夜間飛行

茂木賛からスモールビジネスを目指す人への熱いメッセージ


場所の力

2012年07月31日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 先日「都市の中のムラ」の項で、建築家隈研吾氏の“新・ムラ論TOKYO”(清野由美氏との共著)を紹介したが、“場所原論”隈研吾著(市ヶ谷出版社)は、同氏が、己の建築思想をさらに自作18事例と共に語った優れた本である。副題には、“建築はいかにして場所と接続するか”とある。まず解剖学者養老孟司氏の書評から引用しよう。

(引用開始)

 生きものは「場所」に生きている。昆虫を調べていると、しみじみとそう思う。同じ森の中でも、特定の場所でしか見つからない。
 それに対してヒトは生きる範囲を徹底して広げた。さらに近代文明は遠い場所どうしを縦横につないで、途中をいわば「消して」しまった。横断の典型が新幹線であろう。それによる被害を回復しようとして、海山里連環学や、川の流域学が生まれてきている。著者が場所と人の身体との関係性の回復をいう言葉の中に、私は似た響きを聞き取る。世界の重要な部分を切れ切れにしてしまった現代文明に対して、そこには未来の息吹が明らかに感じられる。(中略)
 著者は現代建築が現代建築になってしまったそもそもの始まり、そのいきさつを最初に語る。「建築の歴史をよく検討してみれば、悲劇から新しいムーブメントが起きている」。その典型として、一七五五年のリスボン大地震を挙げる。この地震を契機として近代が始まったと著者はいう。人々は「神に見捨てられた」と感じ、「強い建築」に頼ろうとした。それが最終的には鉄とコンクリートによる高層の建物を生み出す。もちろん著者がこう述べる背景には三・一一の大震災がある。ここでもまた、大きくか、小さくか、人々の考え方が変わり、歴史が変わるに違いない。「建築の『強さ』とは、建築物単体としての物理的な『強さ』のことではないのです。建築を取り囲む『場所』の全体が、人間に与えてくれる恵みこそが強さであり、本当のセキュリティだったのです」(後略)

(引用終了)
<毎日新聞 6/3/2012>

養老氏と隈氏には、今年2月に出版された“日本人はどう住まうべきか?”(日経BP社)という共著もある。

 水や石、木や和紙などを巧みに使った18の事例はどれも素晴らしいが、この本には、インターナショナリズム、ユートピア主義、アーツ・アンド・クラフツ運動、モダニズム、ポストモダニズムといった西洋建築思想の流れが、プラトンとアリストテレスから始まりデカルト、カント、ハイデッガー、デリダに至る西洋哲学の変遷と併せて記述され、その上で、隈氏の考えるこれからの建築のあり方が提示されている。詳しくは本書をお読みいただきたいが、大雑把に言えば、これまで西洋建築思想は、普遍主義をベースに、プラトン的な「客観的構造論」とアリストテレス的な「主観的空間論」との間を行ったり来たりしていたけれど、これからは、「コトの起こる場」をベースに、この二つ(「客観的構造論」と「主観的空間論」)のバランスを取っていくことが求められるというものだ。「“モノからコトへ”のパラダイム・シフト」(略してモノコト・シフト)の項で述べたように、これからの時代、建築は、建物という「モノ」自体よりも、「コトの起こる場」の力を大切にする考え方が重要になってくるわけだ。

 私の「複眼主義」に引き付けていえば、「客観的構造論」は脳の系譜、「主観的空間論」は身体の系譜に分類できる。その二つをバランスさせる「場所」は、「都市の中のムラ」であり、そこに暮らす人々である。隈氏の「場所」の定義を本書から引用しておこう。

(引用開始)

 場所は単に体験の対象ではなく、生産する開口部なのです。その開口部から地に足のついた建築が生み出され、大地と一体となった生活が生み出されるのです。
 「生産」という活動に目を向けたとき、突如として、「場所」は光り輝き始めます。開口部(場所)の力によって建築と生活とがひとつに結ばれ、建築をきずなとして、場所と生活とがひとつにつながれるのです。
 「開口部」という言葉に注目してください。開口部とは本質的に小さいものなのです。小さいからこそ、それを開口部と呼ぶのです。だだっぴろく、とりとめのない大きな世界の中に存在する、小さな開口部が「場所」なのです。
 場所とは、そもそも小さいものです。小さいからこそ、ものをふるいにかけ、生産を行なうことができるのです。「国家」という場所は、すでに大きすぎるのです。もっと小さな場所こそが、場所と呼び得るのです。

