夜間飛行

茂木賛からスモールビジネスを目指す人への熱いメッセージ


皮膚とシステム

2015年11月24日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 「自分と外界との<あいだ>を設計せよ」の項で書いた、自分という渦(vortex)とそれを取り巻く外界との間の設計の重要性を、「皮膚とシステム」という視点から論じた本がある。最近出版された『驚きの皮膚』傳田光洋著(講談社)がそれだ。新聞の紹介文を引用しよう。

(引用開始)

 人間の祖先は120万年ほど前に体毛を失った。資生堂リサーチセンターの主幹研究員である著者は、表皮が外部環境にさらされ、「皮膚感覚」が復活したことが脳の発達につながったと推察。人体というシステムにおいて皮膚が果たす役割を分析する。著者によると皮膚は高周波数音を「聴き」、繰り返される圧力や摩擦を「記憶する」。徐々に、危険を察知し身体を守る能力を高めたと説く。

(引用終了)
<日経新聞 10/11/2015>

この紹介文にはないが、本書は、氏のこれまでの著書から内容をさらに一歩進め、「社会」というシステムについて皮膚という観点から論じたものとなっている(特に第六部「システムと個人のこれから」、第七部「芸術と科学について」)。

 「社会」というシステム、特にそのネガティブな側面については、以前「認知の歪みとシステムの自己増幅」の項などで、村上春樹の小説を援用しながら論じたことがある。傳田氏も、村上のエルサレム賞受賞時の「壁と卵」というスピーチを引用し、

(引用開始)

 私は、この「システム」の暴走と表裏一体をなしているのが、「意識」だけが人間の認識、判断、行動を担っているとする誤解だと考えています。初めは、より生存を有利にするため、「意識」という脳の現象が生まれました。「意識」がシステムを作る方向へ向かったのも、当初は人間の生存のためでした。しかし現代では、それがむしろ災厄をもたらすものになった。

(引用終了)
<同書 157ページ>

と書く。そして氏は、この「システム」の暴走を止めるものとして、皮膚感覚について述べる。人体というシステムの先に社会というシステムがあるわけだが、社会システムを作る「意識」は往々にして元の皮膚感覚を忘れる。「システム」の暴走は、複眼主義でいうところの「脳(大脳新皮質)の働き」への偏重によるところが大きいから、「身体(大脳旧皮質+脳幹)および皮膚の働き」を復活させよというわけだ。

(引用開始)

 これまで述べてきたように、人間は大きな脳を持ち、そのために複雑な道具や言語や社会組織を作り出してきました。その原点には皮膚感覚の存在が大きな寄与をなしてきたと私は考えています。
 皮膚感覚が意味を持つシステムでは、個人の存在がないがしろにされる可能性は低いでしょう。なぜなら視聴覚情報システムの海におぼれていても、皮膚感覚は、個人を取り戻すきっかけになるからです。皮膚感覚だけは個人から離れて独り歩きすることはないのです。
 今、ひととき立ち止まり、私たちの祖先が生きてきた、その営みを振り返り、皮膚という人間にとって最大の臓器の意味を考え、システムの在り方について検証しなおす時期が来ているのだと思います。

(引用終了)
<同書 173ページ>

 このような社会と皮膚の関係論は、「境界としての皮膚」の項で論じた『皮膚という「脳」』山口創著(東京書籍)の内容とも重なる。傳田氏は皮膚研究者だが山口氏は臨床発達心理士ということで専門は異なるし、前者は人体システムと社会システムの類似性、後者は皮膚というリミナリティに注目するという違いはあるけれど、どちらも皮膚という境界から自分と外界との間を論じている。「自分と外界の<あいだ>を設計せよ」の項でその著書を引用した作家の梨木香歩さんも、傳田氏の本に興味を懐いて書評を書いている(『驚きの皮膚』207ページ)。これらのことは、「モノコト・シフトの研究」で述べたように、

------------------------------------------
A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳(大脳新皮質)の働き−「公(Public)」−「都市」
A 男性性=「空間重視」「所有原理」

A、a系:デジタル回路思考主体
世界をモノ(凍結した時空)の集積体としてみる(線形科学)
------------------------------------------

------------------------------------------
B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働き−「私(Private)」−「自然」
B 女性性=「時間重視」「関係原理」

B、b系:アナログ回路思考主体
世界をコト(動きのある時空)の入れ子構造としてみる(非線形科学)
------------------------------------------

