皇

2016年10月25日 [ 公と私論 ]@sanmotegiをフォローする

 宗教学者島田裕巳氏の『天皇と憲法』(朝日新書)という本を読んだ。副題に「皇室典範をどう変えるか」とある。カバー表紙裏の紹介文を引用しよう。

(引用開始)

天皇制に最大の危機が訪れている――。
このまま何もしなければ、皇室以外の宮家が消滅することはもちろん、皇位継承資格者がまったくいなくなる事態も予想される。
天皇がいなければ首相の任命も、法律の公布もできない。
つまり、日本が国家としての体をなさなくなる。
私たちは現在の憲法を見直し、その大胆な改革を
めざすべき状況に立ち至っているのである。

(引用終了)

 島田氏の著書についてはこれまで、『宗教消滅』(SB新書)を「宗教から芸術へ」の項で、『神道はなぜ教えがないのか』(ワニ文庫)を「神道について」の項で論じてきた。本書は今年天皇が「生前退位」の意向を示したことを受けて緊急出版されたものだが、議論はそれらの著書の延長線上にある。ここで論じる内容も前二項を踏まえたものとなるから、そちらにも目を通していただきたい。

 同氏も本書の構想を以前から持っておられたようだ。「あとがき」で、「私は、生前退位の問題が起こる少し前から、現在の日本国憲法と大日本帝国憲法、それに新旧の皇室典範を収録して解説を加えた本を作りたいという意向をもっていて、本書の編集をしてくれた大場葉子さんに提案していた。それが、天皇に生前退位の意向があるという報道がなされたことで、一気に実現することになった」と書いておられる。

 本書の目次は、

はじめに
第一章 天皇とは何か
第二章 わび状としての日本国憲法
第三章 大日本帝国憲法と皇室典範との関係
第四章 皇室典範が温存されたことの問題点
第五章 どのように憲法を変えていかなければならないのか
おわりに
あとがき
付録:皇室典範、旧皇室典範

となっている。第一章は、国の象徴とは何か、皇室典範と憲法の関係、女帝について、天皇の仕事、皇位継承における議論など。第二章は、おしつけ憲法と自主憲法、第九条を巡る議論、わび状としての誓約、使命を終えた憲法など。第三章は、明治時代の憲法と皇室典範の説明。第四章は、国家神道が解体されたにもかかわらず戦後も残された皇室典範、核家族としての天皇家といった問題点の整理。第五章では、公選大統領制の導入という新しい考え方が示される。

 このブログでは、以前「nationとstate」の項で、

(引用開始)

nationとは、文化や言語、宗教や歴史を共有する人の集団、すなわち民族や国民を意味し、stateとは、その集団の居場所と機構を意味するという。日本は、歴史的な経緯から「民族・国民」と「国家」の一体性が強いが、二つは必ずしもイコールではないわけだ。

(引用終了)

と書き、stateは、nation(の人々の間)で合意された「理念と目的」に基づいて、合理的に統治・運営されなければならないと述べた。

 詳細は本書をお読みいただきたいが、島田氏の大統領制議論をこれに引き付けて考えると、天皇は(stateを縛る憲法下に置くのではなく)nationの側で日本民族や国民を象徴する存在とし、新設の大統領がhead of state(国家元首)としてstate側を代表すべきという考え方のようだ。首相はstateでの筆頭業務執行官(プライムミニスター)。

(引用開始)

 できることは、憲法を改正して、日本にも大統領制を導入することである。現在、天皇の国事行為とされていることの大半を大統領の果たすべき役割とするように、新しい憲法で定めるのである。
 それは、憲法に支えられた天皇制という形態を廃止することにはなるが、あえて天皇や皇室の存在を否定する必要はない。天皇と大統領が役割を分担し、併存すればいいのだ。
 その際に、天皇の地位その他を憲法によっては規定しないことである。天皇を憲法の枠から解放することは、かえって皇位継承を容易にする可能性がある。少なくともその負担を小さくすることができるし、どう継承するかを、天皇家の主体的な判断で決定できるようにもなるからだ。憲法改正にともなって、皇室典範も大幅に変わるか、もしくは廃止されるはずだ。

