夜間飛行

茂木賛からスモールビジネスを目指す人への熱いメッセージ


長野から銀座へ

2011年08月30日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 今年も短い夏休みを長野の山荘で過ごすことができた。相変わらずの読書三昧。今年山へ持っていった本は、

“不可能”松浦寿輝著(講談社)
“さもなければ夕焼けがこんなに美しいはずはない”丸山健二著(求龍堂)
“きれいな風貌 西村伊作伝”黒川創著(新潮社)
“ハウス・オブ・ヤマナカ 東洋の至宝を欧米に売った美術商”朽木ゆり子著(新潮社)
“意識は実在しない 心・知覚・自由”河野哲也著(講談社選書メチエ)
“銀座の喫茶店ものがたり”松村友視著(白水社)

の六冊。いつもの平行読書法の要領でこれらの本を読み進めた。

 “不可能”松浦寿輝著(講談社)は、平岡公威(ペンネーム三島由紀夫)が生きていたらどういう老人になっているだろうか、という思考実験的小説。最後に日本を脱出してのんびりし、また小説を書こうかと思うところがなかなか佳い。私は以前から、三島由紀夫を論ずるのならば「三島由紀夫論」ではなく「平岡公威論」でなければならないと考えていた。著者も同じように考えて主人公の名前を「平岡」にしたのだろう。「三島由紀夫論」では、知らず知らずのうちに作家の作った「三島由紀夫」という舞台(フィクション)の上で踊らされてしまう。ペンネームも作家のひとつの創作なのだ。

 “さもなければ夕焼けがこんなに美しいはずはない”丸山健二著(求龍堂)は、安曇野に居を構える孤高の作家の庭に関するエッセイ。以前「容器の比喩と擬人の比喩」の項で、日本語の論理は容器の比喩(空間の内と外や容器の上と下といった論理形式)が多く、英語の論理は擬人の比喩(主体―対象―動作という論理形式)が多いという説を紹介したが、丸山健二の文章には擬人の比喩が多い。例えば、

(引用開始)

 夏の到来を告げる雷雨がまるで告発の声のように激しく庭を鞭打ち、あれほどまでにわが世の春を謳歌したさしものバラたちも、泣きに泣いたやもめのように、さもなければ、陵辱の落とし子であることをとうとう知ってしまった少年のように、今はすっかりしおたれている。

(引用終了)
<同書58ページ>

など。そういえば平岡公威も擬人の比喩が多い作家だった。例えば、

(引用開始)

 芝のはずれに楓を主とした庭木があり、裏山へみちびく枝折戸(しおりど)も見える。夏というのに紅葉している楓もあって、青葉のなかに炎を点じている。庭石もあちこちにのびやかに配され、石の際(きわ)に咲いた撫子(なでしこ)がつつましい。左方の一角に古い車井戸が見え、又、見るからに日に熱して、腰かければ肌を灼きそうな青緑の陶(すえ)の榻(とう)が、芝生の中程に据えられている。そして裏山の頂の青空には、夏雲がまばゆい肩を聳(そび)やかしている。

(引用終了)
<“天人五衰 豊饒の海(四)”(新潮文庫)302ページ>

など。平岡は丸山健二の処女作“夏の流れ”を評価したと記憶しているが、二人の作家に共通する文章スタイルについて、いずれじっくりと考えてみたい。

 “きれいな風貌 西村伊作伝”黒川創著(新潮社)は、神田駿河台にある文化学院の創設者である西村伊作の伝記。西村は自由を重んじるしなやかな思想の持ち主だったようだ。24才で米国に渡ったとき、現地の人に宗教や信条を聞かれ、”I am only a freethinker”と答えたという。明治・大正時代にはさまざまな個性が活躍したと改めて思う。と同時に、日本の近代化における“大逆事件”の影響の大きさを再確認させられる。