という複眼主義の対比において、A側に偏った20世紀から、B側の復権によってA、B両者のバランスを回復しようとする、21世紀の動きと連動していると思われる。日本の真摯な作家や科学者たちはこのこと(モノコト・シフト)に気付き始めているのだろう。

 「動的平衡とは何か」の項で紹介した『動的平衡』福岡伸一著(木楽舎)、「同期現象」の項で紹介した『非線形科学 同期する世界』蔵本由紀著(集英社新書)、「進化論と進歩史観」の項で紹介した『「進化論」を書き換える』池田清彦著(新潮文庫)、「共生の思想 II」で紹介した『生物多様性』本川達雄著(中公新書)なども、自然科学の分野で西洋合理思想への疑問を提出する。「里海とはなにか」の項で述べた生態学もそうだったが、もしかするとモノコト・シフト時代には、各分野でB側の「日本語的発想」を持った作家や科学者たちが世界をリードするのかもしれない。

 尚、このブログでは以前「皮膚感覚」の項で傳田氏の他の著書を紹介したことがある。併せてお読みいただければ嬉しい。

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ヴァージンの流儀

2015年11月18日 [ 起業論 ]@sanmotegiをフォローする

 「自分と外界との<あいだ>を設計せよ」の項で、自分という渦(vortex)とそれを取り巻く外界との間をうまく設計することが人生には重要だとし、

(引用開始)

 この設計図は起業家にも欠かせない。モノコト・シフト時代の産業システムは大量生産・輸送・消費から、多品種少量生産、食品の地産地消、資源循環、新技術といったものに変わっていく。朝昼晩、どのように自分と外界(この場合は身近な顧客、従業員、家族など)との間合いを取るか、それが遠隔操作で外界との話を済ませてきたこれまでと違って重要な課題となるだろう。

(引用終了)

と書いたけれど、そのことをよく心得た起業家の一人が、ヴァージン・グループ創業者のリチャード・ブランソン氏だと思う。最近出版された『ヴァージン・ウェイ』リチャード・ブランソン著(日経BP)は、彼が、過去から今に至るまでの自らの「外界との設計」を縦横に語った本である。副題に「R・ブランソンのリーダーシップを磨く教室」とある。まず本書の帯(表)から紹介文を引用しよう。

(引用開始)

航空業から宇宙旅行まで世界で事業展開するヴァージン・グループの総師、R・ブランソンが明かすリスクをチャンスに変えるリーダーシップの極意。

<ヴァージン流リーダーの心得>

○ どんな意見にも黙って耳を「傾ける」。
○ 互いから、市場から、失敗から「学ぶ」。
○ メンバー全員で大いに「笑う」。
○ 周到に準備し、リスクを「楽しむ」。

(引用終了)

 ヴァージン・グループは、従業員5万人、売上高2兆円、世界50カ国以上で事業を展開する企業だが、そのビジネスは航空、鉄道、金融、携帯電話、飲料、通信、放送、出版、宇宙旅行などのユニットに分かれている。本帯(裏)の彼のメッセージも引用しておこう。

(引用開始)

私は本書で、自分のこれまでの生き方を包み隠さず紹介したい。しっかりと聴き、生き、笑い、リーダーシップをとるということについて、私自身の(おそらくはあまりトラディショナルとは言えない)考え方を紹介したい。私はちょっとクレイジーなこと、寿命を縮めかねないことにもいろいろ挑戦してきた。(略)過去の多くの冒険は「家でまねしないでください」というたぐいのものであることは確かだ。しかし、とりわけ起業を志す人にとって不可欠なのは、自らの直感を信じ、たとえ崖っぷちに立たされそうな気がするときでも信念を曲げない、独立独歩の心意気だと私は思う。(本書「はじめに」より)

(引用終了)

 この本の中でリチャードは、「聴く(listen)」「学ぶ(learn)」「笑う(laugh)」「率いる(lead)」という四つのキーワードの下、これまでのビジネスにおける様々なチャレンジを語っていく。その中から、自分と外界との設計に関する文章を幾つか拾ってみたい。

(引用開始)

 好むと好まざるとにかかわらず、顧客、従業員、友人など、相手が誰であれ、その人の見たものが現実である。昔から言うように、「アヒルのように歩くなら、それはたいていアヒルである」。個人であれ企業であれ、他人の目を通して自分の行動を見られるようになるには練習がいる。(55ページ)

 私の経験では、人の「地位を知る」ことを重視しすぎる企業文化は、人間関係の妨げになる問題を引き起こし、恨みつらみの原因となり、その結果、進歩やイノベーションを阻みかねない。(121ページ)