(引用終了)
<同書 189−190ページ>

 天皇を憲法や皇室典範などというstate側を縛る法律から自由にする。これはなかなか良いアイデアだと思う。明治時代に作られた天皇制そのものを見直そうということだ。

 この場合天皇は、日本の文化を象徴することとなるだろう。これは三島由紀夫(本名平岡公威)の「文化概念としての天皇」と近い考え方といえるかもしれない。

 「宗教から芸術へ」と「神道について」の両項では、これからの時代、共同体の紐帯は、情緒的・宗教的なものから、より理性的なものになってゆくべきであり、「庭園・芸術都市」こそこれからの日本に相応しいとしたが、そのコンセプトを是とすると、日本の天皇は、その共同体の象徴として、自然と芸術を守る「筆頭芸術家(プライムアーティスト)」と呼ぶべき存在になるわけだ。

 東京の真ん中で自然を守る家(皇居)に住まい、各種芸術活動を支援し正月には歌会始を行うなど、思えば今でも天皇は「プライムアーティスト」として活動しておられる。だから国会の召集などのstate側の仕事を大統領に任せれば、そのつとめは今とほとんど変わらないだろう。

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posted by 茂木賛 at 12:39 | Permalink | Comment(0) | 公と私論

パーソナリティの分類いろいろ

2016年10月18日 [ 起業論 ]@sanmotegiをフォローする

 以前「6つのパーソナリティ」の項で、

(1)リアクター:感情・フィーリングを重要視する人。(女性性)
(2)ワーカホリック:思考・論理、合理性を重要視する人。(男性性)
(3)パシスター:自分の価値観や信念に基づいて行動する人。(男性性)
(4)ドリーマー:内省、創造性に生きる静かな人。(女性性)
(5)プロモーター:行動の人。チャレンジ精神が旺盛。(男性性)
(6)レベル:反応・ユーモアの人。好きか嫌いかという反応重視。(女性性)

というパーソナリティ・タイプ(性格の要素)を紹介した(男性性と女性性は「ヤンキーとオタク II」の項で追加)が、最近、それを9つに分類する『人間は9タイプ』坪田信貴著(KADOKAWA)という本を見つけた。子供の教育に関する本で、その分類は、

@ 完璧主義者タイプ:「なんとかなるさ」という人って信用できない。
A 献身家タイプ:「自分のために」と言われるとやる気が出ない。
B 達成者タイプ:「そんなの簡単でしょ」と言われると萎える。
C 芸術家タイプ:みんなが使っている教材?そんなの使いたくないね。
D 研究者タイプ:チームプレーなんてしたくない。
E 堅実家タイプ:「自分で考えなさい」言われると頭が真っ白。
F 楽天家タイプ:「世の中そんなに甘くない」とかウゼーんだよ。
G 統率者タイプ:親がそう命じるなら絶対逆をしてやる。
H 調停者タイプ:人と競争とかさせないで。

とある。それぞれのタイプに最適な声がけをして子供のやる気を引き出そうというのが本の趣旨だが、子供の教育だけでなく、仕事(関係者への対応など)でも役立つと思うので、起業家の皆さんも一度目を通してみては如何だろう。

 さて、この9つの分類は上の6つとどう整合するのか。本書には、著者がそれぞれのタイプに相応しいと考える子供の性別イラストがある。

@ 完璧主義者タイプ(男の子)
A 献身家タイプ(女の子)
B 達成者タイプ(男の子)
C 芸術家タイプ(女の子)
D 研究者タイプ(女の子)
E 堅実家タイプ(男の子)
F 楽天家タイプ(女の子)
G 統率者タイプ(男の子)
H 調停者タイプ(男の子)

これを補助線にして考えてみると、たとえば、

(1)リアクター(女性性):A 献身家(女)、H 調停者(男)
(2)ワーカホリック(男性性):@ 完璧主義者(男)、E 堅実家(男)
(3)パシスター(男性性):B 達成者(男)
(4)ドリーマー(女性性):C 芸術家(女)、D 研究者(女)
(5)プロモーター(男性性):G 統率者(男)
(6)レベル(女性性):F 楽天家(女)

