夜間飛行

茂木賛からスモールビジネスを目指す人への熱いメッセージ


個業の時代

2016年05月31日 [ 起業論 ]@sanmotegiをフォローする

 前回紹介した『和の国富論』藻谷浩介著(新潮社)、<第三章:「空き家」活用で日本中が甦る……清水義次(都市・建築再生プロデューサー)>の中に、今の時代、若い人の方が(年寄りよりも)公的精神を持っているタイプが多い、という話がある。清水氏の「いまの若い人たちとの方が話が合いますね」というコメントを受けて始まる、その対話部分を引用しよう。

(引用開始)

藻谷 すごくわかります。私より数年下、だいたい今の四五歳ぐらいから、量的な拡大よりも質的な面白さを求める人が、ぼつぼつと出始めていて、三〇代、二〇代と若くなると、急に増えている気がします。
清水 先ほど申し上げた通り、僕の大もとの仕事は、社会風俗を観察して潜在意識の変化を読み取ることですが、いま日本社会にものすごく大きな変化が起きていると感じます。生まれながらにパブリックマインド(公共精神)を持っているタイプの、二〇代・三〇代がすごい勢いで増えている。地方でリノベーションスクールを開いてみると、やはり四〇代以上の人たちと、それ以下の人たちとの間には圧倒的な意識の差がある。
 ちょっと真面目な話をすると、ついに市民社会が成熟し始めたのかなという印象です。イギリスなどは長い時間をかけてゆっくりと市民社会が成熟を遂げてきたわけですが、日本社会は今ものすごい勢いで変化している。
藻谷 ついに日本が……ちょっと感動を禁じえませんね。それなのに、一方で「日本を、取り戻す。」なんてのがウケているらしい。いったい何を取り戻したいのか。
清水 あまりに時代感覚がズレている。二段階ぐらい断絶している。
藻谷 大企業に入って闇雲なグローバル競争で消耗するのでもない。かと言って、補助金・福祉依存で食わせてもらうのでもない。地域社会の中でささやかに自立し協業しながら、楽しく生きようとする若者が増えてきた。前時代的な「家業」から「企業」の時代が来て、ようやく「個業」の時代へと変化しようとしている。
清水 僕の仮説では、そうやって自立して生きる人の比率が増えれば、街がどんどん面白くなる。それを実地で証明していくのが「現代版家守」のテーマです。

(引用終了)
<同書 91−93ページ>

このブログでは、「若者の力」や「女子力」、「心ここに在らずの大人たち」や「フルサトをつくる若者たち」などの項で、若い世代の台頭に期待を寄せてきた。「組織は“理念と目的”が大事」の項で紹介した『PTA、やらなきゃダメですか?』の著者山本浩資氏も1975年生まれとあるから41歳だ。こういう世代の地域社会への関与は心強い。

 またこのブログでは当初から、これからはフレキシブルで、判断が早く、地域に密着した「スモールビジネス」の時代だ言い続けてきた。詳細はカテゴリ「起業論」をお読みいただきたいが、それは藻谷氏のいう「個業」の概念に近いと思う。

 若い世代による「個業」の増大。この現象の背景には、家族組織の変化があると思う。なぜなら、働く形態は、そのベースとなる(それを支える)家族組織の変化と対応する筈だからだ。「家業」から「企業」、そして「個業」への変化は、家族組織の変化、「家父長制」から「近代家族」、そして「新しい家族の枠組み」への変化と同期しているはずだ。「近代家族」の枠組みは、

1. 家内領域と公共領域の分離
2. 家族構成員相互の強い情緒的関係
3. 子供中心主義
4. 男は公共領域・女は家内領域という性別分業
5. 家族の団体性の強化
6. 社交の衰退
7. 非親族の排除
8. 核家族

であり、新しい家族の枠組みは、

1. 家内領域と公共領域の近接
2. 家族構成員相互の理性的関係
3. 価値中心主義
4. 資質と時間による分業
5. 家族の自立性の強化
6. 社交の復活
7. 非親族への寛容
8. 大家族