 ヴァージン・マネーには「EBO」と呼ばれる社是のようなものがある。「Everybody Better Off(みんなが豊に)」の略だ。同社の業務はまぎれもなくこの社是を体現するものだった。(186ページ)

 採用候補者の過去の実績を見るのは重要だけれども、一番考慮すべき重要なことは「性格が合う」かどうかと私は思う。つまり、その人の生き方、ユーモアのセンス、立ち居振る舞いがあなたの会社のカルチャーにぴったりとはまりやすいかどうか。(203ページ)

 この40年余りのヴァージンの成功の秘訣は何かというなら、答えは簡単である。「私の先見性に富む優れたリーダーシップ」――もちろん冗談だ。本当の答えは、われわれが20世紀に築いてきた「ヒト優先の文化」にすべて行き着くだろう。(222−223ページ)

 人生で本当に価値があるものは、たいていある程度のリスクをともなう。ヴァージンはいつも安全策や及び腰とは無縁で、一見不可能に思えることに喜んでチャレンジしてきた。(248ページ)

 いまから40年以上前に、のちのヴァージンにつながる仕事を始めたとき、私は人々の人生をもっと良くしたいと思っていた。虫のいいたわごとに聞こえるかもしれないのは重々承知である。でも本当にそうだった。
 当時はこう考えていた(いまもそう考えている)。ビジネスは(どんなビジネスも)世のため人のためになる大きな可能性を秘めている、と。新しいやり方を模索し、成長、(企業の存在理由としての)利益とともに、従業員と地球環境を最優先すれば、その可能性を花開かせることができる。そして驚いたことに、一般の認識とは逆で、これらはN極とS極のように反発しあう関係ではなく、むしろ互いを補強しあう。ビジネスは必ずしも、誰かが勝てば誰かが負けるというゼロサムゲームではない。正しくやりさえすれば、企業、地域社会、そしてこの美しい地球、すべてが勝者になれる。(270ページ)

 「部分の総和は全体より大きい」。単なる共同作業ではなく、本当の意味のコラボレーションから生まれる効果がいかに大きいかは、この言葉に要約されている。(318ページ)

 われわれはみんな生涯を通じて、大きなものから小さなものまで、たくさんの意思決定をする。優れた決断だとほめられることもあれば、誤った決定だと非難されることもある。だが、会社が関係する大きな事故など、いざというときは、信頼できる最新の情報をできるかぎり集め、怖れずに立ち向かう――それがリーダーの仕事である。どんな状況でも、「決めない」という選択肢はありえない。そして、ミッキー・アリソンもいまは賛同してくれると思うけれど、人生の90%は顔を見せることである(訳注*ウッディ・アレンが「人生の80%は顔を見せることである」と言ったのが知られている)。(341−342ページ)

(引用終了)

いかがだろう、彼の設計図が少し見えてきただろうか。

 詳細は本書をお読みいただきたいが、リチャードは航空、鉄道、金融、携帯電話、飲料、通信、放送、出版、宇宙旅行といったそれぞれのビジネス・ユニットを、「スモールビジネス」の要諦で運営している。それが彼のやり方の新しいところだ。彼は自分の渦に周りを巻き込んでいくのが上手い。そして脳(大脳新皮質)と身体(大脳旧皮質+脳幹)をバランスよく働かせている。ヴァージン・グループの総師であると同時に、気球に乗ったりウィンド・サーフィンに熱をあげたり、一方で様々な社会貢献にも力を注ぐ。「スモールワールド・ネットワーク」「ハブ(Hub)の役割」「モチベーションの分布」「リーダーの役割」といったことをよく弁えているのだと思う。

 本書の著者プロフィールによると、彼は1950年にイギリスで生まれ、16歳で高校中退、雑誌『ストューデント』を創刊、70年にレコードの通信販売事業を始め、73年に「ヴァージン・レコード」を立ち上げた。84年、ヴァージン・アトランティック航空を創業し、その後ヴァージン・ブランドで様々な分野に進出している。最後に本書の「おわりに」から、彼が選んだヴァージン流儀「トップ10」を掲載しておく。

1. 夢を追いかけて一歩踏み出す
2. プラスの変化を生み、人のためになることをする
3. 己のアイデアを信じ、ナンバー1をめざす
4. 楽しんで働き、チームに目配りする
5. あきらめない
6. 耳を傾け、ノートをとり、常に新たな目標を立てる
7. 権限委譲し、家族との時間を増やす
8. PCやスマートフォンの電源を切り、外へ出る
9. もっとコミュニケーションをとり、協力しあう
10.好きなことをやり、キッチンにカウチを置く。

