夜間飛行

茂木賛からスモールビジネスを目指す人への熱いメッセージ


マグネシウム循環社会

2010年05月25日 [ 起業論 ]@sanmotegiをフォローする

 “マグネシウム文明論”矢部孝/山路達也共著(PHP新書)を読む。まず本カバー裏の紹介文を引用しよう。

(引用開始)

石油の次のエネルギー資源は何か?太陽電池で日本のエネルギーを賄(まかな)おうとすると、国土の六割を覆う必要がある。水素社会なら地下が水素貯蔵タンクだらけ。リチウムイオン電池を載せた電気自動車が普及すると、リチウム資源が不足する。さらに、今の造水法で世界的な水不足に対応するには、世界の電力を五割増やさねばならない。この状況を突破する解こそ「マグネシウム循環社会」である。『タイム』誌で二〇〇九年Heroes of the Environmentに選ばれた、二酸化炭素二五%削減も実現する新技術を公開する。

(引用終了)

ということで、この本は、海水に含まれるマグネシウムを使った、エネルギー循環社会について書かれたものだ。本文は、テクニカルライターの山路達也氏が、矢部孝東京工業大学教授の研究・事業内容をわかりやすく紹介する形をとっている。詳しくは本書をお読みいただきたいが、以下、簡単にそのステップを説明しよう。

 まず初めのステップは、海水に含まれる塩化マグネシウムを、淡水化プラントにて、淡水と塩化マグネシウムに分化する。さらに塩化マグネシウムに熱を加えて酸化マグネシウムにする。淡水はそのまま農作物の生産などに使用される。

 次に、精錬所で、淡水化プラントから送られた酸化マグネシウムを金属マグネシウムにする。ここでは、太陽光からレーザー光線を作り、そのレーザー光線によってマグネシウムを製錬する。

 できた金属マグネシウムは、消費地に送られ、発電所の燃料や燃料電池として車などに使われる。この燃料電池は、マグネシウムと酸素の反応を利用するもの(空気電池)だ。使用されて(燃やされて)酸化したマグネシウムは、再びマグネシウム精錬所に送られ、レーザー光線によって金属マグネシウムに戻される。

 以上がマグネシウム循環のステップだが、エネルギー源として使われるのは、海水と太陽光、それと酸素である。海水中の総マグネシウム資源量は1880兆トン(石油10万年分)というから、太陽光や酸素と併せて、エネルギー源は無尽蔵と云えるだろう。各ステップで、有害物質が排出されることもないという。

 課題は勿論、各ステップにおける変換効率であろう。淡水化プラントやマグネシウム精錬所、発電所や空気電池製造工場などにおける設備投資と、そこから得られる各エネルギーの回収量が長期的に見合わなければ、いくらエネルギー源が無尽蔵にあるといっても、事業としては成り立たない。

 鍵を握るのは、各ステップで導入される新技術である。淡水化プラントにおける高速回転ローラーなどを使った淡水化技術、マグネシウム精錬所で必要となる太陽光励起レーザー、自動車などで使われるマグネシウム空気電池などなど。これらの新技術の完成度によって、各ステップにおけるエネルギー変換効率が決まってくる。

 これらの新技術のうち、実用化に漕ぎ着けたのは、最初のステップである淡水化技術であるという。本書から引用しよう。

(引用開始)

 太陽光の集熱機で80~90度に暖めた海水を、ローラーで細かい水滴にして蒸発させ、蒸留水をつくる。この方式は、高価な逆浸透膜も不要ですし、メンテナンスも容易です。
 さらに、水が蒸発する際の潜熱を回収して再利用するなど改良を重ね、「ペガサス浄水化システム」と名づけました。(中略)
 すでに装置自体は完成しており、10トン/日の淡水化能力を実現しています。逆浸透膜法の装置と比較した場合、価格当たりの生産水量は9倍です。逆浸透膜法は電気代がかさむのが難点ですが、ペガサス浄水化システムは太陽熱や排熱を利用するため、ランニングコストがほとんどかかりません。

(引用終了)
<同書185−186ページ>

いかがだろう。研究を推進する矢部教授は、各技術に自信を表明しておられるので、成果に期待したいと思う。尚、マグネシウム循環社会構想については、”The Magnesium Civilization”に、最新情報が紹介されているので、興味のある人は参照して欲しい。

