認知の歪みを誘発する内的要因のうち、脳の働き領域にある「思考の癖」について話を敷衍したい。同じ領域でも、「無知」や「誤解」は要因として分かりやすいが、思考の癖がなぜここに挙がるのか。
思考の癖とは、たとえば相手が言ったことを理解する際、自分の考えに引き付けて解釈してしまうようなことだ。いつも物事を突き詰めて考える癖のある人は、相手の何気ない一言に対しても深読みしてしまう。
人には思考の癖以外にも、性格、得意・不得意、好き嫌い、体質、体格、運動の癖、顔つき、性差など、様々な違いがあるが、その中で思考の癖ほど、自覚しにくいことはないと思う。他のことは他人にも見えやすい。しかし思考の癖は、外から見えるようになるには長く付き合っていないとなかなか分からないので、他人から指摘されることも稀で、特に自覚するのが難しいわけだ。自分の後姿や寝相がよく分からないように。また同じ組織やグループにいると、癖そのものが似てくるから、長く付き合っていてもお互いに指摘できない場合が多い。だから認知の歪みを誘発しやすい。
思考の癖が事故に繋がった例でいうと、最近起こった東海村の加速器施設放射能漏れ事件などがそうではないかと思う。この実験施設にいる人たちは皆、素粒子や放射性物質の専門家だから、放射の漏れの可能性について「無知」だったり「誤解」をしていたりすることは無いだろう。新聞記事からの憶測に過ぎないから間違っているかもしれないが、危険性の過小評価という思い込み(認知の歪み)を誘発する要因として、「思考の癖」以外の内的要因、外的要因はなかなか考えにくい。分かりやすく言えば、放射能を扱うことに慣れきっていて、その危険性について甘く考えていたということなのではないだろうか。参考までに「認知の歪みを誘発する要因」の一覧を今一度掲載しておく。
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<内的要因>
体全体:病気・疲労・五欲
脳(大脳新皮質)の働き:無知・誤解・思考の癖(くせ)
身体(大脳旧皮質・脳幹)の働き:感情(陽性感情と陰性感情)
<外的要因>
自然的要因:災害や紛争・言語や宗教・その時代のパラダイム
人工的要因:greedとbureaucracyによる騙しのテクニック各種
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よく、同じ会社の人は考え方が似てくるという。松下なら松下らしさ、ソニーならソニーらしさというわけだが、これなども一種の思考の癖であろう。何かに直面したとき、その会社特有の思考の癖が出るわけだ。良い面もあるが、特に危機管理においては自分達の思考の癖を自覚していた方が良いと思う。
考えてみれば、東日本大震災においても、特に津波に対する認識の癖、あれだけ高い堤防を越えて津波が来ることはありえないと考えていた思考の癖が、その地域の人の生死を分けたといえるかもしれない。
福島の原発事故はどうか。東海村の加速器施設放射能漏れ事件同様、現場の人たちに慣れと甘い考えがあったことは否めないだろうが、この場合それに加えて、原子力発電への過度の依存という20世紀型の時代パラダイム、さらにはgreedとbureaucracyによる騙しのテクニック各種が「安全神話」という形で(私を含む)人々の認知の歪みを誘発し、それが現場の思考の癖を助長していたと思う。
これほど思考の癖は恐ろしい。起業を志す方々は、性格、得意・不得意、好き嫌いなどと同様、自分の「思考の癖」をきちんと自覚しておくことをお勧めする。
思考の癖は、組織や言語、時代の価値観、騙しのテクニックなどによって助長されると同時に、その人の性格や性差などからも大いに影響を受ける。冒頭に述べた物事を突き詰めて考える癖は、慎重な性格から齎される場合が多いだろう。以前「マップラバーとは」の項で述べた二つの思考の型、「6つのパーソナリティ」の項で述べた性格分類などについて理解を深めれば、自分の後姿(思考の癖)がよりよく見えてくるかもしれない。