 ところでヴァージンといえば、今年2月のヴァージン航空:成田―ロンドン線の廃止が惜しまれる。いつか復活して欲しいものだ。

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posted by 茂木賛 at 12:35 | Permalink | Comment(0) | 起業論

熱狂の時代

2015年11月10日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 前回「自分と外界の<あいだ>を設計せよ」の項で、梨木香歩さんの『不思議な羅針盤』(新潮文庫)を紹介したが、そのなかの「近づき過ぎず、取り込まれない」と題された第3章に、竹林の話がある。竹林は地下茎でどこまでも増えてゆくから、たくさん生えているようでも全体が一つの個体のようなものだという話で、そのあと梨木さんは次のように書く。

(引用開始)

 様々な方向性を持つ雑多な木がつくりだす場の雰囲気と、一つの方向に先鋭的に深化してゆく場のムード。多様性に溢れた前者が健康的で、排他的な後者が病的に感じられるのはたぶん多くの人が納得できることだろうけれど、どちらの「引き寄せる力」の磁場が強いかというと、一概には言えない。それぞれ、そのときの自分の意識の持ちようによって予想もできない力をはっきするものだから。

(引用終了)
<同書 24ページより(フリガナ省略)>

ここで竹林は排他的で熱狂的な全体主義の例えとなっている。

 モノコト・シフトの時代は、冷たい脳(大脳新皮質)の働きよりも、熱くなりやすい身体(大脳旧皮質と脳幹)の働きを重視するから、それは一面「熱狂の時代」ともなる。

 以前「勝負の弁証法 II」の項で、「勝負が“コト”であってみれば、“モノコト・シフト”の時代、世界中でスポーツ・イベントやゲームがますます興隆するであろう」と書き、「nationとstate」の項で、「総じて、今のnationという括りは、これからより分裂圧力を強めると思われる」と書いたけれど、スポーツも政治も、そして戦争も、人々が熱狂しやすいイベントだ。

 熱狂することの問題点は、「三つの宿啞」の項で示した、

(1)社会の自由を抑圧する人の過剰な財欲と名声欲
(2)それが作り出すシステムとその自己増幅を担う官僚主義
(3)官僚主義を助長する我々の認知の歪みの放置

のうち、(3)の認知(思考)の歪みが生じ易いことである。熱狂によって感情が大きく揺すぶられると、過剰な財欲と名声欲(greed)と官僚主義(bureacracy)の放つ騙しのテクニック各種によって、人々の思考が一つの方向に束ねられる危険性が高まる。

 「モノコト・シフトの研究」の項で、「都市の一部には、利権がらみで意図的にA偏重社会の持続を画策する人々もいる」と書いたけれど、複眼主義の対比、

A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳(大脳新皮質)の働き−「公(Public)」−「都市」
A 男性性=「空間重視」「所有原理」

B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働き−「私(Private)」−「自然」
B 女性性=「時間重視」「関係原理」

において、greedとbureacracyに侵された人々は、民衆のBに基づく「熱狂」を自分達の利権維持のために利用する。

 熱狂がスポーツ・イベントに向かっているうちは良いが、それがマネー経済や政治、特に戦争に向かい始めたら気をつけなければならない。梨木さんは「近づき過ぎず、取り込まれない」のなかで、幼い時、竹林のしんとした静けさに悲壮感に近いリリシズムを感じたと書き、その章の最後に、

(引用開始)

 大人になった今はただ、社会全体が排他的な竹林になるのが怖い。そしてそこから抜け出せなくなるのが。

(引用開始)
<同書25ページより>

と付け加えておられる。上の対比にもある通り、日本語はそもそもBに偏しているから特に気をつけたい。先の大戦時を思い起こすべきだ。

 これからの日本にとって、2020年に予定されている東京オリンピックは一つの試金石だと思う。今後greedとbureacracyによってオリンピックへの「熱狂」を煽るありとあらゆるプロパガンダが繰り出されるに違いない。そしてそれが、都市集中やナショナリズム高揚へと巧妙に仕切られていく。だから浮かれてはならない。常にクールな頭(大脳新皮質)で、物事の表と裏を見極めるようにしなければならない。

 時代がBに偏して来るからといって、個人ベースではAの重要さを忘れてしまってはいけない。複眼主義でいつも繰り返すように、活き活きとした社会を創る為には、AとBのバランスが重要なのである。