 “ハウス・オブ・ヤマナカ 東洋の至宝を欧米に売った美術商”朽木ゆり子著(新潮社)は、欧米を相手に東洋の美術品を商った山中商会の興亡を描くノンフィクション。今書いている小説の主人公の父親がマンハッタンに店を開く骨董屋という設定なので、資料取材としてこの本を読む。ところで、著者の朽木さんは私の大学時代の少林寺拳法部の先輩。三鷹のキャンパスでよくご一緒に練習したものだ。

 “意識は実在しない 心・知覚・自由”河野哲也著(講談社選書メチエ)は、アフォーダンス理論の社会学的応用。社会的な事象をさまざまなアクターが参加しているネットワークとして理解する「アクターネットワーク理論」が面白い。ここでいうアクターは人だけに限らない。自然や人工物、組織体なども含まれるという。

 “銀座の喫茶店ものがたり”松村友視著(白水社)は、以前「銀座から日比谷へ」の項で、“銀座百点”という冊子の連載エッセイとして紹介した。今回書籍化されたのを期に購入。新聞の紹介文を引用しておこう。

(引用開始)

 飛び切りの名店カフェ・ド・ランブル、芝居の舞台のように新橋演舞場前に立つ茶房李花、ワンダーランドさながらの文具店伊東屋のティーラウンジ…。銀座の歴史と空気に育まれた瀟洒(しょうしゃ)で個性豊かな四十五の喫茶店と店主の<ものがたり>を訪ね歩く。外資系チェーン店の進出で数は減ったが、著者の思い出やあこがれがつまった銀座の喫茶店文化に対するオマージュがつづられる。

(引用終了)
<東京新聞 8/14/11>

松村氏の味のある文章によってどの店も宝石のような輝きを発している。銀座に出たら一度打ち合わせや待ち合わせに使ってみよう。

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posted by 茂木賛 at 10:24 | Permalink | Comment(0) | アート&レジャー

行事の創造

2011年08月23日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 以前「不変項」の項で、

(引用開始)

 「わたし」にとって身近なもの、身の回りに常にある物、環境の中にあって変わらない場所、自分を確認できる優れた場所や物は、「アフォーダンス」で云うところの「不変項」という概念に近い。

(引用終了)

と書いたけれど、「場所や物」以外、祭りや花火大会などの「行事」も、長く続くものは場所や物同様、充分優れた「不変項」足り得ると思う。

 「街並みの記憶」の項で、

(引用開始)

昨今、日本の多くの地域で、優れた街並みが廃れてきている。20世紀型の大量生産・輸送・消費システムが、行き過ぎた資本主義を生み出し、それが人々に大切な「至高的存在」を忘れさせ、街並みが醜くなった。

(引用終了)

と書いたが、失われた街並みと同時に、行われなくなった行事も多くあるに違いない。行事やイベントは人の繋がりを生む。同じく「街並みの記憶」の項で、

(引用開始)

 これからは、21世紀型の「多品種少量生産」「食の地産地消」「資源循環」「新技術」といった産業システムに相応しい、新しい街づくりが必要だ。

(引用終了)

と書いたように、新しい時代にはそれに相応しい行事づくりが必要だと思う。

 たとえば長野県松本市の「クラフト・フェア」は毎年5月に開催されるが、今年で27回目を迎えた。山に囲まれた松本は、良質の木材が取れ、乾燥した空気と豊かな水に恵まれた土地柄で、古くから木工などの手仕事が身近にあったという。その流域の伝統を活かした行事が「クラフト・フェア」である。各地でこのような「流域思想」に基づいた素晴らしい行事(やイベント)が創造されることを願いたい。そういう努力が、街並み同様、やがて記憶として人々にとっての優れた「不変項」になっていくに違いない。

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posted by 茂木賛 at 10:29 | Permalink | Comment(0) | 街づくり