というものだ。若い世代の「個業」ないし「スモールビジネス」は、この新しい家族の枠組み各項目と親和性を持ちつつ展開すると考えられる。だからこれからの市民社会の成熟は、これらの価値観が社会に行き渡ることと同義であるとも言える。逆にいうと、これらの価値観が行き渡るまでは、「日本を、取り戻す。」といった勘違い感覚が(旧世代を中心として)なくならないわけだ。

 若い世代でも、新しい価値体系に全面的に移行できない人たちもいるだろう。たとえば、「個業」に惹かれながらも「男は公共領域・女は家内領域という性別分業」にこだわっていたり、「子供中心主義」を捨てられなかったり、「地元」に残りたいけれど「家内領域と公共領域の分離」が刷り込まれているから近所には仕事がないと思い込んだり、「家族構成員相互の理性的関係」を築くことが出来ずに親の宗教やしがらみに引き摺られたり。こういった混乱はしばらく続くのではないか。この辺について、項を改めてもう少し探ってみたい。

TwitterやFacebookもやっています。
こちらにもお気軽にコメントなどお寄せください。

posted by 茂木賛 at 17:01 | Permalink | Comment(0) | 起業論

里山システムと国づくり III

2016年05月24日 [ 起業論 ]@sanmotegiをフォローする

 藻谷浩介氏の著書については、これまで「里山システムと国づくり」の項で『里山資本主義』(共著・角川oneテーマ21)、「里山システムと国づくり II」の項で『しなやかな日本列島のつくりかた』(対談集・新潮社)、と書いてきたが、先日『和の国富論』(新潮社)が出版されたので紹介したい。これは『しなやかな日本列島のつくりかた』の続編とでもいうべき内容で、対談の相手は現場に腰を据えた各分野の専門家5人と、このブログでも度々その著書を論じている養老孟司氏。

第一章:「林業」に学ぶ超長期思考……速水亨(速水林業代表)企業統治は「ガバナンス強化」より「家業化」せよ。
第二章:「漁業」は豊かさを測るモノサシである……濱田武士(漁業経済学者)農林漁業は「効率化」より「需要高度化」を目指せ。
第三章:「空き家」活用で日本中が甦る……清水義次(都市・建築再生プロデューサー)地方創生は「雇用」よりも「営業生活権」を確保せよ。
第四章:「崩壊学級」でリーダーが育つ……菊池省三(元小学校教師)リーダーは「進学校」より「崩壊学級」で練成せよ。
第五章:「超高齢社会」は怖くない……水田惠(株式会社ふるさと代表取締役社長)老後不安は「特養増設」より「看取り合い」で解消。
第六章:「参勤交代」で身体性を取り戻す……養老孟司(解剖学者)日本国民は「参勤交代」で都会と田舎を往還せよ。

ということで、林業、漁業、空き家、学級崩壊、超高齢社会、都市と田舎について、前回同様、現状を踏まえた上で将来の展望を語る内容となっている。本書の「はじめに」から藻谷氏の文章を引用しよう。

(引用開始)

 林業の対話で描かれる、五〇年以上のサイクルで物事を考える「林業時間」の重要性。漁業の対話の中から浮かび上がる、「質」と「多様性」を何よりも重視する新たな市場原理。街区再生の対話で語られる「営業生活権」という言葉が内包する、「雇用」とは一味違う豊かさと楽しさ。教育の対話は、「コミュニケーション」を通じ相互を高めあう経験こそが、(市場経済を含む)人間社会を維持する必須条件なのではないかと考えさせる。福祉の対話は、認知症を発症したホームレスという厳しい状況に置かれた人間にも、普通の経済生活を営む人間とまったく同様の尊厳のあること、それを認めることから、経済社会の基盤づくりが始まることを示す。そしてそれらの諸要素は、最後の養老孟司氏との公開対談の中に再び登場し、脳の肥大化した特殊な生物、とはいっても自然の中におかれた生き物の一種にすぎない人類、さらにはその片割れに過ぎない自分たち個人の、社会的生物としてのあるべき生き方が示唆される。人が仕事を選ぶのではなく、仕事が人を選ぶのだ、といった両面からの考察が、心に刺さる。

(引用終了)
<同書 5ページ)

このブログでは経済を「自然の諸々の循環を含めて、人間を養う、社会の根本の理法・摂理」と捉え、マネー増減だけに囚われない起業家精神を説いているが、藻谷氏もそのように経済を考えておられるようで、氏の著書にはいつも元気付けられる。