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自分と外界の<あいだ>を設計せよ

2015年11月03日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 「モノコト・シフトの研究」と「モノコト・シフトの研究 II」の項で、これからは、「固有の時空」を大切にする時代であり、大切な固有時空には、

● ある程度持続する
● まわりに好影響を与える

といった特徴があると述べた。最近文庫になった梨木香歩さんの『不思議な羅針盤』(新潮文庫)は、日常生活で出会う様々な時空について、細やかな観察眼で綴った心地良いエッセイ集である。

 時空をどう見極めるか、自分と外界との<あいだ>をいかに設計し、悪影響を及ぼす時空を遠ざけ、好影響を与えるそれに接近するか、そういったことが、

1 堅実で、美しい
2 たおやかで、へこたれない
3 近づき過ぎず、取り込まれない
4 足元で味わう
5 ゆるやかにつながる
6 みんな本物
7 近づき過ぎず、遠ざからない
8 世界は生きている
9 「スケール」を小さくする

などなど、全部で28の章に分けて書いてある。本カバー裏表紙の紹介文には、

(引用開始)

 ふとした日常の風景から、万華鏡のごとく様々に立ち現れる思いがある。慎ましい小さな花に見る、堅実で美しい暮らし。静かな真夜中に、五感が開かれて行く感覚。古い本が教えてくれる、人と人との理想的なつながり。赤ちゃんを見つめていると蘇る、生まれたての頃の気分……。世界をより新鮮に感じ、日々をより深く生きるための「羅針盤」を探す、清澄な言葉で紡がれた28のエッセイ。

(引用終了)

とある。自分に好影響を与える場所についての梨木さんの文章も本書から引用しておこう。

(引用開始)

 別に有名なスポットでも何でもないのだが、ああ、ここはすてき、と思う場所がある。林の中に、そこだけぽかんと陽の光が当っているような場所。広葉樹の若葉が、天蓋のように空を覆っているような場所。異国で迷って路地を入っていくと、思いもかけない中庭を見つける。涼しい風が吹いて、ベンチがあり、行きずりの人のためにも開かれている。あるいは古いデパートの、喧騒を離れた場所にある踊り場。入るとくつろぐ喫茶店。
 町中のあちこちに、日本中のあちこちに、世界中のあちこちに、そういう場所があることを憶えている。心が本当に疲れているときは、砂漠のオアシスを目指すように、頭の中でそういう場所を彷徨う。
 大好きな場所をいくつか持っていることはいい。

(引用終了)
<同書 112ページより(フリガナ省略)>

 ちなみに、「自分と外界の<あいだ>を設計せよ」というタイトルは、先日「住宅の閾(しきい)について」の項で紹介した『権力の空間/空間の権力』の副題「個人と国家の<あいだ>を設計せよ」からアナロジーとして拝借した。これからの時代、「個人と国家」間だけではなく、「自分と外界」との間の設計そのものが問われると思うからだ。

 自分とは一つの大きな渦(vortex)である。それを取り巻く外界は、大小様々な渦に満ちている。「食排、運動、仕事、読書、恋愛、気象、我々自身とそのまわりでは無数の“コト”が日々起っている。そしてまた消滅している」と「モノコト・シフトの研究 II」の項で書いた通りである。

 コトを大切に考えるこれからの時代、いかに自分と外界との間を上手く設計するかはとても重要なファクターになる筈だ。自分のためだけではなく、周囲に自分が好影響を与え続けるためにも。それはまた個人の自立をも促す。個人と国家間の設計作業が始まるのはその後だ。

 この設計図は起業家にも欠かせない。モノコト・シフト時代の産業システムは大量生産・輸送・消費から、多品種少量生産、食品の地産地消、資源循環、新技術といったものに変わっていく。朝昼晩、どのように自分と外界(この場合は身近な顧客、従業員、家族など)との間合いを取るか、それが遠隔操作で外界との話を済ませてきたこれまでと違って重要な課題となるだろう。

 作家としての梨木さんは、本の執筆を通して読者に好影響を与えようとしている。先日も『百花深処』<人が育つ場所>の項で、梨木さんの『雪と珊瑚と』(角川文庫)と『僕は、そして僕たちはどう生きるか』(岩波現代文庫)について評論したが、よい本を書くために必要な身の回りの設計、『不思議な羅針盤』は、彼女のそういう想いを乗せた内容ともなっている。

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posted by 茂木賛 at 12:55 | Permalink | Comment(0) | アート&レジャー

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