1/f のゆらぎ

2011年08月16日 [ 非線形科学 ]@sanmotegiをフォローする

 自然界には「1/f のゆらぎ」(もしくは「1/f ゆらぎ」)と呼ばれる興味深い現象がある。“宇宙の不思議”佐治晴夫著(PHP文庫)から引用しよう。佐治氏は、時間や空間の中の場所が変わっていくにつれて、ある物理的な性質や状態が変化していく様子を表す「ゆらぎ」について、「フーリエ変換」や「スペクトル分解」などの分析方法を説明した後、

(引用開始)

 さて、宇宙から生体まで、一般の自然現象の中に見られる「ゆらぎ」をこのような方法で調べてみると、それぞれの成分波の強さが、その波の振動数に反比例している場合が多く見受けられます。ここで振動数をf で表せば(振動数の英語frequencyの頭文字ですね)、この性質は、成分波の強さが1/f に比例するということですからこれらを「1/f ゆらぎ」とよんでいます。

(引用終了)
<同書60ページ>

と解説しておられる。この「1/f ゆらぎ」の特徴は、振幅が小さいほど振動数が多く、振幅が大きいほど振動数が少ないというもので、星の瞬きからそよ風、心臓の鼓動や脳のα波に至るまで、心地よく感ぜられる自然現象に多く見られるという。

 以前「境界としての皮膚」の項で紹介した“皮膚という「脳」”山口創著(東京書籍)によると、皮膚を優しくなでるとこの「1/f のゆらぎ」振動が発生し、なでられた人は心地よく感じるという。このゆらぎ振動はどのように脳に伝わるのか。

(引用開始)

 それでは「1/f ゆらぎ」の振動は、どのようにして脳に届いているだろうか。
 ひとつの可能性は、皮膚にある4種類の感覚受容器がなでられた皮膚の振動を知覚して、それが電気的信号に変換されて神経を伝って脳へ届き、「1/f ゆらぎ」を感知して心地よさを感じるということになる。もちろん、この可能性を否定するのでは無いが、ここでは別の可能性を提案したい。
 それは、なでられた皮膚の振動が皮膚上を伝って頭部まで届き、それが脳に伝わっている可能性である。
 なぜならこの仮説は、ゾウリムシが外部からの皮膚(細胞膜)への刺激によってカルシウム振動を起こしていること、さらには隣接する細胞へ伝達している状況と極めて類似するからである。私がこの仮説にこだわるのは、第2章で述べた、可聴帯閾外の高周波音が皮膚の振動として脳に伝わっている可能性ともリンクしている。

(引用終了)
<同書131−133ページ。強調傍点は省く>

 以前「皮膚感覚」の項で、皮膚に関する興味視点を三つに纏め、その二つ目に体表と経絡ネットワークを挙げた。以下再度引用しよう。

(引用開始)

 二つは、体表と経絡ネットワークについてである。傳田氏は、自らの体験なども踏まえて、体表(表皮)そのものに、神経系・循環器系とは別の「経絡ネットワーク」とでもいうべき情報経路が存在するのではないか、と推察されている。以前「脳について」のなかで、脳内の情報伝達の仕組みについて、ニューロン・ネットワークの他にもう一つ高電子密度層があり、その仕組みが人の「内因性の賦活」を支えているという説に言及したけれど、体表そのものに神経系・循環器系とは別の情報経路が存在するという説は、人の脳と身体を考える上で大変興味深い。

(引用終了)

皮膚上の「1/f のゆらぎ」振動は、この経絡ネットワークを伝って頭部まで届いているのだろうか。

 「1/f のゆらぎ」のもう一つの特徴は、部分の中に全体が、全体の中に部分が含まれているような性質である。“宇宙の不思議”(PHP文庫)から再び引用しよう。

(引用開始)

 またあとで、あらためてふれたいと思いますが、私たちをとりまくこの自然界は、部分の中に全体が、また逆に考えれば、全体の中に部分がそのままふくまれている性質が内在しているようです。それは、いうなれば、ひとつの人形の中に、小さいけれども同じ形をした人形がつぎつぎにはいっているロシアの有名な民芸品マトリョーシカに見られるような「入れ子構造」とでもいえるような性質です。
 このような性質を数学の世界では「フラクタル」といっていますが、前にお話しした「1/f ゆらぎ」も、変動の様子を詳しく調べると全体と部分の変動が、きわめて似た形をしていて、「フラクタル」の代表例であると考えられているのです。