(引用終了)
<同書 30ページ>

隈氏のいう生産のための「小さい場所」とは、「ヒューマン・スケール」の項で紹介した平川克美氏の「いま・ここ」(小商いの場)という概念とも重なる。

 世界は、XYZ座標軸ののっぺりとした普遍的な空間に(均一の時を刻みながら)ただ浮かんでいるのではなく、原子、分子、生命、ムラ、都市、地球といった様々なサイズの「場」の入れ子構造として存在する。それぞれの「場」は、固有の時空を持ち、互いに響きあい、呼応しあい、影響を与え合っている。この「場所の力」をベースに世界(という入れ子構造)を考えることが、モノコト・シフトの時代的要請なのである。

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スモールビジネスのマーケティング

2012年07月24日 [ 起業論 ]@sanmotegiをフォローする

 このブログでは、起業理念が明確な小規模企業(スモールビジネス)を応援している。“小が大を越えるマーケティングの法則”岩崎邦彦著(日経新聞出版社)は、スモールビジネスにおけるマーケティングについて書かれた本だ。新聞の書評を引用しよう。

(引用開始)

 人口減少社会の日本で企業が生き残るためのマーケティング戦略を紹介する。キーワードは書名にある「小」だ。
 高度成長期には大企業による同一商品の大量生産、大量販売によって生活水準が向上した。当時の消費社会のキーワードは「大」だった。だが豊かさを手にした消費者は次に他人とは違う商品やサービスを好むようになる。多様性が重視されるこうした社会では「大」より「小」が重要になる。小さな企業、小さな店にチャンスが生まれる。
 著者は長年、地域社会と消費行動を研究テーマとしてきた。そこから見えてきたのは「全国」から「地方」、「総合」から「専門」、「効率性」から「感性」などへの社会構造と消費者意識の変化だ。
 本書では、多くの消費者調査で浮かんだ、消費者の細分化した好みを解説。随所に設問を挟むなど読者の理解を助ける工夫も凝らしている。
 商品開発や営業に携わる人には、日本の消費者の実像を知るのに役立つだろう。個性的で独自色を出せる「小規模の強み」を探し出し、それを調和のとれた形に組み合わせる必要性を感じるはずだ。
 また、本書を読み進めていけば、新しい強みを見つけることだけが大切ではないこともわかる。個性的な強みがありながら見過ごしているケースがあり、身の回りでの再発見から商機をつかむことが可能だからだ。

(引用終了)
<日経新聞 5/6/2012>

ということで、この本には、「ほんもの力」「きずな力」「コミュニケーション力」という3つの力に注目したマーケティング戦略が平明に書かれている。本の帯裏には、

(引用開始)

「全国」から「地域」へ、「総合」から「専門」へ、「画一性」から「個性」へ、「量」から「質」へ、「無難」から「本物」へ、「効率性」から「感性」へ――時代のトレンドは、小さな企業に吹く追い風。
3つの力「ほんもの力」「きずな力」「コミュニケーション力」
でチャンスをつかみとれ!

(引用終了)

とある。興味のある方にお勧めしたい。

 ここのところ、スモールビジネスに関連する本が多く出版されている。“計画と無計画のあいだ”三島邦弘著(河出書房新社)、“「本屋」は死なない”石橋毅史著(新潮社)、“営業部は今日で解散します”村尾隆介著(大和書房)、“小商いのすすめ”平川克美著(ミシマ社)などなど。スモールビジネスとは、モノを大量生産・販売するのではなく、その場所に起こるコトをベースとした商売である。やはり時代は「“モノからコトへ”のパラダイム・シフト」を迎えているのだろう。

 尚、“「本屋」は死なない”については「本の系譜」、“営業部は今日で解散します”については「これからのモノづくり」、“小商いのすすめ”については「ヒューマン・スケール」の各項で紹介した。併せてお読みいただけると嬉しい。

