(引用開始)
神奈川県三浦半島の先端にある「小網代の森」は、山頂から河口まで、ひとつの「流域」が自然のまま残る世界的にも珍しい地域だ。1980年代末には開発計画も浮上した森がどう守られたのか。政治活動に頼らない、市民組織による長きにわたる活動の歩みが具体的に紹介されている。
(引用終了)
<日経新聞 5/22/2016>
「流域」とは、「雨水があつまる大地の領域と定義される生態系」のこと。小網代の森は、コンパクトながら、その源流から河口まですべての生態系が観察できる稀有の場所である。
当日の散歩は、雨上がりだったこともあって暑くもなく快適だった。「中央の谷」から「まんなか湿原」「やなぎテラス」「えのきテラス」へと進むあいだ、アスカイノデ(巨大なシダ)、浦の川、ハンノキ林、ジャヤナギの林、アシ湿原、などが次々と眼前に現れる。さらに「アカテガニ広場」「河口干潟」「眺望テラス」と巡るうちに、磯辺でチゴガニのダンスも見たし、岩に隠れるように潜むアカテガニの姿もみることができた。心地よい風が谷を渡る。自然を愛する人々にとって、ここは本当にワクワクする一級のジオパーク(geopark)といえるだろう。
この本は、そういった小網代の森の全貌を紹介するとともに、どのようにして著者たちがこの素晴らし土地を乱開発から守り、ジオパークとして育て上げていったかという歴史が書かれている。行政(国・県・市)、有志、市民、開発企業(京急など)といった関係者たちを、どのようにして纏め上げて行ったか。1960年代までの「裏の田んぼ・裏の林」だった時代、1980年代の大型リゾート計画、1990年代のバブル崩壊、計画の見直しなどを経て、2014年の施設完成まで、もちろん時代のタイミングも良かったのだが、最大の成功要因は、この本の共著者でもある岸由二という素晴らしいリーダーがいたことだろう。
詳しくは本書をお読みいただきたいが、彼の<流域一番>という理念、保全戦略は当初からブレることがなかった。やみくもに開発に反対するのではなく、柔軟に関係者たちをつなぎ、コンセンサスを得ながらグランドデザインの実現へと人々を導いてゆく。信念を持ってやり抜くこと、それは起業においてもリーダーの大切な資質(dispositions)である。
このブログでは、岸氏が提唱する、流域を一つの纏まりと考える「流域思考」についても、
「流域思想」
「流域思想 II」
「流域社会圏」
「流域価値」
「流域地図」
などの項で論じてきた。併せてお読みいただきたい。写真は散歩時に撮った小網代の森。