(引用終了)
<同書99ページ>

「1/f のゆらぎ」は「ベキ法則」(もしくは「ベキ則」)の一種である。ベキ法則については、以前「ハブ(Hub)の役割」や「リーダーの役割」の項で、平均値や分散値が捉えられないスケールフリー・ネットワークとして説明したが、このスケールフリー・ネットワークも、特徴的なスケールを持たないという点で実はフラクタル的現象の一つである。

 そしてこの「フラクタル」性に注目すると、その先には、コッホ曲線、マンデルブロー集合、カントール集合、ブラウン曲線、DLA(Diffusion-Limited Aggrigation)、等角らせんなどといった多くの非線形科学現象が姿をあらわす。さらに、等角らせんはフィボナッチ数列を介して黄金比の話に繋がっている。

 心地よさの本質、皮膚振動の脳への伝達経路、フラクタル性などなど、「1/f のゆらぎ」とその関連現象への興味は尽きない。

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posted by 茂木賛 at 10:54 | Permalink | Comment(0) | 非線形科学

家づくりの情熱

2011年08月09日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 以前「街の魅力」の項などでその著書を紹介した井形慶子さんの新著“よみがえれ!老朽家屋”(新潮社)を読む。前回は老朽マンションのリフォームだったけれど、今度は同じ吉祥寺にある一戸建てのリフォームだ。本の帯の紹介文を引用しよう。

(引用開始)

私たちは「家は高い」という呪縛からどうすれば開放されるのだろう?
家づくりは料理やガーデニングと同じ、特殊なものではないと説く著者が、東京・吉祥寺の人気商店街にほど近い15坪の古家付き売り地を購入して、「取り壊しが前提」と言われた築31年の建て売り住宅を見事の再生――。
そんな実践体験をもとに、この国の住宅文化のあり方を問い返す。

(引用終了)

 前回紹介した“老朽マンションの奇跡”同様、この本も、

1. リフォームが予定内にうまくいくかどうかという、ドキュメンタリー的な面白さ。
2. 経営者としての社員に対する気持ち。組織の適正規模や人を大切にするマネジメントの重要性。
3. 最近の住宅事情や、リフォームに関する実務的な知識。
4. 著者の住宅に対する並々ならぬ好奇心と、イギリス人的生き方への共感。
5. 著者の吉祥寺という街に対する愛着。

という五つの「層」に支えられており気持ちよく読める。特に、これから自宅をリフォームしようと考えている人にとっては、とても参考になる内容だと思う。

 さて、井形さんはこの吉祥寺の一戸建ての前に、ロンドン・ハムステッドにフラットを購入している。その時の様子は“突撃!ロンドンに家を買う”井形慶子著(講談社)という本になっている。

(引用開始)

飛ぶように売れていく古家!
世界一住宅が高い!階級社会!のロンドンで、むらがる世界の投資家よりも先に「掘り出し物」を探せ!
英国で知った理想の家を買う技術
イギリスを描く著者が生涯の夢をかけて突入したノンフィクションの決定版!

(引用終了)
<本の帯の紹介文より>

ということで、いくら仕事(雑誌の編集)に関わりがあるとは云え、

2008年 吉祥寺・フラット
2009年 ロンドン・フラット
2010年 吉祥寺・一戸建て

と家を三軒も立て続けに(しかも可能な限りの廉価で)買ってしまうとは、いやはや、改めて井形さんの行動力に脱帽する。

 ロンドンの家の購入は投資目的というよりも、プライベート(イギリスの骨董品や小物の収集)と、社員の出張宿泊用らしい。そういうえば、吉祥寺のフラットは、若手社員の住居兼、会社の広報用とのことだった。そして、今度の一戸建ては、ロンドンで仕入れた骨董品や小物を売るための店舗を兼ねた老後のプライベートスペースということだから、彼女の家づくりの情熱は、全て仕事と人生の目的に繋がっている。先日「不変項」の項で、