といった対応が考えられる。そもそも男性性・女性性は男女どちらも持っている。本のイラストは男の子だが、Hの「調停者タイプ」は、男性性と女性性との比率が半々くらい(5:5)なのだと考えればよい。

 このほかの対応のさせ方もあるだろう。皆さんも思考実験として、職場などで観察してみると面白いと思う。

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posted by 茂木賛 at 13:24 | Permalink | Comment(0) | 起業論

女性による父性代行

2016年10月11日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 先日TVのWOWOWチャンネルで、『さいはてにて やさしい香りと待ちながら』(チャン・ショウチョン監督)という映画を観た。プロムラム・ガイドから紹介文を引用しよう。

(引用開始)

行方不明の父の船小屋を改修して珈琲店を始めた岬と、幼い2人の子供を抱えるシングルマザーの絵里子。石川県能登半島の珠洲市を舞台に、2人の女性の交流を温かく綴る。

(引用終了)

2015年の作品で、岬を演じるのは永作博美、絵里子を演じるのは佐々木希。

 この作品は、以前「何も起こらない映画」の項で書いた、「場所と人との関係が中心テーマで、ドラマチックなストーリー展開がなく、淡々とその時空が描かれるような映画、場所と登場人物たちの魅力だけでもっているような作品」の範疇に入るだろう。

 主人公岬は独身、幼い時に別れた漁師の父の帰りを待つために海辺で珈琲店を始める。もう一人の絵里子もシングルマザーだから、どちらも父性とは縁遠く、映画は「日米の映画対比」の項でみた複眼主義のB側、

------------------------------------------
B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働き−「私(Private)」−「自然」
B 女性性=「時間重視」「関係原理」
------------------------------------------

の考え方で進んでゆく。しかし最後が少し違った。

 父親らしき遺骨が海で見つかったことにより、岬は父を待ち続けることの虚しさから海辺を去る。だが最後、岬は海辺の珈琲店に戻ってくる。絵里子が岬を「おかえり」と迎え、岬が「ただいま」というところで映画は幕を閉じる。そのときの岬は、これまで(父をただ待っていた時)と違い、自らが父性を代行するという決意に満ちた表情のように見えた。

 <日本の戦後の父性不在>の問題は、女性による父性代行によって補われ得る。そのことをこのラストは示唆しているように思えた。外国(台湾)の女性が監督を務めたことで一味違った出来栄えとなったのだろうか。

 それにしても日本海の映像が美しい。まさに「日本海側の魅力」である。其処ここに使われる「青」の小道具(衣服や椅子など)も印象に残った。

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posted by 茂木賛 at 14:10 | Permalink | Comment(0) | アート&レジャー

中小水力発電

2016年10月04日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 以前「流域思想 II」の項で、「自然の理に適った流域ごとの水力発電・供給システム」について、『本質を見抜く力』養老孟司・竹村公太郎共著(PHP新書)から、

(引用開始)

竹村 日本はどうしたらよいのでしょうか。私はやはり、エネルギー源を日本列島内で分散化すべきだと思います。「国土の均衡ある発展」などという建前ではなく、各々の地方地方が自立したエネルギー獲得システムと食料自給システムを作らないといけない。そうやって自立した地方には、今後必ず、都会から逃げ出す人が出てきます。地方にそのときの受け皿になってもらいたいです。
たとえば電力会社が大発電所を作り、全国津々浦々に送電するのは無駄が多い。そこで、たとえば過疎地は地元の川で水車を回してエネルギーを作ることにする。夜は水車で発電し、余った電気で水を分解して水素を作り、昼間はその水素をチャージする。そんな新しい文明を、国家として構築することが大事だと思います。(後略)

(引用終了)
<同書43−44ページ>

という言葉を紹介した。2010年5月のことだ。21世紀の日本の街づくりにとって欠かせないコンセプトとしてその詳細を知りたいと願っていたが、あれから6年経った今年(2016年)9月、『水力発電が日本を救う』竹村公太郎著(東洋経済新報社)が出版された。氏が上の自説を敷衍したもので、水力発電のメリットや、中小水力発電の詳細が書かれている。待望の書というべきである。