 前著『しなやかな日本列島のつくりかた』が扱った分野は、商店街、限界集落、観光地、農業、医療、鉄道、街づくり。今回のものと併せ、いづれも難しい問題を抱えた領域ではあるが、困っておられる方は、これらの対談を繰り返し読むことで、解決のヒントが見えてくると思う。

TwitterやFacebookもやっています。
こちらにもお気軽にコメントなどお寄せください。

posted by 茂木賛 at 12:16 | Permalink | Comment(0) | 起業論

組織は“理念と目的”が大事

2016年05月17日 [ 起業論 ]@sanmotegiをフォローする

 『PTA、やらなきゃダメですか?』山本浩資著(小学館新書)という本を楽しく読んだ。まず新聞の紹介文を引用しよう。

(引用開始)

 仕事一辺倒の新聞記者が、地域の人々からPTA会長就任を求められ、しぶしぶ引き受けてから、PTAを改革していくまでの過程をドキュメンタリータッチで描く。タイトル通り、誰もやりたくないが、仕方なく参加しているPTAを、やりたい人が地域のために参加する組織に変えるにはどうしたらいいか。著者は理論的に思考して進めていく。
 経営学者ドラッカーの著書を元に、PTAにとって顧客とは誰かを見極める。それは「子ども」であり、「学校にかかわるすべての人」だ。アンケート調査で会員の本音を探り、委員会を全廃し、全活動をボランティアで行なうことを提案。役員たちは唖然とするが、<活動が強制されたものではなく、楽しいもの、必要なものならば、輪が広がっていく>という信念は揺るがない。
 最終的にはPTAを解体し、すべての活動を自発性にゆだねる組織へと発展させる。そこには、従来の「PTAに保護者が従う」という縦の関係ではなく、「保護者たちが横の関係で手を携えながら、地域の子どものためにできることを無理のない範囲で行なう」という成熟した地域社会への提言が含まれている。

(引用終了)
<毎日新聞 3/27/2016(フリガナ省略)>

 山本氏の成功の秘訣は、PTAの「理念と目的」を明確化したことだと思う。このブログでいう理念とは、なぜその活動を始めようとしたのか、ということであり、目的とは、具体的に何を達成したいのか、ということを指す。PTO(ボランティア精神を強調するために名称をPTAからPTOに変更)の入会申込書(抜粋)を本書から引用したい。

(引用開始)

 A小学校のPTOボランティアセンターでは、お子さまのご入学にあわせて保護者の皆様にPTOへの入会を任意でお願いしております。
 PTOの目的は、「子どもたちの健やかな成長をはかる」ことです。PTO活動には、学校・地域と協力して親子で楽しめる活動の企画・運営、安全・防災に関する活動、会員が望む子どもに体験させたい「夢」を実現するための資金作りなどさまざまなものがあります。活動は「できるときに、できる人が、できることをやる」が基本です。このような趣旨をご理解いただき、皆様のPTOへの参加をお願いいたします。
 また、PTOの活動には皆様一人ひとりのご協力が不可欠です。お仕事をお持ちの方、小さいお子さまがいらっしゃる方も、ご無理のない範囲で、できるときに自分の気に入ったボランティア活動にご協力をお願いいたします。
 皆様のご理解とご協力を得てPTO活動を行い、学校や地域と協力しながら子どもたちの健全な成長の一助になるような活動を、続けていきたいと思います。

(引用終了)
<同書 64−65ページ>

PTOの理念(なぜその活動を始めようとしたのか)は、「親としての愛情を学校の子どもと大人たちのために役立てる」ことであり、目的(具体的に何を達成したいのか)は、「子どもたちの健やかな成長をはかる」ということになるだろう。

 理念の基が「愛情」だから、活動は任意ボランティア・ベースでと言い切ることができた。目的が「健やかな成長」だから、楽しい活動をいろいろと企画することができる。詳細は本書をお読みいただきたいが、校庭で『逃走中』(テレビの人気番組)をやったときの話は感動的だ。これが従来のPTAによくあるような「義務」と「強制」だけ(の組織)だったらこんな自由な発想は出てこなかっただろう。PTOのキャッチフレーズは、「そうだ、学校に行こう。子どもたちに笑顔を!大人たちに感動を!」というものだという(99ページ)。素晴らしいフレーズではないか。