 このブログでは、日本の安定成長時代を代表する産業システムとして、

1. 多品種少量生産
2. 食の地産地消
3. 資源循環
4. 新技術

の4つを挙げている。マグネシウム循環社会構想は、このうち「資源循環」と「新技術」に関わっているので、今後、有望なビジネスの一つとなるだろう。

 またブログでは、これらの産業システムを牽引するのは、フレキシブルで、判断が早く、地域に密着した「スモールビジネス」であると書いてきたけれど、この研究を推進するのは、東京工業大学発ベンチャー株式会社エレクトラ(代表取締役会長・矢部孝)であり、淡水化プラントを運営するのは、傘下の株式会社ペガソス・エレクトラ(社長・吉川元宏)であるという。この淡水化プラントは、さらに多くのスモールビジネスによって支えられている。

(引用開始)

 ペガサス浄水化システムの製造を請け負っているのは、大手メーカーの下請けをしている中小企業数十社です。2008年、中小企業が集まっている東京の瑞穂町(みずほまち)で、マグネシウム循環社会のビジョンについて講演をしました。そのビジョンに共感した中小企業の経営者と組んで、淡水化装置のビジネスを展開しています。

(引用終了)
<同書188ページ>

関係する皆さんのご活躍を応援したい。

TwitterやFacebookもやっています。
こちらにもお気軽にコメントなどお寄せください。

posted by 茂木賛 at 13:09 | Permalink | Comment(0) | 起業論

流域思想 II

2010年05月18日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 前回「流域思想」のなかで、流域思想とアフォーダンスの考え方の親和性に触れた。「アフォーダンスについて」の項では、アフォーダンス理論の重要な三点を挙げたので、流域思想についても、同じように重要だと思われる点を三つ挙げてみたい。その前に、「アフォーダンスについて」から、アフォーダンス理論の重要な三点を復習しておく。これは前回飛ばしてしまったところだ。

(引用開始)

 この論理の重要な点は少なくとも三つある。一つは、常に思考や行動の枠組みから「自分」というものを外さないということ。(中略)

 二つ目は、環境と知覚とが、運動を通して表裏一体とされる点である。(中略)表裏一体ということは、お互いの交換価値が等しいということである。私はこの価値等価性を「通貨とは異なる価値基準の鼎立」として、さらに展開・深化できないものかと考えている。これまでの経済理論では、生産と消費とは別々の場面で、それぞれ異なった動機で行われ、その価値は通貨という客観的な価値基準で決まるとされている。このようなアフォーダンス理論の経済学への適用は、まだあまりなされていないのではないだろうか。(中略)

 さて、アフォーダンス理論の重要な点の三つ目は、「知覚システム」には終わりがないということだ。どういうことかというと、我々は、世界の何処で何をしていようが、常に世界全体を(一挙に)把握しているということである。知覚システムは常に環境からの情報をそれまでの情報に重ね合わせて修正を加え続ける。たとえば、今あなたはPCの画面を覗いているが、画面の後ろにある壁、部屋全体、家や街、そして世界全体を(一挙に)把握している筈だ。あなたの頭の中にはあなたがこれまで体験してきた世界の全てが同時にある。アフォーダンスではこれを「異所同時性」と呼ぶ。つまり、脳は常に「現在進行形」なのだ。

(引用終了)

 さて、それでは流域思想に戻ろう。まず重要な点の一つは、アフォーダンスと同じように、常に思考や行動の枠組みから「自分」というものを外さないということである。これは前回「流域思想」の項でも述べたところだ。環境の内側から自己を捉えることが流域思想の重要な点の一つ目である。

 二つ目は、多様性の尊重である。ひとつの流域は、水の流れに沿って一つの纏まりを形成する。「内需主導と環境技術」の項で紹介した“環境を知るとはどういうことか” 養老孟司・岸由二共著(PHPサイエンス・ワールド新書)によると、日本には「一級水系」と呼ばれる流域が全部で109あるという。同書から引用しよう。

(引用開始)