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呼吸について

2012年07月17日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 “呼吸の極意”永田晟著(講談社ブルーバックス)という本を読んだ。呼吸という身体にとって重要なしくみについては、これまでも「体壁系と内臓系」や「自律神経と生産と消費活動について」の項で書いてきたが、やはり呼吸の面白いところは、それが内臓系を調整する自律神経(交感神経と副交感神経)の支配下にありながら、体壁系の筋肉(肋間筋と横隔膜)によって行なわれていることであろう。

 呼吸のうち、吸気は交感神経によって調整され、呼気は副交感神経によって調整される。脳幹にある呼吸中枢は、自律神経の調整を受けながら、肋間筋と横隔膜を収縮・弛緩させて呼吸運動を制御している。

 呼吸法には、胸式呼吸や腹式呼吸などあるが、とくに腹式呼吸によって呼気を意識的に行なうと、副交感神経がより刺激され、それによって内臓系器官の活動を促進できるという。“呼吸の極意”から引用しよう。

(引用開始)

 自律神経系のうち副交感神経につながる迷走神経は、延髄・橋からでていますが、同じ部位に呼吸中枢があるため、両神経間は強く関連しあっています。具体的には、呼吸運動の中で呼気が強くなると、迷走神経が興奮して呼吸が深まっていきます。逆に、迷走神経に障害がある場合は呼吸は浅くなってしまいます。このように呼吸運動は迷走神経によって影響され、逆に、呼吸運動次第で迷走神経活動をコントロールできるのです。
 さて、自律神経系は内臓を動かす筋肉をコントロールすることで、内臓などの器官の働きに影響を与えています。(中略)
 吸息が盛んになる、つまりたくさんの空気が激しく取り込まれると、副交感神経が抑制され、交感神経が興奮します。交感神経が活発になると、内臓の働きは抑制されます。反対に呼息運動が盛んになると、副交感神経が興奮し、交感神経が抑制されて、内臓の働きも活発になるのです。
 つまり、内臓の働きを促進させるのは副交感神経であり、とくに呼息中心の呼吸法が大切なのです。一呼吸置いたり、ため息をついたり、深く息を出したりなどのやり方によって、副交感神経が活発になり、内臓の働きが促進されます。

(引用終了)
<同書 56−58ページ>

交感神経と副交感神経」の項でも述べたように、副交感神経は内臓系器官の働きを促進するから、呼吸(とくに呼気)を意識的にゆっくりと深く行なうことで、内臓系の働きをより強くすることが出来るわけだ。

 呼吸運動が体壁系の骨格筋によって制御されるのは、肺に心臓の心筋にあたる不随筋が存在しないからだが、このことによってヒトは、逆に呼吸を意識的にコントロールすることができ、それによって内臓系器官の働きをある程度制御することができる。健康法として人気のあるヨガや気功が呼吸(とくに呼気)の重要性を強調するのは、そういう理由なのである。

 この本(“呼吸の極意”)には、血液をアルカリ性に保つ呼吸法や、血圧を下げる呼吸法、腹式呼吸を会得するための呼吸体操など、実際的なことも多く書かれているので、普段忙しい皆さんも是非一読されると良いと思う。

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五欲について

2012年07月09日 [ 公と私論 ]@sanmotegiをフォローする

 これまで「複眼主義とは何か」、「行動の契機」の両項において、複眼主義の考え方について整理してきた。そして、複眼主義には「脳と身体」、「都市と自然」、「生産と消費」という三つの系があり、この三つは互いに関係し合っていることを論じてきた。今回は、応用問題として、五欲(食・睡・排・名声・財)について「複眼主義」に拠って考えてみたい。

 欲望の充足とは、そもそも「自分のための行為」である。従って、五欲は、

I   生産−交感神経優位−理性
II  消費−副交感神経優位−感性

という「生産と消費」の系でいうところのIIの側に属する。そして、複眼主義でいえば、人は自分のために生まれるのではなく、社会のために生まれてくるわけだから、欲望の充足は、Iの「生産」(他人のための行為)の糧となるはずである。