 副題は「今あるダムで年間2兆円超の電力を増やせる」。竹村氏は元国土交通省河川局長、「地形と気象から見る歴史」の項で紹介したように、地形と気象を長く研究されてきた方で、世界でもまれなその(地形と気象)条件から、日本は水力発電でエネルギー大国になれると論じておられる。本の目次を紹介しよう。

(引用開始)

序   一〇〇年後の日本のために
第1章 なぜ、ダムを増やさずに水力発電を二倍にできるのか
第2章 なぜ、日本をエネルギー資源大国と呼べるのか
第3章 なぜ、日本のダムは二〇〇兆円の遺産なのか
第4章 なぜ、地形を見ればエネルギーの将来が分かるのか
第5章 なぜ、水源地域が水力発電事業のオーナーになるべきなのか
第6章 どうすれば、水源地域主体の水力発電は成功できるのか
終章  未来のエネルギーと水力発電

(引用終了)

 利水と治水というダムの目的、「特定多目的ダム法」という古い法律の存在、河川法改正の必要性(「環境保全」だけでなく「川のエネルギー開発」をその目的に加えるべき)、グラハム・ベルの先見性、薄いエネルギーと濃いエネルギー、ダムは半永久的に壊れない、逆調整池ダム、嵩上げによって古いダムを有効利用する、水源地域のための小水力発電、水力専門家集団による支援体制、SPC(スペシャル・パーパス・カンパニー:特定目的会社)の体制、事業保証体制、目的は拡大ではなく持続可能性、水(水素)でつくる燃料電池の可能性などなど、その主張と論旨は明快だ。竹村氏の言葉を「終章」から引用したい。

(引用開始)

集中から分散へ

 過去の近代化においては、効率性が最優先された。
 効率性は、人の効率性、時間の効率性、場所の効率性で構成される。 
 人の効率性は、マニュアルの画一性で成し遂げた。
 時間の効率性は、エネルギーを使ったスピードで成し遂げた。
 場所の効率性は、都市に集中することで成し遂げた。
 過去のエネルギー分野での効率性も、画一性と、スピードと、場所の集中で成し遂げられた。
 一〇〇年後、二〇〇年後、水のエネルギーは、近代化を成し遂げたエネルギーと反対になっていく。
 全国各地に流れる川は、画一性を持たない。川のスピードは地形に依存している。全国各地の水を、一か所に集中させることもできない。
 この水力発電で最も重要な点が「分散性」なのだ。
 日本全国のどの場所にも、水がある。日本全国どこの水源地域でも、水の力で電気を造れる。
 つまり、水素の製造と貯蔵技術が進展すれば、日本全国の水源地でエネルギーが手に入ることになる。
 水という原材料は、一切輸入することはない。
 すべて、日本国産の原料と技術による、持続可能なエネルギーが手に入るのだ。

都市が水源地域に手を差し伸べるとき

 日本の近代化では、都市は水源地の犠牲を強いて、エネルギーを送ってもらい発展してきた。
 ポスト近代の未来の日本では、その水源地域が、再び日本のエネルギー基地となっていく。
 しかし、二一世紀の今、水源地域は過疎化で悩み、森林の荒廃で苦しんでいる。
 近代からポスト近代に移行するこの端境(はざかい)期の今、安全で、快適で、資金力のある都市は、省力水力発電で水源地域に手を差し伸べるべきであろう。
 近代化の中で巨大ダムを造ってきた私たちダム技術者だちの心からの願いである。

(引用終了)
<同書 188−190ページ(太字は見出し)>

 このブログでは、これからの日本の街づくりに必要なコンセプトとして、「庭園・芸術都市」(庭園や里山、邸宅美術館や芸術劇場を持つ流域都市)を提唱しているが、中小水力発電は、その重要なエネルギー供給源となるに違いない。

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posted by 茂木賛 at 13:22 | Permalink | Comment(0) | 街づくり

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