 日本には一級水系が一○九ありますが、どの水系に対応する流域でも基本構造は同じです。生きものの体の単位が細胞で、細胞がわからなかったら生物がわからないのと同様、大地のことを知るためには、その構成単位である<流域>のことを知らなければならない。(中略)
 私はグーグルアースが、ワンクリックで地球の全表面を流域に分けるプログラムをつくってくれないかなとつねづね考えています。プログラムは難しくないはずですし、そうしたら全世界規模で大地の認識が激変すると思いますね。(後略)

(引用終了)
<同書69−72ページ>

東京周辺の主な一級水系を挙げてみると、利根川、荒川、多摩川、鶴見川、相模川などなど。さらに二級以下の水系には、渋谷川、目黒川、吞川、帷子川、大岡川、境川、引地川などがある。自分が暮らしている水系を人々がもっと意識すれば、流域独自の文化と共に、全体の多様性について認識できる筈だ。

 三つ目は、資源の循環。「牡蠣の見上げる森」の項で述べたような食物連鎖とエネルギーの循環が、流域思想の重要な柱の一つだと思う。自然の理に適った流域ごとの発電・供給システムはもっと検討されて良いのではないか。同じく「内需主導と環境技術」の項で紹介した“本質を見抜く力”養老孟司・竹村公太郎共著(PHP新書)から引用しよう。

(引用開始)

竹村 日本はどうしたらよいのでしょうか。私はやはり、エネルギー源を日本列島内で分散化すべきだと思います。「国土の均衡ある発展」などという建前ではなく、各々の地方地方が自立したエネルギー獲得システムと食料自給システムを作らないといけない。そうやって自立した地方には、今後必ず、都会から逃げ出す人が出てきます。地方にそのときの受け皿になってもらいたいです。
 たとえば電力会社が大発電所を作り、全国津々浦々に送電するのは無駄が多い。そこで、たとえば過疎地は地元の川で水車を回してエネルギーを作ることにする。夜は水車で発電し、余った電気で水を分解して水素を作り、昼間はその水素をチャージする。そんな新しい文明を、国家として構築することが大事だと思います。(後略)

(引用終了)
<同書43−44ページ>

 以上、流域思想の重要点を三つ挙げた。これからも様々な角度から流域思想について勉強していきたい。

TwitterやFacebookもやっています。
こちらにもお気軽にコメントなどお寄せください。

posted by 茂木賛 at 10:14 | Permalink | Comment(0) | 街づくり

流域思想

2010年05月11日 [ 街づくり ]@sanmotegiをフォローする

 これまで「内需主導と環境技術」や「牡蠣の見上げる森」などで紹介してきた流域思想(もしくは流域思考)について、“環境を知るとはどういうことか” 養老孟司・岸由二共著(PHPサイエンス・ワールド新書)の「あとがき」から、岸由二氏のお考えを紹介したい。その前に、本のカバーから同書の紹介文を引用しておこう。尚この本はすでに「内需主導と環境技術」の項でも紹介した。

(引用開始)

大地を構成する流域から考えよう。
-----------------------------------------------
生物学者・岸由二氏は三浦半島の小網代や、都市河川である鶴見川の環境保全活動に尽力し確かな成果を挙げてきた。小網代は源流から海までまるごと自然のままで残っている、全国的にも稀有(けう)な流域である。本書で岸と養老孟司は共に小網代を訪れた後、「流域思考」を提唱する。自分が暮らす流域のすがたを把握することから、地球環境に対するリアルな認識が生まれるのだ。後半では元・国土交通省河川局長の竹村公太郎も鼎談に参加する。

(引用終了)
<同書カバーより>

 次に、岸由二氏の「あとがき」からの引用に移る。

(引用開始)

 環境を知るということはどういうことか。<脳化>社会の常識でいえば、それは、温暖化や、生物多様性の危機や、さまざまな汚染指標について、あまたの理論をまなび、技術や指標をマスターし、危機の現状と未来について知識をためこむことといって良いかもしれない。しかし本書に通低するテーマは、そういう知り方以前の知り方、生まれ、育ち、働いて死んでゆくヒトが、だれとどんな場所を生きてゆくと了解するのか、そういう意味での「生きる場所」としての世界の知り方の問題でなければならない。