 それでは、五欲(食・睡・排・名声・財)を「脳と身体」の系から見てみよう。するとどういうことが言えるだろうか。五欲における前の三つ(食・睡・排)は、人だけでなく動物にも備わる「自然」な欲望である。従って、

a 脳の働き(大脳新皮質主体の思考)―「公(public)」
b 身体の働き(脳幹・大脳旧皮質主体の思考)―「私(private)」

という「脳と身体」の系でいえばbに属する。

 一方、後の二つ(名声・財)は、大脳新皮質が発達した人間だけに備わる欲望である。従って、「脳と身体」の系でいえばaに属する。

 そもそも後者(名声・財)は、前者(食・睡・排)の身体的欲望を、人の脳が肥大化させたものである。人は、大脳新皮質を進化させて、道具を作り、計画を練り、通貨を発明し、前者(食・睡・排)の欲望をより効果的に満たす方法をいろいろと編み出してきた。その過程で生まれたのが後者(名声・財)なのである。

 前者(食・睡・排)は、人や動物を問わず須らく身体時間(t = life)に従って自然に生起・消滅する。しかし、人が大脳新皮質を進化させて獲得した後者(名声・財)は、人の脳の時間(t = 0)によってのみ制御されるので、理性を用いて意識的に抑えないと、果てし無く増殖する性質を帯びている(脳の時間については「アフォーダンスについて」の項を参照のこと)。

 「生産と消費」の系でみたように、本来「理性」は主に生産(他人のための行為)に用いられる。だから人は理性を用いて後者(名声欲と財欲)の無限増殖を抑えなければならない。しかし理性を欲望の抑制に使わず、その充足方向にのみ使っていると、後者(名声・財)は無限に増殖し、やがて人は脳と身体とのバランスを欠いた状態に陥ってしまう。

 「水の力」の項で紹介した“脳の方程式+α ぷらす・あるふぁ”中田力著(紀伊国屋書店)によると、ヒトとは本来、「理性を持ち、感情を抑え、他人を敬い、優しさを持った、責任感のある、決断力に富んだ、思考能力を持つ哺乳類」(同書113ページ)であるという。しかし、理性を欲望充足にのみ用いていると、名声欲と財欲とが果てし無く増殖し、ヒトは「他人を蹴落とそうとする、悪知恵に長けた、責任感の無い哺乳類」となってしまうのである。

 「都市と自然」という二項対比は、「脳と身体」の集合であるから、「他人を蹴落とそうとする、悪知恵に長けた、責任感の無い哺乳類」が多く住む社会は、「他人を蹴落とそうとする、悪知恵に長けた、責任感の無い社会」となる。

 脳は、身体的欲望を肥大させて名声欲と財欲とを生み出し、同時に、金利という都市の時間(t = interest)を編み出した。「理性を持ち、感情を抑え、他人を敬い、優しさを持った、責任感のある、決断力に富んだ、思考能力を持つ哺乳類」が多く住む社会においては、都市の時間(t = interest)は効率の良い秩序を生み出すだろう。しかし、「他人を蹴落とそうとする、悪知恵に長けた、責任感の無い哺乳類」が多い社会では、富の偏在が加速し、秩序が乱れ、やがて全体の活力が衰えていくだろう。だから名声欲と財欲の二つからなる「greed(貪欲)」は、「都市」の宿痾と言われるのである。

 脳と身体とのバランスが崩れていると、生産と消費のバランスも乱れてくる。「他人を蹴落とそうとする、悪知恵に長けた、責任感の無い哺乳類」が多い社会では、生産性が低下する。名声欲と財欲とに訴える消費財(商品)が増え、生産の多様性も失われる。こうして、生産と消費の面からも、名声欲と財欲の増殖は社会の活力を衰えさせる。

 以上、五欲について、複眼主義に拠って考えてきたが、この「名声欲と財欲の無限増殖」と同じような話を、どこかで聞いたことがあるのではないだろうか。そう、癌細胞の増殖だ。成長や活力を生むための細胞分裂が、健康のバランスを欠いたために、そのまま止まらなくなる。癌細胞の増殖が止まらないと個体はやがて死に至る。名声欲と財欲の無限増殖によって、癌の増殖と同じようなことが、脳と身体、都市と自然、生産と消費の各系で起こるわけだ。

 さて、この「他人を蹴落とそうとする、悪知恵に長けた、責任感の無い哺乳類」が多い社会とは、戦後の高度成長とその後のバブル経済を引きずった今の日本社会の姿と重って見えないだろうか。複眼主義によって、「脳と身体」、「都市と自然」、「生産と消費」のメカニズムを理解し、これからの社会をより豊かなものにしていこうではないか。