(引用開始)

 目まぐるしく変転する生活環境の中にあって、自分を確認できる優れた場所や物は貴重である。近親者や友人の存在とともに、そういった場所や物があってこそ、人は「至高的存在」に近づくことに専念できるのだ。

(引用終了)

と書いたけれど、井形さんの家づくりは、ご自身が「至高的存在」へ近づくことに専念するための基地づくりでもある。この二つのフラットと一つの一戸建て、それにご自宅を併せた四軒の家は、井形さんのこれからの活動を「不変項」として支えていくことだろう。

 尚、家を購入する前後のロンドンについては、“ロンドン生活はじめ! 50歳からの家づくりと仕事”井形慶子著(集英社)、“イギリス式シンプルライフ 月収15万円で暮らす豊かな手引き”井形慶子著(宝島社)の二冊にさらに詳しい。特に後者は写真が沢山使われていて楽しい。

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posted by 茂木賛 at 09:51 | Permalink | Comment(0) | 街づくり

街並みの記憶

2011年08月02日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 以前「継承の文化 II」の項で、

(引用開始)

「奥山は打ち捨てられ、里山にはショッピング・センターが建ち並び、縁側は壁で遮断され、奥座敷にはTVが鎮座する」という日本社会の典型的な姿は、明治以降我々が「三世代存在としてのあなた」「至高としてのあなた」について考えてこなかったことにその遠因があるということだ。両端の「奥」が忘れられ、それに伴って「街」が廃れてきたのである。

(引用終了)

と書いたように、昨今、日本の多くの地域で、優れた街並みが廃れてきている。20世紀型の大量生産・輸送・消費システムが、行き過ぎた資本主義を生み出し、それが人々に大切な「至高的存在」を忘れさせ、街並みが醜くなった。

 都市の狭い道に立ちはだかる無粋なコンクリートの電柱、低く錯綜する無数の電線、隣接するビルの不ぞろいな境界設計、けたたましい騒音、けばけばしい原色の看板、放置された自転車などなど。問題は、多くの人がこのような街の景観に慣れてしまっていることだ。

 以前「街のつながり」の項で、

(引用開始)

吉祥寺の魅力を示すI 歩ける、II 透ける、III 流れる、IV 溜まる、V 混ぜる、の5つのキーワードに共通するのは、街に在る様々なものが「繋がっている」という性格である。

(引用終了)

と述べたけれど、醜いものばかりが繋がっていても仕方が無い。

 これからは、21世紀型の「多品種少量生産」「食の地産地消」「資源循環」「新技術」といった産業システムに相応しい、新しい街づくりが必要だ。

 前回「不変項」の項で、「自分を確認できる優れた場所や物」の例として、

(引用開始)

たとえば、異郷に暮らす人にとっての一枚の懐かしい写真、求道者にとっての一冊の聖なる本、里に暮らす人々にとっての奥山、都会に暮らす人々にとっての駅前広場の一本の木、商店街の灯りなどなど。

(引用終了)

と書いように、「駅前広場の一本の木」や「商店街の灯り」などの優れた街並みの景観は、その町に住む人々にとって充分「自分を確認できる優れた場所や物」足り得る。

 一度失われた街並みは一朝一夕に再生できない。しかし、以前「内と外」や「境界設計」の項で紹介した、信州・小布施の街並み修景のようなことが、他の地域でもできない筈はない。「水辺のブレイクスルー」や「流域社会圏」の項では、都市計画者や建築家による、新しい街づくりの試みを紹介した。我が家でもささやかながら、素敵な女性庭師の方と一緒に庭造りを続けている。そういう努力が、やがて街並みの記憶として、人々にとっての優れた「不変項」になっていくのである。

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posted by 茂木賛 at 09:14 | Permalink | Comment(0) | 街づくり

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