(引用終了)
<同書「あとがき」(岸由二)より>

ここで岸氏は、自分を環境から外さない思考の重要性を述べておられる。これは、私が以前このブログで紹介したアフォーダンスの考え方と親和性がある。「アフォーダンスについて」の項からその部分を引用する。

(引用開始)

 アフォーダンス理論では、我々の住むこの世界は、古典幾何学でいうような、直線や平面、立体でできているのではなくて、ミーディアム(空気や水などの媒体物質)とサブスタンス(土や木などの個体的物質)、そしてその二つが出会うところのサーフェス(表面)から出来ているとされる。そして我々は、自らの知覚システム(基礎的定位、聴覚、触覚、味覚・嗅覚、視覚の五つ)によって、運動を通してこの世界を日々発見する。(中略)

 この論理の重要な点は少なくとも三つある。一つは、常に思考や行動の枠組みから「自分」というものを外さないということ。私は「集合名詞(collective noun)の罠」で、行為主体として自己の重要性を指摘し、自己言及性に富んだアフォーダンスとの親近性に触れた。(後略)

(引用終了)
<「アフォーダンスについて」より>

残りの二つの重要な点については全文をお読みいただくとして、ここに引用したアフォーダンスにおける環境の捉え方や自己言及性は、岸氏のいう“「生きる場所」としての世界の知り方”と極めて近い考え方であることがご理解いただけると思う。

 続けて岸氏は、“「生きる場所」としての世界の知り方”の歴史を振り返る。

(引用開始)

 思い切って単純化すればそのような知り方は、実は数種類しかないというのが私の感想である。足もとの大地を生きものたちと共に生きる場所として、採集狩猟民のように知るという知り方。足もとの大地を耕作すべき場所として農耕民のように知る知り方。そして足もとの大地から地球製を剥奪し、大地そのものの生態的な可能性や制約とますます離れた様式で、ひたすらに経済的な功利性・技術的な可能性に沿って空間を分割し、極限的にまったくの人工空間、デカルト的な座標世界として世界を構成することこそ成熟と考える都市文明的な知り方。これまでの歴史は、おおむねこの三種類の知り方を時系列として展開されてきたのではないか。地球環境危機は、その展開が、足もとのリアルな地球の限界によって、いよいよだめ出しされている状況と考えるほかないと、私は思うのである。

(引用終了)
<同じく「あとがき」(岸由二)より>

ここで氏は、地球環境に対する人類の歴史を俯瞰している。日本列島の歴史に引き付けていえば、縄文文化、弥生文化、都市文化、という流れだろうか。その上で氏は、次のように自らの「流域思考」を定義する。

(引用開始)

 苦境からの脱出は、たぶん新しい文明を模索する脱出行となるだろう。それは都市からの脱出ではない。宇宙への脱出ではさらにない。むしろ都市の暮らしの只中において、採集狩猟民の「知り方」、ときには農民の「知り方」を駆使して、足もとから地球の制約と可能性を感性的・行動的に再発見し、もちろん都市そのものの力も放棄することなく、地球と共にあるエコロジカルな都市文明を模索する道なのだろうと私は考えている。採取狩猟民時代の人類は足もとの地表にすみ場所をさだめる地表人であった。産業文明の都市市民は足もとにますます暗く、<家族と家>というまるでスペースシップのような人工空間暮らしと、さらには実現するはずもない宇宙逃亡さえをも妄想する宇宙人となりつつある。その宇宙人たちが、採集狩猟の地表人のように足もとから地球=環境を知る暮らしを再評価し、地表人の幸せの中で子供たちを育てはじめ、やがて宇宙人+地表人=地球人となってゆく。百年かかるのか、二百年かかるのかわからないが、<流域思考>を手立てとして、人類はそんな道を選んでゆくことができるのだろうと私は信じているのである。

(引用終了)
<同じく「あとがき」(岸由二)より>

 いかがだろう。新しい環境の知り方は、これまでの採集狩猟民的、農耕民的、都市文明的、という三つの「知り方」の上に立脚し、さらにそれらを発展させたものでなければならない。それがこれからの「流域思想」であると岸氏は云うのである。