 理念と目的を明確化して組織の運営することの大切さは、PTAなどの非営利組織だけでなく、一般の企業活動においても言えることだ。その意味で起業家のみなさんにも参考になると思う。

TwitterやFacebookもやっています。
こちらにもお気軽にコメントなどお寄せください。

posted by 茂木賛 at 10:25 | Permalink | Comment(0) | 起業論

木の本

2016年05月10日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 以前「森の本」の項で、森に関する本を五冊ほど紹介したが、今回はさらに解像度を上げ、木に関する本を三冊選び帯やカバーの文と共に紹介したい。

1.『木を知る・木に学ぶ』石井誠治著(ヤマケイ新書)

(引用開始)

森の恵みを利用してきた日本人は「森の民」。
木を知ることは、日本人を知ること。
今こそ日本人の「原点」を学ぼう!

日本を代表するサクラからウルシ、ツツジ、イチョウ、ブナ、マツなど代表的な13種の樹木の魅力を樹木医で森林インストラクターでもある人気講師が親切ていねいに解説。日本の自然と文化の礎となった「木」と友達になる本。

(引用終了)
<同書 帯表紙・裏表紙より>

ここで取り上げられている木は、

第二章「木と人間」:サクラ・ウルシ・ツツジ
第三章「木の歴史」:イチョウ、ブナ、マツ
第四章「木と信仰」:クリ・クスノキ・カヤ
第五章「木と生活」:スギ、ヒノキ、クワ、カキノキ

ということで、様々な面から人と木の関わりを知る構成になっている。第一章は「木を学ぶ」とあり、葉と芽と花、根と菌根、環境を見方にする知恵、木が持つ実を守る方法など、樹木に関する基礎知識を得ることができる。

2.『木』白洲正子著(平凡社ライブラリー)

檜、欅、松、栃、杉、桜……
木を愛し、木工の類を毎日そばに置いて
使っていたという著者による「木の話」二十選。
日本の木の伝統と、人の木に対する関わりについて
感覚と体験、そして取材を通じて深められた思考が、
やがて独自の日本文化論へと結晶する。

(引用終了)
<同書 カバー裏表紙より>

この本で取り上げられているのはすべて木偏のつく木ばかり。

檜(ヒノキ):木曽神宮備林/伊勢神宮
欅(ケヤキ):東村山梅岩寺/黒田辰秋の櫃
松(マツ):善養寺(東京)/梅岩能楽堂
栃(トチ):北アルプス鹿島槍ヶ岳/槙野文平の椅子
杉(スギ):三輪神社/つくり酒屋の杉玉
樟(クスノキ):奈良春日神社/法輪寺の観音像
槙(マキ):大蔵寺(奈良)/「たる源」の湯槽
榀(シナノキ):熊野神社(信濃)/菅原匠の藍染
樫(カシ):和歌山県田辺/びんちょうの炭
楊(ヤナギ):水元公園(東京)/「江南」の楊箱
桐(キリ):福島県柳津/「江南」の桐箱
檮(イスノキ):小国神社(浜松)/松山鉄男の櫛
朴(ホオノキ):岐阜県高根村/飛騨の有道杓子
榧(カヤ):東村山梅岩寺/法華寺十一面観音
楮(コウゾ):京都府綾部/「唐長」の唐紙
柿(カキ):白洲邸/正倉院「黒柿の厨子」
槐(エンジュ):宮城県弥治郎/みちのくの「こけし」
桂(カツラ):細川邸(軽井沢)/日向薬師三尊
楓(カエデ):大蔵寺(奈良)/紅葉漆絵鉢
桜(サクラ):本居宣長の山室/歌集の版木

右側の説明は、掲載された木の写真の場所と、本文にあるその木を使った工芸品など。日本人の匠の技はどれも素晴らしい。その写真もある。木の文化の神髄に触れることができる本だ。以前「茂木賛の世界」に掲載した、短編小説『老木に白雪』にある櫛の話はこの白洲さんの本に拠った。1.の『木を知る・木に学ぶ』と重なる木はサクラ、マツ、クスノキ、カヤ、スギ、ヒノキ、カキノキの7種。見比べて読むと趣が増すと思う。