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行動の契機

2012年07月02日 [ 生産と消費論 ]@sanmotegiをフォローする

 先回「複眼主義とは何か」の項で、複眼主義とは、脳と身体、都市と自然といった二項対比・双極性について、

(一)その特質を、的確に抽出すること
(二)どちらか片方に偏らないバランスの取れた考え方を実践すること
(三)特質を様々な角度から関連付け、発展させていくこと

であると纏めたけれど、この複眼主義において、「行動の契機」は何によって与えられるのだろうか。ここでいう「行動」とは、日常生活上のことではなく、人生における目標、仕事の動機、生きる目的といったことを指す。今回はこのことについて考えてみたい。

 脳と身体、都市と自然といった二項対比・双極性の系は、行動の契機というよりも、個人や社会における「公(public)と私(private)」のバランスであった。行動の契機(人生における目標、仕事の動機、生きる目的)における二項対比・双極性は、この系列とは別の、そう、このブログで再三論じている「生産と消費論」という系に求められる。

 「小説“僕のH2O”について」の項で書いたように、「生産と消費論」における二項対比・双極性は、

1. 人は社会の中で生産(他人のための行為)と消費(自分のための行為)を繰り返していく。人は自分のために生まれるのではなく、社会のために生まれてくる。

2. ある人の生産は他のある人の消費であり二つは等価である。生産は主に理性(交感神経)的活動であり、消費は主に感性(副交感神経)的活動である。

というものだ。人生そのものが他人の為などというと、宗教かボランティア活動と誤解されかねないが、この考え方は、自分の為のことをしてはいけないのではなく、「それが回りまわって人の為になる」というところに力点を置いている。

 この二項対比・双極性において、行動の契機(人生における目標、仕事の動機、生きる目的)とは、社会のために生まれてきた個人が、どのような分野でその貢献を果たすのかということであるから、それはここでいう「生産」のあり様であるということが出来る。

 人は自由意志に基づいて、自分の得意分野で「生産」を行なうことができる。以前「継承の文化」の項で述べたように、それは至高的存在としての“あなた”に近づこうとする自由意思である。

 この生産と消費の系列については、これまで、

I   生産−交感神経優位−理性−統合
II  消費−副交感神経優位−感性−分散

といった二項対比・双極性を指摘してきた(詳しくはカテゴリ「生産と消費論」の記事をお読みいただきたい)。

 さて、それでは「脳と身体」や「都市と自然」の系における二項対比・双極性と、「生産と消費」の系列におけるそれとの関係はどのようなものなのだろうか。それについては以前「“わたし”とは何か II」の項で、

(引用開始)

 この「脳と身体」の双極性と「生産と消費」の対極性は、前者を横軸にとれば、後者は縦軸となる関係である。相関の詳細については、「縦軸と横軸」、「楕円と斜線分」、「上下のベクトル」の各項を参照していただきたい。

(引用終了)

と書いたことがある。すなわち、人(脳と身体)は、都市と自然に対して、影響を及ぼし(生産活動)及ぼされる(消費活動)という関係にある。人は、生産活動を通して、行動の契機(人生における目標、仕事の動機、生きる目的)を実現しようとする。

 私の場合、

A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳の働き(大脳新皮質主体の思考)―「公(public)」
Α 男性性=「空間重視」「所有原理」

B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体の働き(脳幹・大脳旧皮質主体の思考)―「私(private)」
Β 女性性=「時間重視」「関係原理」

という対比を自分のうちにバランスよく保ちながら、行動の契機としては、「理念(Mission)と目的(Objectives)の重要性」の項でも述べたように、サンモテギ・リサーチ・インク(SMR)を立ち上げ、

企業理念:
電子出版などの新しいエレクトロニクス・ビジネスを通じて人間の知の拡大に貢献する

活動目的:
1.エレクトロニクス業界におけるビジネス・コンサルティング
2.電子出版などにおけるコンテンツ企画および作成
3.電子出版などにおけるコンテンツ配信、販売
4.その他上記関連業務

といった内容の生産活動を行なっている。このブログでの発信も勿論その一環である。

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posted by 茂木賛 at 09:05 | Permalink | Comment(0) | 生産と消費論

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