TwitterやFacebookもやっています。
こちらにもお気軽にコメントなどお寄せください。

posted by 茂木賛 at 11:15 | Permalink | Comment(0) | 街づくり

Pokojの話など

2010年05月04日 [ アート&レジャー ]@sanmotegiをフォローする

 以前載せた、読者(千夏さん)との対話編「ジェットストリーム」が好評だったので、アーティストの山本峰規子さんとの対話編をお届けする。山本さんとは、この冬、共通の友人のパーティーで知り合った。最初のところはそのパーティーの話題から始まる。ほのぼのとした山本さんのトークを楽しんで戴ければと思う。

------------------------------------------------------
茂木:昨日のセインさんのパーティーは楽しかったですね。そのときお話した私のブログ・アドレスをお送りしておきます。画面の右バナーにある「茂木賛の世界」をクリックしていただくと、60年代のアメリカを舞台にした小説(タイトルは「太陽の飛沫」連載中)もあります。お時間のあるときにでもお読みくだされば嬉しく思います。

山本:こんにちは! 山本峰規子です。
さっそくメールをいただき、どうもありがとうございます。ふだんは夕方から出掛けることやパーティーなるものを大変苦手としている私、昨日はほんとうに例外的にセインさんのイベントに参加して、「行ってよかった♪」と初めて思いました。ホストのお人柄でしょう、茂木さんをはじめあたたかく,開かれた感じのいい人たちが集まってこられていましたね。冷え切った夜空の下をほんわかした気分で歩いて帰れました。

茂木さんのブログは教養文庫を少しずつ読んでいるような気分になりますね。小説はひょいと長距離飛行に誘われるような。わたしももうちょっとまじめに文章磨かねばと思いました。

茂木:ブログや小説へのコメント有り難うございます!山本さんのHPも拝見しました。
まだ少ししか見ていませんが、フェルメールの絵の牛乳が水浸しになるパロディなど面白いですね。その関連ですが、静止画の中に動きをはめ込むスタイルのアーティストに、ジュリアン・オピーという人がいます。去年の11月ごろ日暮里のSCAIというところで個展をやっていました。

僕は何故かこの「静止画の中に動きをはめ込む」というアートコンセプトに惹かれています。山本さんのフェルメールなども、その延長線上にあるな、などと思いました。

キャラクター関連も、Pokojを始めとしてかわいいですね。
日本的でありながら、なにか北欧的な風合いがあります。
環境に寄り添いながら、一方で個としての芯を通す山本さんのお人柄を反映しているのでしょう。取り急ぎ御礼まで。

山本:こんにちは。私は「名画」とされる物を観ていると,”その先”の物語をくっつけて遊びたくなります。ジュリアンさん、ラインの感じとか親近感を覚えますね。拙作に北欧の雰囲気を感じ取るといわれたのは、茂木さんがはじめてです。じつは私はまったくアカデミックな絵の勉強をしたことがなく、大学では西洋史専攻、北欧史のつまらない論文出して世間に出てきました。まったく美術に関係ない専攻だったのですが・・・茂木さんの鋭い洞察におどろきです!ちなみにイラストや版画を始めた頃、ベルギーのエルジェ(TIN TINシリーズ)の色使いをナビにしていました。うむ、どこかジュリアン・オピー氏の絵と通ずるものがありますね〜。ではでは

山本さま:北欧の件は、Pokojという名前からの連想もありました。「慧眼」の慧は、ブログに書いた三慧からでしょうか。有り難うございます!ところでセインさんのミドルネーム、あのあと選考で「鮎太郎」になりましたよ。たしか山本さんのご推薦でしたね。いいネーミングだと思います。こんどセインさん宛のメールのあて先に使ってみてください。

山本:こんにちは!茂木さんは北欧語もご存じなのですね。確かに「i」「y」の発音の代わりに「j」を使う癖があります。Pokojはじつはチェコ語で「ポコイ」とよみます。たまたまキャラクターに名前を付けてといわれたとき、チェコ旅行前で手元にチェコ語単語集があり、ぱらぱらめくってこの単語が目にとまり・・・チェコ語は他の東欧語同様、日本人には耳に突っかかるような難しい発音が多く、この単語はちょっと例外的にかわいい響きがあるようにおもいまして。意味は「部屋」です。「きのこ」という意味の単語もかわいい感じだったのですが、うさぎにきのこではうさぎシチューみたいだな〜と、やめておきました。