3.『葉っぱで調べる身近な樹木図鑑』林将之著(主婦の友社)

(引用開始)

一枚の葉っぱから、身近な樹木の名前が簡単に調べられる初心者向きの樹木図鑑です。街路樹や公園、庭、野山で見かける樹木訳175種類を紹介しました。葉っぱのスキャン画像を中心に、樹皮や樹姿なども多数掲載しました。身近な樹木の名前が分かると、散歩や通勤が楽しくなります。

(引用終了)
<同書 カバー裏より>

この本は、葉っぱの形からその樹木を追いかけることができる楽しい図鑑。その分類は、

1.針葉樹(スギなど18種)
2.ふつうの形・ギザギザ落葉樹(クヌギなど47種)
3.ふつうの形・ギザギザ常緑樹(シラカシなど25種)
4.ふつうの形・なめらか落葉樹(カキノキなど16種)
5.ふつうの形・なめらか常緑樹(クスノキなど32種)
6.もみじ形(トウカエデなど25種)
7.はね形(エンジュなど19種)

ということでとても判りやすい。カラー写真が沢山あるから身近に置いておくと役立つだろう。

TwitterやFacebookもやっています。
こちらにもお気軽にコメントなどお寄せください。

posted by 茂木賛 at 15:07 | Permalink | Comment(0) | 街づくり

モランディと中川一政

2016年05月03日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 東京ステーションギャラリーで、「ジョルジョ・モランディ 終わりなき変奏」展を観た。ジョルジョ・モランディ(1890−1964)はイタリアの画家。瓶や器、ボローニャの街角風景などを繰り返し描いた。展覧会の新聞広告から引用しよう。

(引用開始)

 生没年を見ればわかる通り、モランディが生きた時代は20世紀の幕開け、芸術上の革命が次から次へと起った激動期です。その中で、モランディは、前衛的な絵画動向を横目で見つつ、故郷のボローニャのアトリエにこもって、静物画という限定された主題に取り組みました。簡素な生活スタイル、簡素な画題、簡素な色彩、簡素な形。しかしその簡素さは、全く逆に、絵画というものを攻め、突き詰めるためにあえて選ばれた冒険の結果でした。
 パッと見で上品な絵と判断されがちなモランディは、「静か」「静謐」などお定まりの形容で語られることがしばしば。が、実際には、ふらつくような筆の運動、微妙な器の配置、ぎりぎりのラインで呼応し合う色調の組み合わせなど、画面はじつに饒舌です。
 線・色・形・空間の手に汗握る展開を目の当たりに出来るモランディの絵画。その面白さを圧縮させているのが、器やテーブルの境界に現れる輪郭線です。周囲に溶け込んでいたり境目をがっちり切り分けたり、一本の瓶の周囲でさえ多様な変化を見せる輪郭線は、それだけで見る目を飽きさせません。目で辿ると、モランディの絵の密度(詰まった感じ)の秘密もわかるでしょう。輪郭の部分こそ、色と形が押し合いへし合いし、絵の空間を決定する要のポイントだからです。ゆらゆら揺れるモランディの線はおそらく、その押し合いへし合いの結果なのです。(東京ステーションギャラリー 学芸員・成相肇)

(引用終了)
<東京新聞 2/2016掲載(抜粋)>

モランディの絵の特徴は、造形のミニマム化、色彩の旋律、テーマ性の排除、といった言葉に纏めることができるだろう。

 20世紀は、大量生産・輸送・消費システムと人のgreed(過剰な財欲と名声欲)による“行き過ぎた資本主義”が跋扈し、科学の「還元主義思考」によって生まれた“モノ信仰”が蔓延する時代だった。世界は今もその残滓に苦しんでいるが、20世紀の画家たちは、主に二つの方法でこれに立ち向かった。一つは“モノ信仰”を逆手にとって、要素還元的な絵画で時代を批判・揶揄する方法。フォービズム、キュビズムなどの画家たちだ。もう一つは時代に背を向けてひたすら「コト」の孤高を守る方法。モランディはこちら側の画家だったと思う。勿論二つの方法を使い分けた画家もいるし、時代に妥協してしまった画家たちも多くいただろう。