「鮎太郎」の名付け人にもなれて光栄です!
愛嬌ある響きがセインさんのキャラにぴったりだと自分では思います。
パーティーの最中に決まったのですか? もうちょっといればよかったなあ。
ではでは♪

茂木:お元気ですか。1月の22日から24日にかけて信州斑尾・飯綱へ行って来ました。斑尾に住む友人が北欧スウェーデンの歌手のコンサートを企画し、また別の友人から飯綱に持つ開店休業のペンションをどうしたらよいか相談されていたので、併せて回って来ました。北欧スウェーデンの歌手は、インガ・ユーソという名の、北欧伝統音楽(ヨイク)を継承する高名な人で、山本さんが北欧史を勉強されていたことを思い出しました。彼女の東京でのコンサートの様子をその友人がブログに書いていますので、添付しておきますね。

北信地方は、私(茂木)の本籍地でもあります。祖父の代に東京へ出てきてしまいましたから実際に住んだことは無いのですが、友人たちとの繋がりなどもあり、なんとなく縁を感ずる土地です。出かけたときはあまり降りませんでしたが、数日前からの深く積もった雪が新鮮でした。

山本:こんにちは。私は立春の翌日1つ年を取りましたが、達者に過ごしております。茂木さんもとても寒そうなところにお出掛けでも、お元気そうでなによりです。他のヨーロッパ語とは異なる独特の抑揚があり、よく音楽的といわれるスウェーデン語。すこーしだけ習いましたが、もう「ありがとう」しか覚えていません。スウェーデンの人たちの素朴で誠実なふんいき、北信の地にぴったりだったことでしょう。スウェーデンの田舎の風景は、日本の東北や北海道の田舎とよく似ていました。スウェーデンの人も同じようなことをいってました。

今日は春のようですが、また気温は高低するらしいです。
どうぞご自愛ください。
------------------------------------------------------

 山本さんとの対話は以上だが、“セインさん”というのは、作家のデビッド・セイン氏のことで、氏は都内で英語学校も開いておられる。

 「鮎太郎」という名前についてのエピソードにも触れておこう。セイン氏は、David A. Thayneというお名前なのだが、ミドルネームのAは、とくに名前が決まっているわけではないという。そこで氏は今回のパーティーで、参加者全員に対して、これはという名前を(今年限定で)つけて欲しいと募った。皆による審査の結果、日本の古いものに興味を持つセインさんに相応しいということで、山本さんの「鮎太郎」が選ばれたというわけである。

TwitterやFacebookもやっています。
こちらにもお気軽にコメントなどお寄せください。

posted by 茂木賛 at 11:15 | Permalink | Comment(0) | アート&レジャー

夜間飛行について

運営者茂木賛の写真
スモールビジネス・サポートセンター(通称SBSC)主宰の茂木賛です。世の中には間違った常識がいっぱい転がっています。「夜間飛行」は、私が本当だと思うことを世の常識にとらわれずに書いていきます。共感していただけることなどありましたら、どうぞお気軽にコメントをお寄せください。

Facebookページ:SMR
Twitter:@sanmotegi


アーカイブ

スモールビジネス・サポートセンターのバナー

スモールビジネス・サポートセンター

スモールビジネス・サポートセンター(通称SBSC)は、茂木賛が主宰する、自分の力でスモールビジネスを立ち上げたい人の為の支援サービスです。

茂木賛の小説

僕のH2O

大学生の勉が始めた「まだ名前のついていないこと」って何?

Kindleストア
パブーストア

茂木賛の世界

茂木賛が代表取締役を務めるサンモテギ・リサーチ・インク(通称SMR)が提供する電子書籍コンテンツ・サイト(無償)。
茂木賛が自ら書き下ろす「オリジナル作品集」、古今東西の優れた短編小説を掲載する「短編小説館」、の二つから構成されています。

サンモテギ・リサーチ・インク

Copyright © San Motegi Research Inc. All rights reserved.
Powered by さくらのブログ