 東京ステーションギャラリーでモランディを堪能した後日、旅行中、偶々湯河原にある「真鶴町立中川一政美術館」で中川一政(1893−1991)の絵を観た。モランディはボローニャで、瓶や器、街角の風景を描いたが、中川も真鶴に居を定め、壷の薔薇や箱根駒ケ岳、福浦突堤の風景などを繰り返し描いた。中川の絵にも、造形のミニマム化、色彩の旋律、テーマ性の排除といった特徴がある。これは面白い発見だった。

 20世紀の西洋絵画の主流は、フォービズム、キュビズム、抽象絵画、シュルレアリズム、表現主義へと変化してゆくが、モランディも中川も、それらを横目で見ながら、終始一貫して同じ絵を描き続けた(風土と対象は違うけれど)。生年月日をみると、二人は同世代であり、物心付いたのは共に20世紀初頭であることがわかる。

 二人は共にセザンヌ(1839−1906)から影響を受けたという。セザンヌについては、「20世紀を前にした絵画変革」の項で、「周辺的なモティーフによる造形と色彩表現」と纏めたが、20世紀に入り、モランディと中川はこの試みをさらに持続展開させたともいえるだろう。

 テーマ性の排除と色彩の旋律だけならば、抽象画でも表現できる。しかし「造形」が加わると、アフォーダンス的な知覚が刺戟される。アフォーダンス理論では、世界はミーディアム(空気や水などの媒体物質)とサブスタンス(土や木などの個体的物質)、そしてその二つが出会うところのサーフェス(表面)からなっていて、人は自らの知覚システム(基礎的定位、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、視覚)によって、運動を通してこの世界を日々発見するとされる。絵を観るのも視覚による運動である。二人は「造形」を捨てなかったことで、そしてそれを瓶や器、街角の風景、壷の薔薇や箱根駒ケ岳といった形に「ミニマム化」することで、観る人の知覚システムをより強く喚起することに成功した。

 これまで、21世紀の絵画表現について、

●動きそのものを描こうとする絵画(「21世紀の絵画表現」)
●汎神論的、自然崇拝的な絵画(「ラファエル前派の絵画」)
●豊な時間を内包する絵画(「写実絵画について」) 

と書いてきたが、モランディや中川の、

○造形のミニマム化
○色彩の旋律
○テーマ性の排除

といった特徴は、今世紀どのように引き継がれるのだろう。最後の「テーマ性の排除」が、「豊な時間を内包する絵画(写実絵画)」へと引き継がれることは想像できる。他二つの特徴の行方についてはどうか。この辺りまた項を改めて考えてみよう。

TwitterやFacebookもやっています。
こちらにもお気軽にコメントなどお寄せください。

posted by 茂木賛 at 11:19 | Permalink | Comment(0) | アート&レジャー

夜間飛行について

運営者茂木賛の写真
スモールビジネス・サポートセンター(通称SBSC)主宰の茂木賛です。世の中には間違った常識がいっぱい転がっています。「夜間飛行」は、私が本当だと思うことを世の常識にとらわれずに書いていきます。共感していただけることなどありましたら、どうぞお気軽にコメントをお寄せください。

Facebookページ:SMR
Twitter:@sanmotegi


アーカイブ

スモールビジネス・サポートセンターのバナー

スモールビジネス・サポートセンター

スモールビジネス・サポートセンター(通称SBSC)は、茂木賛が主宰する、自分の力でスモールビジネスを立ち上げたい人の為の支援サービスです。

茂木賛の小説

僕のH2O

大学生の勉が始めた「まだ名前のついていないこと」って何?

Kindleストア
パブーストア

茂木賛の世界

茂木賛が代表取締役を務めるサンモテギ・リサーチ・インク(通称SMR)が提供する電子書籍コンテンツ・サイト(無償)。
茂木賛が自ら書き下ろす「オリジナル作品集」、古今東西の優れた短編小説を掲載する「短編小説館」、の二つから構成されています。

サンモテギ・リサーチ・インク

Copyright © San Motegi Research Inc. All rights reserved.
Powered by さくらのブログ